カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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 明日も投稿します。


第二十二話

「ッッ⁉」

 咄嗟に腕を掲げて衝撃をガード。

 空を切る羽音の群れに顔をしかめながらも、何とか体勢を保つ。

 完全に不意打ちだった。

 鎌鼬と熾葉だけだった気配が、今や肌をピリピリと刺激する第三者の殺気に満たされている。

「誰だ?」

 喧噪が止んだころ、悠は構えを解いて目を開く。

 そこには、無残に息絶えた鎌鼬の姿が。

 舌をだらりと垂らして微動だにしない亡骸。背中には直接の死因と思しき刺し傷が痛々しく広がっている。

 そして、亡骸に止めを刺した黒衣の男が、直後の体勢のまま佇んでいた。

 外套に軍服を思わせる服装を合わせた奇妙な男だ。筒袴に長靴、腰には帯ではなく革製のベルトが巻かれ、さながら軍刀のように鞘が繋がっている。

 髪は夜の帳を連想させる漆黒、瞳の色も黒く、陶磁器のように青白い肌やがらんどうの表情はこの世の者とは思えない不気味さを纏っている。

 ……人間……じゃないよな。

 少なくとも、園の味方ではない。

 悠は静かに熾葉を構える。

 切っ先を向けた悠に、男も刀を引き抜いて横に伸ばす。

 三分の一から先が両刃となっている珍しい形状だ。

「何の用……て、決まってるか」

 男の目線は悠に向いていない。

 熾葉へ。獲物を見つけた猛禽類のような眼差しを向けている。

 ならば、やることは一つ。悠は足を軽く広げて突撃の構えを取る。

 一触即発の空気。どちらかが身じろぎすればたちまち火ぶたが切られる緊張感の中。

 唐突に、朗々と声が響いた。

「そこまで」

 凛とした声で宣言しながら、一人の女性が悠の前へと歩み出る。

 大きく広い後ろ姿は、見間違えるなんてことはない。

「久遠様……」

 悠の呟きが聞こえたのか、久遠はチラリと悠の方へ目を向け、正面へと戻す。

「これ以上の狼藉は見過ごせません。退かぬのなら私が相手をしましょう」

 黒衣の男へ、久遠は長大な刀を向ける。

 大太刀と呼べるほど大きな刀だが、久遠が持つと打刀程度にしか見えない。

「……」

 男は何も言わずに久遠を睨む。

 ピリピリと睨みあいが続く。

 戦いが始まる。そう思ったのも束の間。

「……ふん」

 男は小さく鼻を鳴らして片手を上げた。

 周囲の鴉がその合図に合わせて男を取り囲むと、一羽の大鴉となって飛び去った。

 バサバサと羽音を立てながら彼方へと消えゆく影を見つめていると、不意に足の感覚が失せた。

「やべっ」

 体を支えられず悠は転倒。

 するかと思われたが、悠を迎えたのは固い地面ではなく、布越しの柔らかい感触だった。

「大丈夫?」

 久遠の顔が見える。

 遠くでカランカランと刀が落ちる音がして、彼女がすかさず抱き留めてくれたのだと悟った。

 ……めっちゃ恥ずかしい。

「ご、ごごごめんなさい。すぐに立ちます———」

 慌てて起きようとするも体が動かない。

 戦っている最中の感覚が嘘みたいに引いてしまい、言いようのない虚脱感だけが全身に染み渡っていた。

「あ、あれ?」

「熾葉を使った後遺症でしょうね。まったく無茶をして……」

 呆れたように苦笑する久遠。

 気が抜けてしまい呆然と眺めていると、次第に疑問が湧いてきた。

「なんで、久遠様がここに?」

「街の警鐘を聞いて駆けつけたのよ。知っているかしら。物見やぐらの鐘には術が施されていて、決められた回数が鳴らされれば遠くからでも分かるようになっているのよ。だから瑞野に頼んで、式神でここまで運んでもらったの」

「そういうこと、だったんすね……」

 何はともあれ、彼女のお陰でひとまず解決だ。

 龍己や俊人の方も———。

「そ、そうだ! 俊人くんと龍己さんが———」

「大丈夫よ。龍己は瑞野に任せてあるし、俊人は街のお医者様が診てくれているわ」

「そうっすか。良かった」

 ホッと胸を撫でおろすも、まだ言うべきことがある。

「ごめんなさい。久遠様」

 悠は唯一力の入る手を———熾葉を握っていた手を持ち上げた。

 紫紺の炎こそ消えてしまったが、まるで脈動するように妖力が流れてくるのを感じる。

「熾葉を使っちゃいました」

「……そうね」

「俺、怒られちゃいますよね?」

「そうね。怒らないといけないわね」

 悠は目を背けた。

 怒られるのは嫌だ。たとえ間違った行いだとしても、園を守るためにはこの方法しかなかったのだから。

「俺は、ここを守りたかったんです。力が無いことは分かってるっすけど、諦めたくなかった」

「それで、熾葉を抜いたの? 死んでしまうかもしれなかったのに」

「怖かったっすよ。でも、園が無くなっちゃうことの方がずっと怖かった。俺、ここが大好きっすから」

 顔を傾け、久遠を見つめる。

 辛そうで、悲しそうで、けれど怒りの無い複雑な顔。

「俺、やっぱりここを離れたくありません。もうここが、泡沫の園が、俺の……家……」

 瞼が堪らなく重くなって、悠は強引にこじ開けようと力を込める。

 ところが、その上から何かが覆いかぶさった。

 ぼんやりとした思考が徐々に、それが回された久遠の手だと理解した。

「寝てしまいなさい。まずは体を休めて、それから話し合いましょう」

「……はい」

 返事をした記憶を最後に。

 悠は夢の無い眠りへと落ちていった。

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