カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第十六話

 連れてこられたのは、山林の奥にある小屋だった。

 妖術の稽古をする、とだけ言われてついてきたは良いが、悠は現在稽古を禁じられており、他の使用人もそのことを知っているはず。

 約束を破ったと久遠に知られたら、それこそ悠は園にいられない。

「えっと……本当にするんですか?」

 前を行く龍己に話しかけても返事はナシ。

 振り返って俊人を見ても、肩をすくめるばかりで返事はない。

 ……大丈夫なのかな。

 不安ばかりが膨れ上がる中、龍己の先導で小屋の中へ。

 中は意外にも広く、十畳は優に超えている。稽古場と比べれば圧倒的に狭いが、机が並ぶところを見るに座学がメインとなるのだろう。

 机の中で教壇と思しき席に腰を下ろした龍己は、前列の二席を指した。

「久遠様は稽古を禁じると仰っていた。ゆえに今から行うのは稽古ではなく勉強、文字や算数を並ぶのと変わらん」

「あ、そういう」

 ほぼ屁理屈だが良いのだろうか。

「だが、もし久遠様の耳に入れば叱られるやもしれん。このことは他言無用で頼む」

「分かりました。でも良いんですか? そんな危ないことして。それも、俺なんかのために」

 真夜中の龍己の言葉が脳裏を過る。

 ところが、教壇に座る龍己はさも当然のように即答した。

「何を言う。お前が今日まで頑張ってきたのは知っている。大方、なにか無茶をして罰を喰らったのだろう。今日はその褒美だ」

「褒美って……」

「己の手のひらを見てみろ」

 悠は自身の両手に目を落とす。

 ぷくりと盛り上がるマメに擦り傷や皸の数々。痛みを感じる余裕さえなかっただけに、こうして見下ろすと随分と荒れたと思える。

「鍛錬に励んできた者に報いるのは当然のこと。大人しく受け止めろ」

「……」

 目の奥から熱いものがこみ上げてきて、悠は俯き歯を食いしばる。

 成果なんて出した覚えはない。周りに置いて行かれないようがむしゃらに走ってきただけで、認められるなんて思ってもみなかった。

 ……俺、頑張ってきたのかな。

 自分では測れない評価に、悠は今一度噛みしめる。

 ……俺、頑張ってきたんだ。

「だが、これはあくまで通過点に過ぎん。結果が出せねば意味はないぞ」

 背中を押すような言葉に、悠は顔を上げて頷く。

 目に浮き出た雫を強引に拭い去って。

「はい!」

「……ふん、ようやく良い顔をするようになったな」

 初めて、龍己はほんのわずかに口元を緩めた。

 滅多に見れない微笑に悠は唖然。

 一方で俊人はニヤニヤしながら。

「良かったよ。ここ数日、ずっと落ち込んでたから」

「そ、そうだったんすか? 自分では分かんなくて」

「ま、そうだよね。でも、今はちょっとスッキリした感じだよ。一緒に頑張っていこうか」

「はいっ!」

 頼りになる仲間がいる。

 改めて感じたその事実と共に、悠は拳を固く握りしめた。

「さて、今日の本題に入ろう」

 空気を一新するように龍己が両手を打つ。

 ピリリと緊張感を孕む空気に、悠も俊人も緩んだ顔を正して教壇へ向かう。

「早速だが悠、貴様は妖術に関してどれほどの知識を持つ?」

「へ? よ、妖術っすか?」

 突然の名指しに声が裏返る。

 妖術と言えば賊が園を襲ってきた際に俊人が言っていた。

 確か……理に干渉し自在に操る術、とかなんとか。実物も風や炎を出したり変な怪物を使役したりと珍妙な技ばかり。

「———ってとこっすかね」

「ふむ。概ねその理解で構わん。だが今日はもう少し踏み込むぞ」

 龍己は懐から数枚の細長い紙を取り出した。紙面には奇妙な絵図や文字の羅列が書き込まれている。

「俊人の言葉通り妖術は理に干渉する術だが、もう一つ単純な側面がある」

「単純? 妖が使う術、とかっすか?」

「そうだ。文字通りな。俺たちが使う妖術は妖の模倣、ほとんど劣化と言って差し支えない。久遠様が仰るには、人間と妖では妖力の質が異なるために、生まれつき妖術の精度に雲泥の差があるとのことだ」

「久遠様はこの国でも数えるほどしかいない凄腕の妖術師だからね。妖と戦った経験も多いから、学べることも多いんだよ」

 俊人の補足にほへ~と相槌。

「だからこそ熾葉の管理を任されたのだろうな。話を戻すが、人間が持つ妖力は妖のそれと違い()———いわゆる妖力そのものの性質が無いのだ。故に鍛錬を積まねば妖に比肩することはないが、多種多様な術を操ることが出来る。こんな風にな」

