翡翠よりも美しく 作:O0 rn rm %$
白川翠は今日、とんでもないモノを手に入れてしまった。
それは、とある案件の
またの名を「特大の厄介事」とでも呼べそうな、ちょうど
室珠と、その友人たちが申し訳なさそうに渡してきた物体Xを両手に持ち、ギリギリと歯をこすり合わせる。
何故だ。なぜわたしが。
学校を無理に休んでまで行った、この私が、何故。
『ちゃんと感情を出せるようになってきて、私も嬉しいな。』
「キッ!!」
『でも翠、あんまり歯ぎしりすると良くないからね?』
「じゃあ頭でも抱えろっての!?」
『そっちの方がまだマシかも……』
「うわあああああ!!」
悲惨な声とは真逆に、そっと。ゆっくりと崩れ落ちて深呼吸をし、バッと顔を上げる。
なんとか吹っ切ってみせた。やっぱりベッドのふかふかが唯一の楽園だ。
『やっぱりマシじゃないかも。今のは誰の真似をしたの?』
「聞かなくたってわかるでしょ。ほら、昔の――“以前のお母さん”」
『うーん、キミは記憶力がとてもいい!』
「過去を未だに引きずっている、という意味では確かにそうかもね」
『せっかく直接的な表現を避けたのに意味ないって』
話を戻そう。
実のところ、チケットに関しては厄介だとか、とにかく何かしら思うことはなく、会場と施設と今回の誘いについても同様である。
……ここだけの話だが、展示を行うメンツが『変人ワン・ツーの
わたしは、まんまと釣られた。
明実さん(厳密にいえば楔屋の姉弟)と、学術的興味――とりわけ「人工隕鉄計画」と「ウィドマンシュッテン構造の再現を目指す実験」の二つ――を天秤に乗せた結果、
例の二人のダル絡みより「そちらの方」を取ってしまった。
こんな素晴らしい提案を楔屋からされては悔しいやら嬉しいやら。ただ、「もしも以前の両親が生きていれば嫉妬でわたしを」などと、考えたくもない内容ばかりが頭をよぎる。
「ねえ、ミク。すこしだけ質問がある」
『なに?』
「あなたは誰か、こういう場所にふさわしい人を知っている?」
『もっちろ~ん!』
白川翠も、楔原翠も、あの〔翡翠〕だって、
(……今の
データを入れて新しい私を得てから行かないと、人の優しさでナニカが壊落し得る。すると如何なる事態に陥るだろうか?
恐ろしい。頑張って、がむしゃらに、盲目的に、死にもの狂いで埋めて、■■を割るのも躊躇しなかった私が失敗するかもしれない。
ただ一点、その事実と可能性が恐ろしくて頑張ることを投げ捨てたくなる。
この肉体が血も涙もない機械であれば、あるいは――。
広い空間をホログラムのクラゲが泳ぎ、エフェクトによって幻想的な雰囲気を纏った電子音が鳴る。
「ようこそー!」
「…………室珠あお。あなたが、どうしてここにいる?」
「楔屋の姉弟から頼まれたの。翡翠は昔っからの癖が災いして、こういう場所だと『思考酔い』を起こすから、だから案内してあげてって」
「実によい考えだよ、まったくもって素晴らしいや」
わたしは若干ばかり皮肉って例の二人、明実さんと良の親切さを鼻で嗤った。世話なんぞなくとも広い場所において気にすべき点は大方把握している。――『楽しむべき時は、本題以外は置いておけ』だったか。
独創的な入口からすぐの場所にある受付へ向かい、チケットを切ってもらい……否、装置にチケットをかざして入場。パンフレットも忘れずに取り、館内を自動で案内してくれるホバークラフト(幼児用自転車よりやや小さめのサイズだった)についていくと、初っ端から凄まじい物が視界に飛び込んできた。
「わあ、すごいね。……随分と大きい」
「翠ちゃん、感想それだけ!?」
〔実験用大型溶解炉
実験用大型溶解炉
「よし帰ろう」
「ちょ、ダメだって!! みんな待ってるから、あおも一緒に行くから!!」
一応の用事も済んだので帰りたかったが、そうはいかないと首根を掴まれてしまう。引っ張り引っ張られの攻防の末、あおの全力疾走が決まった。いとも簡単に引きずられる。
「ああ。お気にの服がのびる」
「じゃあ、歩いて、ください、よぉ!!」
「しょうがないから歩く」
そろそろ茶番も終えたほうが良い頃合いかも。
「――お出迎えご苦労様」
「なんか素の人が来た」
「お前なんでこう、こう変にオン・オフが激しいかな……」
「しかし素の状態というには解放感が無い」
坂塚の兄は少し考えてから、「成程、無理やり再現したのか」と付け加えた。
「正解だよ」
「本来ならばもっと掴み所のない、さながら概念や不可思議の体現めいた人格だったはず」
「すごい指摘するじゃん」
「だが、今は混線している。それこそが
「そこまでわかるんだ」
【弊害】とは、自分の人生を勘定から外し計画的に■■を為した結果。
肯定の代わりに頭を振った。私はもう、戻れないんだと。
「楔屋明実が此処へよんだ理由を知れば、君は度肝を抜くだろう」
「もう知ってるし、だから来たくなかったんだけど」
「なら受け入れるべきではないかな?」
訳知り顔の彼が放った言葉は、どこか優しく聞こえた。
『Memoriaru-M-ultae』は1階、スタッフオンリーの立て看板を越えた先。
「さて、これから君らは『Memoriaru-M-ultae』の正式な関係者として――」
「『Memoriaru-M-ultae』こと略称『MemoriaruM』の名前を使い、活動してよい」
名札を雑にぶら下げた明実さんに案内され、わたしたちは関係者専用区域の通路をまっすぐ進む。突き当りの大扉で右に曲がり、また通路を行って左側の三部屋目の前へと到着し、戸を開ける。
「開かない」
「まわす向きが逆じゃない?」
「おっと……よし、開いた」
中はとても広いけれど、中央に数台ほどまとまった長机がコの字に置かれている程度。あとは小物類とホワイトボードだけ。
「ちなみに前述の注意事項以上の縛りはないから、あまり気負う必要もない。ここは好きに使って全然オッケー!」
「好きに使うつっても良いのかよ……? なんか広いし滅多に来る事なさそうだし、無駄じゃね?」
「上には伝えてあるから!!」
「そういう問題ではないですよ?」
相変わらず賑やかで、思い切りがよく、それでいて気遣いが上手な人だ。シンプルな内装にした理由も、物が多い部屋が苦手な誰かのためだったりして。
「あっ、もうこんな時間」
「え?」
違う。
「ごめんね……今から別室で会議だから。何かあったら第三会議室に来てね!」
「はい??」
この部屋は
「じゃあはい、自由にしてて!!」
「おぉっとお???」
今日中に『MemoriaruM』の活動方針を決めさせるための、
「読みがハズレたか」
「え、あの、どういう事?」
「つまりはこうってわけ。――わたしと幸治はあの人が、ここ四人の諸問題の解決を手伝うべく、わたし達を呼んだのだと勘違いしてた」
「しかし実際は違った、だが理にかなっている」
坂塚幸治はホワイトボードを引っ張ってきて、真ん中あたりに “『MemoriaruM』の始動は我々の両親などに対しておそらく好印象” と書く。
「さて諸君」
「いやだ……よせ、本気でそれはやめてくれ……!!」
「なんか嫌な予感がする!!」
「僕らも会議の時間だ」
後日、坂塚の妹の方と良は絶妙に疲れ果てていたが、なんとも当然の話であった。