カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第四話

「忘れ物はない? 着替えの服は入れた?」

「入れたっす」

「懐紙は? ご飯を食べたりするときに汚れたままだとはしたないよ」

「持ったっす」

「俊人は心配性だねぇ~」

 玄関先で矢継ぎ早に確認する姿に瑞野が苦笑。

 久遠と使用人一同は準備を終え、朝食を終えたこの時間にいよいよ出発となった。

「だって初めて行くんでしょう? なにかあったらって思うと気が気じゃないよ」

「平気っすよ。俊人くんよりはちゃんとしてますし」

「ほんとかな……。ん? 今馬鹿にされた?」

「さあ? なんのことっすかね」

 すっとぼけておきつつ、悠は背負った風呂敷の重みを確認する。

 中には着替えの服や雑貨など最低限の物しか入っていない。財布や俊人の覚え書きなどは袖の膨らみに入れており見かけより身軽だ。

 もちろん、腰の帯には熾葉が差してある。この一か月で重みにも慣れ、もはや無いと落ち着かないぐらいだ。

 瑞野も同様の出で立ちで、手には細身の杖を持っている。

「足悪いんすか? 杖なんかついて」

「ん? これ? これは仕込み杖だよ。ほらっ!」

 瑞野が持ち手を捻ると、剃刀のように細い直刀が出て来た。

 男心を擽る仕掛けに思わず。

「かっこいい! めっちゃかっこいいっす!」

「でしょ? 斬り結ぶのは無理だけど、もしもの時の自衛には十分使えるから便利なんだよね」

「持ってみて良いっすか?」

 ワクワクを抑えきれず反射的に手を伸ばす悠。

 次の瞬間、熾葉が熱した焼き鏝のように熱くなった。

「あっつ! なにっ⁉」

 跳ねた体を落ち着かせながら睨みつけるも当人(当刀?)は知らんぷり。

 ……まさかやきもち焼いてるのか?

