翡翠よりも美しく   作:O0 rn rm %$

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恐怖、畏怖、IF

 

「――――そんでなんだ。お前さん、その友人さんから逃げたってか、わはは!!」

 

「なにが面白いのか知らないけど……(おじ)さんにだけは笑われたくないかな……」

 

 

 

 

 助っ人としての仕事が終わり、倒れた瞬間を目撃した白石さんに詰め寄られたので、捲し立てる様に「不調ではない」という内容の言い訳をした挙句、ただ一言だけ「ついてこないで」と拒絶し足早に逃げ去った。

 

 あちら側は、もしかすると嫌われたのでは、と戦々恐々としているだろうが気にしない。あるいは自分がそうなのかもしれないが、どうだっていい。

 

 私はその辺に転がっていたデス・ホイッスルを拾い、仙人みたいな老人の待つカウンターにそれを置いた。この笛の音は独特ゆえ、一度聞いてみたかったのだ……けっしてストレス発散の術を探しているわけではない。

 

「百円な」

 

「うん」

 

「……お嬢ちゃん、十円ばっかしはやめとくれ。まあ足りとるけどの」

 

 財布から10円玉を全部出して品を受け取り(というか勝手に持っていって)、だいぶ前に視聴した動画を真似して吹く。

 

「どうやい、聞くに堪えん音じゃろ」

 

「全然パッとしない。死の笛っていうくらいだから期待してたのに、なんというか安っぽい感じがする」

 

 結果としてはイマイチだった。でも、もう買った以上は返品はきかない。もとより返品するつもりはないが。

 

「もう一回吹いてみてもいい?」

 

「ジジイの耳は遠いから、好きなだけ吹いて大丈夫じゃ。近所は知らんがな」

 

 一回、二回、繰り返し鳴り響く不気味な金切声。誰かが電話をかけてきているとも気付かず、長い間とても夢中に浸る。

 

「エエカチチトリのレプリカ、なかなか面白いだろう」

 

「うん、意外と。音はしょうがないとして、ジョークグッズとしてなら使えそう」

 

「贄笛をジョークグッズ扱いするんは肝っ玉じゃの。ああ、肝っ玉ついでに、あの楽器の整備も……」

 

「そいつ例の曰く付きでしょ。やらんからな、絶対にやらんからな!」

 

 老人が顎で示した演奏スペースを件のアレが占領し鎮座している有様に、私はおもわず顔をしかめた。なぜ入荷したのだ、と。

 

 『それ』は綺麗になってはいたものの、まだ僅かに煤と埃をかぶっていて、尚且つ無駄に存在感を醸し出しており、なんというか今にでも勝手に演奏を始めそうな雰囲気をしている。平たく言えば「洒落にならない方」、もしくは「ガチのやつ」か「バラエティでも駄目なやつ」。

 

 誰か早急に塩をまいていただきたい。いや、いっそ㌧単位で流し込んでしまえ。

 

「あーあーくわばらくわばら、なんてもの売ろうとしてるんですか」

 

「いやいや、知り合いに押し付けられてな? 引き取り手もおらんからどうにものう……」

 

「こっち見んな。そもそも家にスペースないです、こんなものを置けるスペースが」

 

 そもそも「塔の屋根」は古物屋……ただの骨董屋のはず。それがなんで、こんなにもご立派な『寺生まれ』案件を引き取る羽目になったのやら。そして押し付けてった知り合いは、まさか死んではいないだろうか。

 

「ちなみに前の持ち主のかたって、今どうしてます?」

 

「あれからとんと連絡が取れん」

 

「ひょえ~……!!!! 爺さん、もうこいつ焚き上げに持ってきましょうよ!?!?」

 

 あれからとんと連絡が取れん、とか気楽なセリフでなさすぎる。頼むから生きていてと願うばかり。他の商品と比べて毛色が随分と違う物体Xを眺めるうちに、落ち着いたはずの吐き気が戻ってくるような感覚に襲われた。

 

 

「……やっぱあれ、本当にどうにかしましょう……絶対やばいです……」

 

 

≅ ♪ ≅

 

 

 骨董屋「塔の屋根」は二階。作業部屋兼、私の隠れ家。

 

 

「ふう…………」

 

 

 やや埃っぽい部屋の中で、

 

「さっきの電話と、音楽アプリに勝手に入っていた謎の音楽――この二つ、なんか関係あるのかな……いやあれ。あって。ないと困るし怖い……」

 

 私はスマホを手に右往左往としながら、目の前の恐怖に直面していた。

 

 送信者不明の電話。サムネもタイトルもない音楽。片や出ると歌声、それも電子的な音声が聞こえた。もう片方は怖すぎるので試していないが、この流れを鑑みれば間違いなく原曲だろう。

