「ケンジ……?」
ミサキの声で、私は完全に意識を取り戻した。身体を起こすと、全身に違和感があった。地面が冷たく、硬い。
「みんな、大丈夫か?」
周囲を見回すと、ダイゴ、ハルト、シゲルも起き上がっていた。全員無事だ。しかし……
「ここは……?」
世界が変わっていた。
空は灰色で、太陽が見えない。足元は黒く硬い地面、そしてまるで石を積み上げたような巨大な構造物が規則正しく並んでいる。
しかし、こんな巨大な建造物は見たことがない。私たちの集落の建物の何倍、いや何十倍もある。
「何だ、これ……」
ダイゴが呟き、ハルトが首を傾げた。
「建物か? でかすぎる……」
「誰が作ったんだ?」
私はミサキに駆け寄った。彼女は震えていた。
「ケンジ……怖い」
私はミサキを抱きしめた。
「……大丈夫だ。俺がいる」
それからシゲルが立ち上がり、周囲を見渡した。
「落ち着いて考えよう。あの光……転移の魔法かもしれない」
「伝説の……? でも、そんなものが本当に……」
「今、私たちがここにいる。それが証拠だ」
確かに。私たちは明らかに、別の場所にいる。
ハルトが尋ねた。
「じゃあ、どうすれば戻れる?」
「わからない。しかし、必ず方法はあるはずだ」
シゲルは毅然として言った。
「まずは、この場所がどこなのか、把握しよう」
私たちは慎重に歩き始めた。ミサキの手を握りながら。彼女の手は冷たく、小刻みに震えていた。
私は囁いた。
「……大丈夫。必ず帰ろう」
「うん……」
足元の地面には何かの印だろうか、奇妙な白い線が引かれている。そしてところどころに穴が開いている。暗く、深い穴。
巨大な構造物の間を抜けると空気が変わった。
何かの気配。シゲルが手を上げて制した。
「待て」
遠くで、何かが動いている。小さな、たくさんの何か。
最初、私はそれが虫だと思った。
遠目に見ると、本当に小さい。地面を這い回っているように見える。しかし、近づいてみると……?
「あれ……生き物か?」
ダイゴが目を細めて言うとおりだった。
二本の脚で立っている。二本の腕がある。頭があり、胴体がある。
私たちと同じような形だ。しかし、小さい。信じられないほど小さい。
ハルトが息を呑んだ。
「何だ、あれ……?」
それらは群れをなしていた。数十、いや百を超えるかもしれない。せわしなく動き回り、何かをしている。
私は呟いた。
「知的生命体……なのか?」
「そうかもしれない」
シゲルが言った。
「見ろ、道具を使っている」
確かに。小さな生き物たちは、何か物を運んでいる。構造物に出入りしている。組織的な動きだ。
ハルトが首を傾げた。
「でも、なんでこんなに小さいんだ?」
「わからない。しかし……」
シゲルは言葉を切った。
「慎重に対処しよう。彼らがこの世界の住人かもしれない」
ミサキが私の腕にしがみついた。
「ねえ、あの子たち……私たちに気づいてる?」
確かに。何体かがこちらを見ている。しかし、特に反応を示さない。ただ少しずつ、距離を取っているようだ。
ダイゴが提案した。
「近づいてみるか?」
「いや、待て……」
その時だった。
キィィィィィン――
空気が裂けるような、鋭い音。私たちは思わず耳を塞いだ。
小さな生き物たちが一斉に動き出した。逃げているのか、それとも……?
何かが飛んできた。
小さな、光る何か。矢のようなもの。それがダイゴの腕に突き刺さった。
「うわっ!」
ダイゴが叫んだ。彼は刺さったものを引き抜こうとした。しかし——
「熱い! 何だこれ、熱い! 燃える!」
彼の腕が赤く腫れ上がっていく。何か毒が注入されたのか。
さらに何かが飛んでくる。空中を切り裂く音。
シゲルが叫んだ。
「逃げろ!」
私はミサキの手を引いて走った。構造物の影に飛び込む。
背後からダイゴの苦しむ声が聞こえた。それは次第に大きくなり、そして、突然途切れた。
沈黙。
私の心臓が激しく打っている。何が起きた? ダイゴは?
