翡翠よりも美しく   作:O0 rn rm %$

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少しばかり近づいて

 “願いと想いは似ているようで違う。”――以前、骨董屋のお爺さんがいっていた言葉だ。

 なぜ今になって思い出したのか、意図が全く分からないけど。でも今日、こうして思い出したのだから。

 

「…………さて。大嫌いな睡眠を久々にとったけど、なんだか頭が冴えてるな」

 

 たぶん何か理由があるはず。

 

 いや、ないかも。頭の中がすっきりしただけかもしれない。

 

「おはようミク。今日の予定を忘れたから、聞いてもいい?」

『おはよう。翠はすごいね。予定が書かれた黒板が知らないうちに置かれてて、一瞬だけ戸惑っちゃった』

「意識が朦朧としていたから覚えが薄いけど……ファミレスから帰ってから、気を紛らわすために作った」

『そっかそっか、無事に帰ってこれたみたいで何より。それで、今日の予定はね―――加減を知らない?!』

 

 ……昨晩、どんなスケジュールを組んだのだろう。

 

 気になる悲鳴があがったので、まるでゾンビにでも遭遇したみたいな真っ青な表情のミクが突き出してきた黒板を見せてもらうと、夥しい数の文字。文字。数字。英語。記号。

 なかには朦朧どころか気絶寸前で書いた文字も混ざっていて、さながら「ギリギリ読めるヴォイニッチ手稿」の様相。眺めているだけで、寝る前の自分の醜態が思い浮かぶ。

 

 

 普段通り学校へ行き、放課後は爆速で帰宅。

 勉強の後にライブハウスだ何だとハシゴをし、それが終わったら再び家に帰る。

 新生「LightCopper」の諸々を決める会議。新規チャンネルの開設と、旧チャンネルの追っかけが保存してたらしい動画の受け取り・再投稿。

 

 それら大きな用事の合間合間に挟まった、大量の予定。

 

 

 ふいっと横を向いてスマホの電源を切ろうとした。けど、できなかった。

 

『説明を要求します!!』

「ノーコメントッ、黙秘権を行使します!!」

『逃がさないからね!? そろそろ加減ってものを覚えなよ!!』

 

 いつぞやの日、彼女の言葉を待たずに電源を切った経験があだとなったのだ。

 私は(重要な話かもしれないし、しゃべってる途中で遮断するのはよそう)と。なんとも無駄な気遣いをして、結果的にミクが小言を宣う隙をつくってしまった。

 

 ともあれ、まずい。

 

 このままだとコイツのペースに呑まれる。

 

「――っ、ごめん。もう行かなきゃ!」

『いいかい。人はこういった無茶な時間割や予定を『オーバーワーク』といって、つまり――ってちょっと、スマホは!?』

「充電中!!」

『それはそうだけど!! そうじゃなくて、これ持ってってよ?!』

 

 三十六計逃げるに如かず。「LightCopper」の三人との再会によって他人のペース等が若干トラウマっぽくなったせいなのか、スマホを持っていく事すら避けたくて仕方がない。

 

 

 

 だいたい、Untitledってなんだ。あの曲が勝手に音楽アプリにはいってから、日常がどんどん変になっていってる。それに感情が……願いが復活したかなにかって……頭がこんがらがる。

 

 

「私は直感だけで賢いんであって……理路整然とした類や知恵の輪なんかは、もっとこう、天才とかって呼ばれてる人向けでしょ」

 

 

 駄目だ、堪えないと。

 

 

 

「いってきます」

 

 普段の倍くらいの重さに感じられる鞄を肩にかけ、逃げるように家を飛び出して駅までの道を突っ走る。

 

 世界よ、■■を想うことは罪なりや?

 

≅ □ ≅

 

 拝啓 顔も忘れた元両親へ。

 

「で、何か申し開きはあるか」

「色々とやってないと死ぬので」

「いやマグロか。あと、色々とやってないと死ぬとか、そんなはずないだろ……」

 

 今日ばかりは、あなた方の外道さが恋しいです。彼をその非常識で絶句させてやりたいです。

 追伸――最近の個人的トレンドは不眠不休RTAです、近頃は自己ベストを更新しました。

 

 

 

 出会い頭に捕まえられのは想定してなかったけど、なんやかんやあって司先輩に捕まった

 

「よし、行っていいぞ」

「わかりました」

 

 とおもいきや、解放された。

 

「変なの。どうして捕まえたんだろ、なにか知りたかったのかな…?」

 

 こういう場合は会話の流れから情報を得よう。

 まずはじめに、先輩は私と遇うや否や『申し開きはあるか』と、さも何かを知っていると言いたげな言葉をかけてきた。

 

 ……まさかとは思うが、あのネギ女。

 

