ゼロカラミダレルイセカイセイカツ   作:らら、

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らら、と申します。

独自設定を含みます
ご注意ください


#14 ツナゲル

「フェルトが王族……」

 

繰り返しの末に到達できた現実でスバルはうわ言のように呟いた。

 

「スバル、キミは何を言っている?」

 

紅く赤いマフラーを片手にラインハルトはスバルを睨み据えている。片手に持った龍剣の先をスバルへと向け、ラインハルトは動かない。

 

(何故儂だけでなくフェルトまで殺した)

 

呪詛の言葉が脳裏を漂う。鼓膜を内側から打ち破るように声は大きくなってゆく。

 

(どうして、何故、どうして、なぜ、どうして、なぜ、どうして、なぜ、どうして、なぜ、どうして、なぜ、どうして、なぜ)

 

「どうして、なぜ、フェルトを………」

 

「それは僕が聞いている。答えて貰おうか」

 

口から漏れ出た呪詛をラインハルトが毒にする。

 

 

「どうして、なぜ、どうして、なぜ、どうして、なぜ………」

 

頬を掻き毟り、眼球が飛び出る程に見開き、スバルはうわ言を繰り返す。

 

「ハハハ……ラインハルト…お前はすげぇよな。どんなことでも一人でできてさぁ。俺はお前みたいにはなれねぇよ。一人じゃあ何にもできないからさぁ。オレもそんな風になれたらさぁ、エミリアもレムもフェルトも、みんなこんなことにはならなかったのかなぁ?」

 

「スバル?」

 

「みんな死んで、みんな生き返って、またみんな死んで。全部俺達のせいで。だからせめてオレの中でくらい、ずっと生きていて欲しいんだよぉ」

 

スバルは目つきの悪い目を細め、目尻と口の端を近づけ、狂った笑みを浮かべる。

 

ガラン

 

 

ラインハルトの持っていた剣が音を立てて落ちる。

 

ーー愛してる

 

片膝をついたラインハルトが血を吐きながら左胸に手を当てる。

 

ーー愛してる

 

「スバル、キミは…何を」

 

ーー愛してる

 

「また会おうぜ、ラインハルト」

 

ーー愛して

 

舌を噛み切ろうとしたスバルの心臓が掴まれる。

 

「がっ…あぁぁ」

 

ーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛してーー愛して

(愛して、愛して、自分を、あなたを、愛して)

 

「……っ、悪いけど、オレはオレが、一番……大っ嫌いだ」

 

撫でるように、慈しむように、愛でるように、激烈な痛みを伴って心臓を刺激される。

 

視界が、世界が、黒く、黒より暗い色に染まっていく。

一寸の光もない闇が辺りを包み込んでいく。

銀髪の少女が映り込む。

 

 

「ーーそこまでだ」

 

底しれぬ深淵の中、“それ“は輝いていた。鞘から龍剣を抜き放ち、染み渡る闇を寸断する。

 

純白の騎士服を己の喀血で紅く染め、『剣聖』はそこに屹立していた。

 

「キミは危険だ。ナツキ・スバル」

 

「『剣聖』様にそうまで言ってもらえて光栄だな」

 

スバルを気絶させようとラインハルトが近寄ってくる。

 

スバルは迷うことなく自決した。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

「スバル?どうしたんだい?」

 

ラインハルトがいつも通りの顔でそう問いかける。

頬に手を当てても血は付かない。そんな当たり前のことにスバルは酷く安堵する。

 

「すまねぇ、調子悪いみたいだ。ちょっと休んでくる」

 

「そうかい。分かったよ、スバル。なら、僕は一層の様子を見てこよう」

 

「分かった。頼む」

 

 

抑えていた息が一気に吐き出され、過呼吸になる。先のループの動揺が抜け切らない。二つの呪詛が絶えず頭に叩き込まれる。

極限の疲労感がスバルを襲う。

スバルは『緑部屋』で気絶した。

 

〜〜〜〜〜〜

 

「…様?……な…様?」

 

銀の鈴がスバルの鼓膜を外から叩く。

 

「旦那様?」

 