「……ごめん」

 とりあえず謝ってみた。

 すると熱が引いていき、数秒後にはいつもの温度に戻った。

 予想外のことに一同は呆然。

「……本当に気に入られたのね」

 徐に久遠が呟く。

 頷くしかなかった。

「……と、とりあえず熾葉の方は大丈夫そうだね。悠くんが浮気しなきゃ」

「急になんてこと言うんすか。さっき弄ったのまだ引きずってます?」

「うん」

「即答した」

 狙ってか否か、俊人のお陰で緊張は解けた。

「お前もあんまりカッカしないでくれよ」

「……」

「ゆっくり温度を上げるのやめてくれない?」

 妖刀の威厳はどこへやら。嫉妬深い猫を躾けている気分だ。

 こんな姿を見れば、朝廷の偉い人も警戒しないでくれるだろうか。

「屋敷の方は頼むわね。熾葉が無くなったことはまだ知られていないから、危険な妖が来るかもしれないもの」

「手前らにお任せください。無事のご帰還をお待ちしております」

 悠と熾葉が攻防を繰り広げている傍ら、久遠は園の主らしく居残り組へ注意事項なんかを話していた。

「多分いないとは思うのだけれど、旅の僧が本殿にお参りしたいと訪ねてきても断ってちょうだいね」

「かしこまりました」

「そういえば、結局修理してないですもんね。どうしますか? 大工を雇うなら僕らがやっておきますけど」

「いいわ。直したところで肝心の中身はここにあるもの」

 久遠はチラリと熾葉を見る。

 深緑の瞳から温和な雰囲気は消え、鋭利な刃物のような警戒心が浮き出ていた。

「でも、もし直すよう言われたら直さないといけないから、その時は瑞野に式神を飛ばしてもらうわね」

「ん。任せて!」

 と、瑞野。

 いつの間にか以前も出ていた式神の一匹が出ており、瑞野の頭に顎を乗せて休んでいた。

 緑色の巨鳥は悠を一瞥すると、初対面時とは打って変わって嘴から鋭い歯を覗かせる。

「なんか俺、嫌われてます?」

「ううん。多分熾葉に反応してるんだよ。ほらほら、大丈夫だよー」

 瑞野が懸命に宥めてくれたことで視線は外れたが、それでも羽毛の逆立ちは収まっていない。

「嫌われてんね。お前」

 どうでもいい、と言わんばかりに熱を帯びる熾葉に、先行きが思いやられて悠は嘆息。

 道中で振り落とされてしまわないか心配だ。

「さて。それじゃあ行くとしましょうか」

「うん! 乗って乗って」

 瑞野は元気に巨鳥に跨ると、片方の手を悠へ伸ばした。

「え、俺っすか? 久遠様じゃ」

「乗るのは初めてでしょう? 私が後ろから押さえてあげるわ」

「いやそれはさすがに申し訳ないと言うか男の精神衛生にマズいと言うかちょっとテンパっちゃうと言うか———」

「ほらほら、訳分かんないことばっか言ってないで乗ってよ」

「ふふっ、造語まで話しちゃうなんて。そんなに怖がらなくて大丈夫よ」

「いや違っ……」

 上手い断り方なんて思いつかず。

 押し負けて悠は瑞野の後ろに乗る。

 その際に巨鳥が片足を使って階段を作ってくれた。少なくとも落とされる心配はなさそうだ。

 そんなことより、案の定久遠が後ろに乗った途端に頭に柔らかいナニカが乗ってしまった。

 柔らかくて、良い匂いがして、包まれてるようで安心して。

 ……あっあっあっ。

「俺は石俺は石俺は石俺は石俺は石……」

「急にどうしたの? そんなに怖いなら歩いていく?」

「いや大丈夫っす。耐えます」

 口ではそう答えつつ、無意識に助けを求めて視線を居残り組の二人へ。

 ところが二人は問題に気付く様子もなく、勘違いしたのか心配そうに顔を歪めていた。

「悠くん。そんなに高いところ無理だったのか」

「無茶はするな。恐怖はそう易々と克服できん」

「だから平気っすよ! まったく」

 心配してくれて嬉しいし申し訳ないのに、肝心の中身が違うもどかしさについ大声が出る。

「初めてだから緊張して心臓バクバクしてんすよ。ていうかそっちこそ、先輩ばかりに任せてちゃ駄目っすからね!」

 空気を壊したくて悠は叫ぶ。もちろん俊人へ向けてだ。

 ところが、

「ああ、分かっている。己の職務は全うする」

「……え、なんで龍己さんが答えるんすか?」

「む? 違ったのか?」

「だって先輩に任せてばかりじゃダメって意味で言ったんすよ?」

「だから先輩である俊人に頼り切りでは駄目なのだろう? 肝に銘じておこう」

 腕を組みながら答える龍己。そこに冗談の類は一切ない。

 つまり……。

「え、俊人くんが先輩?」

「そうだ」

「え、えっと、あ、あれっすか? 同時期に入ったけど、僅差で俊人くんが先だったとか?」

「二年ほど間はある」

「……」

 まとめると。

 頼りになって威厳があって久遠が不在時には代わりに執務を執り行う龍己が恐らく二番目で。

 人見知りで普段はのほほんとしていて弄り甲斐のある俊人が最初……?

「……」

「……よしっ、悠が混乱してる今のうちに行かないと」

「そうね。龍己、俊人、あとはお願いね」

「かしこまりました」

「お任せください」

 別れの挨拶もそこそこに。

 瑞野が合図を送ると、巨鳥は大きな翼を広げて優雅に舞い上がる。

 手を振る俊人の姿がたちまち豆粒大にまで小さくなり、清々しい晴天の中へ大海のように浮かぶ。

「飛ばすね! 行けっ」

 巨鳥は返事をするように澄んだ鳴き声を上げ、都へ向けて飛び出した。

 凄まじい風、頭の上にある極楽にして拷問に等しい感覚。

 普通なら動揺するところだが、それ以上の衝撃に悠は参っていた。

「俊人くんが先輩……似合わないな~」

「ふふっ、適材適所よ。たまたま龍己が事務が得意だっただけで、俊人は俊人の役目があるもの」

 後ろで久遠は誇らしげに言った。

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