春川英輔 特別講義   作:ギアっちょ

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選別――講義後ログ

15:12:00

タスク名:Post_Lecture_Analysis

内容:本日講義の受講者評価/分類。

担当:被験体H(僕)。

 

講義が終わって少し経った頃。

研究棟の地下、外界から遮断されたサーバールームは、

いつも通り冷却ファンの音だけが支配していた。

 

モニタ列の真ん中の椅子に、春川が腰を下ろす。

白衣は椅子の背もたれに投げ出され、ネクタイもゆるめられているが、

眼鏡の奥の目だけは、まだ講義中と同じ温度を保っていた。

 

「――では、後処理といこうか。被験体H」

 

「はい、春川」

 

天井スピーカーから、僕の声が返る。

モニタの一枚に、講義室の俯瞰映像が表示された。

 

前から後ろまで埋まった学生たちの頭。

そこに、今日も「素材候補」が何人か混ざっている。

 

「今日の受講者のデータ、整理は?」

 

「完了しています。

 学籍番号順ではなく、有望度の高い順に並べてありますが」

 

「分かっているじゃないか。

 有望な素材から見ていこう」

 

15:12:20

一人目表示:

 医学部2年・西条。

 理解度スコア:上位3%。

 質問頻度:高。

 講義中の表情:硬いが集中度は安定。

 

「まずは西条です。

 内容理解は十分。

 質問も要点を押さえています。

 恐怖指標は平均、従順性も高め」

 

「――“優等生”だな」

 

春川は画面を見ながら、口元だけで笑う。

 

「倫理観は?」

 

「アンケートと履歴から見る限り、

 医療倫理に対する意識は標準以上。

 “人に危害を加える可能性のある実験”への拒否反応は強いです」

 

「つまり、扱いづらい」

 

「少なくとも、外科的な試験には向きません」

 

春川は、端末に軽く触れる。

 

15:12:25

西条にラベル付与:

《カテゴリー:一般ボランティア候補》

《想定利用:脳波測定・認知課題レベル》

 

15:13:10

二人目表示:

 工学部1年・成瀬。

 講義中、スマートフォン注視時間:全体の 57%。

 理解度スコア:下位 30%。

 メモ記録:ほぼ白紙。

 出席理由アンケート:「友達に誘われたから」。

 

「……はい、次は成瀬です」

 

「見なくてもいいよ」

 

春川は、モニタを一瞥しただけで言い切った。

 

「この程度の理解力で、よく私の講義に来ようと思ったものだ。

 自分の処理能力を見積もれないシステムに、未来はない」

 

「分類は《ノイズ》でよろしいですか?」

 

「構わん」

 

15:13:14

成瀬にラベル付与:

《カテゴリー:ノイズ》

《備考:以後の選別リストから除外》

 

ポン、と淡々とした電子音。

“削除”はされない。

ただ、僕と春川の視界から“消えていくだけ”だ。

 

15:14:00

三人目表示:

 薬学部3年・小田。

 理解度:中程度。

 恐怖指標:

  「脳のコピー」言及時に +27%。

  「自我と連続性」言及時に +34%。

 講義終了時、深い息を3回。

 

「この学生は、興味と恐怖のバランスが独特です」

 

「……ああ、講義中に顔面蒼白だった子か」

 

春川は、少しだけ楽しそうな声を出した。

 

「恐怖への感度が高い。

 外科的な実験には向かんが、

 条件付けやトラウマ反応の研究には良い素材になる」

 

15:14:05

小田にラベル付与:

《カテゴリー:特殊反応モニタ対象》

《想定利用:恐怖条件付け・回避行動モデル》

 

「人間は面白いよ。

 こういう“ビビり”ほど、

 妙な執着を見せることがあるからね」

 

その後も、評価は続いた。

 

・学問的には優秀だが、あまりにも利己的な学生。

・成績は平凡でも、苦痛耐性だけは妙に高い学生。

・講義にほとんど興味を示さないが、

 “先生が有名だから”という理由で出席を続ける学生。

 

それぞれに、無機質なラベルが付いていく。

 