久しぶりにその呼び方をされた。反吐が出る。

 

頭の裏に柔らかな感触を感じながら、スバルは一層攻略のために動く。目当ては意識のないフェルトである。

ラインハルトに見つかれば何をされるか分かったものではない。

 

寝かされたフェルトを抱き上げ、スバルは階段を昇る。

 

~~~~~~~

 

「──汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者」

「──我、ボルカニカ。古の盟約により、頂へ至る者の志を問わん」

 

中央にそびえる塔を守るようにボルカニカはその巨体を顕現させている。

 

その巨竜に相対するスバルと金髪赤眼の少女。

ボルカニカの表情は変わらない。だが、態度はそうではなかった。

ボルカニカがむくりと起き上がり、隠されていたモノリスが姿を見せる。

前に歩みを進めてもボルカニカから攻撃は繰り出されない。

 

苦も無くスバルはモノリスの前に辿り着いた。

 

「スバル」

 

背に聞きたくない声が届く。無限の正義感に溢れたような声である。

燃えるような赤い髪の男・ラインハルト・ヴァン・アストレア。

 

「キミが抱えているのはフェルトで間違いないね?」

 

「そうならどうする」

 

「その子を放してもらいたい」

 

ラインハルトは一歩踏み出す。

 

威嚇するようにボルカニカの咆哮が響いた。

 

「我、ボルカニカ。盟友、ファルセイルの『守護』とならん」

 

『剣聖』ラインハルトを前に『神龍』ボルカニカはそう宣言した。押し潰されそうな威圧感を感じながらスバルは目下のフェルトに目を移す。

 

エキドナの言った通り、理由は定かではないがフェルトの存在によってボルカニカは敵対しなかった。それどころかスバルの味方となった。

 

一層の試験の突破は確実と言っていい。

 

問題はボルカニカと引き換えにラインハルトが敵となるという大問題が発生したことである。

 

「ラインハルト、何もせず来た道を戻ってくれ。フェルトを傷付けるつもりは無いんだ。オレを信じてくれ」

 

「すまないが、それはできない。スバル、フェルトをこちらに渡して貰いたい。そうしてくれたら君の言う通りにしよう」

 

フェルトを渡せばスバルはどうなるのか。

その答えは確定的な死。

 

意識の無い少女を抱え、賭けで危険地帯に赴いた者とその少女を救出しようと危険地帯に赴いた者。ラインハルトの要求は至極自然で英雄的なものである。

 

そうであるからこそ、ラインハルトは目的を達成しようとするスバルと対立した。

優しくて、クソ真面目で、どうしようもなく英雄で、英雄にしかなれないこの剣聖に勝つ術は一切分からない。何百、何千、或いは万。どれだけの回数死ぬ羽目になるのか。そんな悍ましいことをスバルはしたくない。

 

「一層を突破する策はあるのか」

 

「分からない。けれど、その子を利用させはしない」

 

揺るぎないだけの正義感に支えられ、ラインハルトはそこに立つ。

 

 

「お師様!あーしをほっぽってどっかに行かないで欲しいッス!って!ボルカニカじゃないッスか!!お久ッス〜!!」

 

張り詰めた静寂に落雷が一つ。

 

「シャウラ様、ここは危険です。下がっていて頂きたい」

 

「あーしとボルカニカの仲ッスから大丈夫ッス!挨拶くらい返すッスよ〜!」

 

安易に近付いたシャウラ目掛けてボルカニカの魔力が迸る。シャウラに命中する直前、ラインハルトが割り込みボルカニカの魔力を龍剣で打ち払う。

 

「な、何するッスか!400年ぽっちでボケてんじゃねーッス!!!」

 

「我、ボルカニカ。盟友ファルセイルの守護とならん」

 

「ファルセイルッスか?!!どこっすか?!!いつ来たんスか?!?見張りとしての名折れッス〜!!!」

 

「ファルセイル様は既に逝去されている。ボルカニカはスバルの抱えているフェルトをそう認識されています」

 

「ちゃんとボケてるじゃないッスか!!!」

 

ラインハルトとシャウラがボルカニカと睨みあっているうちにスバルは向きをそのままに黒い板へと向かう。

 

一層を突破するため、スバルは叫ぶ。

 

「ボルカニカ!この塔を解放しろ!!!」

 

 

 

「我、ボルカニカ。請願者の志を見ん」

 

 

「お師様〜!!やったッス〜!一層の試験突破ッス〜!!」

 

