翡翠よりも美しく 作:O0 rn rm %$
「あの土鳩は昨日、公園で変な踊りを見せつけてきた。あっちはこの辺の林に住んでる古い家柄」
よく記憶する。ありとあらゆる情報を。
「今日は雨が降る。降ると困る人が必ずいる、ってことで……おっちょこちちょいな真南のために予備傘を持ってきたけど、必要?」
よく先を読み、直感に等しい仮定を絶対に軽視しない。
「あの子が廊下走るとまずいかも。今日この日、この時間体は必ず教室移動があって、次のクラス、ホコリとかにアレルギー反応が出る子がいるから。喋って移動させてほしい」
時には大人相手に通用する緻密な計画も立てられる賢い頭と、必要とあらば策謀や計略に等しい悪巧みもいとわない恐ろしい一面。
「幸治のいじめについては問題ないよ、あいつら勝手に自滅するから。――というか、そうなるように仕掛けを施しといた」
やさしさと熾烈さが両立した、けれども何かが壊れた後にみえる無感情な存在。
それが初対面のとき。翡翠色のアイツへ抱いたイメージだ。
でも今は違う。
助けが必要だとか、願いを失ったとか、思い出がどうだとか、そういう次元に彼女はいない。
忙しさで自分自身を雁字搦めにしてまて自罰し、自縄自縛にしては混沌が過ぎる何かを引き摺っている。目標や目的なく生きることに慣れ、どの自分が主軸で、なにが事実かも理解していないまま総てを理解する人間。
「俺らと同じじゃねえの……」
違う。
一緒なら、俺たちみたく迷走してるだけなら。まだ理解ができるはず。
だのにアイツは理解の彼方、いや、理解以前に常軌を逸している。
まるで複雑に折れた片脚で直立しているような、そんな違和感。
「……じゃあ、ありゃなんだってんだ?」
俺は
唯一把握できることがあるとするなら、今もまだ親友だというだけ。
「――――やっぱ腕のほう、相変わらずひでえな」
悪気なく虚を突かれた私は、彼はなにをいっているのだろうとおもった。
神高の空き教室あらため『情報交換部』――情報交換部は中学時代、私もよく世話になった――の部室完成を祝うべく、三人と一緒にお昼を食べていたのだが。
不意に良が腕をつかんできて、凄く自然な流れで秘密が暴かれてしまった。流石は元情報交換部の部長。デリカシーが死んでいる。
「楔屋さん。おいコラ良てめーオイ、それアウトだよ!?」
「やはりというか大胆が過ぎる。兄も妹に同じく、心底軽蔑だ」
「あっやべ。いやその、本当にごめんなさい……!」
「別にいい」と零して、放された腕を下す。
情報交換部では、このメンバーだと常々こういう事態が起こり得るので、今更もう慣れている。
それはさておき。
人は一番というほどではないにせよ、情報から遮断され孤立してしまった時に困る生き物だ。
情報交換部の前身は、私が家の都合で学校を休んだ日。事情を唯一細かく知っていた楔屋と、楔屋から頼まれた数名の友人たちが立ち上げた活動だった。
参加者のうち何人かは当初の目的を果たすと翌日には抜けていた。けれども一部が残り、活動自体も部活という体で残ったことで、気が付けば「学校内の情報を全生徒に届ける」という役目・役割を担う羽目に。
「――でも、ここは東京。そういうのはちゃんと学校側が、しっかり責任をもってやってるはず」
「それはそう。……けど問題があってな、ほらあの……さ……さ……」
「ああ、確かに暁山瑞希は顔を全然見せないし助かるか」
「あとは東雲絵名とか、そのあたりも?」と付け加えて返すと、答えが出たのに悶々とナントカの名前が思い出せず悩んでいた良が悲鳴を上げ、机に突っ伏す。
「ギブ」
「瑞希。暁山瑞希、さっき言った」
「あ~……そうそれ……名前が出てこなかった……!!」
「なるほどね、楔屋良は名前よりも顔派と」
