カクリヨ・レヴナント   作:華月 珠音

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第七話

「やってくれたな。クソガキ」

 粗暴な口調、小汚い身なり。

 いかにも悪漢といった風貌の男が、退路を塞ぐように仁王立ちしている。

「スリにしては横柄だな。身の程を弁えろ」

「俺からスリ盗った癖によく言うぜ。テメェが盗んだって大声出しても良かったんだぜ」

「出来るのか? 犯罪者のくせに」

 役人に見つかれば窮地に陥るのは男の方。

 それを理解しているからこそ、わざわざ後をつけていたはずだ。

「なんでスリなんかした? 働き口ぐらいいくらでもあるだろ」

「身なりのよろしいお坊ちゃんには分かんねぇだろうな。俺は食い扶持を稼ぐためにやってんじゃねぇ。いやまぁ、理由の一つっちゃ一つだがな」

 熱に浮かされた口調で。

 どこか遠い目をしながら男は語る。

「スリってのは芸術なんだ。誰にバレるでもなく、静かに、孤高に、完璧に遂行する。俺はこの美学を体感するためにやってんのさ」

「要は娯楽のためか」

「娯楽じゃねぇ。芸術だ」

「お前のような服を着ただけの野猿が芸術を語るな」

「……テメェの方こそ、この状況が分かってねぇのか?」

 男は懐から一本の短刀を抜き出した。

 ……悪党はどいつもこいつも似たり寄ったりだな。

 既視感さえ覚える行為についため息が出る。

 アレと違って妖術師ではなさそうだが。

「お前は考えることをしないのか? それとも、あまりに阿呆で考えることを忘れたのか?」

 熾葉の柄に手を置きながら悠は言った。

「人通りの多い道ではなく、なぜわざわざ人気のない裏路地に入ったと思う?」

「さあな。死にたい気分だったんだろ?」

「はぁ、愚かだな。救いようが無い」

 人気のない場所へ来た理由は、人目につかないから。

 人目につかないということは、何かが起きても悟られにくい。

「最後の警告だ。お前の下らん芸術とやらが卑俗な自己満足でしかないと知り、以後繰り返さないと誓え」

 語気を強めて凄む悠。

 しかし、男は睨まれても動じることなく、むしろ小馬鹿にするような笑みを浮かべて、

「人に頼むときは誠意を見せねぇと、な? 顔を地面にこすりつけて、「お願いします~」って頼んでみろ」

「……そうか」

 短刀を揺らしながら近づいてくる男。

 更生の見込みは無い。

「それなら———」

 ———殺すか。

「はーい。そこまで!」

 突然、第三者の声が二人の間に割って入った。

 あっと思ったのも束の間、男の後ろから細長い手が伸びて。

「はい、捕まえた」

「おいっ、なにすんだ!」

 背後から抱き着かれて男は悶えるが、細長い手は慣れた手つきで縄を巻き拘束。

 面食らう悠の前でたちまち成人男性の芋虫が誕生してしまった。

「いやぁ、君ちょっとデカいよ。縄が足りなくなるかと思った」

 飄々とした態度でぼやくのは、悠より幾分年上といった外見の青年だった。

 陽に焼けたのか若干赤茶けた髪を下ろし、額には蓮に似た模様の描かれた鉢巻きを巻いている。しなやかな長躯は目立たない色合いの服で覆われているが、重心を据えた立ち方は一般人とは違う。