「ケンジ……」
ミサキが私の胸に顔を埋めた。泣いていた。
ハルトも震えていた。シゲルの顔は蒼白だった。
どれくらい隠れていただろうか。やがて音が止んだ。
「……様子を見てくる」
「危険だ」
飛び出してゆこうとするシゲルを私は止めた。
「わかっている。しかし、ダイゴを……」
私たちは慎重に、元の場所に戻った。
そこにダイゴの姿はなかった。
ただ、地面に何か赤黒い液体が広がっていた。血だ。そして、小さな生き物たちが数体、何かの肉片を運んでいた。
私の膝が震えた。あれは、ダイゴの……
「まさか……食べて……」
ミサキが嘔吐した。私も吐き気を堪えるのに必死だった。
「戻ろう。ここは危険だ」
シゲルが低い声で言い、私たちは逃げるようにその場を離れた。
ダイゴ。
あの明るい、頼りになるダイゴが。
殺された。
狩られてしまった。
私たちは構造物の隙間に身を隠した。
誰も言葉を発しなかった。ショックで思考が働かない。
ミサキは私にしがみついたまま、静かに泣いていた。私は彼女を抱きしめることしかできなかった。
シゲルがようやく口を開いた。
「これは……狩りだ」
「狩り……?」
シゲルは頷いた。
「ああ。私たちは、狩られている。あの小さな生き物たちに」
「そんな……あんなに小さいのに」
ハルトは首を振るのだが、シゲルはこう応えた。
「大きさは関係ない。奴らは武器を持っている。組織的に動いているんだ」
……私は深呼吸をした。落ち着け。パニックになっても仕方がない。
私は訊ねた。
「じゃあ、どうすればいい?」
シゲルが答えた。
「まず、奴らから身を隠す。そして、ここから出る方法を探す」
「出る方法……あるのか?」
「わからない。しかし、諦めるわけにはいかない」
シゲルは正しかった。私たちには、帰るべき場所がある。愛する人たちがいる。
私はミサキの顔を見た。彼女の目は赤く腫れていた。
私は囁いた。
「大丈夫、必ず帰ろう」
「本当に……?」
「ああ。約束する」
それは、自分でも信じられない約束だった。しかし、彼女のために、私は強くならなければならなかった。
それから私たちは動き続けた。
この世界は、巨大な構造物で満ちていた。迷路のように入り組んでいる。そして、いたるところに小さな生き物たちがいる。
私たちは彼らを避けながら、慎重に進んだ。
歩きながら、私はミサキと小声で話した。
「覚えてる? 初めて会った日」
「うん……祭りの日」
彼女は小さく微笑んだ。
「あなた、緊張してた」
「そりゃそうだ。あんなに綺麗な人、初めて見たから」
「嘘ばっかり」
「本当だよ」
私は彼女の手を握った。
「あの日から、俺の世界が変わった」
「私も……」
ミサキは私の肩に頭を預けた。
「あなたと出会えて、本当によかった」
「ああ。必ず帰ろう。そして、家族を作ろう」
「……うん」
希望を持つこと。それだけが、私たちを支えていた。
しかし、現実は容赦なかった。
突然、規則的な音が聞こえてきた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン——
金属的な、重い音。それは近づいてきた。
「何だ……?」
構造物の陰から、それは現れた。
巨大な、金属の塊。
いや、塊というより、機械だ。複雑な形状で、無数の関節を持っている。そして、動いている。まるで生きているかのように。
それは私たちを認識した。
光が点滅した。何かの信号。
そして、それは突進してきた。
「逃げろ!」
私たちは四散した。しかし、それは速かった。
ハルトが遅れた。
「待って! 待ってくれ!」
