カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第九話

「息はあるか? 悠」

「たづき……さん……」

 

 石畳を踏む固い音を鳴らしながら現れた白髪金眼の偉丈夫。

 その目に明確なまでの怒気を滲ませながら、けれど労わるような口調で告げる。

 

「案じるな。すぐに終わる」

 

 言葉は悠へ向けたものだが、その眼差しは傍らに佇む男を離れない。

 一方で男は見るからに手強い増援の登場にたじろぐも、すぐに勝気な調子を取り戻す。

 

「なんだ、死にてぇ奴がまだいたのか。探す手間が省けて助かったぜ」

「そうだな。こちらも逃げた一人を追いかけずに済んで助かった」

「あ? 逃げただ? 誰が逃げたってんだ? 俺ぁ自分の仕事を果たそうとしてただけだ」

「理由はなんであれどうでもいい」

 

 腰の刀に肘を置き、ため息を零しながら龍己は告げる。

 

「他の賊はすでに捕縛してある。大人しく投降するのなら手荒な真似はせん」

「ハッ! 馬鹿言え。んな嘘に引っかかると思ってんのか?」

 

 男は鼻で笑っているが、悠は確信していた。

 彼の言葉は本当だ。あの時、一人で幾人もの武人を制圧した久遠が負けるはずない。

 

「そうか。ならば、力づくで大人しくしてもらおうか」

 

 全身からもうもうと気迫を滾らせながら、龍己はスラリと刀を抜く。

 打刀ほどの長さで反りは浅い。直刃の刃文は華美な装飾を排した機能美を象徴していて、円環の鍔も拳一つ半の柄も使い勝手を追求したシンプルなもの。艶消しされた鞘も相まって一つの武器を思わせる。

 だが彼は知らない。この男が妖術師だということを。

 刀一本で立ち向かえる相手じゃない。このままじゃ悠の二の舞になる。

 

(伝えなきゃ……!)

 

 悠が唯一出来ることは———やらなければならないことは、痛みに蹲ってることじゃない。

 龍己の勝てる可能性を最大まで引き上げること。

 ……自分なんかに目をくれるな。

 ……全身全霊で役目を果たせ。

 

「た……つきさ……ん」

 

 感覚のない手を握りしめ、悠は叫んだ。

 

「龍己さん! こいつは、妖術師です!」

「ああ、知っている」

 

 文字通り血反吐を吐きながら叫ぶも、返ってきたのは淡白な声のみ。

 依然として佇んでいる龍己は、策を講じている様子も講じる様子もない。

 呆気にとられる悠の眼前で、先手を打ったのは男だった。

 

「死ね……『風刃(ふうじん)ッ』‼」

 

 男が奇妙な形に指を折り曲げた瞬間、男の周囲の空気が蠢き、見えない刃となって龍己目掛け射出された。ぴゅんと空を切る音を立てながら、不可視の殺意が標的へ殺到する。

 しかし、堂々たる佇まいの偉丈夫はピクリとも動こうとしない。

 ただ一言何かを呟いただけ。

 ———刹那、甲高い音を立てて奇妙な風が霧散した。

 

「覚えておけ、悠」

 

 余波に髪を靡かせながら、さながら教鞭をとるように龍己は言った。

 

「大抵の術師は術の名を口にすることで妖力を練る。故に口さえ先に潰してしまえば、体内で完結する簡易な妖術でもない限り易々とは行使できん」

 

 場違いとも言える教授に悠は頭が真っ白になった。多量の出血と大怪我のせいで混濁した意識では、彼の言葉は欠片も分からない。何を言っているのか分からない。

 ただ、賊の男はすべてを理解したようで。

 

「チッ、テメェも俺と同類かよ」

「一緒にするな。ならず者風情が」

 

 身がすくむほどの怒気を纏いながら龍己は宣言する。

 

「行くぞ」

 

 はっきりと聞こえた声が風に攫われるより早く、龍己は男の眼前へ接近。

 反応が遅れた男の腹部へ手のひらを押し付け、叫ぶ。

 

「『風槌』」

「ぐほっ———‼」

 

 男は体をくの字に曲げて吹っ飛び、離れた柵に突っ込んだ。

 ガラガラと崩れる柵を払いながら、激情に滾る眼で龍己を睨みつけながら刀を掲げる。

 

「馬鹿にすんのもいい加減にしろ!」

 

 体勢を整えないままに突進するも、刀の側面を押されてすんなり受け流される。

 大きく前方へ体勢を崩す男の顔面に拳を叩きこむと、龍己は身を翻して倒れこむ体を躱し、首筋を柄で殴打。

 踏ん張る力などあるはずもなく、男は顔面から地面へ激突し、そのまま意識を失った。

 一瞬の出来事だった。誰が何をどうしたか、詳しいことなど把握する余裕なんか無く、あっという間に妖術師は無力化された。

 確かなことは、これで一件落着ということ。

 肩の力を抜く龍己を見て確信すると、悠もまた眠るように意識を手放した。

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