カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第二十三話

 それからの数日間は猫の手も借りたいぐらいの忙しさだった。

 泡沫山一体の管理人として久遠は都と園を行き来し、使用人は周辺地域の復興に出た。鎌鼬が残した被害は泡沫の園に留まらず、麓の温泉街では家屋の倒壊や死傷者の対応など、次から次へと仕事は増すばかり。

 悠も体調が回復してからは街の復興に付きっ切りで、熾葉のことは頭の片隅に追いやってしまった。

 それでも、熾葉を抜いた事実は変わらない。

 ようやく一段落した日の午前。

 広間に呼ばれた悠が入ると、座布団に対面する形で久遠が座っていた。

 両側には使用人の面々が。

「いらっしゃい。体調はどう? 体が怠かったりはしないかしら」

「もう大丈夫っす。ご迷惑をおかけしました」

「まったくだよ~。悠が寝てる間すっごい大変だったんだから!」

「ほんとすみません……」

 肩身の狭さを感じつつ座布団に正座して、改めて正面から久遠を見つめる。

 園の主である女性はただ無言で、ピクリともしない表情で悠を見ていた。

「熾葉は持ってきたわね?」

「はい」

 悠は腰の帯から一振りの刀を外し、久遠との間に置く。

 妖刀『熾葉』は一見すると依然変わりない。

 しかしそれは、悠が傍にいる時だけ。

 応急の台座に置いても、土に埋めても、気が付くと悠の手元に戻ってくるのだ。その方法は苛烈で、周りのことなど僅かばかりにも考えていないものばかり。

 悠から引き離すのは危険として、封じる環境が整うまでは彼の手元に置くこととなったのだ。

「やはり、貴様を主と認めたのか……にわかには信じられんな」

「でも、これを見せられちゃうと否定できませんね。熾葉から何か反応はないの?」

「無いっすね。呼びかけてもうんともすんとも言わないし」

 力を使う勇気は無かった。

 自分が知っている自分とはどんどんかけ離れていくような感覚には病的な快感があった。今一度あれを使えば、二度と戻ってこれないのではないかという不安さえ内包して。

「未だに分かんないんすよね。なんで俺に力を貸したんだろうって。ぶっちゃけ俺って腕っぷしは強くないし、特別要領が良いわけでもないんすけど」

「こればかりは分からん。鎌鼬の腹に入るのを拒んだが故なのか……あの程度の妖、熾葉の手に掛かればたちまち焼き尽せるだろうに」

「……そんな強いんですか?」

「強いなんてものではない。貴様が下手を打っていれば園はおろか、泡沫山一体が更地になっていたぞ」

「更地……っ⁉ ほ、ほんとごめんなさい」

「良いわ。あなたのお陰で園が守られたのは事実だもの。結果が良ければ大抵のことは流せるものよ」

 「ただし」と、久遠は重い口調で続ける。

「問題はこれから。泡沫の園の管理人として、熾葉の所有者となったあなたを野放しには出来ないわ」

「……はい」

 そう。問題は規格外の力を持つ熾葉が、何の力も持たない凡人の手を離れないということ。

 いつ爆発するかも分からない爆弾を抱えるようなものだ。

「正直、前例のないことだから私もどうすれば良いのか分からないわ。今わかっているのは、解決策が一つしかないこと」

「それは?」

「封印よ」

 目線を逸らさず、無表情を貫いて。

 久遠は淀みなく口にした。

「熾葉をあなたごと封印する。少なくともあなたが傍にいれば熾葉は何もしないはずだもの」

「封印されたら、俺はどうなるんですか?」

「恐らく夢の無い眠りにつくでしょうね。いつ覚めるか分からず、外界のことは何も分からないまま」

「……解放はされません、よね?」

「ええ。熾葉がある限り」

 それは事実上の死刑宣告。容易に受け止められるものではない。

 不意に、久遠が呟いた。

「でもね。それはあなたが協力してくれたらの話よ」

「え?」

