カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第二話

 少しして、荷馬車の進路上から複数の男が馬に乗ってやってきた。磨かれた鎧が日光を浴びて煌めいており、本物だと主張している。

 先導しているのは白髪オールバックの偉丈夫。彼だけは鎧を身に着けておらず、腰に佩いた太刀の華やかな拵えが立場の程度を表している。

 その行軍は圧巻の一言だが、決定的な違和感は拭いきれない。

 

(あの刀も本物だよなぁ……)

 

 銃なら話は分かる。日本において銃の携帯が認められている役職は存在するから。

 刀の携帯が認められている役職は、少年が知る限り存在しない。

 それとも偽物? 彼らはテーマパークの従業員だったりするのか?

 

(……無いよな)

 

 頭を強く殴られた時点で演技の線は消えてしまった。

 少年が頭を悩ませている間、久遠はくるりと背を向けて偉丈夫の下へ。

 

「思ったより遅かったわね」

「申し訳ありません。部隊の編成に時間が掛かったもので」

 

 偉丈夫は馬を下りてすかさず頭を下げた。

 

「ここからは手前らが引き継ぎます。お休みください」

「そう? ならお言葉に甘えて」

 

 久遠はこちらに向き直って微笑むと、すぐ近くの草むらに移って偉丈夫の馬と戯れだした。

 役目を引き継いだ男たちは手分けして荷台の人間を下ろして聞き取りを始めた。すでに行方不明者として届け出があったらしく、テキパキと身元の確認を終えていく。

 その光景を見ながら、少年はしみじみと思った。

 

(これ、白昼夢ってやつ?)

 

 現実に見紛うほど鮮明で、けれど現実にはあり得ない幻想空間。

 なぜ舞台が時代劇風なのかは考えても無駄だろう。夢なんて荒唐無稽を地で行くカオスな世界なのだから。

 ……と、割り切れれば良かったのだが。

 

(まあ……違うよな)

 

 またしてもじんじんと痛む頭頂部が「ありえない」と断じる。

 演技でもなく夢でもない。となると、考えられるのは非現実的な可能性のみ。

 そもそもどうして自分はこんな場所に……。

 

「君、大丈夫か?」

「ひっ⁉」

 

 小さく悲鳴が出た。

 気付くと聴取が終わった人が増えており、あっという間に少年の番が来てしまった。

 とりわけ若そうな鎧武者が、手元の書類を眺めながら眉を顰める。

 

「捜索願には書いてないな。昨日今日で捕まったのか?」

「い、いやぁ~、どうなんですかねぇ~?」

 

 本当に分からず愛想笑いが精いっぱい。

 鎧武者は曖昧な態度に憤る———かと思いきや憐憫の眼差しを向けて。

 

「そういえば頭を殴られたそうだな。大事は無いか?」

「いやっ? だ、大丈夫っすよ?」

 

 思わぬ反応に少年の方が狼狽えてしまった。

 それさえも恐怖のあまり気が動転しているのだと思われたみたいで、鎧武者の温かい目がより温かく……。

 

「安心しろ。家へは必ず無事に送り届ける。もう怖がらなくても良いんだぞ」

「……」

 

 これ以上口を開くと余計に拗れそうな気がして、少年は無言を選択する。

 命は助かったのだ。あとは家に帰って、全部が悪い夢だったのだと記憶の彼方に葬りさるだけだ。

 

(……家?)

 

 奇妙な響きに感じて心の中で反芻。

 理由を考える間もなく、鎧武者は筆と手帳を準備して訊ねてきた。

 

「自分の名前は言えるか? 家はどこにあるんだ?」

「お、俺の名前は……」

 

 違和感はしこりとなって残っているが、きっと事件のショックが変に尾を引いているのだろう。

 そう自分に言い聞かせながら、少年は両親から授かった最初の贈り物を、存在を証明する唯一無二の言葉を口にしようと息を吸う。

 誰もが続きを待っていた。誰一人———少年自身ですら疑っておらず、間違えるはずのない言葉を待ち望む。

 しかし、ようやっと零れた言葉は、全員の予想を裏切った。

 

「俺の名前は……なんですか?」

 

 目から涙が零れた。泣いているのだと分かった。

 なら、泣いているのは誰だ? 大声で叫んでいるのは誰だ?

