翡翠よりも美しく 作:O0 rn rm %$
ひとり寂しくベッドへ突っ伏し、カーテンの隙間から朝の訪れを予感させる空の色を眺めた。
「……受け入れてもらえなかったかも……」
さっきまで続いていた会議は、お世辞にも「好い」とはいえない有様だった。
案の定あの三人は、真っ当な提案ひとつもなく浮ついたアイデアを投棄するばかり。いずれの案も堅物相手に響かない。
夜が明けてきた頃合いともなると、既に何名か退出しており、それが暗に、けれども色濃く失敗を物語る。
「屈辱的だ」
本当に屈辱的だ。
まとめようとすればするほど、却って彼らの朧気な理想から離れていく。
……もちろん、浮き上がった問題点すべての原因は彼らにある、というわけではない。私の問題点も少しだけわかった。
私は望むものが無い。
より厳密にいうと、白川翠としての存在を確立するので手一杯だと分かった。
加えて、この年齢層の人間に本来なら存在していて当然のナニカが、不気味なほどに欠落している。
いずれかならず進路選びに苦労する。かもしれないが、今はどうでもいい。
遠因だけなら把握済みだ。
「わたしの代わりが増えすぎた」
「――つまり、簡単に引き裂けない何かを容易くバラバラにしすぎた?」
自分が多すぎて混乱が生じた結果だが、いまだ直接の原因がわからない。
「だめ。もっとこんがらがる」
これ以上は止そう。
(
その通りだ。
(約束と違う。憎まれ役は、ボクらだけでいいのに……!)
理解して、悉くを暴き、私の本質を起こさないと。
「………………っ、ミク?」
『はーい!』
「なにそれ…じゃなくって。あのセカイやミクの説明に、矛盾とか嘘偽りとか……あるよね……?」
『うーん、確定事項。やっぱり直感はまだ鋭いね』
呼ばれて早々に痛い所を突かれたと、変な形の帽子をかぶったミクが笑う。
これまでは自分の境界線があやふやになっていた。彼女の言葉はもちろん、現実においても話の繋がりを気にすることがなかった。
でも、引っかかりを一切感じなかったわけじゃない。とりわけ一番の違和感として感じられた点は、彼らは何かを隠しているという事。
あのセカイに関わる重大な『謎』を皆で協力し合い、靄のかかった認識を利用して『ソレ』を隠匿し、秘匿しているはず。
『……翠。』
「なんなりと」
『翠は、いまでも夢を見る?』
「暗いところへ苦しみと一緒に悪いものを全部しまって以来、ずっと見ていないけれど」
『そっかそっか』
息を吸い込んだ音がした。
『――――じゃぁダメだね。まだ教えられない』
「………………」
完全な答えにたどり着けないとしても、聞いておく価値があったから。
だからこそ、なんとなく理由がわかっていても、それでも聞いた。
「どうして? まだ、駄目?」
『こわい怪物を押し入れに閉じ込めちゃったら、二度と戸を開けられないでしょ?』
「そうか。そりゃそっか、たしかに無理だ」
納得できたからなのか、不思議とこれからの策が浮かんできた。
「ミク」
『なに?』
「楔屋の『あっちのほう』に連絡いれといて」
『明実さんね、りょーかい! 頑張ってね!』
「ういっす!」
「なんでセーフハウスの情報バレてるの!!」
さてどうしよう、骨董屋の秘密が知られてしまった。
「てか、なんでいるんですか!?」
「呼んだの君じゃん、ハハ!」
随分と綺麗に掃除されたいつもの部屋。
畳からする若干の異臭を除けば新居同然となった隠れ家にて、明実さんはひとりでピザまんを食していた。
「あとこいつらも呼んだんで」
「やほ~」
「えぇ?」
(toe beansの名物バンドの人達がなぜ?)と首をかしげる私をよそに、明実さんは話を始めようとする。やはり楔屋は不思議な人が多い。
いや、そもそも 出身の人達が無駄に変人揃いなだけかもしれないが。
どのみち変わり者なのは一緒か、あるいは彼女が特に変わっているのやも。
とりあえず私はゆっくりと畳の上に腰を下ろしてから、名物バンドの方達ともみくちゃになって収束の兆しが見えないのを他所に、何時ぞやか具合わるそうにしていた人からメロンパンを貰う。
久しぶりに食べた真っ当な食事が空腹に染み渡った。
「大変だね。まるで動物園のサルが集団脱走したみたいで、なんかうるさい」
「そうですね、もう本当に――あっ。そうだ、『
「そっか。わたしは白川翠で、古い名字は『楔原』だから――あれ、またこれだ」
「楔原ですか? 楔屋から分かれたっていう、あの?」
「そーそー、楔屋同様に本来の国字が失伝した楔原ね」
またしても出会った同郷と喋りながら、飛んできたピザまんの包みを咄嗟に「ほいよっ」とキャッチ。それを小さく拍手して微笑する室珠。
こちらも小さく会釈して、包みをくしゃりと丸めてポケットへ入れた。すると―――
「―――大丈夫でしたか?」
この「大丈夫」とは、要するに酷い目にあったのでは、という心配だ。
事実として楔原の周辺は良くない噂が絶えず、更にもうひとつの事実として、噂があらかた本当であったため。ゆえに彼女はわたしの事を、甚く妹のように気にかけているのだろう。
だから私は笑顔で答えた。
「大丈夫だったよ」
「でもっ……その、腕が……!」
「――ああ、これね。うん、問題ないよ。猫にでもやられたかな?」
いつの間にやら露出していた、様々な痕が目立つ腕を、服の袖で隠す。
そろそろ相談をしようかと後ろを振り向くと、とんでもなく近い距離に、いた。
「明実さん!?」
「んね、いまのなに?」
「それは…その……」
「御託はいいから」
流石は目ざとい。
(良にもこうしてバレたっけ?)