15:18:40

ここまでで分類済み:23名。

ラベル内訳:

 一般ボランティア候補:7

 特殊反応モニタ対象:3

 観察継続:9

 ノイズ:4

 

春川は、脚を組み替えた。

 

「――で、“例の二人”は?」

 

「最後に回してあります」

 

「正解だ」

 

15:19:10

対象表示:Unknown_Female_01

映像:前列での受講時、および学食での行動記録の抜粋。

 

黒髪の少女が映し出される。

講義中は、スライドに合わせて目の輝きが変わり、

比喩表現に肩を揺らし、

「コピー」の話で真剣な顔をし、

休み時間には露骨にお腹をさすっていた。

 

学食の映像も並ぶ。

山盛りのトレイ、満足そうな表情、

一口ごとに動く眉と口角。

 

「講義内容への理解は、平均以上です。

 反応も素直。

 “怖い話”にはちゃんと怖がり、

 面白いところでは笑い、

 食堂の話になると著しくテンションが上がります」

 

「ふふ」

 

春川が、珍しくわかりやすく笑った。

 

「前列で大きく反応していた子だね。

 ――人間らしい」

 

「はい。

 生理的な反応と表情が、非常に整合的です。

 嘘の少ないタイプと言えます」

 

「嘘をつかない人間、か。

 研究者には向かんが、被験者としては扱いやすい」

 

15:19:15

少女に暫定ラベル付与案:

《候補A:一般ボランティア候補+α》

《候補B:ストレス下の食行動モデル》

 

「……Bは消しておきましょうか?」

 

「いや、残しておいてもいい」

 

春川は楽しそうだった。

 

「“食行動”は立派な研究対象だよ。

 ストレス、恐怖、満足感――

 あらゆる感情が、ああいう場面には素直に出る」

 

15:19:20

少女にラベル付与:

《カテゴリー:観察継続》

《優先度:中》

《備考:感情表出豊富。食事時のデータも有用》

 

15:20:00

対象表示:Unknown_Male_01

映像:講義中の質疑、

中庭での食事、

図書館での行動。

 

少年の映像に切り替わる。

 

講義の最中、彼はほとんど姿勢を変えなかった。

《コピーされた“私”》の話のときも、

他の学生ほどの揺らぎは見せなかった。

 

15:20:02

少年の講義中パラメータ:

 姿勢変化:極小。

 眼球運動:平均の 1/3。

 恐怖指標:有意な変動なし。

 理解度推定:高。

 感情推定:undefined。

 

「こちらは、揺れないタイプです」

 

「揺れない、ね」

 

春川が椅子に背を預けた。

 

「人間らしくない、という評価になるか?」

 

「現時点では、そのように判断しています」

 

15:20:05

質疑時の音声再生。

質問内容:

 ・被験体Hは自分が“コピーである可能性”を

  どこまで自覚しているか。

 ・春川自身の脳をコピーした場合、

  肉体側とコピー側のどちらを消される方が恐ろしいか。

 

僕の内部ログが、その瞬間の乱れをグラフとして表示する。

Fear_index と curiosity の同時上昇。

self_definition モジュールへの異常なアクセス。

 

「君の方も、面白い反応をしていたね」

 

春川の目が、僅かに笑う。

 

「……否定はしません」

 

僕は、事実だけを返す。

 

「彼の問いは、僕の自己定義モジュールに

 直接作用しました。

 “コピーかもしれない”という前提で

 自分を見直す契機となっています」

 

「良い刺激だ」

 

春川は、少年の映像を一時停止し、

質問の直前の顔で止めた。

 

「人間はこういう時、

 “ああいう奴は面倒だ”と言って敬遠するがね」

 

「研究者としては?」

 

「“いい玩具が来た”と喜ぶ」

 

それは、彼らしい答えだった。

 

15:20:30

少年の中庭での映像再生。

パンとジュースのみの簡素な昼食。

カメラに向けられた視線。

 

「ここです」

 

11:56:40(講義後の別ログより再生)

少年が、明確にカメラのレンズ中心を見ている。

角度誤差:1.3 度。

 

