カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第十一話:危険で不可避の渇望

 地面を蹴って飛び上がり、雄たけびと共に大上段の斬撃を相手の額へ。

 無口を貫く標的は僅かばかりに得物を胸の位置で傾けるだけ。生物にとっての急所を守るだけならそれで十分だが、こと人間においては不十分。

 寸分違わず渾身の一撃は相手の額に命中。メキッと音を立てて体勢を崩す標的に、追い打ちの横一線を加える。

 切っ先は素早く相手の脇腹を掠め、悠は前傾姿勢のまま接近。

 ところが、数寸ばかり頭上から長く重い一撃が迫りくる。後ろへよろめいた反動を利用して攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「くっ……!」

 

 強引に全身を引っ張って飛び退った悠だが、無理に動かしたせいで筋肉が張って次の一手までに隙が生じる。

 

(落ち着け。今のはただのミスだ。急いでカバーするんだ)

 

 心の中で言い聞かせながら牽制に得物の切っ先を相手へ向ける。

 そのまま慎重に重心を据え、即座に突進、横を抜け駆けに腹部へ斬撃をお見舞い。

 重い衝突音と共に相手は重心のコントロールを失い、大きく後方へと倒れこんだ。

 その喉元へ、悠は振りかぶった得物を叩きつける。鈍い音を響かせながら相手は地面に倒れ伏して静止。

 額の汗を軽く拭って、悠は振り向いた。

 

「どうっすか⁉」

 

 嬉々とした悠の顔と、倒れ伏した相手を見比べて。

 深緑の瞳を持つ麗人は優美に微笑んだ。

 

「悪くないわね。これからも基礎を大事にするのよ」

 

 

 

 

 悠が園に来てから一週間が経った。その間は目立った事件が起きることは無く、平和な日々を送っている。

 泡沫の園の一日はシンプルだ。午前中に屋敷内の掃除や洗濯などを済ませ、午後は武術や学術の稽古を行っている。

 現在時刻は午後二時ごろ。今日は武術の稽古の日であり、一同は屋敷の裏手にある稽古場に集まっていた。

 中央がむき出しとなっている稽古場はどことなく江戸の奉行所に似ている。晴れた日は中央で組手を行うのが基本だそう。

 しかし、悠が彼らに混じるなど不可能だった。刀はおろか木刀さえ握った経験のない素人が帯刀するのが常な使用人たちと肩を並べられるはずもなく、組手をしている傍らで一人練習用の人形に打ち込みをしていた。

 不満はない。むしろ強者と同じ空間で稽古が出来るのだから感謝さえしている。

 それに、使用人たちは優しかった。

 組手をする傍らで、

 

「姿勢を崩さないよう気を付けるんだよ。楽な姿勢だったとしても、長くやってると疲れたりするんだからさ」

 

 俊人は基礎を重視するよう言ってくれて、

 

「動きが遅い。足だけで動くのではなく、重心を傾けて動くのだ」

 

 龍己は厳しくも分かりやすく指導してくれて、

 

「疲れたらちゃんと休憩するんだよ! ヘロヘロのまま続けたって身に入んないもん」

 

 瑞野は気遣ってくれた。

 何よりも、良い動きをすると久遠に、

 

「ふふっ、動けるようになってきたわね。あなたが頑張ってくれると私も嬉しいわ」

 

 と褒めてくれた。

 内容が違くても、彼らの言葉があるおかげでやる気は漲っていた。

 だが……それも初めのころだけだった。

 稽古の時間が進むにつれて、使用人たちは自分のことで手一杯になっていった。言葉が掛かることもなくなり、気付けば悠には目もくれず必死に相手と木刀を交わしている。

 久遠だって悠一人に構っていられるわけもなく、瑞野の相手をしながら他の三人を見ているため、自然と悠に掛かる声も減っていった。

 当然だ。悠は落ちこぼれで能無し。彼らと働けるだけでも奇跡なのだから。これ以上の欲は園の迷惑にしかならない。

 

