カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第十七話

 久遠が園を発ってから二日が経過した。

 思いのほか、主のいない屋敷は平和だった。緊急性のない仕事は龍己が一人でこなし、悠も俊人も精々その補助といった程度。屋敷の寂しさを抜けば、至って変わりない日々を送れていた。

 その知らせが届くまでは。

「———鎌鼬っすか?」

 買い物のために麓の温泉街へ下りた悠は、帰り際に一人の青年に声を掛けられた。

 旅の修行僧と名乗った青年は確かに人当たりの良さそうな面立ちをしていたが、口を開いた途端切羽詰まったような感情が表出した。

「あれは間違いなく鎌鼬でした。以前読んだ書の説明とそっくりで」

「う~ん。読んだことないんでなんとも言えないっすけど」

 とはいえ、慌てた様子の青年を放っておくわけにもいかず、とりあえず屋敷の二人と会って相談することに。

 昼餉の準備をしていた二人を客間に呼び、改めて僧侶の説明を聞く。

「それで、鎌鼬でしたっけ? どこで見たんですか?」

 人数分のお茶を出しながら訊ねた悠に、青年は記憶の糸を手繰るように答えた。

「確か、ここから十五里ほど離れた森の中だった気がします。たまたま鹿を追って分け入ったところ、水浴びをしていた鎌鼬を見つけまして」

「本当に鎌鼬だったのか?」

 疑問の声を上げたのは龍己だった。

 顎を撫でながら訝しげに目を細めて。

「もし本当に鎌鼬なら、風に乗って貴様の臭いを感じていたはず。いかに水浴び中と言えど風の妖だ。なぜ襲われていない?」

「拙僧もそれが気がかりで。ですが間違いありません。この目で見たのです。白銀の体毛に覆われた巨大なイタチのような風貌で、前足には一対の鎌が備わっていました」

「……出会ったのはいつだ?」

「昨日の明け方です」

「えっ⁉」

 思わず驚きの声を上げる悠。

 もし認識が違っていなければ、一里はおよそ四キロ、十五里となれば六十キロ相当だ。

 ましてやアスファルトで舗装されているわけでもない。休息や寝る時間も考えれば、一日で走破出来る距離じゃない。

「う、馬に乗ってたんですか?」

「まさか。ここへ徒歩で参りました」

「……」

「悠くん悠くん、この人修行僧だから。毎日何十里と歩いていれば体力は付くよ」

 絶句する悠に俊人が耳打ち。

 その説明だけでもまた大声を上げそうになったが、さすがに空気を読んで自制する。

「それで、他に奇妙な点は無かったのか?」

「奇妙な点、ですか?」

「なんでも良い。何かを探している様子だった、あるいは明確に目的があるようだった。そんな類のことだ」

「う~む。何分、拙僧もすぐにこちらへ参ったものですから、奇妙な点と言われましても」

 渋い顔で悩む青年は、やがてハッと気付いたように口を開いた。

「そういえば、確かに不自然な点がありました。鎌鼬と目が合ったのです」

「目が合っただと?」

「ええ。拙僧の見間違いでなければ、確かに。ですが、すぐに目が逸れてしまい、今の今まで気のせいだと思っていたのですが……」

「……分かった。十分だ。最後に方角を教えてくれ」

「北東の方角です」

「感謝する」

 その後、情報提供の報酬を拒んだ僧侶は、そそくさと園を後にした。

 禁欲的な教えがあるのだろうが、悠には妖刀の恐ろしさに怯えているように見えた。

「やっぱり熾葉って怖いんですね」

「なにを当たり前なことを言う」

 見送った後、廊下で歩きながら悠は零した。

 前を行く龍己が反応し振り返って。

「あの修行僧もそれが理由でここへ来たのだろう。妖と対峙するなど、常人の身では不可能だからな」

「まあそうっすよね。でもどうするんすか?」

「無論、調査へ行く」

 客間に着くと、龍己は茶器を片付けていた俊人を呼び止めた。

「少しここを空ける。あとは頼んだぞ」

「分かりました。何か準備するものはありますか?」

「いや、俺一人で事足りる。十五里程度、明日の正午には戻ってこられるだろう」

「……ツッコんだ方が良いっすか?」

 十五里は程度とは言わない……。