情報に重きを置く部活のナンバーツーが、なにやら不穏な気配。しかし坂塚兄妹の陰謀は可愛い方だろう。なので、自分の鞄から静かに、小さな付箋を取り出した。
名付けて『機密ファイル:楔屋良の片想い相手』。セクハラにはカウンターが必須なので、わるいがしんでくれ。
「はい、まいどあり」
「ッシャァ!!!!」
「ちょーと待て、おい、今なんかやったろ?!」
どうだか。
しらを切って逃げ回る私、それを追う楔屋。
「ぜえ……はぁ……。なんつーか、“らしくなってきた”って感じだな……!」
「うん、頭と心のぐちゃぐちゃも多少消えた。単に昔が恋しかっただけなのかも」
「お前も恋しいとかあんの?」
「そもそも『恋しい』が何かわからない。ねえ、教えてよ楔屋ィ」
変な発音がツボにはまったのか、幸治が外の景色へと顔をそらす。
「はぁい幸治ィ」
「やめてくれ。頼むから、これいじょうは……くっ……!」
私を繋いでおく楔を誤魔化す方法としては悪手だ、と。彼らは現実を理解してなお、大胆に動くつもりだろうか?
ここに居る存在は白川翠だが、同時に白川翠ではない。
「『カラオケ店向け:集中』は、と…あった…ええと…、これ……36、87、11……」
無数に枝分かれした「自分」と違う自分を制御する独自の術を考えついた、いわばメインシステム的存在が……この「翡翠」だ。
ちなみにこれまで長々と見せてきたように、メインシステムと一口に言っても完成度は低い。
利便性に全力を注いだためか嘘みたいに切り替えが早い以外は大したメリットもなく、僅かに不安定となるだけで、途端に不具合が生じてしまう。
それが今の私のはず。確証はないが、きっとそう。
「そろそろアドレス式から変えた方がよさそうだな。このやり方も、混乱を生む原因の一つになってるかもしれない」
そう言って、ある種の操作盤として機能するノートを閉じた。
混線回避や記憶の途切れを減らすために用意した手段。
小学生の時からずっと世話になってた技術だけど、この頃は横着しすぎて脳と心が冷静にパニックを起こしていたので、あまり出番がなかった。
「……うん。だいぶ前の…宿題だっけ、で出たものと一緒と。……そう、何故かカラオケ店で勉強してたから……記憶がこっちに入ったみたいで……」
「――ああ、あったよ。やっぱり値じゃなくて人名にしない? 僕も混乱しそうで毎日が怖いよ、ねえ聞いてる?」
場を盛り上げるのも彼の仕事なだけあって五月蠅い。あまり好かないので、早急に制御権をこちらに戻す。
「んで。情報は取得できたけど、どうするつもり?」
「んっとな、昨日休みだった奴がいて――」
「部活の体で用意した枷って気付かれないための工作なら、もう遅いけど?」
「…案の定ばれてたか。まあ、うん、だろうとは思ってたけど早いって……」
表の姿とはいえ、仮にも情報に長けた部のリーダーがこれでは救えない。
「でも、まだ目的が絞り込めない。ちょっとは読み合いがうまくなったんだね」
「いやいや、違うって! わたしと兄貴、や、兄さ、お兄ちゃんはともか――むぐぅ!?」
「ああそうだ。君の嗜好を僅かでも共有できたらば……互いが互い、仲良くできるのでは、とは部長の妙案だったな」
三人が好きにくつろいでいるので、同じく椅子に座る姿勢を崩して窓の外を見る。昼食後に別れて教室へと戻り、皆が皆で授業を受け、今や時間は放課後だ。
普段通りであれば校門を出ている時間だけど、今日はまだ帰路につけていない……と、気が付けば不要な思考回路を回している自らの醜態に嫌気がさす。
「はやく帰ってどっか行きたいんだけど?」
自分の苦手分野の解決策は自分の内側を探せど見つからなくて当然。
なのでぶっきらぼうに、しかし暗に「何か話題を出せ」といった含意を込めて、良たちの機転に縋った。