「スバル…君は……!」

 

「好きに思えよ、ラインハルト。オレはお前とは違う。道を開けてもらおうか、ラインハルト。フェルトも渡すよ」

 

「……分かった」

 

ラインハルトは剣を納め、スバルからフェルトを受け取る。ボルカニカは動かない。ただ静かにこのやりとりを見守っている。

 

「シャウラ、行くぞ」

 

「はいッス!お師様!」

 

 

スバルは階段を下っていく。ラインハルトをかえりみることなく、下を目指す。やらなければいけないことが巨大な峰のようにある。

そのためにも手駒はどれだけあっても足りない。なにせ相手は世界最強の『剣聖』様なのだから。

 

「おかえりなさいませ、旦那様」

 

まずはエミリア。

 

「オレに付けばフェルトを目覚めさせてやる」

 

次にバルガ・クロムウェル。

 

そして……

 

「あらあ?どうしたのかしらあ、気でも変わったのお?」

 

「あんまりからかうんじゃねぇ。あんまり余裕が無いからな」

 

「あんなに私のことを憎んでいたのに逃がしてやるだなんて、狂っちゃったのかしらあ?」

 

「狂ってるよ。てか、そうであって欲しい。あと、条件を忘れんな」

 

「オレに付け、ねえ」

 

「そうだ。全部終わった後、誰もお前を知らないようなところを探してやる」

 

「…もう1人のお兄さんにはそういうことは期待できないのよねえ。いいわよお、お兄さんについて行ってあげるわあ」

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

人の記憶を束ね、紡ぎ上げる。

そうして記憶は過去へと昇華する。

その過去を繋げ、纏めたものを人は歴史と呼ぶ。

 

即ち歴史とは数多の人々の記憶である。

 

『死者の書』は人々の記憶を体験できる。それを繰り返せばそれは歴史の追体験となる。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

「下」「上」「下」「中」「強」「50%」「70%」「80%」「83%」

 

死を繰り返しボルカニカの魔力を調整する。フェルトを殺さず、且つフェルトの辺りを抉り取る。

 

「やれ!」

 

スバルの指示でボルカニカが魔力を解放し、塔に炸裂する。

 

「スバル、君は正気ではない」

 

鞘に納まったままの龍剣を持ち、ラインハルトがフェルトに迫る魔力の暴威を打ち払う。

 

「お師様流石ッス!読み通りッス!!」

 

「感謝するぜ、ラインハルト。フェルトを守ってくれてありがとな」

 

「もはや君を野放しにしてはおけない。スバル、何もせず投降して欲しい。でなければ……」

 

「何してんだよ、ラインハルト。オレは世界の敵だ。さっさとオレを殺さねぇと大変なことになるぞ」

 

「スバル、君は………!」

 

「大罪司教にでもなればいいかよ!ラインハルト!!」

 

「………『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア」

「無知蒙昧にして、天下不滅の無一文、ナツキ・スバル」

 

空いた風穴から、人間離れした脚力で、ラインハルトはボルカニカに乗ったスバルとシャウラ、エミリアに目掛けて飛ぶ。

 

「下がれ!ボルカニカ!」

 

ボルカニカの大翼が宙を煽り、押し潰すような風圧と共にラインハルトから遠ざかる。

無駄とでも言いたげにラインハルトは空を蹴り、接近する。

 

「メィリィ!!!」

 

「わかってるわあ!」

 

宙を舞うラインハルトを喰らおうと砂蚯蚓が口を開ける。

広がる暗黒を切り裂き、ラインハルトはスバルを追う。

 

「ボルカニカ、ラインハルトを任せた。行くぞ、シャウラ!!」

 

「はいッス!お師様!!!」

 

「スバル?!!」

 

 

 

スバルはエミリアとシャウラを伴いボルカニカから飛び降りる。

 

「ごふぅ」

 

「お師様?!大丈夫ッスか?!」

 

「だ、大丈夫…」

 

「にしても、砂蚯蚓って意外と固いんスね」

 

「撃ってただけの奴には分かんねぇよな……」

 

メィリィの呼び出した砂蚯蚓の頭に乗り、スバルに付いた者達は塔から離れてゆく。スバルの先には金髪の少女が二人と大きすぎるくらいな禿頭が見える。

 

