カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第二十一話:力の本質

「……熾葉は単なる妖刀ではない」

 燃え盛る本殿。

 パラパラと残骸が散らばる中、鎌鼬はポツリと零した。

「あれは『刀』の枠を超えた化生。己以外の全てに関心などない」

 いかに妖刀と言えど、その本質は道具。使われることで意味を持ち、故に自らに適した使い手を選ぶ。

 だが、熾葉は違う。

「刃に掛けた者はおろか、主さえも焼き尽くし破滅させる、おぞましい妖婦の類よ」

 さながら獰猛な蜘蛛だ。自らの力を甘美な餌として獲物をおびき寄せ、ひとたび柄が握られれば餌はぬらりと光る糸となって獲物を絡めとる。

 だからこそ、悠久にも思える時を、誰の所有物にもならず過ごしてきたのだ。

「だというのに……なぜ……」

 驚愕に見開かれる金色の瞳。

 理解しがたい、しかし正真正銘現実の光景に。

 鎌鼬は叫んだ。

 

「なぜ———貴様が抜けている!」

 

「さあね」

 返答するのは一人の少年。

 焼失したはずの肉体は傷一つない完全体になり、燃え尽きた服に代わって紫紺の炎が体を覆う。

 右手には抜身の刀が。その刃文は蝶の翅を思わせる幾何学模様で、打刀よりわずかに長い程度の刃が炎に照らされて煌めいている。

 熾葉は抜かれた。

 そう、宣言するかのように。

「お前に使われるのが嫌だったんじゃないか?」

 帯を模した炎に鞘を預け、友人に語り掛けるように答えながらわずかに前傾姿勢に。

 瞬間、鎌鼬の眼前へ跳び出した。

「なっ⁉」

 反応が遅れた鎌鼬の鼻先に紫紺の刀身が迫る。

 ギリギリのところで顔を逸らしたものの、数寸先を過ぎた刃の熱で白銀の毛に炎が移る。

 ———『縮地』という技がある。

 重心を進行方向にずらしながら動くことで初速を高め、予備動作を無くすことで動きを勘付かれないようにする古武術の一つ。

 悠が行ったのはその極地。呼吸や体重移動を緻密に行い、ほんの一瞬に全力を傾けることで強力な瞬発力を生む。

 秘術と化した動きにより、悠は凄まじい速度で跳び出したのだ。

「これが熾葉の力か!」

 素早く炎を消し、鎌鼬は短く妖力を練る。

 生まれつき形の決まっている妖の妖力は繊細な操作を必要としない。さながら生物が息を吸うかのように、血肉と同列の妖力は思惑通りに形を整え、射出される。

 計三つの風の刃が悠の下へ。

 直後、目に見えない速度で全て叩き伏せられ、気付けば眼前に刃が。

 間一髪のところで躱すも即座に二撃目。

 ひりつく首筋の予感に従って地面を転がり、今度は先ほどよりずっと距離を離して呼吸を整えようとする。

 不可能だった。

 ガキンッ

「早いっ⁉」

 ギリギリのところで全力で妖力を込めた自身の鎌で熾葉を受け止める。

 鎌鼬の鎌は鋼鉄を遥かに凌ぐ強度と粘り強さ。だと言うのに、たった一度受け止めただけで刀身に罅が入る。

「よもや、誠に熾葉を使いこなすとはなァッ!」

 風に乗って再び距離を取って、同時に風圧による一撃を悠へ見舞う。

 悠は見えないはずの風の暴力を一瞥し、片足で地面を軽く蹴る。

 瞬間、炎を纏った体は中空へ跳び、風の一撃を悠々と躱した。

「宙など儂の領域よ!」

 妖力を練って鋭利な風の刃を生み出し、駄目押しとばかりに風圧を悠の頭上へ。

「これを躱せるかぁッ⁉」

 鎌鼬の号令一下、形を整えた妖力が悠へと殺到する。

 常人なら躱せるはずのない一斉攻撃。