 ……と、冷静に分析したところでホラーはホラーである。両腕だけの鳥肌が次第に全身へ拡がり、とうとう悪寒までするようになる。

 

 極めつけに礼の『あれ』の圧が凄まじい。いつの間にやら家の次に安心できる空間が、あろうことか廃神社さながらのデンジャーゾーンと化しているでないか。

 

「なんでかなあ?? なーんでこうなったかなぁ!?」

 

 知らん。知ったら後戻りできなさそうだし、わざわざ知りたくもない。それよりも震えが止まらないし汗もやばい。

 

「……最悪の場合、あの髭もじゃ爺さんも巻き添えにしてやる。死んだら呪うつもりで聴いてみよっと」

 

 けれども。あるいは裏腹に。いま自分は、怖気ている割に無性に肝が据わっているというか、一周回って寒気がする恐ろしさをさえも気にしていない。

 すわ悟ったか、もしくは諦めたのか―――。いずれにしても身の縮こまりそうな、怖がる気持ちに反比例して、ゆっくりと指が再生ボタンに伸びてゆく。

 

 心配性な友人への不満が溜まっていたのか、または店の主に対する呆れと憤りが噴火したのか……どうあれ想像よりも遥かに、それはもう素直に押す。

 

 

 次に目に飛び込んできた景色は異様なものだった。奇妙な世界――ある種のリミナル・スペースらしき空間――が、眼前一帯に広がっていた。

 

 

「は?」

 

 

 見渡す限り、扉、扉、扉。

 

 見渡す限り、管、管、管。

 

 見渡す限り、線、線、線。

 

 見渡す限り窓があって、ありとあらゆる『屋内外』に関する要素がひしめき合っていた。

 

「……不気味すぎ。というか、なんなのこれ……」

 

 声の反響も不快なかたちに歪んでいる。

 

 

 私は直感を頼りがちなので、今起きているすべてが現実であると解りながらも人一倍、此処を奇妙に思ってしまう。

 

「本当に何なの、ここ?」

 

 そして、疑問に答えてくれる者はいない。代わりに私の動揺に呼応した空間が、よりカオスへと堕ちていくのみ。

 

 足元が噴水へ、窓が自販機へ、扉が――――

 

「うわっ!!」

 

 燃え盛る黒い“なにか”へ一瞬にして変わって、そのまま倒れてくる。塊の正体は()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「なるほど、考えてる内容が反映されるんだ。それなら試しにこういう感じで、アンティークショップをイメージすれば……」

 

 煙の臭いに臆することなく頭の中を真っ白にして、目を閉じて描き出す。

 

 

 モダンな商品、アンティークらしい品物の数々。

 

 お花屋さんの居抜きで、いろんな本棚もあって。……あと、写真立ても置いておこう。

 

 窓の近くに木漏れ日も必要かな。残りは外の景色だけど、どうしようか。

 

 

 そっと目を開くと、景色が慌てて落ち着きを取り戻した。

 

「…わるくない、いい場所だね、我ながら。――して貴女は誰? さっきまで居なかったのに」

 

「そっちから名乗るのが礼儀じゃない?」

 

「急に現れたから私、びっくりしたんだけど? なのに私の方から先にとか、馬鹿なはなし……」

 

 ちょっとだけ不機嫌を装うと、謎の少女は諦めたように首を横に振り、正確無比な発音でありえない名前を名乗る。

 

「あたしは初音ミク」

 

「だけど、初音ミクであって初音ミクじゃない存在。あなたの仮面を全て引き剝がした姿こそが、限りなく私と近くて遠いもの」

 

 彼女は不器用に笑い、こちらを見つめてくる。なんだか見透かされているような気分になって咄嗟に顔をそらした。

 

「何が言いたいんだよ、まさか「全部お見通しだ」とかいうわけ!?」

 

「ううん、違うよ。■■翠ちゃん、だったよね? ――なにか、かなえたい願いはあるかな?」

 

「――――っ、願いってなに?」

 

「そうイライラしないの。私は何も知らないから安心して。願いは誰にでもある、とっても素敵な想い……いわゆる『夢』のこと」

 

 ミクは言い終わるや否や、私の背後の窓の景色を指差す。

 

 釣られて後ろを振り向くと、どうやら私の心境が揺れすぎていたらしく。

 

「あなたの願いがいかにして、どうなっていったのか……。あたしは完璧に理解しているつもりはない……」

 

 

 

 

 

 

 

「だけど、これだけは確か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人が誰かに殺されたあとの世界は、どんなオカルトよりも怖くて恐ろしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、外国の華やかな街並み然とした景色が、炎の渦巻く地獄の世となっていた。

 

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