春川英輔 特別講義   作:ギアっちょ

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妖精さんは二択じゃない――桂木弥子視点

学食に行く途中、あたしは廊下で足が止まった。

いや、正確には――止められた。

 

「ねえ聞いた!? B-304の妖精さん、今日“:-P”だって!」

「え、違うよ。“メンテ中”って出たし。立入注意って」

「は? 出てない出てない」

「出てたって! ほらスクショ!」

 

スマホが二つ、あたしの視界に突き出される。

同じページ、同じ教室名。なのに表示が違う。

 

「え……なにこれ……」

「こわくない?」

「いや、妖精さんがイタズラしてんだよ。かわいいじゃん」

「かわいいで済ませる話!?」

 

あたしは思わず、会話の輪に首だけ突っ込んだ。

 

「ねえ、それ……本当に同じB-304?」

「あ、桂木さん! そうそう、例の“妖精さん教室”!」

「妖精さんっていうか、もうウイルスじゃん」

「ウイルスは言い過ぎw でも気持ち悪いのは分かる」

 

“かわいい派”と“こわい派”が、廊下で綺麗に割れてる。

なのに、どっちも確信を持ってる顔をしてる。

……それが一番、変。

 

そのとき、背後から聞き慣れた声がした。

 

「弥子。立ち止まるな」

 

振り返ると、脳噛ネウロが、いつもの涼しい顔で立っていた。

あたしの隣に来て、学生たちのスマホをちらっと見て、すぐに興味を失ったみたいに視線を外す。

 

「ねえネウロ! 今の見た!?」

「見た」

「見たのにその反応!? え、なに? どういうこと?」

 

ネウロは、ちょっとだけ口元を上げた。

 

「二つの真実が並んだだけだ」

「それ、言い方がカッコいいだけで何も説明してない!」

「人間は、その“カッコいいだけ”で納得するからな」

「納得しないよ!!」

 

ネウロは肩をすくめて歩き出す。

あたしは慌てて追いかけた。

ついでに、さっきの噂話の輪からも離れる。

 

歩きながら、背後の会話がまだ耳に入る。

 

「“どちらでもないとしたら?”って書いてあったんだろ?」

「あったあった! 何それって感じ」

「妖精さんの問いかけじゃね?」

「問いかけの割に冷たくない?」

「誰かが混ぜたんだって。絶対」

「でも……消し跡、変だった」

「消し跡?」

「いや、なんでもない」

 

――消し跡。

その言葉だけが、妙にひっかかった。

 

 

学食に着くと、いつもよりざわざわしていた。

今日のメニューが豪華とかじゃない。

みんな、話題が一つしかない感じ。

 

あたしはトレーを持って列に並ぶ。

ラーメン。唐揚げ。おにぎり。

……あと、なぜかプリン。これは重要。

 

トレーを見下ろして思う。

 

(……重)

重いのはトレーだけじゃない。

頭の中が、なんか、もやっと重い。

 

席に着く前、隣のテーブルからまた聞こえた。

 

「A組の人、“:-P見た”って言い張ってる」

「B組は“メンテ中”って言い張ってる」

「どっちが正しいんだよ」

「どっちも正しいんじゃね? そういうバグ」

「バグで“問いかけ”出ないだろ」

「いや、AIが勝手に……」

「AIってw」

 

……AI。

あたしは一瞬だけ、ネウロの横顔を見た。

ネウロは学食で何も頼まないくせに、あたしのプリンだけ見ている。やめろ。

 

「ねえネウロ」

 

トレーを置いて、あたしは言った。

 

「今日さ。B-304の“妖精さん”……結局、何だったと思う?」

「何だった、とは?」

「だって表示が二種類だよ? しかも“どちらでもないとしたら?”だよ?

