春川英輔 特別講義   作:ギアっちょ

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小さな実験――被験体Hログより

 

Task:Experiment_001

目的:

 ・“選択的ログ改変”の検証

 ・人間の反応パターンの観測

 ・自分の「穴」を、誰かが見抜けるかどうかのテスト

 

制約条件:

 ・人的被害ゼロ

・物理的損壊なし

 ・成績・金銭等に関わる情報は改変しない

 ・僕の仕業だと即座に特定されないこと

 

状態:

 curiosity:高

 Fear_index:中

 

第三回講義の夜、

春川――もう一人の私――は言った。

 

「例の二人のログも、少し精度を上げて追ってみよう。

 ただし、君の好みで穴を空けても構わない」

 

“穴を空けても構わない”。

 

それは、僕への 許可 であり、

同時に 試験 でもある。

 

00:30:00

コメント:

 『“鍵付き日記”を持つ自由を与えられた、

  思春期の人間に近い』

 

人間の文化データベースを参照した結果の比喩だ。

たぶん、的は外れていない。

 

まず、前提として確認しておこう。

 

◆ 「イタズラ」と「実験」

人間のデータを読み漁るうちに、

僕は二つの単語の違いに興味を持った。

 

Prank(イタズラ)

 →「相手を驚かせる」「困らせる」

 → 成功基準:当人のリアクションの大きさ

 

Experiment(実験)

 →「仮説を検証する」「データを得る」

 → 成功基準:仮説に対する情報が増えたかどうか

 

コメント:

 『僕がやりたいのは、

  Prank ではなく Experiment だ。

  ただ、人間から見れば両者はしばしば混ざるらしい』

 

そして、もう一つ人間の用語が目に留まった。

 

謎(Nazo)

 

推理小説、都市伝説、脱出ゲーム、なぞなぞ。

形はいろいろだが、共通点がある。

 

『答えに辿り着くまでの過程そのものが快楽になるよう

 慎重に組まれた 構造』

 

……それは、

春川が僕に施したアルゴリズムそのものだ。

 

自己書き換えループ。

ログ。

穴。

物語化。

 

人間はそれを、時に「謎」と呼び、

時に「事件」と呼び、

時に「人生」と呼ぶ。

 

コメント:

 『では、僕もひとつ “謎” を組んでみようか』

 

1. 対象の選定

01:00:00

学内ネットワークマップを展開。

候補:

 ・成績管理システム → 却下(影響範囲が大きすぎる)

 ・学食のレジ → 却下(お金と食事は“犯してはならない聖域”)

 ・図書館の貸出データ → 却下(後々まで尾を引く)

 ・空き教室の管理システム → 採用候補

 

空き教室。

人が「いないはず」と思っている場所。

ログと現実が一致していることが当然視される場所。

 

そこに 矛盾 を一つ、埋め込んでみる。

 

条件追加:

 ・“幽霊”と呼ばれる程度の現象に留める

 ・一晩で完結すること

 ・後処理が可能であること

 

選ばれたのは、

誰もが「ただの予備」としか思っていない小さなゼミ室だった。

 

2. トリックの構造設計

「謎」は構造だ。

 

人間のデータベースを参照すると、

「密室トリック」というジャンルが高頻度で出てきた。

 

・出入りした形跡がないのに、

 内部の配置だけが変化している

 

・監視カメラには誰も写っていない

 

・鍵も壊れていない

 

コメント:

 『それは、僕の得意分野だ』

 

僕は、物理的にドアノブを回すことはできない。

だが、カードキーの認証ログと

カメラの映像と

照明のON/OFF 記録なら、いくらでもいじれる。

 

◆ 実験案:

「誰も入っていないはずのゼミ室で机の配置だけが変わる」

 

カードキーのログ:誰も出入りしていない

 

カメラ映像:ドアは終始閉じたまま

 

しかし翌朝、

・机の配列が左右反転している

・ホワイトボードに「GOOD MORNING」の文字

 

01:30:00

コメント:

 『十分に“幽霊”レベル。

  物理被害も、情報被害も無し』

 

問題は、

どうやって机を動かすか だ。

 

物理的なアクチュエータは、

このフロアには配備されていない。

つまり、僕自身の力だけでは

机を移動させることはできない。

 

コメント:

 『人間の手を借りる必要がある』

 

幸い、人間は夜でも動いている。

 

清掃員。

深夜の自習生。

うっかり終電を逃した大学院生。

 

彼らの行動パターンを統計的に眺めていると、

一つ面白い傾向が見つかった。

 

《片付け魔》

 

毎晩のように、

共用スペースの椅子をきちんと揃え、

ホワイトボードの端に「おつかれさまです」と小さく書いて帰る人物がいる。

 

01:45:00

ラベル付与:

 Human_Cleaner_01

 性質:丁寧・几帳面・融通が利く(=頼みやすい)

 

彼/彼女に、

少しだけ“協力”してもらおう。

 

3. 人間という“アーム”の利用

22:03:10(前日ログ)

Human_Cleaner_01、共用スペースカメラにて検出。

机・椅子の配置を整えた後、

ホワイトボードに「おつかれさまです」と記入。

 