「熾葉の力を得たあなたが逃げに徹されては捕らえることは難しい。ましてや国のどこかへ隠れられれでもすれば、誰もあなたを見つけられない」

「それって……」

「あなたには自由になれる力がある。どうするかはあなた次第よ」

 張り詰めた空気が鋭利になった。

 変な真似をすれば直ちに首が飛ぶ。本能が警鐘を鳴らし、悠は唾を飲み込んだ。

「久遠様は、どうなるんですか?」

「命に代えてもあなたを探すわ。何年、何十年と掛かろうとね」

「そうじゃなくて! だって、久遠様が言ってることって」

 泡沫の園は熾葉を管理するための場所。

 ならば、それが行方不明となれば……。

「そうね。管理人としてあるまじき行いね」

 初めて久遠は微笑んだ。

 疲労に塗れ、悲しみに沈んだ笑みだ。

「でも、園を命がけで守ったあなたに不幸になってほしくないのよ。だから……覚悟の上よ」

 悠は目を合わせていられず隣を見る。

 龍己は静かに、けれど品定めをするように悠を見ていた。

 俊人は緊張の面持ちながらも、ゆっくりと首を縦に振った。

 瑞野はほんの微かににこやかな表情を浮かべて目を閉じた。

 久遠は……久遠は何も言わなかった。

「俺は……」

 裏切って生きるか、真っ当に死ぬか。

 答えなんて、とっくのとうに決まってる。

 悠は熾葉を手に取った。

「「「「ッ!」」」」

 瞬時に周囲の人間も武器を構える。

 しかし、続く光景に動きは止まってしまった。

「俺は……!」

 唐突に帯を縦に裂いた悠は、半分を腰に戻すともう半分を熾葉に巻きつけた。

 左右非対称の鍔と鞘に何重にも巻き、決して抜けないように固めて。

「俺は……みんなを裏切りたくありません」

 がんじがらめにされた熾葉を床に置き、悠は叫んだ。

「だって俺、ここが好きで、ここを守りたいから熾葉を抜いたんです。なのに俺のせいで園がバラバラになっちゃ意味が無いんですよ」

「……でも、封印されてしまうのよ? 解かれる見込みのない永遠の眠りは死そのもの。あなたはそれでいいの?」

「良いんすよ。俺はそれで」

 心が軽かった。

 自分の思いを自分の口で吐き出すことが、何よりも心地よい。

「ほら俺、昔の自分を覚えてないでしょ? だからなんすかね。自分が消えちゃわないようにって、みんなに覚えて欲しかったんすよ。だって久遠様も龍己さんも、瑞野ちゃんも俊人くんも、みんな何もない俺を受け入れてくれたから」

 藁にも縋っているようで滑稽だったろう。

 客間で目覚めたあの瞬間から、心のどこかに寂しさがあった。それを埋めたくて、でも身勝手な思いが嫌で、無意識のうちに「恩返しのため」と嘯いてしまった。

「それから段々、この屋敷で暮らしたいなって思うようになったんです。恩返しだなんだって言ってたのに、わがままですみません」

「……」

「だから、俺が封印されることで園が無事なら、いくらだって封印されますよ。俺は、泡沫の園が大好きっすから」

 悠が言葉を切ると、静寂が広間に舞い降りた。

 ……悲しんでくれるかな。

 この期に及んでまだわがままで笑えてくる。どこまで行っても、『悠』という人間は自分のことしか考えていない身勝手な男なのだ。

 それでいい。身勝手なおかげで、園を守ることが出来たのだから。

 悔いはない。

「……分かったわ」

 ぽつりと久遠は言った。

 腰を下ろして、他のみなにも座るよう合図を送る。

「あなたが覚悟を決めたのなら何も言わないわ。そのまま後ろを向きなさい」

「はい」

 悠はゆっくりと後ろを向く。正座だったせいで足が若干痺れるも、最後の感覚だと思うと名残惜しくもあった。

 今になって拒みたくなる気持ちが湧いてくる。なんと格好悪いことか。

「覚悟を決めろ。最後ぐらい、カッコよく」

 誰にも聞き取れないような声で呟いて、悠は静かに目を閉じた。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……チョン

