カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第六話

 御上道は文字通り宮殿へ一直線に続く巨大な道だ。古くから神聖な道とされ、神話の一説には神が通った道とも言い伝えられている。

 要は都で最も有名で最も人の多い道というわけだ。となれば当然、客を欲する店にとって一番の激戦区なわけで。

「西部の港町の伝統細工、ここらじゃ見かけない逸品をどうぞご覧あれ!」

「秘伝のタレに漬け込んだ鶏肉の串焼きだ。うまいようまいよ!」

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。世にも珍しい二枚貝の殻を使った小物入れに箸置き、洒落た茶器はいかがかな!」

「……おぅ」

 右から左から。

 前から後ろから。

 四方八方から押し寄せる客寄せの熱量に、悠はすっかり圧倒されていた。

 御上道商い通り。

 屋台や老舗が特に集まる所謂商店街の真っただ中、感覚が伝えまくる情報量の多さに眩暈さえ覚える。

「めちゃくちゃ多いっすね」

「人が? お店が?」

「どっちもっす」

「だよね~! あたしも初めて来たときは驚いたなぁ~。もはや恐怖だよね」

 首がもげそうなほど頷いてしまった。

 人が成す波は巻き込まれれば最後、宿とは見当違いの方向へ流されてしまいそうで。

 悠はぎゅっと瑞野の手を握りしめる。

「迷わないようにしましょうね」

「うん。気を付けよう」

 田舎者二人は固く誓い、意を決して人波の中へ身を投じた。

 数分後。

「瑞野ちゃーん! どこーっ!」

 人目も憚らず、悠は付き添いの名を叫んでいた。

 手まで握り、視界に入れてまで一緒だったはずの少女は、ふと目を離した隙に跡形もなく消え去ってしまった。

 恐るべし大都会。神隠しだってここまですんなり連れ去れまい。

「どうしよ。マジでどうしよ」

 ひとまず道の片側に寄り思案。

 さすがに子供じゃないのだからはぐれても平気だとは思うが、だからと言って安心できるものじゃない。

 「都は色んな人がいるから危ない場所なんだよ」と俊人に口を酸っぱくして言われたのに。

「変な人に連れ去られてないかな。なにか事件に巻き込まれたらヤバいって」

 最善策は今すぐ宿に戻って久遠に報告すること。少なくともそうすれば見つけることも容易くなるはずだ。

 不可能という点を除けば。

「えっと、宿ってどっちの方向だっけ」

 御上道は一直線に伸びる道だが、人の波と無数の横道によって迷路のようになっている。

 ここへ来るまでに横へ逸れた可能性だって無きにしも非ず、通りを突き進んだところで逆に迷うのがオチだ。

 つまるところ、八方ふさがり。

 もはや頭を抱えるしかなかった。

「どした、兄ちゃん」

 突然話しかけられ、悠は顔を上げる。

 土方と思しきふんどし姿の男が心配そうに見下ろしていた。

「おっかさんかおとっつぁんとはぐれたか?」

「いやそういうわけじゃ……いやまあ、そんなところか」

「ハッ! ひょっとしてお上りさんかい?」

 ズバリ言い当てられて頷くと、男は「やっぱり!」と言わんばかりに手を叩き、

「そりゃ心配するだろうな。でも兄ちゃんも子供って歳じゃねぇし、少しばかり一人で遊んで良いんじゃねぇか? 宿か部屋か見つけてあるだろ?」

「まあ、そうっすね」

「なら折角の雲上京、一人で回ってみ。騒がしいのが玉に瑕だが住めば都、慣れれば退屈しないぜ」

