気が付くと、悠は稽古場の中心に佇んでいた。容赦なく降りしきる雨に全身はずぶ濡れで、ぬかるんだ地面が草履の下から不快な感触を伝えてくる。
対面するのは達磨のような胴体に目と口が描かれた練習用の人形、右手には使い慣れた木刀を一振り握って。
どうやってここまで至ったのかは覚えていない。ただ虚ろな目で、じっと練習用の人形を見つめる。
まるで誰かに乗り移られたみたいだ。自分の姿を俯瞰しているような錯の中、ゆっくりと木刀を持ち上げている。
構えは上段、基本の型。ここ一週間の間に身に付いた初歩の動作を体が再現しだし———間髪入れず振り下ろす。
湿った衝突音が鳴った。水しぶきを飛ばしながら人形がぐらりと揺れるが、計算し尽くされた重心の動きによってたちまち元通りに。
何が不満なのか、俯瞰している自分は再び振り上げて、一拍の後に頭部を打ち据えた。
まるで命じられたまま動く機械のように何度も何度も。
何度も何度も。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も———。
「ああああああああああああああああああああああああああっ‼」
一糸纏わぬ感情が爆発。『堪える』という選択肢すら眼中になく、ひたすら木刀を振る。
衝撃に手のひらが痛むも止まらない。無我夢中で人形を攻撃し続ける。
「なんで、お前は弱いんだよ!」
憎たらしい。何もかもが憎たらしい。
今すぐにでも目玉をくりぬいて視覚を奪ってやりたい、肺を引き抜いて息をする権利を奪ってやりたい。
なぜ自分の願いさえ叶えられない? どうして自分で自分の邪魔をする?
ふざけるな。園にいたいのは久遠に惚れたからだ。みんなに失望されたいからじゃない。
足を引っ張るぐらいなら影でひっそり死んでしまえ。
「強くなれよ。自分で決めたことぐらい守れよ」
力任せに振るったせいで木刀が真っ二つに折れた。
刃先の飛んだそれを投げ捨て、崩れるように両膝を付く。
いっそのこと捨てられたら良かった。忌々しい自分なんかいらない。
でも、自分を捨てることなど出来ない。
だったら……。
「強くならなきゃ」
無価値な自分なんかどうでもいい。
血反吐を吐こうが骨が砕けようが気にするものか。
ゆらゆらと立ち上がって拳を強く握りしめる。爪が肉を突き破るのも構わず。
目線は正面、ニヤケ面を崩さない練習人形へ。
「力を付けなきゃ」
使命、義務、そんな矮小な言葉では収まらない。
植物が診ずの光を求めるように、動物が餌を求めるように。
純粋無垢な力を求める渇望に突き動かされて、悠は拳を構える。
その黒紅色の瞳は、濃霧の立ち込める闇夜のように濁っていた。