 龍己が手のひらを上に向けて腕を突き出した次の瞬間、手のひらからボワッと炎の柱が立ち上った。

 かと思ったらすぐさま氷の柱へと変わり、最後には風となってたちまち消え去ってしまった。

「今のは初歩の初歩だ。己の内にある妖力を練り、形を与えて外に出す」

「ふぉ~すっごい!」

「鵜呑みにしないでね。龍己さんは腕が良いから平然とやってるけど、初歩どころか上級者向けだよ、今の」

「へっ⁉」

 驚いて龍己を見ると、本人は悪びれる様子もなく。

「すまなかった。自分が慣れているとどうも初歩との見分けがつかなくてな」

「……」

 一抹の不安が芽生えた瞬間だった。

「とにかく、妖術を使うにはまず妖力を認識しなければならない。本来なら瞑想などを通じて捉えるのだが、今日は少々手荒く行こう」

 龍己は机に置いた細長い紙を二人に渡した。

「これは予め術を刻んだ札だ。これに妖力を通して術を発動させるのが本来の使い方だが、この札には使ったものの妖力を吸収する術が施されている」

「えっ⁉ 妖力吸われちゃうんすか?」

「案ずるな。少量だ。だが妖力を捉えるには十分な量だろう。肉体への負担もあるが、耐えろ」

「耐えろって……」

「嫌なら良い。そもこれは素人が行う鍛錬ではないからな。……だが、強くなりたいのだろう?」

「っ!」

 挑戦的な眼差しに、悠は自らの弱気を振り払う。

「やります」

「それで良い。まず札を握れ」

 悠と俊人は言われた通りに札を握る。

 感触は紙で墨が乾いた固い感触がある。特別違う部分はない。

「妖力は理を自在に操るための力、いわば絵筆のようなものだ。まずは祈れ。目を閉じ、意識を集中し、身の内から出てくるものを札へ載せろ」

 悠は目を閉じた。

 隔絶された世界。人間がいかに視力に頼っていたかよく分かる。

 次第に聴覚が鋭敏になっていき、周囲の状況を事細かく脳へ伝達し始めた。

 ……駄目だ。周りのことばかり気になってしまう。

 意識して聴覚の情報も遮断。音をただ音として認識し、それ以外の情報を一切受け付けない。

 次第に眠っているのか起きているのか曖昧になってきた。頭がボーっとしだして、なのに体は芯からピンと力を滾らせている。

 不意に、胸の内から何かがこみ上げて来た。

 温かい感覚だ。ただ感謝や真心のような情報は持たない。熱を孕み、善し悪し関わらず周囲へ熱量を伝播させるような。

 ……そうか。これが妖力か。

 エネルギーが持つ、自ら動こうとする能動的な特性。妖力もその例に漏れないのなら、あとは外へ放出すれば良い。

 魂から漏れ出る熱を腕へと通すようイメージし、付き従うように温かい感覚が腕を伝っていく。

 その先の、一枚の紙片へと。

 やがて。

「……通った」

 墨に浸した筆を紙の上に乗せたように、指先からじんわりと熱が広がっていく。

「これが妖力か」

 確信と感動を味わいながら、悠はゆっくりと目を開けた。

 札は何も変わっていなかった。

「……あれ?」

 後ろを見て、前を見て、ぺらぺら揺らして、も一度後ろを見て。

「…………あれぇ?」

 特に変わった様子のない札に、悠は小首を傾げた。

 ……ひょっとして見た目じゃ分からないのか?

 視線を外して龍己を見た悠は、相手の反応に言葉を失った。

「……えっと……」

「……すまん」

 気まずそうに目を反らす龍己。

 今日は珍しい反応がたくさん見られるな、なんてわずかな現実逃避もすぐに終わり、言い辛そうに龍己は切り出した。

「妖術や妖力は才能に依存している。そう気に病むな」

「……失敗ってことっすか? 手応えあったんすけど」

「恐らく錯覚だろう。札の術が発動すれば分かるはずだからな。だから……その……頑張れ……」

「……」

 才能ナシ。

 今回の妖術稽古で学べたのは、あまりに残酷な事実だけだった。

 希望が砕けた音がして、悠は力なく机に突っ伏した。

 その傍らで。

「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 顔を真っ赤にしながら俊人が唸っていた。

 その札は、真っ暗闇なら辛うじて分かる程度に発光していた。

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