 景気づけとばかりに悠の肩をバンバン叩いて男は立ち去った。

 初めて出会った人間にも親切なのは、さすが都会といったところだろうか。

「一人で回ってみろ、か。不安っちゃ不安だけど」

 探しに行ったところで見つかるかは怪しい。

 ならば、瑞野を信じて自分は自分の道を行こうか。

「ま、何かあっても大丈夫っしょ。な、熾葉」

 周囲を怖がらせないよう布で覆っておいた相棒は、窮屈な思いをしているだろうに元気に反応を返してくれた。

「っし。となったらお土産でも見て回ろう!」

 幸い、悠が行き着いた通りには土産物屋が特に多い。ご当地物というより、各地の珍品を集めた雑貨屋といった趣だ。

 数歩も歩けば第一のお店が。

 こじんまりとした外観ながら人の出入りが激しく、店内も中々の賑わいを見せている。

「お邪魔しま~す」

 小さく断って足を踏み入れた瞬間。

「いらっしゃい! 何をお求めで?」

「……おぅ」

 絶対に人ごみに紛れる程度の存在感だったはずが、店員と思しき青年に声を掛けられてしまった。

 まさか見つかるとは思わなかっただけに変な声が出てしまい、小首を傾げる青年に慌てて両手を振る。

「すみません。声を掛けてもらえるとは思わなくって」

「なんだ、お兄さん『九十九堂』を知らなかったんですか」

「つくもどう?」

 そういえば店名を見ることもなく入ってしまった。

 ……怒られるかな。

 恐々としつつ反応を待つと、青年は顔いっぱいに喜びを表した。

「お兄さん幸運ですね。たまたま入ったところがうちだったなんて。うちは遠方からいらっしゃる方や何かの記念日に来る方に特別な細工物を作るんですよ。んなもんで、来たお客さんはちゃんと見てますよ。ちょっと値は張りますが、どうです? 記念に一つ」

「えっと……そうっすね……」

 予想外の反応に断る勇気もなく首肯。

 青年は嬉々として奥から帳簿を持ってきて筆を握る。

「どんな品をご所望で?」

「えっと、なに、なにがあるんですか?」

「何でもござれですよ。団扇、箸、小刀の鞘。時間はかかりますが、煙管や箱膳なんかもお作りできます。観光に来た方は持ち帰りに適した軽くて小さい物を注文することが多いですね」

「う~ん。じゃあ」

 園に残した面々を思い浮かべながら。

 ……瑞野ちゃんの分も無いと不貞腐れちゃうか。

「小刀と手ぬぐいと扇子を一つずつ」

「模様や素材やらはいかがしましょう」

「そうっすね……」

 悠は淀みなく注文を進める。

 プレゼントを贈る側になるだなんて、園に来た頃では思いもよらなかっただろう。

 喜ぶ顔が見るのも楽しみだし、使ってくれるなら贈った甲斐があるというものだ。

「以上の三点でよろしいですか?」

「そうっすね」

 内容を確認して頷くが、悠の表情は仄暗い。

 ……本当はもう一品あった。

 恩返しのため、感謝のため、贈りたい人がいる。

 けど、選ぼうとすると動悸が激しくなってそれどころじゃなくなってしまう。

 他の人への品はすんなり選べたのに。

 ……喜んでくれるかどうか、怖くて怖くてしょうがない。

「俺が言うのもなんですが……」

 不意に青年が口を開いた。

「贈り物って心が大事だと思うんです。いくら高価で珍しい品だって適当に選んだって分かればありがたみは薄れるし、逆に相手のことを考えまくって選んだ品なら、例えその辺の小石だって喜んでくれると思うんですよ。まあ極端っちゃ極端ですけど」