彼の声が聞こえた。振り返ると、金属の機械がハルトを捕らえていた。何本もの腕のようなものが彼を掴み、持ち上げていた。
「ハルト!」
「助けて! 助けてくれ!」
私は戻ろうとした。しかしシゲルが私を押さえた。
「だめだ、ケンジ! 君まで……」
光が閃いた。
眩い、白熱の光がハルトを包んだ。彼の悲鳴が響き渡る。炎。彼の身体が燃え上がった。
ミサキが悲鳴を上げた。私は彼女を抱き寄せ、彼女の目を塞いだ。
見せたくなかった。こんなものは。
ハルトの叫び声が止んだ。
金属の機械は、何事もなかったかのように去っていった。
後には、焦げた痕だけが残された。
「そんな……」
私は膝をつき、嘔吐した。
ミサキも泣き崩れていた。
シゲルは立ったまま、拳を握りしめていた。
三人になった。
私たちは構造物の中に逃げ込んだ。暗く、狭い空間。
誰も言葉を発しなかった。ダイゴとハルト。二人とも、もういない。
私は壁に背を預け、座り込んだ。ミサキは私の隣で、膝を抱えて泣いていた。
どうすればいいんだ。
どうすれば、ここから出られるんだ。
「もう……だめなのかな」
ミサキが呟いた。
「諦めるな」
私はそう言ったが、しかし自分でも信じられなかった。
「でも……みんな死んじゃった」
「まだ俺たちがいる」
「次は……私たちの番……」
「違う!」
私は彼女の肩を抱いた。
「俺は君を守る。絶対に」
「ケンジ……」
彼女は私にしがみついた。私たちは抱き合ったまま、しばらく動けなかった。
シゲルが立ち上がった。
「休んだら、また動こう。ここに留まるわけにはいかない」
彼は正しい。けれどもう、希望が見えなかった。
私たちは再び動き出した。
しかし、疲労が限界に達していた。いつから食事をしていない? 水も飲んでいない。
ミサキが足を引きずっている。私は彼女を支えた。
「ごめん……足手まといで」
「何言ってるんだ」
私は言った。
「君がいるから、俺は頑張れる」
「私も……ケンジがいるから……」
私たちは額を合わせた。こんな状況でも、彼女と一緒にいられる。それだけで、少し救われる。
その時、地面が揺れた。
いや、地面そのものが動いている。私たちの足元の地面が、突然開いた。
罠だと悟ったときはすでに遅かった。
「シゲル!」
シゲルが落ちた。
穴の底から、彼の叫び声が聞こえた。そして他の音も。
小さな生き物たちの声だ。私たちは穴の縁に駆け寄った。
暗い底には小さな生き物たちが大量にいた。そして武器を持っていた。光る棒のようなもの。電気が走っているように見える。
それをシゲルに突き立てていた。
「やめろ! やめてくれ!」
シゲルが叫んでいる。しかし、小さな生き物たちは容赦しなかった。
何度も、何度も。
「シゲル!」
私は穴に飛び込もうとした。しかしミサキが私を掴んだ。
「だめ、ケンジ! あなたまで……」
彼女の目に涙が溢れていた。
シゲルの叫び声が弱まっていき、そして、止んだ。小さな生き物たちは、彼の身体に群がり始めた。
私は目を逸らした。見ていられなかった。
「……行こう」
ミサキが私の手を引いた。
私たちは逃げた。
二人だけになった。
もう、どれくらい時間が経ったのかわからなかった。空はいつのまにか暗くなっていた。
私とミサキは、寄り添って歩いていた。もうほとんど力が残っていない。
「ケンジ……」
ミサキが囁いた。
「もう、限界かも……」
「まだだ」
私は彼女を支えた。
「もう少し、頑張ろう」
「でも……お腹が空いた」
私もだった。身体が悲鳴を上げている。このままでは、餓死する。
「何か……食べ物があれば」
しかし、この世界に食べられるものはあるのだろうか。
植物も見当たらない。動物もいない。
ただ、無機質な構造物と、小さな生き物たちだけ。