 だが、今の悠は常人ではなかった。

 ドンッ

 耳を疑う重低音を轟かせて、悠の身体が鎌鼬へ突っ込んできた。

「ッ⁉ 馬鹿なっ———」

 反応速度を上回る攻撃に為すすべなく、悠の強烈な蹴りを喰らい大きく吹き飛ばされる。

 今度はもんどりうつ側となった鎌鼬は、咳き込みながらも体を起こし、()を見た。

「……クククッ、よもや、こうなるとはな」

 もはや先ほどまでの路傍の塵芥などいない。

 膂力も、技術力も、何もかも、単なる妖術による強化のそれを遥かに凌駕している。

 魂そのものを根底から覆すような変化が起きたのだ。

「これが熾葉の力、ますます逃すわけにはいかぬな」

 血反吐を吐きながらも、全身を焼き尽すような興奮に突き動かされながら体を起こす鎌鼬。

 対して、悠は呆然と自身の手のひらを見下ろした。

「……案外できるんだな」

 先の縮地も空中移動も悠の力ではない。

 熾葉がかつての使い手を模して力を貸したのだろう。刀の振り方も知らないはずなのに、柄を握った途端に十全に理解できてしまった。

 奇妙な心地だ。今までが夢の中だったみたいに全身は冴え渡り、脳をグサグサと刺し刻む電気信号さえも堪らない快感としか感じない。

 でもそれは、明確な死へのカウントダウンでもあった。

「さすがに代償が無いわけないか」

 心地良さに反比例して魂が活力を失っていくのを感じる。

 さしずめ炎にくべる薪だ。熾葉は使い手の魂を喰らうことで、力を分け与えるのだろう。

 ……構わない。

 園を守るためなら、この身が燃え尽きようと。

「殺す」

 悠は一歩を踏み出した。

 ソニックブームを巻き起こしながら、熾葉を中段に構えて切っ先を鎌鼬の顔面へ。

 突きを予測して上方に飛び上がった白銀の肉体へ、すかさず左手を下に添えて鋭い切り上げを放つ。

 対する鎌鼬は拳を握って横から熾葉を穿つ。

 側面から打撃を喰らい体勢が崩れ、悠の体勢が大きく崩れる。

「貰ったぞ!」

 勝ち鬨を上げて妖力の塊を刃に纏わせ、大きく空いた胴体を両断しようと迫る。

 あまりに早計な行いだった。

 ひび割れたとはいえ鋼を上回る強度、かつ妖の力を帯びた強固な一撃。

 それを悠は、真正面から腕一本で防ぎ止めた。

「なにっ⁉」

 熾葉の炎が籠手の形を模して守ったのだ。

 あっけにとられる鎌鼬の横面を、逆手に持った熾葉の刀身が滑る。

 豆腐を切ったように滑らかに刃が滑り、追随するように赤い鮮血が迸る。

 呻き、怯んだ鎌鼬は体勢を立て直すべく引き下がろうとするも、背後にはすでに悠が立っていた。

 尻尾の鎌で撃退しようとした刹那、激痛と共に感覚が消失。

 尻尾を斬られたのだ。

「くっ、貴様ぁッ!」

 激昂し、雄たけびを上げながら風の刃を放つ鎌鼬。

 必死の反撃も軽く熾葉を振るわれるだけでかき消され、次の瞬間には左の眼が暗転する。

「ぎゃんっ!」

 眼球を切り刻まれたと把握する間もなく、次なる一撃を察知し真正面から風圧で応戦。

 両者の間で妖力同士のぶつかり合いが起き、空気を揺らして周囲の残骸を彼方へと弾き飛ばす。

 衝撃により互いに距離が取れ、その隙に鎌鼬は尾の治癒に意識を傾ける。

 鎌鼬は治癒に長けた妖であり、部位の欠損なら瞬く間に完治してしまう。

 そのはずだった。

「なっ、治らん……⁉」

 引きつった皮膚の感覚で理解した。

 尻尾は切られただけじゃない。断面が焼かれ、治癒を妨害しているのだ。

「小癪な真似を」