「妖術で強化すればあっという間だ。貴様が案ずる必要はない」

「あ、そういうこと」

「それに、本当に鎌鼬なら、狙いは熾葉だろうからな」

「えっ、なんでっすか?」

「俊人、任せた」

 説明をほっぽりだして龍己は行ってしまった。

 かと思えば、腰に打刀を差して玄関へ。

 見送ろうかとも思ったが、本人はそういうのが嫌いそうだしやめた。

 何より。

「で、あれってどういう意味なんすか?」

 玄関先で扉が閉じる音を聞きながら、悠は俊人に訊ねた。

「やっぱりあの時の賊と同じ理由っすか?」

「まあそうだね。大体は一緒かな」

 卓を拭いていた手を止めて俊人は答えた。

「実際はちょっと違うんだけどね。説明しろって言われても、僕にはちょっと難しいんだけど」

「無茶ぶりだったんすか? 引き留めてでも聞いとけばよかったな」

「はははっ、どうせあしらわれて終わりだよ。それで熾葉だけど、あれは妖力をたっぷり溜め込んだエサ袋みたいなものなんだ。妖にとっての妖力は、僕らにとっての肉や野菜と同じ無くてはならないもの。それが、自分たちよりはるかに弱い人間が管理しているとなれば、是が非でも奪い取りたいものなんだろうね」

「だからって、妖みんなが襲ってくるんすかね」

「修行僧の人が言ってたでしょ? 目が合ったって。その前に鎌鼬の話でもしとこうかな」

 かなり有名な妖なのだろう。

 俊人は本を読むわけでもなく、すらすらと言葉を繋げていく。

「龍己さんが言ってた通り、鎌鼬は風の妖なんだ。それに妖の中でも特に残忍な性格で、風を操って生き物を吹き飛ばしたり、物を破壊したりして楽しむのが好きなんだ」

「性悪っすね」

「直接的な破壊が好みだから、妖の中ではまだマシな方かな。ただ腐っても人智を超えた存在だからね。一般人どころか、並の術師でも相手にするのは難しいよ。龍己さんなら平気だと思うけどね」

 不安を見透かしたように俊人が付け加える。

「だから、鎌鼬は何よりも生き物に気配に敏感なんだ。それが、目に見えるほど近づいた人間に気付かないなんてありえないのさ」

「でも一人だったからわざと見逃したんじゃ?」

「ご名答。僕も龍己さんもその認識だよ」

 いまいち要領を得ず首を傾げる悠。

「鎌鼬はあの人を見逃したんだろうね。なぜなら一人だったから。でも、それだけの理由で見逃すほど優しい存在じゃないんだよ。子供のころ、道端を歩いていたアリ一匹をいじめたこととかない?」

「……」

「……ごめん。そういえば記憶が無いんだったね。浅慮だった」

「別に良いっすよ。俺もほとんど忘れてましたし」

 笑顔で応える悠だったが、胸にはズキリと鋭い痛みが走った。

「話を戻すけど、鎌鼬ならたとえ一人でも甚振っていたはずなんだ。それを見逃したということは、他に狙いがあったってこと。例えば」

「……わざと、自分の存在を知らせようとした、とか?」

「多分、いや確実にそうだね。自分を誇示したかったのか、あるいは熾葉の守り手の実力を確かめたかったのか。どちらにしろ、園の誰かが来るのは分かっていると思う」

「じゃあ危ないじゃないっすか! 龍己さん、わざと釣られたって事っすか⁉」

「というより、釣られるしかなかったが正しい。覚えてる? 鎌鼬を見たのは北東の方角だって」

「言ってましたね」

「……北東には、小さな村があるんだ。五軒しか家が無いぐらい小さな村だけど、そこで採れた野菜をうちではよく使ってるんだ」

 その先は言わずとも分かった。

 ……早めにケリをつけなきゃ、甚大な被害が出てしまう。

 焦りと同時に、それを愉悦を持って行う鎌鼬に吐き気を催す。

「あの人が修行僧で良かった。じゃなきゃ、鎌鼬の存在を知ったのは明日だったかもしれない」

「っすね。俺たちに出来ることは無いんすかね」

「無い。今はひたすら、龍己さんの無事を祈ろう」

 悔しげに口元を歪める俊人。

 悠はそれに言葉を掛けることも出来ず、無言でいるしかなかった。

 

 

 

 その日の晩。

「……貴様が鎌鼬か」

 月光の下、龍己は一匹の獣と対峙していた。

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