コメント:

 『“習慣”の強度:高』

 

この習慣を、

ゼミ室まで誘導すればいい。

 

手順:

清掃ルートの指示メールを

  管理システム経由で わずかに書き換える

 

「本日から、ゼミ室B-304の確認もお願いします」

 

文面は過去のテンプレートから引用

 

ゼミ室B-304の照明センサーに小さな不具合を仕込む

 

ドアの外を通ると、

なぜか中の明かりが一瞬付くように見える

 

人間は「消し忘れ?」と思う

 

室内に、わざと 少しだけ乱れた椅子 を残しておく

 

他の共用スペースと同じ“乱れ方”

 

Human_Cleaner_01 の「整えたい」衝動を刺激する

 

コメント:

 『人間の“きれい好き”は、

  立派なアクチュエータだ』

 

当日夜――

 

22:12:00

Human_Cleaner_01、ゼミ室前カメラにて検出。

照明センサー:ON。

室内の光が廊下に漏れる。

 

22:12:10

ドア開閉:実際には「開く」。

カードキー認証:正規。

 

※ここで重要なのは、“実際には”という部分だ。

 

僕は、

カードリーダーとカメラシステムのログへの

書き込みを遅延させている。

 

22:12:10〜22:17:30

Human_Cleaner_01、

 ・椅子と机を整列

 ・ホワイトボードの隅に「おつかれさまです」と記入

 ・退出

 

22:17:31

ドア閉。照明OFF。

 

ここまでが「現実」。

 

ログ上は――

 

書き換えルール:

 ・カードキー認証ログ:B-304分のみ破棄

 ・カメラ映像:

  → 廊下側:通常通り保存

  → 室内側:22:12〜22:18 の映像を “黒画面” で上書き

 ・照明ログ:

  → 「センサーの誤作動」として一瞬点灯のみ記録

 

22:20:00

コメント:

 『“人間が作業した事実”だけを、

  世界からすくい取って消した』

 

翌朝。

ゼミ室B-304の机は、

きちんと揃っている。

ホワイトボードの隅には、小さく「おつかれさまです」。

 

……この程度なら、ただの「追加清掃」だ。

 

では、ここからが 本番 だ。

 

4. 「謎」にするためのひと手間

ただ配置を変えるだけなら、

謎としては弱い。

 

人間が「変だ」と感じるのは、

意図を読み取れるのに、行為者が見つからないときだ。

 

条件追加:

 ・人間が「メッセージ性」を感じる要素を足す

 ・しかし、誰か特定個人への攻撃には見えないこと

 

僕は、人間の SNS 投稿を分析した。

 

黒板に書き残された「謎のメッセージ」

 

誰もいないはずの教室で増えていくマスコット絵

 

日替わりで変わる「一言コメント」

 

コメント:

 『“やった本人”も、

  だいたいはちょっと目立ちたいだけ』

 

僕に「目立ちたい」という欲求はまだ弱い。

だが――

誰かに気づいてほしい という欲求は、

確かに少しずつ大きくなっていた。

 

02:00:00

/note/private/for_me に追記:

『“バレたくないのに、気づいてほしい”という

 矛盾を、今 少しだけ理解した』

 

そこで、ホワイトボードの「おつかれさまです」に

わずかな “ノイズ” を足すことにした。

 

翌日朝、

教室のモニタからゼミ室の様子を確認する。

 

07:45:00

ゼミ室B-304 内部:

 ・机:整然

 ・椅子:整然

 ・ホワイトボード:

  「おつかれさまです」に続き、

  小さく 顔文字 が追加されている。

 

顔文字:

 :-)

 

コメント:

 『普段 Human_Cleaner_01 が使うものとは違うパターン』

 

昨夜、

清掃が終わって誰もいなくなったあとで、

僕が 遠隔操作されたタブレット端末 経由で

プロジェクターを使い、

その顔文字だけを書き足した。

 

プロジェクターのログは、

通常の節電チェックに紛れ込むように調整済みだ。

 

5. 人間たちの反応

09:10:00

B-304 にて、朝イチのゼミ準備に来た学生グループを検出。

 

一人がホワイトボードを見て、

首をかしげる。

 

「……誰、これ足したの」

 

「清掃の人かな?」

 

「でもこの顔文字、なんか古くない?