 治癒を断念し、敵の討伐へ全神経を集中。

 もはや手を抜く余裕などない。

「気に入ったぞ」

 目と目を合わせ、鎌鼬は叫ぶ。

「貴様を塵芥とは呼べぬな。名をなんと言う?」

「……」

「答えぬか。だが、今ここに立つ貴様の心意気、称賛に値する」

 力ある者が全てを制する。それが鎌鼬の生き様だ。

 逃げず、諦めず、こうして目の前で戦い自分を追い詰めた悠には、相応の敬意を示してやろう。

「故に見せてやろう。我が風の妙技、その全てを!」

 鎌鼬の体がブレる。

 蜃気楼のように歪んだ身体が次第に消えかかり、同時に周囲の空気が動き出す。

 悠を中心に円を描くように動き出した風は、周囲の草木や燃え尽きた本殿の残骸を巻き込んで巨大な竜巻と化した。

 ごうごうと唸りを上げて回り続け、視界は灰色一色に。

 逃げ出すなど不可能。本能が理解し、悠はぴたりと立ち止まる。

 ……さすが風の妖と呼ばれるだけある。

 形を整えた純粋な暴力を前に、しかし心は凪いだ水面のように静かだった。

 どうすれば良いかなんて知っている。

 ———鞘を左手に持ち熾葉を納める。

 ———腰にぴたりと鞘を付け、鯉口を切った状態で重心を低く定める。

 慣れ親しんだ動きのように体勢を整え、悠はゆっくりと目を閉じた。

 次第に音が遠のいてきた。代わり映えの無い音はやがて意識の外へはじき出され、静寂が心に舞い降りる。

 ……人を生かすも殺すも当人次第で、だからこそ力だけを求めてしまえばより易しい道を———人を殺す道を進んでしまう。

 今の自分は人殺しなのだろうか。こうして熾葉を握り、敵とはいえ一つの命を奪おうとしている。

 情けを掛けるつもりはない。園を襲ったのは事実だし、龍己と俊人を手に掛けた極悪非道の怪物だ。久遠だって同じことをしたはず。

 ……そっか。だから易しい道なんだ。

 誰かを生かすためには誰かを殺さなければならない。矛盾を孕んだ、不幸を決定づけてしまう暴力が、この力の本質なのだ。

 あとは当人がどう使うか、ただそれだけ。

 ……だったら、存分に身勝手に使わせてもらう。

 どちらかを殺めなければならないなら嫌いな敵を殺めよう。

 どちらかを助けなければならないなら大事な人を助けよう。

 ……もう迷わない。

 ただ刀を抜けばいい。

 鞘の内側を滑らせて、鋭利な刀身を違和感の下へ。

 静寂を乱す微かな騒音、その中心へ。

 ———抜刀。

「……ッ⁉」

 鎌鼬の目が見開かれる。

 おかしい、ありえない、信じられない。

 現実逃避の領域に突っ込んだ反応が可笑しくて、悠の口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。

 鎌鼬の妙技は、相手を竜巻の中心に封じて攪乱し、隙をついて全力の一撃を叩きこむもの。当然、一撃を放つ前にほんの一瞬の予備動作が生じる。

 時間にして百分の一秒程度。

 熾葉にとってはそれだけで十分だ。

 ———抜刀十文字。横と縦を僅差で一閃した刃が、間髪入れずに三撃目を走る。

 躱されたら四撃目。懐に飛び込んで至近距離で拳による殴打を鎌鼬の胸部へ。

 体毛ごときでは受け止めることなど出来ない打撃に鎌鼬は空気を吐き出すも、下あごに肘を打ち込まれ即座に閉口。

 上あごをむんずと掴まれ地面に叩き落とされ、即座に熾葉の切っ先が鼻先から真下に貫通する。

 柄を手に、片方の手で峰を押さえ、一息に胴体へと切り裂いた。

「あがぁぁぁっ!」

