翡翠よりも美しく 作:O0 rn rm %$
「人が誰かに殺されたあとの世界は、どんなオカルトよりも怖くて恐ろしいんだ」
いつの間にか、外国の華やかな街並み然とした景色が、炎の渦巻く地獄の世となっていた。
途方もなく大きな空間らしき景色には、とても見覚えがある。
「……やっぱり秘密、ばれてたか……」
「ちがうちがう、翠があたしとセカイを警戒しすぎてストレスがかかっちゃったの。だからほら、警戒しすぎない!」
握りこぶしに力が入ると同時に、浅葱色の表紙の本が視界をふさぐ。信じられないという表情でミクを睨むと、追加で黄色い本が。
「邪魔、どけて……!!」
「う~むむ……困ったなあ。やっぱりこっちだと自分らしさが出すぎちゃうのかな?」
などと宣って彼女は一度だけ黄色い本をどけた――代わりに、目配せをして、知らぬ間に置かれていたソファに私の視線を誘導する。
言外に「座れ」と促されているが、座るべきだろうか?
悩んでいると窓のカーテンが勝手に閉まった。トラウマが遮断されたことで安堵したのか、刺さった棘がするりと抜けたみたいに全身の力がほどけていく。
「改めて本当にごめん!! 初対面としては最悪だったよね!?」
「いやべつに。それに自分の弱みを把握できたから、ある意味では有意義だとおもう」
「人はソレを弱みではなく『複雑な感情』か『フラッシュバック』と呼びます、わからなかったら辞書をひいてきなさーい!!」
仕方なくソファーに腰掛ける。
先程までの雰囲気と打って変わって、なんだか愉快になったような。意外とそうでもないような。なにはともあれ謝罪を受け入れたあとは雑談を交わし、次第に自分が気になっていた話題へと話は移る。
「――そういえば、ここどこ?」
「ここは『消えていたセカイ』だよ。さっきまで粉々に砕けたままだったけど、最近は感情がうごく事が多かったでしょ」
「それはそうだけど………だからなんなのって」
ぶっきらぼうに問うと、ミクは向かい側のソファへ座ってから「うそぉ……!?」と驚愕気味に答える。
「客観的にみて以前の翠はどうだった?」
「無感情、無の怪物、フェニランで出会ったピンクっ子に逃げられてた、自他を信じてなかった」
「でもいまは?」
「……ピンクがちょっと悲鳴上げるだけ、ちょっとだけ人を信じれてる、…あとは何故か、後ろめたさを感じている」
一通り羅列したこれらが、一体全体なんだというのだろう。
……感情がうごく。
掴めたと思った瞬間。自然と口から「ああ成程」と、薄い感嘆が飛び出していた。
「そうか、そういえばだけど、欺罔が板についてきたんだ」
「……あたらしいボケ……?」
「えっ、違うの?」
自分でもびっくりしそうなくらい素直に小首をかしげたこちらに対し、あちゃーという感じのリアクションをとったミクは「まさかのそこからかぁ、そっかそっか」とバックヤードへ消える。
訳も分からず体感で10秒ほど待っていると、彼女は見つけてきたのであろう、磁石で留められた写真付きのホワイトボードと共に戻ってきた。
「さて。まずこっちがパーフェクト欺罔状態だったキミ、つまり以前の『埴輪の方が表情豊かだった頃の翠』だよ」
かわいらしい指し棒が幼少期あたりの自分の写真を指す。今にでも消息を絶ちそうな死んだ魚の目をしているにも関わらず、いたって健康で元気そうな雰囲気がある。
「そしてこっちが近頃のキミだよ。ミリ単位で口角が――」
「あがってるんだ」
「――惜しい、下がってるねぇ~」
「なんで????」
一方で、最近の私の写真はというと、以前の虚空を感じれない代わりに……なんというか……闇感が深まってるような気が、する……やっぱりあまりわからない……。
………いや。わからないのはいいとして、これは由々しき事態だ。
自分が完璧だと思っていた擬態が。はがれまいと信じていた金メッキが落ちてきている。
「これがなんなの?」
怪訝な顔を纏う私に、もはや目の前の少女は物怖じしないようだった。