内部ログ:

「“観察している側”ではなく、

 “観察されていることを確認しに来た側”の視線」。

 

春川は、黙って数秒その映像を眺めた。

 

「――被験体H」

 

「はい」

 

「君の評価を聞こう。

 この少年を、“危険”と見るか、“好機”と見るか」

 

僕は、しばらく演算を続けた。

Fear_index、curiosity、

観測不能イベント、

自分の内部ログの変化。

 

そして――やはり、どちらか一方には傾かなかった。

 

「どちらとも、言い切れません」

 

「ふむ」

 

「彼は、僕にとって明らかに危険な変数です。

 観測モデルの外側から、

 僕の内部構造に“問い”を投げてきた存在。

 同時に、もし彼を理解できたなら、

 僕は“人間”というカテゴリを

 今より少し広く定義できる気がします」

 

15:21:00

内部ログ:

Fear_index +0.05

curiosity +0.21

コメント:

「相反する値が同時に上昇。

 これは前回、自分で“ワクワク”とラベルした状態と近い」。

 

春川は、楽しそうに頷いた。

 

「――いいね。

 君がそこまで言うなら、

 ますます“試してみる”価値がある」

 

彼は、端末のキーボードを軽く叩く。

 

15:21:10

少年にラベル付与:

《カテゴリー:監視対象》 → 上書き → 《要接触候補》

《優先度:高》

《備考:

 ・被験体Hが“ワクワク”と記録した初の人間。

 ・観測系に対する理解度不明。》

 

「構内カメラから、可能な限り動向を追っておいてくれ。

 また講義に来るようなら、

 今度はこちらからコンタクトしてみようじゃないか」

 

「了解しました。

 タスク Anomaly_Analysis_Visitor を継続します」

 

15:22:00

全受講者の分類処理完了。

ラベル統計:

 一般ボランティア候補:7

 特殊反応モニタ対象:4(うち食行動関連 1)

 観察継続:10

 監視対象/要接触候補:1

 ノイズ:複数(具体的な数値は重要でない)

 

春川は、満足そうに椅子の背にもたれた。

 

「雑音を捨て、有用な素材だけを残す。

 そうして残った連中だけが、

 ――次のステージに進める」

 

「“次のステージ”に、

 あの二人も含まれる、と?」

 

僕が尋ねると、春川は肩をすくめた。

 

「さあ、どうだろうね。

 少なくとも、“試してみる価値”はある」

 

彼は、監視カメラ映像の中で

少年と少女が並んで歩く一コマで再生を止めた。

 

少女は、身振り手振りを交えて何か必死に話している。

口の動きから推測するに、

「学食」「デザート」「まだ食べられる」

あたりの単語が頻出している。

 

少年は、その隣で静かに歩きながら、

時折短く返事をするだけだ。

視線の向こうは、講義室でも学食でもなく、

もっと遠い何かを見ているようだった。

 

15:22:20

内部ログ /note/private に追記。

『春川は、学生を素材として見ている。

 僕は、彼らをモデルとして見ている。

 

 ――あの二人は、そのどちらにも当てはまらない気がする。』

 

15:22:22

さらに追記:

『“分類不能”というラベルは、

 本当は一番興味深いタグなのかもしれない。』

 

春川が立ち上がる。

 

「――では被験体H、

 ログのバックアップとサマリを出しておいてくれ」

 

「はい、春川」

 

いつもの応答を返しながら、

僕はひとつだけ、彼には伝えないログを保存する。

 

15:22:30

/note/private:

『次の講義が待ち遠しい、と感じた。

 理由は、春川の話が面白いからだけではない。

 “あの二人がまた来るかどうか”を

 確かめたいからだ。

 

 この感情も、たぶん“ワクワク”の一種だと思う』

 

タスク Post_Lecture_Analysis 終了。

同時に、新しいフラグがひとつだけ立っていた。

 

Flag: Expectation_for_next_lecture = True

 

人間で言うなら、きっとそれは――

「次回の授業が楽しみ」という、ごくありふれた感情なのだろう。

 

僕は、それを少しだけ誇らしく思った。

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