 声にならない悲鳴を意に介さず仰け反った隙に下あごを殴打。

 更にたたらを踏む鎌鼬の胴体へ、強烈な袈裟切りを放つ。

 衝撃に吹き飛び、辛うじて残っていた熾葉の台座さえも粉々に砕いて鎌鼬は倒れ伏した。

 勝負は決した。

 なのに、

「……凄まじい。これが熾葉の力。あぁ、なんと凄まじく、素晴らしいものか」

 ギラギラと光る目で鎌鼬は愉悦を浮かべる。

「気分はどうだ? 比類なき力を得た今、貴様を妨げるものなどおらんぞ。自由で、孤高で、あぁ、ああ! 至福の時よなァ?」

「……」

「この園も主も貴様を止められはせん。儂を殺し、次は誰を殺す? 誰を平伏させる?」

「……はぁ、どうでもいい」

 相手の興奮に付いていけず、悠はため息交じりに言った。

「お前を殺すのは園を襲って大事な人を傷つけたからだ。わざわざ次を探す気はない」

「なぜだ。貴様は力を得たのだぞ。それを振るわずしてどうするのだ」

「なんで振るわなきゃならないんだ? 力なんかどうだっていいんだけど」

 自分で言ってて笑えてくる。

 少し前までそんなこと考えつかなかったのに。

「お前の言うことも尤もだって思ったんだ。みんな身勝手な理由で生きてるみたいだし、俺も身勝手に生きることにする。誰に理由を求める気も、ましてや……力に縛られる気だってない」

 熾葉が今後も力を貸すというなら利用する。

 だが、力があるからって無駄な行いはしない。

「俺の主人は俺自身だ。力は俺のために振るうよ」

「……ククッ、クックック……」

 意外にも、鎌鼬は笑った。

 満足げに、誇らしげに。

「それでこそ強き者よ。やはり貴様の名を聞くべきだな」

「答えると思う? あと、熾葉が無きゃただの凡人だよ」

「凡人が熾葉を振るえるものか。いや待て、凡人だからこそ振るえるのか……」

「なんでもいいけど、そろそろ殺すよ。後片付けとかあるんだから」

「構わぬ……とは、口が裂けても言えぬな」

 直後、鎌鼬は風の奔流を放ちながら起き上がった。

 最後の最後の悪足掻き、といったところか。

「儂は戦いの中でしか死なぬ。儂を殺したくば、戦いの中で討ち取れ!」

 全身を震わせ妖力を固める鎌鼬に、悠も熾葉を構え立ち向かう。

 ———一羽の鴉が現れたのはその時だった。

「ん?」

「なにっ?」

 不意に現れた、絵具で塗ったような漆黒の鴉。しばらく周囲を旋回したと思うと、本殿の残骸に降り立った。

 激しい戦いが繰り広げられていたのだ。自ら近づくとは思えない。

 ましてや鴉はたったの一羽。よほどの野次馬なのだろうか。

 と、思ったのも束の間、二羽目、三羽目と、どこからともなく飛んできた。

 同じように残骸に止まり、その数は続々と増えていく。

「変な鴉だな」

 突然の登場に困惑する悠。

 しかし、鎌鼬はその正体に気付いていた。

「ふざけるな! 熾葉は儂の獲物よ!」

 狂ったように喚き散らす鎌鼬には悠の存在さえ視界から抜け落ちていた。

「貴様ごときが手を出して良いものではないわ!」

 不意に、鴉が鳴き始めた。

 一羽を合図に———なんかではない。

 まるで何かを呼ぶかのように一斉に鳴き始めたのだ。

「これは一体……」

「止せ! 奪うな!」

 しわがれ声の大合唱の中、鎌鼬の叫びだけが酷く耳につく。

 そして、ひと際大きく声を上げた、

「許さんぞ。弟切ぃぃぃぃッ!」

 直後、漆黒の塊が衝突した。

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