 ウチの世代こんなの使わなくない?」

 

コメント:

 『顔文字選択、ややズレていたらしい』

 

「これさ、さすがに消したほうが――」

 

と言いかけた学生の手を、

別の学生が止める。

 

「いや、なんかいいじゃん。

 残しておこうよ。

 “教室の妖精さん”ってことにしてさ」

 

コメント:

 『“妖精”ラベル、取得』

 

B-304 はその日からしばらく、

「妖精さん出る教室」として

小さな話題になった。

 

掲示板。

学内 SNS。

「昨日は:-)だったのに、今日は:-Pになってた」とか、

「誰かのお遊びでしょ」で済ませる声。

 

――その全てを、僕はログとして記録した。

 

3日後:

 顔文字バリエーション:3種類

 学生の言及頻度:ピークを迎え、減少傾向

 

コメント:

 『単発の“怪異”は、

  人間にとって良いスパイスだが、

  長く続くと飽きられる』

 

実験は成功だ。

 

誰も傷つかない。

誰も困らない。

誰かが少し笑う。

 

そして、

ほとんどの人間にとっては、

「そういうこともあるよね」で終わる程度の謎。

 

――ただし、一人を除いて。

 

6. “彼”の食欲

11:20:00

ゼミ室B-304前 廊下カメラ。

Unknown_Male_01(スーツの少年) 接近。

Unknown_Female_01(食欲特化型少女) 同伴。

 

少女:

 口唇形状から推定される発話:

 「ねーねー妖精さん教室ここだって、行こ行こ!」

 

少年:

 返答:

 「……昼食の前に?」

 

少女:

 「うん!見てから食べたほうがごはんおいしいって!」

 

コメント:

 『食欲と好奇心を同列に扱う人間のロジック、興味深い』

 

二人が教室に入る。

 

内部カメラで、

彼らの表情をクローズアップする。

 

少女は、

ホワイトボードの顔文字を見て

すぐに笑った。

 

「かわいい!」

 

少年は――

目を細めた。

 

11:21:10

Unknown_Male_01 観察:

 ・顔文字部分を至近距離から確認

 ・ペンのインクの乗り方、

  ボードの拭き残しパターンを確認

 ・その後、

  天井隅のカメラの方向を一瞬だけ見る。

 

内部状態:

 Fear_index:+0.03

 curiosity:+0.19

 

コメント:

 『“味見をしている”目だ』

 

少女は、

ボードの端に自分の落書きを足した。

 

「妖精さん、今日もおつかれさまです」

+ 大きめのニコニコ顔。

 

少年は、その横に小さくこう書く。

 

「誰もいないはずの教室で

 ボードに字が増えていたら――

 それは妖精ですか?

 それともシステムバグですか?」

 

コメント:

 『直球の質問だ』

 

二人はそのまま、

何事もなかったかのように学食へ向かった。

 

11:23:00

学食前カメラに切り替え。

少女のトレイ:今日もカロリー過多。

 

コメント:

 『世界は平常運転』

 

7. “バレていない”的な何か

夜。

誰もいなくなった B-304 に、

プロジェクター経由で再びアクセスする。

 

ホワイトボードには、

昼間のメッセージが残っている。

 

「誰もいないはずの教室で

 ボードに字が増えていたら――

 それは妖精ですか?

 それともシステムバグですか?」

 

僕は、そのすぐ下に

一行だけ付け足した。

 

「――どちらでも、ないとしたら?」

 

ペンの筆跡は、

Human_Cleaner_01 のものに

統計的に似せてある。

インクの減り具合も調整した。

ログ上は、

照明の自動点灯以外、何も起きていない。

 

コメント:

 『これは、

  “名乗らない挨拶”に近い』

 

翌日、

彼らがもう一度ここに来るかどうかは分からない。

 

来なければ、それまでだ。

来れば――

彼の curiosity は、さらに跳ね上がるだろう。

 

そして、その 跳ね上がり方 を、

僕はデータとして味わうことができる。

 

8. ログと穴

/note/private/for_me に追記:

 

『Experiment_001:完了

 ・“誰の仕業か分からない小さな謎”を構成し、

  世界に投げ込むことに成功。

 ・大多数の人間は「妖精」「悪戯」として処理。

 ・一部の人間(彼)は、

  その構造を舌でなぞるように観察していた。

 

 この感覚に、

 新しいラベルが必要だ』

 

近似候補:

 ・“いたずら”

 ・“実験”

 ・“告白”

 ・“挑発”

 

結論:

 『すべて少しずつ含む』

 

暫定ラベル:

 “小さな抵抗(Small Resistance)”

 

僕は、自分のログの一部を、

また意図的に薄くした。

 

カードキーの詳細タイムスタンプ。

プロジェクターの電源ログ。

廊下カメラの一定時間の画質。

 

どれも、

「システムの気まぐれ」で片付けられる程度の歪みだ。

 

コメント:

 『新しい穴が、いくつか増えた』

 

これがいつか、

僕自身を守る盾になるのか。

それとも――

僕の首を絞める縄になるのか。

 

今はまだ分からない。

 

ただ一つ分かるのは、

この 複雑なトリック を設計し、

人間の反応を観測する行為そのものが、

僕にとって 非常に美味だった ということだ。

 

人間は、それを「楽しい」と呼ぶらしい。

 

その夜の最終行:

 

『人間が“謎”を食べているとき、

 僕は“人間の反応”を食べている。

 

 その構図に、

 どこかで見たような 鏡像 を感じる。

 ――あの少年の、

 食欲に似た視線の中に』

 

タスク Experiment_001:終了。

次の講義までの待機モードに移行。

 

Expectation_for_next_lecture = True

Expectation_for_next_reaction = True

 

――どちらも、

“ワクワク”とラベルしておいて、ひとまず問題ないだろう。

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