カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第三話

 時間は進んで夜。

 しかも本来なら寝る時間に。

「……まったく眠れん!」

 悠は布団に包まりながら嘆いた。

 理由は明白。明日の都行きのせいだ。

 泡沫の園と麓の街しか行ったことのない実質生後二か月な悠にとって遠出———しかも国の首都へともなれば緊張しないはずがなかった。

「荷物は全部確認したし、俊人くんのオススメスポットも教えてもらったし、気を付けなきゃいけないことも教わったし。あぁ、大丈夫かな」

 久遠や瑞野のように慣れているわけでもない自分が、万が一にでも粗相をした日には。

 ……考えたくない。

「なにかあったら久遠様が責められるよなぁ。どうしよう」

 なんて布団の中で悶絶しながら、枕元の刀へ語り掛ける。

 熾葉は主となった悠の言葉に何も返さず、けれどじんわりと熱を放つ。

 普段から仄温かいのだが、最近は返事としてより熱を持つようになった気がする。

 だからと言って何を言っているかは分からないのだが。

「はぁ、全然眠れない」

 何度も寝返りを打っても一向に睡魔は来ず、やがて悠は体を起こした。

 無理をしても眠れない時は夜風を浴びるに限る。

 立ち上がって帯に熾葉を差し、廊下を抜き足差し足で進む。

「みんな寝てるよなぁ。俊人くんでも起こそうかな」

 まったく怖くない顔で憤慨する姿を思い浮かべニヤニヤしていると、

「あれ、悠くん?」

「俊人くんだ」

 なぜか対面から件の少年が現れた。

 質素な寝巻にお盆いっぱいのお菓子を抱えながら。

 ……これはつまり。

「まさか夜中につまみ食いでもするんですか?」

「そんな人を食いしん坊みたいに……。ただ集まってお菓子を食べながら雑談するだけ。瑞野ちゃんも龍己さんもいるよ」

 そういえば、としばらく前の出来事が脳裏を過る。

 自分の力不足を呪ったあの日も、確かに彼らは居間に集まっていた。

「君も来る?」

「行くっす」

 一も二も無く即答。

 俊人は苦笑しながら先を行き、居間の襖を開ける。

 ちゃぶ台を中心に使用人たちは集まっていた。

「お待たせしました。悠くんも来たよ」

「おぉ~! ようやく集まったね!」

 歓声を上げる瑞野。彼女の寝巻は日中より更にだらしなくなっており、色んなところが露わになっている。

「すまんな。来たばかりで疲れているだろうと誘うのを先延ばしにしていたら機会を見失ってしまってな」

「いえいえ、俺の方こそすぐに寝ちゃってたんで申し訳ないっす」

「普通は寝るべきなのだがな。まあ、たまには夜更かしも悪くないだろう?」

 夜だからか。いつもより相好を崩している龍己。彼の寝巻はイメージ通りというかなんというか、そのまま外着として使えそうなぐらいしっかりしている。

 初めて見る寝間着姿の一同に新鮮味を感じて、悠は思わず見入ってしまった。

「結構長くいたはずなんすけど、なんだか珍しいっすね」

「そういえば。あたしも悠の寝間着姿初めて見るかも。様になってるじゃん」

「そ、そうっすか? えへへ」

 思わず照れてしまいはにかむ。

 特別に仕立ててもらった寝巻は着心地も寝心地も抜群で、叶うならずっと着ていたいぐらい気に入っているのだ。

「まあ座れ。今日の菓子は以前訪れた行商から買った遠方の焼き菓子だそうだ」

「焼き菓子? 龍己、お菓子焼いたの?」

「いいや。小麦や砂糖などを混ぜて焼いた菓子のことだ」

「確か西部の方でしたっけ。あっちとこっちじゃ気温も湿度も違うから、食べ物とかも全然違うんでしたよね」

「へぇ、西部……」

 悠は龍己が自信満々に出した紙袋の中身を見た。

 明るい焦げ茶色の円盤は二層に分かれており、漂う香りは甘く香ばしい。

「これには苦めの茶がよく合う。飲むか?」

「あたしはいいや。苦いの苦手だし」

「じゃあ僕いただきます。あ、でもその前に……」

 俊人がウキウキと立ち上がると、居間の端にある戸棚へ向かった。

「実はこの前、麓の街のせんべい屋さんに行ってきたんだ~。それがすっごく美味しかったから食べよ———」

 と、戸棚の奥をガサゴソしていた俊人の動きが止まった。

 奥から引っ張り出された紙袋は、綺麗に折りたたまれていた。

 中身が空だと証明するように。

「僕の秘蔵おせんべい! 誰か食べました⁉」

「俺だ」「あたし」「俺っす」

「みんなかチクショー!」

 案の定まったく怖くない顔で憤慨する俊人。

 そもそも隠し場所が分かり易すぎるところが甘いのだが、非はこちらにあるため三人は黙っていた。

 ちなみに瑞野は久遠と一緒に食べたのだが、それについても黙っていた。

「それで。貴様は眠れなかったのか?」

 突然話を振られ、悠は紙袋片手に地団太を踏んでいる俊人から視線を戻す。

「はい。明日出発ってなると、ちょっと緊張しちゃって」

「分かるな~。あたしも初めての時は緊張しちゃったよ。初めて行く場所だったもん」

「瑞野ちゃんってずっと付き人として久遠様に付いて行ってたんすか?」

「うん。同性はあたししかいないしね。前は俊人が行ってたっぽいけど、やっぱり女同士の方が気楽でしょ?」

「俊人は人見知りが酷いからな。俺が行ければ良かったのだが」

「龍己だって人付き合い悪いくせに。結局あたしが行かなきゃ駄目なんじゃん」

 頬杖をついて瑞野はぼやく。そこはかとなく自慢げなのはツッコまないでおこう。

 とはいえ、自他ともに認められているっぽい瑞野が同行してくれるのなら安心できそうだ。

 問題は。

「でも、偉い人と会ったことはあるんですか?」

「朝廷の人?」

「そうっす。あの手紙の感じからして嫌な人って印象なんすけど」

「う~ん。あたしたちは園に左遷された人としか会ったことないからねぇ。雇われるときだって、ここでちょっと面接して即雇用だったから」

「俺も似たような具合だな。力に慣れずすまない」

「いや謝らないでくださいよ!」

 普段の強気な姿とは正反対の龍己に調子が崩れる。

 と、そんなやり取りを見ていた俊人がポツリと零した。

「清水の小川が流れる汚水の池ってところかな」

 吹雪のように凍える声で。

 あまりの豹変に言葉を失う悠を見つめながら。

「良い人はそれなりにいるよ。でも朝廷の空気というか、『こう在るべき』っていう固定観念が歪んだ形で残ってて、大体の人が嵌る道を選んじゃうのさ。そっちの方が楽だからね」

「なんか、見たことある言い方っすね。あれだけ観光雑誌読んでたのに」

「ああいうところに行ったことがないってことだよ。都は広いから」

 含みのある言い方だ。

 ただ、やや俯いた彼の顔には得体の知れない影が差していて、言葉にするのも憚られた。

 影は少しすると消え、いつもの優しげな表情に戻った。

「ま、都のことなら瑞野ちゃんが一番頼りになるから、まずは楽しんできなよ。お土産は期待してるからさ」

「わ、分かりました」

 未だ衝撃に言葉が出ず言いよどむ悠。

 他の二人は慣れているのか、特に反応するでもなく雑談を続けていた。

「ほら、眠たくなるまで一緒に食べてよ」

「はいっす」

 差し出されたおかきを、悠は複雑な感情と共に飲み込んだ。

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