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼」

 突如、悠は叫び声をあげて悶えた。

 理由は単純明快。原始的で、だからこそ耐え難い苦痛が故に。

「だっ、誰っすか! 足突っついたの⁉」

 痺れた足を突けば激しくなるのは当然のこと。

 ましてや厳かな場でふざけるなどあってはならないのだ。

 鬼の形相で悠は、そこで信じがたい光景を見た。

「クックック……」

 必死に笑みを堪える俊人。

「あははははは!」

 隠す気などなく盛大に笑う瑞野。

「……はぁ」

 平常運転な龍己。

 そして、

「……てへっ」

 四つん這いの姿勢で人差し指を突き出した久遠の姿が。

「……え、なにしてんすか?」

「だってみんな暗い顔をしていたんだもの。耐えられなくなっちゃって」

「耐えてくださいよ! 管理人でしょ!」

「管理人だって人間です~」

「屁理屈言わない!」

 もはや主従関係さえほっぽり出して叫ぶ悠。

 こちとら一世一代の覚悟を決めたのに、その返事がこんな悪戯だなんて信じられない。

「ていうか、今封印する流れだったでしょ!」

「封印がすぐに出来ると思うのか?」

 冷静な龍己の言葉に我に返る。

 が、しかし、

「そもそも、封印の準備などしておらん」

「……はい? 俺が熾葉を持って脱走すると思ってたんすか?」

「違うの違うの! 悠を封印する気なんてこれっぽっちも無かったんだよ!」

「……? …………、……?」

 もはや同じ言語を喋っているのかさえ分からなくなった。

「今の問答は貴様の覚悟を図るためのものだ。園を守った功労者を粗末に扱うはずが無かろう」

「……なんか、いつもと変わらない龍己さんがすげぇ心強いっす。てかそんな冷静なら止めてくださいよ」

「無茶を言うな。このためだけに仕事の合間を縫って作戦会議をしていた久遠様の頑張りを無駄にする気か?」

 ……この甘やかしめ。

 心の中で毒づきつつ久遠に視線を移すと、若干反省しているのか背を縮ませていた。

 使用人の誰よりも大柄なせいであんまり意味は無い。

「だって私、あまり堅苦しい場所は好きじゃないのよ。みんなの顔が曇るのも嫌いなの」

「そ、そうっすか。でも封印しなくて良いんすか? いつ暴走するかも分からないんすよ?」

「大丈夫でしょう」

「いい加減……それで良いんすか」

「悠くん悠くん」

 俊人が肩を叩いてきた。

「今、体調はどう?」

「え? だからもう大丈夫っす」

「ふふっ。普通はね、莫大な妖力を持つ存在が近くにいたら耐えられないものなんだよ?」

「え⁉ ていうと……?」

「普通の人には耐性が無いのよ」

 久遠が続きを繋いだ。

「私たちのような妖術師や俊人のように防御の術を掛けられている人でもない限り、熾葉ほどの妖力を放つ妖が傍にいたら体を壊すものよ。たとえ力を使っていなくてもね」

「でも俺、妖術なんか使えないっすよ?」

「多分、熾葉の力を使った時に耐性を得たんじゃないの? よっぽど気に入られたみたいだね!」

「え、えっと……てことは……」

 暴走する可能性は無い、のか?

 だとしたら、先のやり取りはなんだったのか。

「でもね。いくら耐性を得ていたとしても、莫大な力を得れば人間なんて容易に道を踏み外してしまうものよ。だから試したの。あなたが力を御することの出来る人間か」

「……結果は?」

「言うまでも無いでしょう」

 久遠は笑った。

 さっきまでの疲れ切った笑みなんかじゃない。心の底から零れた花のような笑みだ。

「正式に、あなたを泡沫の園の使用人と認めましょう」

「……っ!」

 目頭が熱くなって悠は俯いた。

 決して流すまいと歯を食いしばっても、涙は我先にと滴り落ちていく。

「ありがとう、ございますっ!」

「それはこちらの台詞だわ。あなたには感謝してもしきれないもの」

 そっと身体に何かが覆いかぶさった。

 久遠に抱かれたと理解すると、途端に全身がカーっと熱くなる。

「久遠様……その……」

「良いじゃない。今更でしょう?」

「そ、そういう話じゃなくて……」

「あ、そうそう。使用人としては認めるけど、熾葉の力を使っては駄目よ」

「もちろんっすけど……あの……」

 口を開こうにもぎゅっとされてて口が開かない。

 しばらくもごもごするも、

「……まあ、いいか」

 抵抗を止めて、悠は温かい抱擁に身を委ねた。

 暗い洞窟を抜けて日の下に出たような気分だ。嬉しいのに涙が出て、悠はそっと幸せを噛みしめた。

「これからも、よろしくね。悠」

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