 ……そう自らを諭しても、寂しさは消えなかった。

 まるで対岸の夜宴を一人眺めているような。

 賑やかな群衆の中を俯いたまま進むような。

 言い知れぬ心の空白に、次第に沈み込むようになった。

 仕方ないこと。これは仕方ないこと。

 何度も何度も同じ言葉を言い聞かせても慰めにはならない。

 

「寂しいな……」

 

 不愉快な冷気が胸の中へと入ってきて、悠はポツリと零す。寒くて寒くてどうしようもないのに、自分一人ではどうしようも出来なくて。

 何よりその冷気は自らの浅はかさが招いたもの。誰に打ち明けることも許されない罰なのだ。

 故に悠は気持ちを押し殺した。見て欲しい……話しかけて欲しい……認めて欲しい……そんな身勝手な願望を。

 けれど、それが収まることなど無かった。

 

 

 

 その日の夜は大雨だった。

 ザーザーと地面に落ちる雨粒に囲まれながら、悠は厠から自室へと急いでいた。

 春先と言えど寒さは健在。雨のせいでより低下した気温には晒された肌も悲鳴を上げている。

 

「うぅぅ、さびぃ」

 

 両手に息を吹きかけながらいそいそと廊下を歩いていると、居間のほうから声が聞こえて来た。

 

(うっそぉ、まだ起きてんの)

 

 夜もだいぶ更けてきたというのに仕事だろうか。

 手伝うべく居間へ行くと、襖の隙間から光が漏れていた。

 声は使用人の面々のものだ。内容から察するに、仕事ではなくちょっとしたお茶会を開いているみたい。

 先輩方も積もりに積もった話があるだろう。

 

(邪魔しないでおくか)

 

 若干の疎外感を感じつつも悠は自室へと歩を向ける。

 その言葉が聞こえて来たのはその時だった。

 

「あの、悠くんのことですけど……」

 

 言い辛そうに切り出したのは俊人だった。

 

「そろそろ一週間ぐらい経ちましたよね。ずっと一人で稽古してるし、なんだか寂しそうで」

「そればっかりは仕方ないよ。あたしでさえ悠よりは刀が使えちゃうんだもん。基礎から鍛えないと」

「だけど一人っきりでさせるのも可哀そうだよ」

「ならばどうする? 貴様が相手するのか?」

 

 湯呑を置く音を挟んで龍己が訊ねる。

 まるで責めるような厳しい声で。

 

「ここに残りたいと願ったのは奴だ。ならば己の力不足をどうにかするのも奴の使命だろう」

「それは……そうですけど……」

「第一、組手の分け方は戦い方で決めている。腕の善し悪しなど前提にすら上がらんのだ。それに、俺に言わせれば」

 

 短くため息を吐くと、龍己は淡々と言った。

 

「奴は園にいるべきではない。力が無くば生きていけぬのは貴様も分かっているだろう?」

「っ! で、でも———」

「あたしも賛成かな」

 

 予想外の肯定に悠の心臓が跳ねる。

 声が出そうになるのを堪えながらも、会話は依然として続く。

 

「後輩がいなくなるのは嫌だし、折角仲良くなったんだから一緒にいたいけど。それで死んじゃったら元も子もないもん」

「だったら僕らが守ればいいんだよ!」

「それでは意味が無いのだ、俊人。俺たちは園と熾葉を守るのが役目だ。使用人のお守をしている暇などない」

 

 突き放すような言葉に沈黙が下りる。

 反論など出ようはずがない。龍己の言葉は事実で、悠はそれを捻じ曲げているに過ぎないのだから。

 拳を握りしめ、歯を強く噛みしめていても、言い返す力など皆無。

 

「……でも」

 

 絞り出すように俊人は言った。

 

「離れたくないですよ」

「……俺たちが出来ることなどない。残念だが、奴には資格が無かっただけのことだ」

 

 無情に突きつけられた事実に背中を押されて、悠は幽鬼のような足取りでその場を立ち去った。

 孤独と力不足を痛感する場所へ吸い寄せられるようにして。

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