「よくぞ聞いてくれました!」
パンッと手を叩く音。
「今の翠は、新しい願いや沢山の悩みを抱いているけれど……これからも一人で頑張りすぎちゃうと、悩みだけがどんどん大きくなっていって、最終的に大変なことになってしまうんだ!」
「うん、で?」
「お店を回すのも頑張ることも、頼れる人がいてこそじゃない?」
「…それは確かに一理あるけど、」
だったら何だという話でもある。だって、自分は――――
『この家が燃えたのは、妹を苦めた挙句どこかへ埋めた件への恨み。』
『それから私個人の恨みも、ということ。……両親ともども決して死んでも忘れるなよ。楽器はもうどうでもいい、妹の件だ。』
『忘れたなら、自分もそっちに行って、妹と一緒に。またもう一度、徹底的に、アンタらが、いかに、どれだけ、クズだったか。……何度でも教えてやるからな。』
『ただ幸い、アンタらのお陰で、演技も心を封じ込めるのも、すっかり板についちゃったから――私だけ生き残りってことで出ていくね。さようなら、二人とも』
いいや、この際こまかい点は後回しにしよう。ミクの言葉通り、事実として、今後は誰かの助けがいるのかもしれない。
「っ……うぅ」
「大丈夫!?」
「うん、どうにか……。それで……私はどうすればいいの」
「その前に深呼吸をしよう、落ち着いたらすぐ話を終わらせるから。もしもトラウマを思い出しちゃったりとかで、つらいのなら、遠慮せずに、よいしょっと、いってね?」
ふらつきながら「問題ないよ」と自嘲気味に嗤い、危ういところを支えられる。こんな姿を司先輩や杏に目撃されたらどうなることやら。
ぞっとしない事とは、正にこういうのを意味するのか。
「まあ手短に済ますとねー、要するにいろんな人と出会おうっていうね。大丈夫かな?」
「うん、大丈夫……」
ソファに寝かされ、簡易的な枕の上に頭を乗せられる。
「よしよし安静に。でね、既に光るものがある人、確か二人くらいと出会ってるから、この調子でどんどん情報網というかを広げてほしくてー」
「それなら、すぐにでも――」
「まだ時期が早いから急ぐ必要なんてないよ! まずは家に帰って体調がよくなるまで待機!」
そんな焦り気味の台詞を最後に意識が飛んだ。
「吐きそう」
目覚めた場所は塔の屋根の作業部屋だった。
五臓六腑に染み渡る、かび臭い空気。若干ばかり埃をかぶった家具。信じがたい存在から「おまえこのままだと取り返しがつかなくなるよ(超意訳)」と再三忠告された者が居座るには、なんとなく不衛生が過ぎる。
―――過ぎるので、下の階へ降りることにした。
「よいしょ」
鞄に荷物をすべてねじ込んで持ち、薄暗い階段を下りていく。途中、南国風の木像の熱い視線を感じながら窓の外を確認すると、既に街は薄暗くなっていた。
「なんであんなの置いとくかな……!」
降りていった先にある扉を開けて、愚痴をこぼしつつ岐路に着こうとした
次の瞬間、
「うわっ!?」
「お˝あ˝?!?!」
誰かとぶつかった。
「いたた……大丈夫ですか……?」
「……うん、どうにか……」
しまった、と直感的に感じた。相手は私と同等か、それ以上に
ちょっと前に鎮まったばっかりのトラウマが刺激されて、ブワッと悪い汗が噴き出る。すわ大怪我か、あわや死か。たぶん死んではいないけど。
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
「わたしはどうにかね……でも、カップ麺がどうだろ……」
「あの、なにかあったら弁償しますので……!」
「流石にそこまでは。それにほら、ちゃんと無事」
そういって差し出されたビニール袋の中は、カップ麺が二つ入っている。
『カップ麺』――それは羊羹に切り替わる以前の覇権。自分も何度か世話になったけど、最終的にエナジーバー的なやつと羊羹の二強となったばかりに無用となっていたのだが。
「……よかったらうちの、いります?」
「えっ?」
ちょうどいいや。