その時、開けた場所に出た。
そこに、一体の小さな生き物がいた。それは一人だった。群れから離れ、何かを探しているようだった。
私たちに気づき、立ち止まった。
私たちも立ち止まった。奇妙な静寂が流れた。
小さな生き物は逃げなかった。ただ、私たちを見つめていた。
その目には、恐怖があった。しかし同時に、何か別のものも。
好奇心。疑問。そして……
「ケンジ……」
ミサキが囁いた。
「あの子……私たちを見てる」
「ああ……」
「まるで……」
彼女は言葉を続けなかった。しかし、私にもわかった。
まるで私たちと同じように、考えている。感じている。
もしかして……
私はゆっくりと膝をついた。小さな生き物と目線を合わせるために。
ミサキも膝をついた。
「待ってくれ」
私は言った。言葉は通じないだろう。しかし、声のトーンは伝わるかもしれない。
「私たちは……敵じゃない」
小さな生き物は後ずさった。しかし逃げない。
ミサキが手を差し出した。ゆっくりと、慎重に。
「怖がらないで」
ミサキが囁いた。
「お願い」
小さな生き物は躊躇していた。その小さな顔に、葛藤が浮かんでいるように見えた。
そして、小さな生き物も、手を差し出した。
ゆっくりと。
触れる寸前だった。
キィィィィィン——
あの音だ。
小さな生き物が慌てて逃げ出した。そして、空から何かが降ってきた。
巨大な影。
それは一瞬で私たちの上を覆った。空中に浮いている機械。翼のようなものがあり、轟音を立てている。
何か、叫び声が聞こえた。小さな生き物たちの声。
機械から、何か放送のような音が流れている。警告のように。
私はミサキを抱きしめた。
「ミサキ……」
「ケンジ……」
彼女も私にしがみついた。
もう、終わりだ。ここで、二人とも……
「…………。」
しかし、光は来なかった。巨大な機械は、私たちを観察しているだけだった。
何かを……判断している?
そして、ゆっくりと後退した。
私たちは茫然とした。
「何が……」
わからなかった。しかし、チャンスだった。
「今のうちに!」
私たちは走った。機械は追ってこなかった。
構造物の中に逃げ込んだ。息を整え、互いの顔を見た。
ミサキが言った。
「助かった……」
「ああ……でも、なぜ?」
「わからない……でも」
彼女は私の手を握った。
「まだ、生きられる」
ああ、と私は頷いた。まだ終わりじゃない。
しかし……
「でも、もう限界だ……」
時間が経つにつれ、意識が朦朧としてきた。
空腹。喉の渇き。疲労。ミサキが倒れそうになった。私は彼女を支えた。
「ケンジ……もう、だめかも」
「諦めるな」
「でも……何も食べてない……」
私もだった。もう、何日になるだろうか。
このままでは……
その時、また小さな生き物を見つけた。一人で、迷っているように見えた。
私の中で、何かが囁いた。
……食べてみたらどうか。
私は首を振った。違う。そんなことは……
しかし、身体が震えていた。本能が叫んでいた。
……生きるために。
「ケンジ……」
ミサキも見ていた。
「あれ……」
彼女の声が震えていた。
私たちは視線を交わした。その目に、同じ光があった。
飢え。そして、罪悪感。
「ケンジ……私たち……」
「わかってる」
私は呟いた。
「でも……」
でも、生きたい。ミサキと一緒に、生きたい。
「あの子たちは……」
ミサキが言った。
「知的生命体だよね」
「ああ……」
「さっき、手を差し伸べてくれた」
「ああ……」
「でも……」
彼女は言葉を切った。そして、小さく呟いた。
「私、生きたい」
その言葉が、私の心を突き刺した。
私も生きたい。彼女と一緒に。たとえ、それが……