 

「俺の名前はなんですか? 俺は誰なんですか⁉」

 

 喉が裂けそうなくらい痛むのに、自分の声が遥か遠くに聞こえる。

 そう、喉が痛むのだ。痛みを感じるのだ。息を吸えば冷たい空気が肺に流れ込むのを感じ、胸を掻きむしれば浮き出た肋骨に爪が取られるのが分かる。

 ……なら、それらを感じているのは誰だ?

 どんな見た目をしている? どんな性格を? どんな家庭を? どんな歴史を? どんな暮らしを?

 ———どんな生き方をしている?

 

「俺は……俺はなんなんだ⁉」

 

 少年は叫んだ。叫ぶしかなかった。周りがどんな反応をしているかなんて気にする余裕なんかない。『自分』という存在が消えてしまわないように、ひたすら『自分』を撒き散らすしかなかった。

 そうでもしなきゃ、『自分』が消えてしまいそうだから。

 寄る辺の無い人間には、それしか出来ないから。

 

 

 だから……不意に背中が温かくなった時、少年は我に返った。

 

 

「———大丈夫よ」

 

 耳元で声がした。慈母を思わせる、低くて安らぐ声。

 背中の温もりが上下に動いて、初めて人の手のひらなんだと分かった。

 

「落ち着いて。何も心配することは無いわ」

 

 慈愛の言葉が、空虚に冷え切った心を溶かしていく。

 幾重にも折り重なった氷の壁は消えていき、最奥に閉じ込められた感情が表出。

 

「……うえっ、うえぇぇえんん」

 

 はしたなく、みっともなく。

 けれど誰にも抑えることの出来ない感情が、青空の下に響いた。

 しばらくの間、久遠は少年の背中に手を置いたままじっとしていた。時折その背を撫でて、決して一人にしないと断言しながら。

 その胸の中で、少年は幼子のように泣いた。ただひたすらに。

 

 

 

 やがて少年が落ち着きを取り戻すと、今度は堪えようのない羞恥心に顔を赤らめた。

 大勢が見ている中でわんわん泣いたのだ。穴があったら即行で飛び込むレベル。

 

「落ち着けたかしら?」

「はい。そりゃもうばっちりと……」

 

 正直それどころじゃなかった。

 それでも彼女に甘えっぱなしになるわけにもいかないので、強引に涙を拭い背筋を伸ばす。

 

「ごめんなさい。名前とか、どこから来たのかも分からなくて」

「殴られたと聞いたのだけれど」

「多分それ以前っす」

 

 思い返してみると、意識を取り戻した時点で違和感は拭えないほどあった。

 きっと捕まった際に頭を殴られたのだろう。一時的な健忘ならすぐに戻るはずだ。

 とはいえ、現時点で分からなければ手の施しがない。

 

「ごめんなさい。何も分からなくて」

「謝らないの。あなたは何も悪くないのよ? 悪いのはみんなあそこの人たちなんだから」

 

 冗談めかした口調で久遠はお縄についた武人たちを指す。文字通り茶色の縄でぐるぐる巻き状態で、手錠だのコートなどは掛けられていない。

 会話に一区切りがついたのを見計らい、偉丈夫が間に入る。

 

「いかがいたしましょう。人相書きにこの者の情報はありません」

「そうね……」

 

 少年をじっと眺めていた久遠は、名案とばかりに膝を打った。

 

「私の方で保護するわ。情報が分かり次第、園に伝えてちょうだい」

「はっ!」

 

 話しかけられた鎧武者が軍人ばりの敬礼をして、他の被害者の対応へと去っていった。

 取り残された少年はどうすべきかと見回していると、久遠が覗き込んできた。

 

「あなたはどう? もしかして嫌だったかしら?」

「えっと……あなたの家に行くんですか?」

「そうよ。もし嫌なら別の方法を考えるのだけれど」

 

 そんなの、断れるはずがない。

 

「と、とんでもないっす! ありがとうございますっす!」

「ふふっ、良い返事ね」

 

 久遠は満開の椿を思わせる笑顔を見せた。

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