カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第五話:雲上京

 そこは、人によって出来た樹海のようだった。

 見渡す限りの、人、人、人。風体も言葉遣いもまちまちな老若男女が、中央通りである御上道を賑やかに行き交っている。

「いや~、やっと着いたね。都に」

「ここが……都……」

「初めてだと圧倒されちゃうでしょ?」

 人目も憚らず両腕を広げて。

 どこか誇らしげな表情で瑞野は言った。

「ようこそ。叢雲国の首都にして帝のお膝元、雲上京(うんじょうきょう)へ!」

 首都。それは国にとって最も重要な都市のこと。国内の流通の中心ともなり、当然活気は他の村落の比じゃない。

 雲上京も例に漏れず、凄まじい人間の密度に眩暈さえしてしまうほどだ。往来人も都会らしく、見慣れた服装の平民から仰々しい刀を差した武家の人間と多種多様だ。

「やっぱり何度見ても飽きないね~。色んな人がいっぱいだよ」

「わ、分かったっすから。あんまり騒がしくしてると邪魔になっちゃうっすよ」

「ちゃんと見てますよーだ。そんなことより、どう? 初めて見る都は?」

 ウキウキワクワク。

 わんぱく小僧も顔負けの興奮状態に感動が押し負けてしまう。

 それでも、泡沫の園では感じることの出来ない空気感はやはり特別。身の引き締まる感覚と沸き立つ好奇心は留まるところを知らない。

「すごいっすね。なんか首都って感じがするっす」

「そりゃ首都だもん。そうじゃなくて、他に言うことはないの?」

「あ! お洒落な人が多いっすね」

「だからそうじゃないってば」

「ほらほら二人とも、ひとまず宿へ急ぎましょ?」

 温かい眼差しを向けていた久遠の一言で、一行は御上道から少し外れた通りの旅籠屋へ。

 さぞ豪華なところなのだろうと半分不安だったのだが、蓋を開けてみれば一般客が入るような質素な宿だった。やや色あせた暖簾が入口に掛けられ、傍らには小さな行灯が置かれている。

「意外と……その……」

「言いたいことは分かるわ。でも、中に入ったらきっと驚くわよ」

 久遠は慣れた様子で中へ入った。

 ……外からじゃ分からないことだってあるか。

 やや納得しかねるものの、とりあえず後に続いて暖簾をくぐる。

 ところが、中も案の定シンプルを突き詰めたような装いだ。

「瑞野ちゃん瑞野ちゃん」

「はいはい」

 久遠が女将と話している最中を見計らい、後からやってきた瑞野に悠は耳打ち。

「久遠様って偉い人っすよね? てっきり金持ちしか来ないような派手なところに泊まると思ってたんすけど」

「初めのころはそうだったよ。でもあたしも久遠様もそーいうとこ嫌いだから辞退してたんだ。ここは御上道から近いわりにあまり人が来ない道だから、なにかと便利なんだよね」

「そういう事情が」

 たしかに厳かな場でふざけたりする久遠にとって『目上の人間』としか扱われないような場所は居辛いだろう。

「ごめんね。期待してた?」

「いいえ、むしろホッとしたっすよ。俺も堅苦しいところは好きじゃないんで」

 疑問が解消したちょうどのタイミングで、久遠も話し合いは終わったようだ。

 彼女の手招きに応じて宿に上がり、細長い廊下を歩いていく。

 あくまで質素というだけで、板張りの廊下や壁には埃一つなく、漂う空気も澄んでいる気がする。天井なんかに剥き出しの柱は年季が入っていて、どこか落ち着く雰囲気だ。

 どことなく泡沫の園を思い起こす内装に、自然と張り詰めていた肩の力も抜けていく。

「こちらでございます」

 先頭を行く女将が足を止めたのは、廊下の終点に近い一室の前だった。

 要人が止まるからなのか一際内側に面しているようで、あまり陽の光は入らず薄ら寒い。

「中へどうぞ。火鉢の用意は済ませております」

「ありがとうございます。今回もお世話になりますね」

「お世話になります」

 流れで入ろうとした刹那、妨げるように腕が突き出された。

「男性の方には隣室を用意しております。どうぞそちらへ」

「あ、そっか。すみません」

 考えてみれば男女が一部屋に泊まるはずがない。

 危うく変質者になるところだった悠を、後ろで瑞野がクスクス笑う。

「もしかして緊張してる? 一緒に寝る?」

「間違えただけっす! 久遠様も笑わないでください!」

「笑ってなんかないわ。初めての場所は緊張するものよ。なんなら一緒に寝ましょうか?」

「大丈夫っす!」

 善意が透けているだけになおさら反論できず、悠は横にずれて後ろの瑞野を中へを急かす。

 からかう彼女を何とか振り切った悠が連れてこられたのは隣の部屋。久遠の部屋より幾分小さいものの、一人で泊まる分には十二分の広さだ。

「お食事も含めて(わたくし)以外が来ることはございません。相部屋ではございませんので、ごゆっくりおくつろぎください」

「どうもっす」

 その後は簡単な案内を聞き、女将が去ったところで懐から俊人お手製の覚え書きを取り出す。

 注意事項の他にも都のオススメ店がいくつも記されており、単純な観光案内としてもかなり優秀だ。

「ほんとは来たかったんだろうなぁ」

 表には出していないが、あの熱の入りようは思い出すだけで胸が痛む。

 今度、久遠様に連れてって良いか聞いてみようか。

 ……駄目だな。

 式神を使っても片道だけで五日が経った。徒歩となれば一週間以上は確実、長期休みを使ったって往復だけで終わってしまう。

「瑞野ちゃんを連れてくのも難しいもんなぁ。諦めるしかないか」

 やはり俊人には都への道は遠いみたいだ。

「ま、そのうち機会はあるか」

 今は自分のことを考えなければ。

「この後はどうしよっかな。朝廷へ行くのは明日だし、なんか面白そうなところでもないかな」

 畳に寝転んで覚え書きをペラペラしていると。

「やぁ! そこの暇そうにしてる少年!」

 声掛け一つなく襖を開けて瑞野が乱入してきた。

 突然の大声に悠は驚き、その拍子に覚え書きが宙を舞う。

「び、びっくりした~! どうしたんすか?」

「暇そうだから来たんだよ! 暇でしょ? 暇だよね⁉」

「決めつけんのやめてくれません?」

「分かった。で、実際どう?」

「暇っす」

「ん。正直でよろしい」

 うんうん頷きながら部屋に入ってくると、散らばった覚え書きには目もくれずに悠の腕を掴み、

「じゃ、このあたしが都を案内してしんぜよう。一緒に行こ」

「きゅ、急っすね」

 とはいえ、都へ繰り出したかったのも事実。

 夕食まで時間はある。

 となれば———。

「行きましょっか」

「よし行こう!」

 こうして、二人は財布や最低限の荷物を持って旅籠屋を飛び出すのだった。

 その姿を、部屋の窓から久遠は眺めていた。

「ふふっ、すっかり仲良くなって。良かったわ」

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