カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第十話

 昼間の喧噪が嘘のように、夜はしんと静まり返っていた。

 いつまで経っても、静かな時間というのには慣れそうにない。とりわけ殺伐とした騒がしさにひと時でも身を置くと、静けさが嵐の前触れのように感じてしまう。

 書き終えた書類を机の端に整え、久遠はふぅと疲労を吐き出した。

 

「報告ありがとう、龍己。遅くまで付き合わせてすまなかったわね」

「お役に立てたのなら幸いです。どうかお気になさらないでください」

 

 泡沫の園の管理人として、園で起こった事件を朝廷に報告する義務がある。住民や建物に被害があれば金銭的な援助を受け、万が一熾葉に異常があればいち早く知らせなければならない。

 幸いにも今回は民間人の被害は出なかった。人数こそあれど大した技術も無かったので容易く制圧出来たのも大きい。

 だが、手放しに喜ぶ気にはなれなかった。

 

「悠の具合は?」

 

 後ろで待機する使用人筆頭は、堅苦しいながらも穏やかな口調で。

 

「命に関わる怪我では無かったので、治療を終えて部屋で眠っています」

「そう。良かった」

 

 張り詰めていた気持ちが解けてどっと疲れが押し寄せてきた。

 使用人だって守るべき対象だ。悠はまだ実力が伴っておらず、いつ死んでしまってもおかしくない。

 ふと龍己を見ると、明らかな吉報に関わらず暗い表情をしていた。情に篤い彼にしては珍しい姿だ。

 

「なにか、あったの?」

「……これは言うべきかどうか迷っていたのですが」

 

 言葉を選ぶような慎重さで龍己は切り出した。

 

「手前が駆け付けたときにはすでに、賊は手負いの状態でした。瑞野の式神が守っていたのだと思っていたのですが、その……」

 

 意を決したように息を吸って。

 

「賊の怪我は悠がやったものだと思います」

「……本当に?」

「はい」

 

 久遠は束の間言葉を失った。

 よほど治癒の術に長けている者でも無ければ、深手を治したところで痛々しい傷跡が残る。

 悠を襲った男には頬と両目に治癒の痕があった。おまけに顔の大部分には異臭を放つ黄色の液体がべったりと付いていて、悠の口元にも同様の液体が付いていた。

 恐らくは胃液。暴行されて吐き出したなら話は分かるが、咄嗟に相手の顔面へ吐き出せるものではない。

 考えただけで身の毛もよだつ行為を、戦いの術を知らない少年が?

 

「あの子が式神を使ったということは……いえ、無いわね」

 

 妖術も式神も知らない子だ。抗う手段は無かった。

 窮鼠猫を噛むとは言うが……逆に命を奪おうとする鼠はいない。

 

「手前の主観ではありますが」

 

 龍己は続けた。

 

「あの一瞬、悠の目に()()が見えたような気がしたのです。他者の命を顧みることのない飢獣のような」

 

 それは天賦の才能にして呪縛。世が世なら天性の資質として垂涎の的となるが、争いから離れた現代では苦しみをもたらす病巣でしかない。

 最低限の倫理観こそ残っているようだが、彼があのまま黒い衝動に身を委ねてしまったら……考えただけでも身の毛がよだつ。

 久遠は必死に動揺を隠しながら訊ねた。

 

「あなたは、どう思った?」

「手前ですか……?」

 

 龍己はしばらく悩み、やがてポツリと答えた。

 

「園へ牙を剥く可能性も無きにしも非ず、ですが奴が園のために命を懸けたこともまた事実です。現時点では様子見をするべきかと」

「……そうね」

 

 純情を切り捨て園を守るか。

 人情を重んじて園を失うか。

 一寸先も見えない未来では、どちらが正解かなど分かるはずがない。

 

「ありがとう。今日はもうおやすみなさい」

「失礼いたします」

 

 襖を閉じる音が止んで、久遠は一人ため息を吐いた。

 ……もし、悠が園に仇なす存在なら。

 

「私は、あの子を斬らなければならないわね」

 

 失われた右腕の断面を撫でる。

 その深緑の瞳は、暗澹たる未来を前にして憂いに満ちていた。

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