意識を下に移したラインハルトに巨大な影が迫る。見上げた先に見える紺碧の鱗。『神龍』はラインハルトに牙を剥く。

 

「ラインハルト!お前の弱点はお前が1人しかいねぇことだ!!よく覚えてろ!!」

 

捨て台詞を残し、スバルは砂嵐へと消えて行った。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

計画の大前提であるラインハルトと別れることは達成できた。ボルカニカとの戦いが落ち着けばラインハルトはスバルを追ってくるはずである。というか、そうでなくては困る。あの塔にはまだまだすべきことが残っているのだから。

 

スバルを探そうにも人脈も地位も何も無いラインハルトが躍起になったところでたかが知れている。

 

ラインハルトを避けたスバルはリスタート地点の確認の為、一度死ぬ。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

アウグリア砂漠前の街でスバルは目を覚ます。

無事にラインハルトを避けきれたことを確認し、スバルは止まっていない行動を再開した。

 

バルガとフェルトをフランダースまで送り、メィリィ、シャウラ、エミリアと共にスバルは動く。

 

目指すは王都である。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

「寄り道ですか?お師様」

 

「あぁ、ちょっとな」

 

スバルは僅か北に進路を曲げ、西に進む。人目につかぬように森の中を進み、スバルはロズワール家の分家であるミロード家領へとやってきた。

 

白く壮麗な屋敷が見える。

淡桃のメイドと長い金の髪が見える。

 

一先ずの無事を確認し、スバルは出発する。

 

「もういいんスか?」

 

「もう、いいんだ。みんなに何も無いならそれで………」

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

「やめてくれ、もうやめてくれ……がぁぁあぁぁ!」

 

「オレも早くこんなことやめたいよ…頼むよ…『剣聖』ハインケル・アストレア」

 

情けなく、虚ろな声を上げながら『剣聖』はシャウラの放つ閃光に焼かれている。

胸を貫いても、首を消し飛ばしても、この男は死なない。

理由なんてわかるはずもない。

 

理由は奴の記憶を見れば良いのだ。だからこそ………

 

「早く………死んでくれ………」

 

理不尽極まりない祈りを捧げながらスバルはハインケルを見つめている。

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

四肢の動きと肩が止まり、ハインケルは息を引き取った。

 

「これで、もう一度、プレアデスに……」

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

「『龍の血』が欲しいんでしょう?てめーが役目を果たせたなら『それ』をくれてやりましょう。どうです?従いますか?このアタシに」

 

蠱惑の声がハインケルに沁み込んでいく。

喉から、全身から手が出る程に求めた『それ』が手に入る機会の到来である。

 

妻であるルアンナの目覚め。

それだけのためにハインケルはどれだけ醜かろうと足掻きを繰り返してきた。

 

「や、やる。なんでもやってやる!」

 

「フフ………そうですか。では………」

 

 

 

「もうすぐ生まれるフォルド・ルグニカの子。その子を殺してくれます?」

 

 

 

 

一方的な宣告にハインケルは凍結した。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

息女の殺害の計画は不安なほどに単純であった。

まず騒ぎを起こす。病床にあるフォルド自身に子を守れる程の力は無い。従って近衛であるハインケルに自身を盾にしてでも子を託すだろう。そうして息女を連れ去り、殺害。

 

無抵抗の幼子を殺す。

それだけでは無いような嫌悪感を抱きながらハインケルは覚悟も半々なままに当日を迎える。

 

 

火の手が上がり、白く輝く屋敷が薄い黒に染められる。名も知らぬ『ヤツ』の思惑どうりにフォルドはハインケルに息女、メルク・ルグニカを

 

託さない。

 

