翡翠よりも美しく   作:O0 rn rm %$

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Ⅰ 『翡翠』
プロローグ


 世界には、完全犯罪というものがある。

 

 

『誰にも言わないでほしい事があるの』

 

『…またなんだよ。いいから早く行けって。今日はおまえン親の葬式だろ――って、なんだその黒い残骸』

 

『火元はキッチン…コンロがガス式だったから。だから、誰がどう見ても故障にしか思えないレベルで細工した

 

『……お前がか!?』

 

 

 不思議と。

 

 アレは黙ってさえいれば、文字通りに完全犯罪として成立した。

 なのに、なぜか不思議と例の親友にだけは、素直に真実を打ち明けてしまった。

 

 

『わかった、黙っとく』

 

『っ、いいの!?ほんとうに?!

 

『驚きすぎだろ。でもまぁ、普通そういう反応するわな』

 

『ごめん、はしゃぎすぎた……』

 

『別にいいって、菓子代だよ菓子代。―――あ。でも、ひとつだけいいか?』

 

『……うん。なんでも言って』

 

 

 共犯者が欲しかったんだとおもう。

 

 

『あのあたりに、いつか音楽ホールが建つって噂。……あるだろ?』

 

『ん、聞いたことある』

 

『東京からこっち戻ってきてからでいい。もし戻ってきて既にホールが建ってたら、いつかそこでおまえの曲を聴かせろ』

 

『うん、わかった』

 

『もしうまくなってたら死ぬまで黙っとく。お前がやった理由、あれだもんな』

 

『「あれ」…?』

 

『家族からイジメついでに楽器にもケチつけられたんだろ。で、もし下手だったら普通に誰かへ情報を流す

 

『なんで?』

 

『覚悟もないのに人まきこんだ罰――『そん時ゃ諦めろ』って事にきまってんだろバーカ』

 

 

『…わかった、覚悟する

 

 

 ―――本当にバカな私。なにが覚悟だ、何が共犯者だ。

 

 

『わたし………いつか戻ってくる』

 

 私の「さいご」にホールは似合わないというのに。

 

 

『戻ってきて、わたしらしい音楽を――――』

 

 

 嗚呼、なんて最低な嘘をついてしまったんだろう。

 

 

 

≅ ≅ ≅

 

 

 

「……なんだ。いつもの悪夢か、ばかばかしい」

 

 

 少しサイズが大きい緑のフード付パーカーの袖をまくって、おそらく普段よりも長いあくびをした。

 

 いまの時刻は26時半。このくらいまで活動してるのは、きっとブラック企業の人達だけ。

 というか、作業途中で気絶して、起きて、そのまま作業を再開するという健康度外視ワークを鑑みれば、間違いなく私だけだといえる。

 

「ナイトコードのアカウントはオフライン設定になってる、フレンドも殆ど浮上してない。これなら叱られは発生しない」

 

 

 今日で通算四連勤とは、我ながら好成績。

 

 

 うめき声を上げてゲーミングチェアに座り、いつのやつだか忘れたエナドリを飲んで、スリープしていたパソコンを叩き起こす。

 起こしたついでで曜日を確認してはおったまげて、唖然とし、いや驚いている場合じゃないと心の中で叫んで正気を保つ。

 

 これぞ気絶が挟まることを想定した方のルーチン。名付けて、実質ずっと白夜。心身と冷え性、皮膚の乾燥等の悪化を代償に得られる永久の時。

 

 学校のあるなし気にせず、没頭して作業ができる素晴らしい発明だ。

 

 

「抜き足、差し足、忍び足」

 

 ……けど、お腹が空いたときが大変ってデメリットはある。

 

 でもまあ、こればっかりは自業自得だと割り切るしかないよねって、いっつも思ってる。

 

「うわ音鳴っちゃった。これ大丈夫かな…?」

 

 いや思ってるわけないでしょ。

 こちとら小さい羊羹ひとつのためにスニーキングミッション中なんだけど。

 

 何はともあれ、全然メリットとデメリットが釣り合っていないような気がするのはご愛敬。幸い、両親は寝る際とことん爆睡する人種なので、いろんな意味でありがたい。

 

「意外と大丈夫だった」

 

 本当にいろんな意味でありがたい。激しく鼓動する心臓をなんとか宥めつつ、改めて家族に感謝した。

 

 

◇ ≅ ≅ ≅ ◇

 

 

 時間は午前6時に差し掛かったころ。

 

 

「――――だから、こっからここまではいける。でも……から………は厳しい………ならいけるかな……って、うん?」

 

 

 パソコンと睨めっこをしていた私は、不意にカーテンの隙間から差し込んできた光を感じ取り、夜が明けたのだと気が付いた。

 

「ふぅ~………これから学校。しかも寝ずに行って、耐久戦。今の調子で耐えられるかどうか……」

 

 深呼吸をしながら目を閉じると、なんだか船酔いみたいな感覚に襲われた。

 ともあれ一応は立てているので特に問題はないと判断し、そのまま身支度を行う。

 

