カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第十三話

 基本的に朝餉の支度は瑞野の役目だ。

 男衆は料理など出来ず、久遠は隻腕のせいで難しい。ゆえに朝早くに起きて食器を出したり料理を作ったりと、それなりに忙しい一人作業をこなすのが日課だ。

 ところが、瑞野が調理場に入ると先客と目が合った。

 先客といっても、ここ数日は先回りして来ることが多い。今日も今日とて膳箱から食器を取り出す最中だった。

 

「おはよう~。今日も早いねぇ~」

 

 欠伸をかみ殺しながら挨拶をすると、先客は元気よく返す。

 

「おはようございます!」

「相変わらず元気だねぇ~、悠。あたしは眠くって眠くって仕方ないよ~。準備してくれてる間はサボっちゃおっかな~」

「はいっ! サボってください!」

「あはは……」

 

 冗談のつもりが本気にされ苦笑い。

 悠も眠いはずなのにテキパキと準備を進めている。そろそろ動き出さないと仕事を奪われそうだ。

 彼の料理の腕は分からないが、簡単な作業くらいちょちょいのちょい。将来が楽しみな逸材である。

 

(すっかり園の一員だね~)

 

 思えば、四人で数年ずっと過ごしてきたのにすんなりと受け入れられた。彼の性格がたまたま合っていたのだろうか。

 いなくなってしまったらきっと困る。

 ……だから、

 

「辛いことがあったら言ってね? 力になるから」

「ん? ありがとうございます!」

 

 瑞野の心情を知ってか知らずか。

 悠は元気よく返事をした。

 

 

 

 

 買い出しはおよそ三日に一度、午前中に行っている。日用品などは月初めにまとめて買うが、日持ちしない野菜などはそれなりの頻度で買わなければならない。当然、五人の胃袋を満足させるためにはかなりの量を買う必要があるため、一人で行くのは中々の重労働だ。

 だが今は一人じゃなかった。

 

「今日もありがとう。助かるよ」

「いえいえ! このぐらいしか出来ないっすから!」

「謙遜しなくてもいいのに」

 

 俊人の後を続くのは背負い籠を背負った悠だ。初対面の時よりずっと逞しくなった体は野菜を詰め込んだ籠にも負けず、石段を軽快に上っている。

 ひーひー言っていた時が懐かしい。

 

「途中で休むこともなくなったし、そのうち買い出しは君に任せられるかもね」

「んなことないっすよ。俊人くんのようにはいかないっす」

「まあ、僕は慣れてるから」

 

 むしろ慣れないうちから無茶をする悠が心配だ。

 出来ることなら彼の頑張りを応援したい。しかしそれで潰れてしまえば、苦しむのは彼自身だ。

 

「君も無茶はしないようにね? 倒れたら悲しいよ、僕は」

「はいっす! 気を付けまっす!」

 

 悠は満面の笑みで頷いた。

 本気か否か。嬉しそうな顔から推し量ることは出来なかった。

 

 

 

 

「———少し休憩にしよう」

「はい」

 

 俊人を休ませて、龍己は稽古場の端で打ち込みをする悠に目をやった。

 見違えるよう……とまではいかずとも基礎を疎かにせず貪欲に鍛錬を積んでおり、背筋を正して打ち込む姿は中々に様になっている。

 いずれ刀を交わす時が来るだろうか。真面目に励む姿にそんな考えが過る。

 

「動けるようになってきたな」

「龍己さん! ありがとうございます!」

 

 一言感想を言っただけで悠はヒマワリのように顔を輝かせた。龍己にだけではなく全員から声を掛けられると同じ顔をする。よっぽど嬉しいのだろうか。

 かといって、そのまま続けろと言えるわけもない。

 

「もう良い時間だ。そろそろ休め。休息も鍛錬のうちだ」

「でもまだ動いてません。もうちょっとやってから———」

「駄目だ。無理に動いて型が崩れたらどうする。大事なのは回数をこなすことではない、一回一回を正確に努めることだ」

 

 やや説教臭い言い方になってしまった。

 ところが、俊人でさえ不服そうになるところを、悠は表情を変えず強く頷き、

 

「はいっす! 休みます!」

 

 聞き分けが良いとも言うが、悠の場合はどこか危うい気配がする。

 その場に座り込んで木刀を眺める悠に近づき、なるべく目線を合わせて。

 

「悩むことがあるのなら言え。一人で考えて答えが出ぬなら、他人を頼るのも重要だぞ」

「ん? はいっす! ありがとうございます!」

 

 噛みしめるように頷く悠。

 けれどその瞳には、虚空が広がっていた。

 

 

 

 