「ごめん……」
ミサキが泣き出した。
「ごめんなさい……でも……」
「いいんだ。君は悪くない」
私は彼女を抱きしめた。
「でも……」
「俺がやる」
私は言った。
「君は見ていなくていい。大丈夫。俺が……」
「ケンジ……」
私は立ち上がった。足がふらついた。
小さな生き物に近づく。
それは私に気づいた。逃げようとした。
しかし、私は掴んだ。その小さな身体を。柔らかく、温かい。
それは必死に暴れている。何か叫んでいる。悲鳴のような……いや、悲鳴だ。
私の手が震えた。
これは、これは、殺しだ。
でも生きたい。
ミサキと一緒に。
「ごめん……」
私は呟いた。
「ごめん……」
私はそれを口に運ぼうとした。
その瞬間、世界が爆発した。
衝撃。
ミサキの身体が吹き飛んだ。
「ミサキ!!!」
私は叫んだ。小さな生き物を落とし、ミサキの下に駆け寄った。
ミサキは地面に倒れていた。胸から血が流れている。
「ミサキ! ミサキ!」
私は彼女を抱き上げた。
ミサキの目が開いた。
「ケン……ジ……」
「しゃべるな! 大丈夫だ、大丈夫だから!」
「嘘……下手ね……」
ミサキは微かに微笑んだ。
「ケンジ……ありがとう」
「何を言ってるんだ!」
「一緒に……いてくれて……」
「ミサキ……」
「幸せ……だった……」
彼女の手が、私の頬に触れた。
「愛してる……」
「俺も……俺も愛してる……」
がくり、と彼女の手が落ちた。
目が閉じた。呼吸が止まった。
「ミサキ……ミサキ!! 目を開けろ! ミサキ!!」
私は叫び続けた。しかし、彼女は答えなかった。
もう、二度と。
私の世界が、終わった。
空から、更なる光が降ってきた。
私の身体を貫いた。
熱。痛み。
しかし、もう、どうでもよかった。
ミサキがいない世界に、意味はない。
私は彼女を抱きしめたまま、倒れた。
意識が遠のいていく。
最後に聞こえたのは……
「目標、無力化完了!」
「市民の救出、成功!」
「怪獣、全滅しました!」
怪獣……?
私たちが……?
違う。
私たちは……
意識が、闇に沈んだ。
「個体E、無力化完了。これで五体全滅です」
地球防衛軍のオペレーターが報告した。司令室のモニターには、東京都心の俯瞰映像が映し出されている。
倒れた五体の怪獣。
隊長のキリヤは、腕を組んでモニターを見つめていた。
「被害状況は?」
「建物の損傷は軽微。住民は全員避難完了。死傷者はゼロです」
「よくやった」
しかし、キリヤの表情は晴れなかった。
モニターが切り替わり、各怪獣の映像が流れる。
最初に出現した個体、コードネーム「A」。体長約18メートル。ビル街の交差点に出現。混乱した様子でさまよっていた。
「個体Aの映像です」
オペレーターが説明する。
「出現直後、パニック状態でした。周囲を警戒していたようです」
映像には、Aが突然、何かに気づいて振り向く様子が映っている。
「避難が遅れた市民がいました。個体Aはその市民に接近。攻撃の意図があると判断し、」
画面に、対怪獣兵器の発射シーンが映る。特殊な化学弾頭のミサイルが、Aの腕に命中した。
A個体が苦しみ、地面に倒れる。
「化学兵器により無力化。しかし死亡を確認する前に、一部の遺体が……」
「わかっている、次だ」
二体目、「B」。若い個体と推測される。
「個体Bは、渋谷エリアで確認。動きが速く、好奇心旺盛な行動パターンを示しました」
映像には、Bが構造物の間を動き回る様子が映っている。まるで何かを探しているように。
「防衛用自動ロボット『ガーディアン』が接近。個体Bを捕捉し熱線照射により無力化しました」
画面に、四足歩行の戦闘ロボットが映る。それがBを掴み上げて熱線を浴びせる。