 やっぱり頑丈だ、人というものは。と感心しつつ、ばたばたと階段を下りて玄関扉を開け、外へと飛び出す。

 いつもと変わらない景色のなかを走り、いつもとおんなじ駅の改札を通り、今やすっかり慣れてしまった東京の電車に乗る――うん、相変わらずの毎日だ。

 

 景色の流れる有様にも心は動かず、世は只管に普段通りの世界だった。

 

 

「あ―――。やば。う、おっ……!?」

 

 

 前言撤回…腹痛が同伴してきた。

 

 

「大丈夫?」

 

「はい、たぶん…」

 

 どうにか腹痛を抑えこんで、心配してくれた人*1に礼を言う。

 ナイアガラ滝もびっくりな量が流れ出ている冷や汗だか油汗だかも拭い、なんとかして平静を装った……までは良かった。けど我慢したせいなのか、

 

(何が当たったんだろ?昨日は羊羹以外、なんにも食べていないのに)

 

 今度は悪寒がしてきた。

 

 いや、悪寒というよりも、体温調整機能がおかしいのだ。

 例えるなら、メーターの針が目にもとまらぬ速さで暴れ狂っているかのような。……もっと分かり易く言うと、暑→寒→温→寒を繰り返す謎の現象が起きている。

 

 しかし違和感がピークに達する前に、既に私は学校へと着いており、ゆえに「まだ気のせいだろう」とやせ我慢をした。結果、いよいよもって本当の地獄が訪れてしまった。

 

 まずは初手。中途半端な色と触覚の消失。

 

 もしかすると電車内の時点で起きていたのかもしれないけど、気が付いたのは到着直後。

 

 校門前で「あれ?」と素頓狂な声をあげた頃にはもう、駄目。危うく鞄を落っことしかけたし、景色はモノクロと通常の状態を反復しだした。

 

 序に、追加でさらに五感が吹っ飛んだ。

 

 「痛覚」及び「味覚」、そして「嗅覚」。

 

 扉に指を挟んでもけろっとしていたし、角に足どころか脚ををぶつけても何ともなかったし、購買に並んだ焼きそばパンを買って食べても味がしない。ソースの匂いも無い。

 

 まとめると『仕事道具を除いた五感と色覚を失った』ってとこ。

 自分事なのに、『そのうち戻るだろう』と深刻に捉えようとしなかった――聴覚だけは辛うじてマシなのが、逆に深刻ではないと思わせてきた。

 

 こんな些細事くらい、うまく隠すけど。

 

 ひとり心に決めた。今日はこのまま下校時間まで耐え凌いでみせよう。

 

 

「実際、耳さえ無事なら他は気にならないし。それに一回同じ経験があるからね。ねえ白石さん聞いてる?」

 

「うんうん聞いてる聞いてる。とりあえずアンタの天敵が変人ワンツーの黄色い方で、黄色い方も翠のことを心配してるってとこはわかった」

 

「たはぁー!いらないとこだけ聞きやがってこいつ………んで、これさ、しょっ引かれるパターンだよね」

 

「安心しなって、司先輩じゃないから。まあ、学校おわってから別の人に突き出すけどね!」

 

「ちなみに誰?」

 

「…WEEKEND GARAGEがどんな場所か知りたいんでしょ」

 

「おっと友人の関係筋の前で公開処刑?それなんて中世?」

 

 

 だめでした。記録は校門すぐ、秒速で捕まりました。

 

 確かに願わくば一度行ってみたい場所ではあったのだが、しかしながら、万が一にでも件の看板娘と鉢合わせになると気まずいので避けていた。

 でも、だからってアプローチされるとはおもわなんだよね。ふざけろ!

 

「いやじゃいやじゃ、あからさまにWEEKEND GARAGE来場の口実作るべく用意されたクーポン券なぞ受け取りとうない!!」

 

「いいからもっといてって!!だいじょーぶだいじょーぶ、本当に今日用意したとかじゃないから!!」

 

「うぅ~ん言葉と心は正直!!ぜったい他のお客さんらだけ持ってないパターンじゃん、お前なんかにだまされないぞ!!」

 

「ちょいさあああああああ!!!!」

 

「うわあああああああああ!!!!」

 

 鞄にクーポン券をねじ込まれて堪らず叫ぶ。

 

「……どこでばれたの……?」

 

 焦燥の感情がぽろっと口から出ていたようで、杏が表情を覗き込んでくる。私はすぐ、いつもの顔にもどす。

 

「大丈夫?」

 

「うん」

 

 ぎこちない雰囲気を纏った時間が過ぎていく。脳内を走る不可思議な演算にWEEKEND GARAGEを割り込ませて、このあとどうしようか、と頬を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は■■(すい)

 

 この日以降、日常に混ざった若干の非日常へと巻き込まれていくことになる、たった一人の■■■である。

 

 

*1
(制服のデザインから、おそらく宮女の生徒だと思う)

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