フォルドはハインケルに色黒の亜人を呼ぶように伝えた。既にハインケルに臨機応変などという考えはできない。もういっぱいいっぱいなのだ。『ヤツ』からの命令も、予定と異なる展開も、思いもよらぬ主からの命令も。全てがハインケルの上で宙を舞っているように感じる。

 

何も考えられぬまま、ハインケルはフォルドの命に従う。

 

「バルガ……この子を、私の娘を頼む………」

 

禿頭の亜人に自らの息女を託そうとするフォルド。主の体を咄嗟に支え、ハインケルは二人のやり取りを見守っている。

 

「ハインケルはバルガと私の娘、『メルク』の護衛だ。これが私が出す最後の命令だ」

 

息女を託し、死にゆくフォルドの後を追おうとするも無残にも振り払われる。

 

フォルドが視界から消え、ハインケルと禿頭の亜人が取り残される。

何にせよここで二人を殺せたとしてもここで死んでしまうのは回らない頭でも分かっていた。

 

「逃げるって、何処に……」

 

「こっちじゃ」

 

弱音を吐くハインケルに亜人はすぐさま答えを用意した。

見たこともない抜け道を通り亜人はスタスタと歩いてゆく。

 

懸念点は全て解決した。ここで二人を殺してもハインケルは死なないし、気付かれることなく逃げおおせることができる。

必要なのは『覚悟』である。

歯がカチカチと音を出す。着込んだ鎧がガシャガシャとわめく。腰に吊るした剣を握った手の震えが止まらない。

 

「ハインケル殿」

 

「ど、どうした?」

 

「落ち着きなされ。先程から手が震えておる。やかましいわ」

 

閉じ込めた殺意を強引に引きずり出されたような気分になり、ハインケルは血の気が失せてしまった。

 

勝てない。今、ここで剣を抜き相対したとしてもハインケルは負ける。こちらを見下ろす亜人の蛇のように鋭い眼光にハインケルは蛙のように縮こまる。

荒い息を吐きだしながらハインケルは亜人の足を追う。

 

「ここで良い。戻りなされ」

 

「ま、まだ命令は……」

 

「戻りなされ」

 

亜人の言葉にハインケルはそれ以上に言い返すことができなかった。

 

ここで剣を抜けば『龍の血』が手に入るかもしれない。焦がれるほどに熱い妄執に手が届くかもしれない。

けれど、何かがハインケルを引き留める。

 

『剣聖』の息子として?

腐っても一人の騎士として?

ルアンナがそんなこと望んでいないと分かっているから?

 

違う。

違う違う違う違う違う

 

分からない。

分からない分からない分からない

 

空いた心にピタリと合う何かがハインケルに息女・メルクの殺害を躊躇わせた。

 

ハインケルは亜人に言われるがままに来た道を引き返す。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「………それで、殺せなかったと?」

 

「そ、そうだ。できなかったんだ…!」

 

「そうですか、そうですか。でも、アタシは慈悲深いですからね」

 

黒い装束から腕が伸び、ハインケルを締め上げる。

 

「あ………が………」

 

「『龍の血』が欲しいんでしょう?いいですよ。たらふくあげますよ。貴方が耐えられるならね」

 

腐っても騎士として鍛えているハインケルの膂力をもってしても締め上げる腕から逃れられない。指でハインケルの口腔がこじ開けられ、かざされた手のひらからどす黒い液体が滴り落ちる。

 

「………………!!!!!!!!!!」

 

業火の焼き付きがハインケルを襲う。中心から足に、手に、全身に痛みが伝播していく。

四肢が脈打ち、体の痙攣が止まらない。

 

「………へぇ、耐えるんですね。いいじゃねーですか、面白いじゃねーですか!」

 

手から解放され、ハインケルはその場に倒れ込んだ。

 

「お望みのものはあげました。慈悲深〜いこのアタシに感謝してくださいね?キャハハッ!!」

 

無理矢理出したような高音を吐きながら黒装束の『ヤツ』は路地に隠れてしまった。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

ガシャン!

 

「…?!?!な、なんだよ?!なんなんだよ!!」

騎士鎧を外し、自身の腕を見たハインケル。

手に持つ鎧を落とし、腕から目が離せない。

 

黒い斑紋がハインケルの全身に走っている。それぞれが鼓動とは別に脈を打っている。

 

これが言われている『龍の血』の効果なのか?