「お前は?」

「お前って……罪人以外から言われるのって初めてかも」

 依然警戒を解かない悠に気付いたのか、青年は爽やかな笑みを浮かべる。

「御上道奉行所商い通り見張り番屋の者だよ。仕事中になにやら剣呑な空気がしてきて馳せ参じたら案の定だった。そして今に至るってわけ」

 人懐っこい笑みで答える青年。普段なら警戒なんてすぐに解けていたが、先の手つきを見た後だと解く気になれない。

 一方、組み伏せられた状態の男は悔しそうに歯ぎしり。

「クッソ! テメェらグルか!」

「グル? どゆこと?」

「しらばっくれんな! 俺をここに誘き出してとっ捕まえる算段だったんだろ」

「……説明してくれる?」

 二人同時に視線を向けられ悠は嘆息。

「さっきこいつが女の人から財布をスリ盗ったのを見た。だから財布をスって持ち主に返して、こいつをここに誘い込んだ」

「ああ……なるほど。理由はさておき、幸運が重なったわけか。こっちの人にとっては不運だろうけど」

 うつ伏せの男に苦笑しつつ、青年は強引に男を立たせる。

「スリの方は立証が難しいけど、裏路地に入って民間人を恐喝したんだから相応の罰を受けてもらう。短刀まで使っちゃ言い逃れ出来ないね」

「ふざけんな! じゃあ俺から盗んだあいつもしょっぴけよ!」

「盗んだものを盗み返して本人に返したわけだし、一周回って善行になるから無理だね。というか仕事を増やしたくない。迷子探しもあるってのに」

「迷子?」

「そう。緑髪の子が見張り番屋に駆け込んできてね。一緒に来ていた子がいなくなったって言ってたんだけど……」

 青年は言葉を切り、勘付いたように悠を凝視。

「……ひょっとして、君が悠?」

「……そっすね」

「……あー」

 複雑な面持ちで空を見上げた青年は、しばしの時間を経て続けた。

「とりあえず、一緒に来てくれる?」

「っす」

 先ほどの感情が申し訳なさに一掃され、悠は委縮しつつ青年に続いて裏路地から出た。

 見張り番屋は商い通りの入り口近くにあったらしく、道中は奇異の目線に晒されてしまい完全に肩身が狭くなってしまった。

 悪いことはしていないはずだが、なぜか自分が悪人に思えてくる。

 俯いたまま無言で歩くこと数分、前を行く青年の足が止まった。

 そして、

「あ! いた!」

「瑞野ちゃん……」

 快活な声に顔を上げると、瑞野が顔を紅潮させながら向かってきた。

「どこ行ってたの⁉ 急にいなくならないでよ!」

「こっちの台詞っすよ。手繋いでたのにどこいったんすか」

「悠の方が離したんじゃん! あたしはただ……良さそうな飾り物を見つけて、ちょっと興味をそそられただけなのに」

「じゃあやっぱり手離したの瑞野ちゃんじゃないっすか。というかそもそも———」

「はいはい。喧嘩は二人の時にしてね」

 ヒートアップしかけた口論に割って入る形で青年が声を上げる。

 二人が言い合いをしているうちに悪漢の方は仲間に引き渡したようで、代わりにその手には一枚の紙が。

「えっと、この人相書きの人で合ってるのかな?」

 差し出された紙には、墨で描かれた悠の肖像画が。

 ……そこはかとなく気弱な感じが強調されている気がする。

「はい。時間を取らせてすみません」

「いえいえ、ま、これも仕事の内だしね。君もなにかあったら頼ってくれていいんだよ?」

「肝に銘じます」

 にこやかな顔で告げられ、悠と瑞野は何度も頭を下げながら帰路につく。

 陽は完全に落ち切ったわけではないが、明日のこともあるので早めに休みたかった。

「まったく。折角の都なのに買い物出来なかったじゃん」

「てことはすぐにあそこへ駆け込んだんすか?」

「そうだよ。こっちに来る前にちゃんと言っとくんだった。迷子になったらすぐに見張り番屋に行けって」

「存在すら知らなかったっすからね」

 思えば俊人からそんなことを言われた気もするが忘れた。どうやら浮かれていたのは自分だったようだ。

 と、自重の念を抱いていると、不意に。

「それでさ、悠。なにか嫌なことあった?」

「唐突っすね」

 神妙な顔で言われ言葉に詰まる悠。

 スリの件は言うべきか否か。逡巡した末に腹の底へ沈めて。

「別に特段なにかあったわけじゃないっすけど、どうしてっすか?」

「ん? 無いなら良いんだ。ただ……」

 言い辛そうに淀みながら。

「さっきの悠、ちょっと怖かったからさ。変な人に絡まれたりしたのかなって」

「……何もないっすよ」

 嘘を吐いた。

 いや、嘘じゃないのかもしれない。

 なぜなら本当に、自分の中では些事でしかなかったからだ。

 言わば、道端に生えた不躾な雑草を刈り取ろうとしただけ。それ以上でもそれ以下でもない。

 ……なのになんで、怖がらせちゃったんだろう。

 不可解がしこりとなって胸に取りつき、悠は心の中でため息を吐いた。

「急ぎましょ」

「うん」

 ただ、それしか声を掛けられなかった。

 ———腰に差した妖刀が、不気味な熱を帯びた。

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