「えっと…メッセージアプリっと――ああ…そういう事か、なるほどね」

 

 やっぱり。

 

 ミクがアカウントを使()()()()()痕跡がある。内容は例のスケジュールに関して。ご丁寧にグループを立ち上げたうえで、数名の知り合いに暴露している。

 自らの手でやったとは考えにくいので、なんとも分かり易い。まさに子供騙しみたいな密告だ。

 

 発見した以上は見逃さない。容赦なく設定をひらく。

 

「削除」

 

 グループを消し去って、手癖の悪い“住人”に対する文句を吐いて、気を取り直す。

 

「これで、よし。あとは次の準備をしなきゃ」

 

 誰かの視線が刺さるように痛い。さりとて視線如き、なんだというのだ。

 

「神代類と暁山瑞希。二人ともバレてるよ」

 

 物陰へ睨みを飛ばしたあと、急いでその場を離れた。

 

 

 

 

 

「帰っていい?」

 

 昼時のこと。空き教室に翡翠色。

 

 

 

 

 

 

 例の三人衆から借りた教室へ来るよう伝えられて来てみれば、勝手に仮拠点ないし前哨基地とでもいえそうな空間が出来上がっていた。

 

「……なにする気……?」

「なんか面白いことでも考えてるんでしょ。ねえ良、いま何中~?」

 

「ああ、()()はよくてもさ、()()は一人で集中したいクチだろ? だからちょっと個室を作ろうかと」

 

 楔屋は手際よくパーテーションを移動させ、個室もどきを組み立てる。このパーテーションは自前で用意したそうで、曰く一つ一つ特注品なのだとか。

 事実、見慣れたそれらと違い耐久性が高いだけでなく、単なる囲いのくせして防音性も高い。おまけに軽いと来たものだ。

 

 にしても……カラカラというホイールの回転音と真南の鼻歌のハーモニーを聞いていると、なんだか眠たくなってくる。

 

 ――――ちょっとだけなら大丈夫だよね?

 

 迷わず一直線。呑気に自分の髪をアレンジしていた真南の肩に、横からもたれかかる。

 

「___♪って、翠がデレた!?!?」

「興味深い。昔から滅多に人に甘えないと聞いていたが、彼女の云う通り『人の意見はあてにならない』ようだ」

「どうしたどうした………え。あ、あぁ。ええ、はあっ!? うぇえ、まじであり得ねえ状況が起きてる…………?!」

 

 ふざけろ。ダム底に沈んでりゃよかったんだ。あいつらも、こいつらも。

 

 さっと離れるついでに、どさくさに紛れて舌打ちをする。

 

 彼らと共にいると感情がむき出しになって困る。いや違う、いつも以上に感情を持った誰かを演じたくてたまらない。

 幼い頃からの「親友との友情はエミュレートした感情のみに支えられている」という焦燥感は、過去の想定の倍近い影響力となって、よくない精神的な脆弱性を養っていた。

 

 さながら『パブロフの犬』――条件反射として刷り込まれ、違和感を解消すべく天文学的な数に枝分かれしたランダムな表現・反応。

 的確な感情か。場面に対して適切な対応か。自分自身では判断できておらず、相手から読み取った様々な情報をもとに最適化を進めただけ。

 

 今日が山場だ。

 

 メッキが大量にはがれるか。本格的に本質が消え去るか。

 

 これら雑多な思考もまた、嘘か真か判別つかない。面倒だし消しておこう。

 

「私、何か手伝った方がいいかな」

「全然だいじょうぶ! 翠の出番はねぇ、楔屋の作業が終わってからだよー」

「でも私は……ああ。ちょっと――ねえちょっと、持ち上げないでほしいんだけど?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これからどうなってくのかな、私は。

 

 

 

 

 白川家に引き取られてから二日目の夜。

 両親が寝静まった深夜。洗面台の鏡に映った自分を嗤いながら、私であってわたしじゃない人が呪いをかけてきた。

 

『わかるわけないでしょ。わたしは永久に、自分と他人をだまし続けなきゃ生きていけないのに? ははっ、笑えるね!』

『なにが「これから」なの……? 教えてほしいな、わかんないから』

 

『白川は解ってないんだよ。人の幸せのために動くんじゃなくて、早く身をほろぼすために働かなきゃ。……音楽よりも、あの子の事を愛するよりも最優先でね』

 

 私は呪いと知ったうえで、その愚弄を真正面から認めた。「たしかにこんな奴、さっさと消えたほうが良い」と答えながら、ほんとは自己嫌悪と自画自賛を行き来している。

 

「人格って十人十色だね……面白いや……」

 

 私は誰だ。

 

 

 

 

 ふと、薄っすらとフラッシュバックが起きたような気がした。

 

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