 早朝と言える薄闇の中。

 誰もが夢を彷徨う時刻にも関わらず、稽古場では風を切る鈍い音が頻りに鳴っている。

 その発端は一人の少年だった。油っ気のない黒髪を乱雑に払い、その両の眼は熱に浮かされたように標的を見据えている。

 彼が振るう木刀は寸分違わず正確に人形の額を打ち抜いていた。成果を物語るように一点だけ凹みが生まれているも、当の本人は意に介す素振りも無く一心不乱に打ち込みを続ける。

 全ては強くなるため、力を得るために。

 力とは他者を圧倒する術のこと。今も網膜に確と焼き付いているあの光景が教えてくれた。

 たった一人、しかも隻腕で、複数の武人を相手に舞う久遠の姿。さながら一つの舞踊とも言える洗練された動きに、強者のみが見せる圧倒的な結果。

 いつか———数十年でも数百年でも良い。いつかその極地へ至れるのなら、どんな犠牲を払おうと構わない。

 

「……死ね」

 

 辿った道が血濡れていようと、幾多の屍を積み重ねようと、俺はあの力を手に入れる。

 全てをねじ伏せる力を、敵を黙らせる力を。

 もっと……力を!

 

「死ね、死ね、死ねッ!」

 

 うわ言の様に殺意を口にしながら木刀を叩きつける。構えなど意識の外にはじき出され、とうに肉体は身勝手な形へ変わってしまった。

 気付けるはずもなかった。悠の視界には敵しか映っていない。

 何度も何度も木刀を叩きつけ、眼前の敵を屠ろうと躍起になって。

 

 ———彼女が来ていることにも気付かなかった。

 

「死ねぇッ‼」

 

 感情に振り回された一撃が人形の頭部を打ち据える……はずだった。

 ところが、木刀を受け止めたのは白絹のようにきめ細やかな手だった。

 咄嗟に顔を上げると、そこには。

 

「く、久遠様っ⁉」

 

 目標であり崇敬の的であった女性がそこにはいた。

 長身の天辺に位置する顔は暗がりのせいで見えない。

 ただ、出来ることなら彼女には見られたくなかった。力不足を痛感してほしくなかった。

 大慌てで顔に笑顔を張り付けて。

 

「お、おはようございます! もしかしてうるさかったっすか?」

「……」

「ちゃんと朝のお役目には間に合うようにするんで大丈夫っす! 汗とか汚れとかも洗うんで」

「……」

「え、えっとぉ……」

 

 久遠は無言だ。息をする音も布のこすれる音もしない。まるで大樹のようにじっと佇み、悠を見下ろしている。

 不意だった。

 

 パンッ!

 

 乾いた音が闇夜の中に木霊する。

 何をされたのか分からなかった。ただ頬がじんと熱くなり、久遠が手を振りぬいているのが分かる程度。

 

「あなた、殺意を抱いたわね?」

 

 その声は初めて聞く声ではなかった。

 悠を救ってくれたあの日、人買いの連中に聞かせた声だ。

 

「誰かを殺そうとした。相手が人形だから、なんて言い訳は聞きたくないわ」

 

 なぜか……なぜかは分からない。

 頬を叩かれた。そう理解した瞬間、悠の目から涙が溢れた。

 

「……すれば」

「なに?」

「じゃあ、どうすればいいんすか! どうすれば俺は強くなれるんすか!」

 

 止めたかった。言いたくなかった。

 なのに感情は言うことを聞かず、堰を切った大河のようにあふれ出す。

 

「強くなりたいんすよ! でも、どうしたら強くなれるかなんて分かんなくて……だから、どんな奴も倒そうと思って……力ってそういうもんだから……」

「あなたのそれは力ではないわ。ただの暴力よ」

「何が違うんすか。力ってそういうもんでしょ?」

 

 力が無ければ……敵を圧倒出来なければ何も守れない。それを証明したのは久遠その人だ。

 なのに……何が違う?

 

「嫌なんすよ、ここを離れるの。でも、いくら掃除だの買い出しだのが出来たって、敵を倒せなきゃいられないんでしょ? じゃあ……」

「……そうね。強くなければ園にはいられない」

 

 「でもね」と、久遠はしゃがみ込む。

 ようやく見えた彼女の顔は、悲痛に歪んでいた。

 

「力があればいいという話ではないの。他者を守る力、脅威を打ち返す力、私たちが欲しいのは、誰かを傷つけるための力ではないの」

 

 そっと叩いた頬を撫でて、久遠は立ち上がる。

 背を向けて発した声は、いつもの優しい声だった。

 

「ついていらっしゃい。見せたいものがあるわ」

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