「……えっ?」

「いや、お節介だったら申し訳ないんですけど、もう一人いるんじゃないかと思って。あげたい人」

 図星を突かれて思わず目が丸くなる。

 顔に出していたのかと頬に触れるも分かるはずがなく。

「えっと、ごめんなさい」

「謝んないでくださいよ。よくいるんですよ、そういうお客さん。大抵……お相手は想い人なんですけど」

「ッ⁉」

 顔が焼けてしまいそうだ。

 否定したくても言葉が出ない。

「ありゃ、図星?」

「い、いや、ちが、違くて」

 天地神明に誓って恋心を抱いているわけではない。

 確かに久遠は魅力的だ。優しくて、けれど芯を通す強さがあって。包容力があって、けれど教えを説く厳格さもあって。居場所のない悠に優しくしてくれて。道を誤りそうになっても見捨てず説教までしてくれて。良い匂いがするし、一緒にいると安心するし、肌が触れただけでドキドキするし滑らかな声が鼓膜に触れるたびに神経を愛撫されたような感覚になるし慈愛の籠った眼差しを向けられるたびに意識してもらえているんだって胸が高鳴るし艶やかな桜色の唇に名前を呼ばれるたびに脳幹から全身へ快感が突き抜けるし———。

「あっあっあっあっ」

「やっべ。余計な事言っちゃったか」

「……はっ!」

 危うくイケない領域へ突っ込みそうになってしまった。

 最後の理性に押し留められて現実へと生還し、悠は一つ大きな息を吐く。

「ふぅ、すみません。ちょっと」

「い、いえいえ、お帰りなさい(?)」

「えっと、ただいまっす(?)」

 謎の挨拶を交わす二人。

 ただ、青年の一言で決心がついた。

「それじゃあ、あと一つ良いっすか?」

「どうぞ。一生懸命取り掛からせてもらいます」

「じゃあ……」

 最後の一つ。久遠へ向けた贈り物の注文を終えて、悠は見積り額に同意する。

 お給金がだいぶ減ってしまうが、その分の価値はあったはずだ。

「滞在はいつまで?」

「えっと……とりあえず明々後日まではいると思います」

「分かりました。では早ければ明後日の昼頃にお届けします。遅れる場合は明後日までに使いの者を宿に送るので、受け取りが難しい場合はご一報ください」

「はい。お願いします」

 一仕事やり切った達成感に浸りつつ九十九堂を後にする。

 だいぶ時間が掛かってしまった。腹の空き具合を鑑みるにおやつの時間だろうか。

「先払いにしとくんだったかな。あんまり使い過ぎないようにしないと」

 数日後に軽くなる財布に寂しさを覚えつつ歩き出す悠。

 小腹を満たす店は至る所にあるが、宿の夕食を堪能するためにも下手に満たすのは得策じゃない。

 都の菓子というのもそそられるが、果たして安易に買って良いものか。

 通りすがりの一人から財布をスリ盗り、己の腹と額を合わせて相談。

「う~ん。悩むなぁ。食べたい気もするしなぁ」

 欲求の赴くままに貪るのも旅の醍醐味か。

 などと考えていると、目当ての女性と遭遇。

「お姉さん」

 なるべく警戒させないよう声を張り上げながら。

 悠はスリ盗った財布を差し出した。

「お姉さん。これ、落とさなかったっすか?」

「え? あ! 嘘っ!」

 慌てて懐の中をまさぐる女性。

 空だったことに気付くと、顔を青白くさせて財布を受け取る。

「ありがとうございます! いつ落としちゃったんだろ。穴は空いてないんだけど」

「こんだけ人が多いとぶつかった拍子にずり落ちちゃったりしますもんね。見つけられて良かったっす」

「本当にありがとう。何かお礼でも———」

「気にしないでくださいよ。でも、次から落とさないように気を付けて」

 こちらが申し訳なくなるほど頭を下げる女性を宥めつつ、ホクホク気分でその場を離れる。

 善行をすると気分が良いものだ。

「良かった良かった」

 ニヤける顔を堪えながらお店を数軒通り過ぎ、目についた裏路地へと入り込む。

 人が入るような場所ではないためか雑草が生えていて、奥へ行くほど陽の光さえも差し込まなくなってくる。

「……この辺で良いか」

 表通りが完全に見えなくなった所で悠は足を止めた。

 後ろについていた足音も。

 悠が振り向いた先には、今しがた財布をスリ盗った男が立っていた。

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