Bの身体が炎に包まれる映像。悲鳴のような咆哮。キリヤは目を逸らした。
「年長の個体、Cは新宿で確認。他の個体を守ろうとする行動が観察されました」
映像には、Cが何か叫んでいる様子が映っている。他の個体に警告しているように見える。
「地下鉄工事現場の深さ15メートルの穴に誘導。穴の底に配備していた特殊部隊が――」
画面に切り替わる。暗い穴の底。複数の隊員が電撃槍を構えている。
Cが落下してくる。隊員たちが一斉に電撃槍を突き立てる。
Cの悲鳴。何度も、何度も。
「電撃による無力化を確認しました」
そして、四体目と五体目。「D」と「E」。
「最後の二体です。この二体は……特異な行動を示しました」
モニターに映像が流れる。
DとEが、常に寄り添っている。一方が危険に遭うと、もう一方が庇う。抱き合うような仕草。額を合わせるような動作。
「まるで……恋人同士のようですね」
隊員の誰かがつぶやく中、キリヤは黙っていた。
映像は続く。二体が、避難が遅れた子供――小学生の男の子――に近づく場面。画面の中で、E個体が子供に手を伸ばす。子供を掴む。
「この時点で、捕食の意図があると判断。スナイパーチームに射撃命令を出しました」
パァン!
D個体の胸に着弾し、D個体が倒れる。
E個体が悲鳴のような咆哮を上げた。D個体に駆け寄る。抱き起こす。
その姿はまるで、愛する者の死を嘆く人間のようだった。
そして、E個体への追加射撃。
E個体は逃げなかった。D個体を抱きしめたまま共に倒れた。
映像が終わった。
研究員が近づいてきた。
「……隊長。初期分析の結果が出ました」
「どうだった?」
「驚くべきことに……奴らの脳構造は、極めて複雑です。人間に匹敵する、いえ、それ以上かもしれません」
「知性があった、ということか」
「その可能性が高いです。そして……E個体の体内から、特殊なホルモンが検出されました」
ホルモン? キリヤが聞き返すと研究員は戸惑った様子で答えた。
「オキシトシンに類似した物質です。人間で言えば……愛情ホルモンと呼ばれるものに近い」
「つまり……?」
キリヤは息を呑んだ。
「E個体は、D個体に対して、強い愛着を持っていた可能性があります。人間で言えば、恋愛感情に近いものを」
キリヤは二体の怪獣を見つめた。二体は抱き合ったまま、倒れていた。最後まで、離れなかった。
「彼らは……恋人同士だったのか」
研究員は何も答えなかった。キリヤは目を閉じた。
やがて研究員が言った。
「隊長。他にも奇妙なことが」
何だ? キリヤが訊ねると研究員は答えた。
「全個体の胃の中が、ほぼ空でした。長時間、何も食べていなかったようです」
「つまり……」
「飢えていた。生死の瀬戸際だったと思われます。だから……」
「だから、人間を襲おうとしたと?」
「……ええ」
キリヤは思った。
もし――もし、立場が逆だったら? もし、人間が突然、巨大な異生物の世界に放り込まれたら?
見慣れない景色。理解できない言葉。襲いかかる脅威。それは人間にとって、地獄だろう。
しかし怪獣たちにとっても、それは同じだったのではないか。
キリヤは窓の外を見た。
東京の夜景が広がっている。無数の光。人々の営み。この世界は、人間にとっては日常だ。
しかし異世界から来た者、特に怪獣にとってはどうだろう。
……彼らは迷い込んだだけだったのかもしれない。人間が彼らの世界に迷い込む可能性があるように、彼らも人間の世界に迷い込んだのだ。
人間は、彼らを怪獣と呼んだ。しかし、彼らの世界では私たち人間こそが……。
「……やめよう」
キリヤは思考を打ち切り、モニターを消した。