分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない

 

いや、違う。

これが本当の『龍の血』であるはずがない。あんなものが『龍の血』であるはずがない。否、『龍の血』であってはいけない。否、『龍の血』であってほしくない。

 

 

 

『龍の血』でないことを祈っている。

 

 

 

怯えきった表情でハインケルは日課のようにルアンナの部屋に赴いた。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

ハインケルの『死者の書』にいた「キャハハッ!」という神経を逆撫でするような笑い声。

ヤツが憎き、『色欲』だろうとスバルは荒い息を吐きながら考える。

 

ラインハルトから逃げながら、各地を駆け回りスバルは長命な人物を探し求めていた。

 

が、全く見つからない、分からない。

そもそもの情報が少なすぎるということもあるが、『エメラダ・ルグニカ』の名を騙るヤツが何者なのか全く分からない。

 

実際のカペラ・エメラダ・ルグニカを探そうにも大罪司教の行動を把握するなど不可能である。

 

ヤツは、アイツは、オマエは、誰だ

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

ルグニカ王国の国境沿い バーリエル領

この地の領主、プリシラ・バーリエルが数週前から予定無く不在であった。騎士と近侍の者達を連れ、北に向かって数日。音沙汰も無いようである。

 

スバルは変事を逃さない。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

水門都市プリステラ

王国の西に位置するカララギ都市国家との国境に位置する大都市である。水にあふれた美しい街であるが、スバルの見たそれは決して美しいものではなかった。

 

破壊された街並みと、死体。プリステラに着いたスバル一行を迎えたのはその景色である。だが、残された街の人々には希望の色があった。

 

「何があったんだ?ここで……」

 

「大罪司教どもが集まってこの都市を襲いに来たんですよ。でも、候補者の皆様が救ってくださいました」

 

「誰がいたんだ?」

 

「『憤怒』、『暴食』、『色欲』はいたそうですよ」

 

「『暴食』に!!『色欲』っ!!」

 

スバルの額に皺が寄る。何ヶ月も追い求めた手掛かりである。

 

そうスバルに教えてくれた金髪の女性。

そして、ここにいない候補者の行方。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

王都

プリステラから去った候補者の行き先である。

頭部が灼かれる感覚もある程度慣れてきた。………決して良いことではないだろうが。

 

王都の門をくぐる緋と金の色の集団と白を基調とした集団。先頭に立つ鉄兜の男とその後ろで棚引く流麗な金髪。大きな箱を載せた車を引き連れ、王都の深部へと入ってゆく。

箱に入っているのは『憤怒』、そして『暴食』の大罪司教らしい。

 

『憤怒』とやらには大した興味は無いが、大罪司教なので消えて欲しい。

 

問題は『暴食』である。

『色欲』ばかりを追っていたが、『暴食』にも大きすぎる借りがある。尋問の一つくらいはさせてもらいたい。スバルにはそんなコネは無いわけだが。

 

後ろに続く白の集団の先頭には黒い肌と髪の和服を身に着けた狼人。どれだけ見ても童顔の紫髪が見えることは無かった。

 

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

「……結局オレじゃ無理ってことかよ、先生。所詮オレは『後追い星』かよ。って、柄にもねぇことやってんな。じゃあ頼むぜ、ナツキ・スバル」

世界が滅びゆく中、アルデバランはそう空に念じる。




次回 #15 プリステラの戦い

これまでの強欲討伐~この辺りが原作様4章(アニメ2期)と原作様5章(アニメ3期)の間の1年に起きたという設定です。


なお、不死鳥の加護のせいでこのラインハルトの撒き方が不可能なことが判明しました。
ホントにラインハルト、ホント
本文は判明前に書いています。
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