腕を掴まれ、さてどうしたものかと悪戦苦闘するが、その間に観察されてしまう。
流石はライブハウスで人何倍と働いていた人なだけあって、とても力が強い。加減は繊細だが次第に追い込まれていくのを感じる。
ギャラリーの人たち(バンドの面々)も只事ではない様子に気付き、こちらを窺いに来た。
あおなんか、殺人鬼と出くわしたみたいに腰を抜かしている。私はそれ程なのか。
「……もういい?」
「うん。なんかごめん、気になって」
「弟もやってたし別にいいよ」
「あ~知ってたー、そういう事やるよねアイツ~」
まぬけな声色。
話題を変える手段としては、少し弱い。
「――そういうわけで」
「いや、どういうわけで?」
「アレがあーなって、たぶん、こう!!」
「ごめん全然わかんない」
成程。この人と皆は、いつもこうやってるんだ。
「あの
「というわけで、今回みんなに集まってもらった理由は他でもない――――」
「ちょっ、翠の言葉くらい待ってあげよ!?」
「――――我らデジタルアートぷらすミュージックな『FacingCoins』は!! まさにいま、窮地に立っているゥアッ!! あぁう、痛い!!」
埃が舞うから騒ぎ立てるのはやめてほしい。
ダン、と勢いよく畳に手をついて悶絶する姿を白い目で見ながら、明実さんの次の出方に備えた。
「なので案をください……」
「急に振るねえ?!」
「どうアイデアを出せと?」
近頃は素人を巻き込むのがトレンドだったりして。
「――――さてはて、言いだしっぺが店へと下りてって。…あ、いまの音でちょうど十数分たちましたね、皆さん」
「はい」
「…………まぁ~っだ、帰ってこないです!」
「いつものことでしょ」
「いつもなの? これがいつもなの?」
慣れてないわたしとは対照的に、FacingCoinsのメンバーは皆して「やつを待ったところで時間の無駄」と、早々に諦めをつけて駄弁を弄する。
薄情だと、待たないというのも失礼だろうと提案してみたのだが
「はじめますか」
「ここで?」
「べつにファミレスとかでもいいけど、ここから移動するのも時間かかるし」
結果は御覧の通り。当たり前に主催者不在で会議が進むという恐怖。
しかし、このままでは埒が明かない。
窮地とは。そして、求めるものは何なのかを小声で尋ねると、信じられない答えを返される。
「世界各国で、その、没入型というか……音楽とデジタル技術と何かをあわせた体験型アートをやるんだって」
「あ、ええ? は、え? その相談で呼んだの!?」
「おそらくはそうじゃないかなって…………」
「……それで始めるのが此処、東京のどこかってこと?」
無言で頷いた室珠あおの表情に、当惑の感情が宿っていた。
こうなると予想外もいいところ。
責任重大の次元を通り越した、否、ついに訳が分からなくなってきたので、ひとまず震える手でお茶を受け取って飲む。
「づぁ、熱ぅ!!!」
「わああああ、ごめ、大丈夫!?!?」
飲めない。
というかこんな状況、飲んでる場合ではない。
それよりも………………
(どうしよう、良!)
初仕事が大変なことになりそう……!