「……い、やぁ、それは~……なんというかぁー……」
「へい間抜け三番地。もうこれさ、本当のことを話しちゃったほうがよくない?」
「さて、我らがリーダーがどう判断を下すかだが。…こうなった以上、全て吐くより他はないのではないかな?」
「いや、でもそれだと
「――ちなみに『コンピューターミュージック社会の屑鉄』の件が嘘だってことは、もう把握済みだから。安心してネタ晴らししなよ」
「うそーぉ、隠す意味ない……?」
腑抜けた返事だな。
それはさておき、コンピューターミュージック社会の屑鉄という蔑称がつく程でもない三流バンド(?)チームだということは、既に収集した情報をもとに把握済み。
よその曲のカバーとか、イタい身内ノリの類だとかでとっ散らかってるチャンネルもすでに発見してある。またしてもアドバンテージと手札が増えてわたし、とっても感激。
「さてはて要求された情報は、ちょっと前の宿題。でも、今のあんたらの本命とは違う…で合ってるよね?」
云って、わざとらしく微笑を作る。
「“本命”――本当の狙いは何かな? お疲れ気味の私でも理解できる説明、できるかな。できるよね、できないわけないよね?」
カツンと机の上へボイスレコーダーが置かれた音と同時に、奇妙な尋問が始まった。
『その……俺さ、ええと……』
『大丈夫。ただ、本当の事を知りたいだけ。どうしてもというのなら無理強いはしない』
『ゔっ…わ、わかった。その――――』
『――――お前と、その、一緒に活動したい…音楽方面でな? ……ああくそ、やっぱ恥ずいわ。お前らもなァ、笑うくらいなら助け舟をだな!?』
『ふーん……』
結局、彼は想像通りの答えを出した。
「突飛な話をするんだなあって」
まったくだ。少しは予想を裏切ってくるものだと信じていたのに、一語一句とて裏切らなかったのだから残念極まりない。
もっともそれが楔屋良という男の魅力であり、同時に長所でもあるのだけど、ここまで馬鹿正直に正面突破狙いだと呆れの方が勝る。
「……にしても、音楽か」
あまりなじみのない、というか馴染みたくない要素。名前を“音楽”。
あんなものに感情を振り回される連中の気がしれない。
なにがよくて一喜一憂の感情の動きを『アレ』に任せ、所詮計画的に組まれただけの音声を称賛する必要があるのか。
楽曲担当であれば何か知っているのではと、いちどだけ人格を素早く切り替えての無茶な筆談をしてみたこともあったが……彼女も理解していなかったとなると、いよいよ意味がないに等しい。
「こんなもんでいっか。宿題終わったし、えっと~、0、0、1、0?」
変わる時間がきた。
つらい記憶を思い出して精神に負荷をかけ、それによって生じた隙間をハックする。
コンピューターのデバッグ作業と似たかたちで自分を表面にひねり出す。
「…不便だけど、名前をつけるには多すぎるから」
使い潰されて私へ統合された数名を偲びながらミクを呼ぶと、瞬時に音楽が再生されて奇怪な現象がおきる。
気絶さながらに意識が呑まれ、一度だけ感覚を失ったのちに再び感覚を得て、それから地面に足が―――――。
「えっ」
あしがつかない。
どこで、何を、間違えた?
「落ちるの?」
全身をブワッと空気が撫でて、体は有刺鉄線と錆に覆われたパイプの森に落ちていく。
なんとか体勢を整えてから下を見ると、鋭いパイプの先端が猛獣の牙めいて待ち構えている。
「なにあれ――――」
更に下の地面は炎と煙に包まれて、否、覆われており、まともに着地できそうな場所を覗けない。
きっと闇雲に探して降り立てば間違いなく死ぬ。あっけなく、一瞬で死んでしまう。
だというのに……
「――――あ。あの店を思い描かずに入ったからか、そりゃこうもなるよね」
かえって冷静な私だった。