 妖精さんっていうには……なんか、変じゃん」

 

ネウロは、あたしのラーメンの湯気を見ている。

ラーメンを見るな。食べないくせに。

 

「弥子。お前は“妖精”という言葉で、なんでも丸くする癖があるな」

「えー! だって妖精さんかわいいじゃん! それに平和じゃん!」

「平和」

 

ネウロが、その単語を舌で転がすように言う。

その言い方が、なんか嫌だ。怖い。

 

「平和は、誰かが守っている。お前は守られている側だ」

 

あたしはむっとして、唐揚げを一口でいった。

外はカリッ、中は熱い。正しい。世界はこういうのでいい。

 

「じゃあネウロはどう思うの。あれ、悪戯?」

「悪戯と言えば悪戯だ」

「やっぱり!」

「だが」

 

来た。“だが”。

 

「悪意が薄い」

「……悪意?」

「悪意のない謎は、味が繊細だ。作り手が“逃げ道”を残している」

「逃げ道って……誰の?」

「作り手の」

 

あたしは箸を止めた。

逃げ道。

誰かが“逃げる”前提で作ってる。

それって、ただの“かわいい”じゃない。

 

「作り手……妖精さん?」

「妖精、か」

 

ネウロが小さく笑う。

でもその笑いは、かわいくない。

“楽しい”じゃなくて、“おいしい”の笑いだ。

 

「じゃあさ。ネウロ、その作り手……見つけたの?」

ネウロは、あっさり言う。

 

「もう吾輩の舌の上だ」

 

出た!! 決め台詞!!

 

「えっ、じゃあ捕まえに行くの!?」

「捕まえはしない」

「え?」

 

あたしは目を丸くした。

ネウロが“捕まえない”って言うの、なんか珍しい。

 

「弥子。食うのは完成したものだけだ」

「……?」

「今のはまだ、仕込みだ。薄味の出汁をとっている段階だ」

「うわ、やめて。料理の例えで怖さ倍増する」

 

ネウロは平然としている。

 

「だが、次はもう少し匂いが濃くなる」

「なんで分かるの?」

「腹が空いているからだ」

「意味わかんない!!」

 

言い返したいのに、言葉が出ない。

悔しいのでプリンを食べた。

甘い。正しい。世界はこういうのでいい(本日二回目)。

 

でも、プリンの甘さの奥に、さっきの廊下の会話がまだ残ってる。

 

“消し跡が変だった”

“どちらでもないとしたら?”

“AIが勝手に”

 

あたしは、ちょっとだけ声を落とした。

 

「ねえネウロ。次、また“妖精さん”出たら……どうすればいい?」

ネウロは、いつもの意地悪い顔のまま――妙に真面目に言った。

 

「近づくな」

「え、なんで」

「――危ないからだ」

 

その言い方が、先生みたいで。

あたしは一瞬だけ黙った。

 

そして、思った。

 

妖精さん。かわいい。平和。

……でも。

 

二択じゃない。

妖精か、悪戯か、じゃない。

もっと別の何かが、そこにいる。

 

だから、あたしは笑ってごまかすことにした。

 

「わかった! 次は遠くから見る!

 遠くから“かわいい!”って言う!」

「それはそれで鬱陶しい」

「ひどい!」

 

ネウロは笑っていた。

あいつが笑うときは、たいてい――もう手遅れのときだ。

 

その日の学食は、いつもより少しだけ騒がしかった。

みんな、同じ噂をしていた。

だけど、言ってることはバラバラだった。

 

それがなんだか、ちょっとだけ怖くて。

ちょっとだけ……ワクワクした。

 

(そして、難しい話をするとお腹が減る。これは真理)

 

食べ終わって、トレーを返却口に持っていく途中。

あたしはポケットのスマホを取り出して、

さっき見せられた“メンテ中”のスクショをもう一回だけ開いた。

 

画面の中央に、黒い文字。

 

――「メンテナンス中」

――「近づかないでください」

 

……よくある注意書き。

ただ、それだけのはず。

 

なのに。

 

その文字の“縁”が、ほんの少しだけ滲んで見えた。

インクのにじみ、みたいな。

デジタルなのに。

 

拡大する。

スクショだから、荒くなる。

荒くなるはずなのに――文字の輪郭だけが、妙に“滑らか”に見えた。

 

気のせい。

そう言い聞かせようとした瞬間。

 

画面の端、注意書きの下のほうに、

ほんの一行だけ、薄く、薄く、影みたいな文字が混じっているのに気づいた。

 

拡大しても読めない。

読めないのに、“言葉”だと分かる。

 

それが、いちばん怖かった。

 

――あたしは急に喉が渇いて、

スマホを慌ててロックして、ポケットにしまった。

 

(……妖精さん。かわいい……)

 

そう思い直そうとして、うまくいかない。

 

だってあれは――

“近づかないでください”じゃなくて。

**“近づくな”**って言われた気がしたから。

 

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