「やっぱり間に合わねぇか………」
ルグニカ王国五大都市の栄華は何処へやら。眼前に広がる瓦礫の山と不気味な静寂がスバルに手遅れの現実を押し付ける。
容姿がカペラかつ魔獣を連れているメィリィとそのお守りにシャウラを残し、取り敢えずと、街の中心に位置している巨大な建物を目指してスバルは歩みを進める。
△▼△▼△▼△▼
「ことが終わった後に来るとは。幸運な凡愚じゃ」
高らかに宣うプリシラ・バーリエル。その足元には包帯越しに縛り上げられた怪人と、手足を失い達磨状態となった矮躯の人。王都で聞いた通りなら、この二人が『憤怒』と『暴食』の大罪司教である。今すぐにでもあらゆる手を使って『記憶』について調べ上げたいが、その気持ちを押し殺す。やるとしても「今」ではない。
「ことって何があったんだ?」
「魔女教の阿呆どもが奇襲を仕掛けてきたのじゃ。犠牲も出てしまったが、戦果は大きい。悉く…とはいかなんだが、大罪司教の輩は全員打倒してくれたわ。そこに転がっておるじゃろう?」
「『色欲』も来たのか?」
「来たぜ。ただ、なんか違和感があんだよな」
「違和感?」
「ずっと言うておるな。『弱すぎた』、と」
「そりゃぁ特定の大罪司教だけ弱いなんてこともあるだろうけどさ、それにしたって弱すぎる気がすんだよ。気のせいならそれが一番なんだがな。キメラみてぇな容姿で斬られて再生してきた。でもその再生も最後はしてなかったからな。何というか……理不尽感が足りねぇ」
「いい気になったものよのぉ、アル」
「姫さん?!陽剣取り出すのはやりすぎだと思うんだが?!!」
△▼△▼△▼△▼
犠牲者をプリシラから聞いたスバルは都市庁舎を出てすぐ北に向かう。
「あんたが『礼賛者』ハリベルか」
「うん。その通りやね」
「話はプリシラから聞いた」
「そう……情けない話やで。カララギ最強言われて浮かれてたんかもしれんわ。戦果上げても被害の方が大きすぎたらアカンよ。アナも一の騎士のリカードさんも死んでしもた。帰って静かに喪に服させてもらうわ」
話すハリベルには覇気がない。知らなければこの大陸での指折りの実力者だとは気付かないだろう。意気消沈を体現したような有様である。
「……オレはあんたにお礼をしに来たんだ。『暴食』にはお世話になったからな」
「その子やろ?」
「そうだ。この子は、『79番』は、『エミリア』は『暴食』に記憶を喰われた」
「ふ~ん、そうなんやねぇ。じゃあ、あの『剣聖』もそういうこと?」
「『剣聖』?」
「そう。赤い短髪でな?小さい女子やったんが『それ』に成ったんよ」
言っている意味が分からない。ただ恐らく『暴食』の権能だろう。あの力は理不尽なのだ。魔女教絡みで意味の分からない事象の大半は権能が理由と見て間違いないとスバルは思う。
ただまぁ、特徴はラインハルトと一致する。喰った人物に成れる権能なのだろうか。
スバルは適当に推測をゴールに入れ、気を取り直す。
「カララギに帰って墓でも造るのか?」
「お、よう知っとるねぇ。見たことないけどカララギの人なん?」
「生憎と違うよ」
寂れた雰囲気をそのままにハリベルは西に向けて歩き出した。
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高く撃ち上げられた白い熱線。それは等間隔に位置を知らせるように幾度も上がった。
「お師様!!生き残りがいるッス!!」
シャウラがそう指を指す先、影に同調できる黒い服で身を包んだ人物が幽かに見えた。長年の、本当の長年の監視任務がこういう目を鍛えたのだろうか。
「誰だ、話くらい聞きたいも……ん……」
見知らぬと思っていた黒装束の人物、いや女。
スバルの記憶の奥底が痛く刺激される。そして鮮烈に思い出すのだ。
以前に会ったことがあると。一年前王都で。
そしてその人物は生きているはずがないのだ。
魔獣を馬代わりにスバルは急行する。
「おい。そこで何してる。違ぇ、なんでここにいる。」
動きを止め、黒服の女はゆっくりと振り向く。金色の長いカール状の髪が肩にかかる。
「『パーン・サタナキア』」
△▼△▼△▼△
『パーン・サタナキア』
王選に参加している人物の一人であり、一年前、王都に溢れた亜獣の正体が人間であると告発した人物である。周囲に素性を明かしていないのか情報はほとんどない。謎に包まれた人物。
そして、先のプリステラでの戦いで消えたはずの人物である。
消えた人物がそこにいる。通常なら喜ばしいことなのだが、この現場においては不信感が募るばかりである。
「お師様、お師様!どうするッスか?」
「怪しすぎるだろ。色々聞きたくはあるんだが、話はできんのか?」
「怪しいのはそちらでしょう?『色欲』の大罪司教をどうやってか王都から連れ出し、大罪司教の集結したこの地に現れた。おまけに銀髪のハーフエルフ。怪しむなというのが無理なお話です」
睨み合う両者。
パーンの言葉をスバルは全く否定できない。カペラの姿に変えられたメィリィと銀髪のハーフエルフであるエミリア。そしてそれを連れたスバル。
第三者視点怪しいのは間違いなくスバルだろう。だがここに第三者はいない。
いるのはスバル一行とパーンのみである。
「そちらの御三方が襲撃に加わらなかったのはどうしてです?加われば私たちは死んでいました。理由をお教え下さりますか?」
毅然と放つパーン。何か反論したいが何も言えないのが悲しい現実である。交渉決裂とスバルは見る。
そして殺し合いとなればスバルは間違いなく勝てる。
「やるッスか?!お師様やるッスか?!」
死んだとて情報は得られる。『死者の書』によって一次情報が得られる分、より正確かもしれない。
つまりシャウラからの答えはYES。
「シャウラ、頼む」
「了解ッス!『インフィニテッド・ヘルズ・スナイプ』!」
放たれた白閃が瞬く間もなくパーンの頭を消し飛ばす。音を立てて倒れ込むパーン。
「オェ……ハァ…ハァ……またプレアデスまで行かねぇと………」
「お師様、まだッス。この女まだ生きてるッス」
えづきながら去ろうとしたスバルにシャウラが待ったをかける。シャウラの足の陰に隠れているメィリィが小さく震えている。
「マ…マ……」
「なんでアタクシが死んでねーって気付いたんです?頭がねーんですから死んだって判断するのが普通じゃねーですか!」
「フフン!長年のスナイパーを舐めちゃあダメッス!!」
音を立てながら肉が再生していく。歯が、舌が、鼻が、耳が、目が順々に生える。波打った金髪を脱ぎ捨て、異様に長いもみあげをたたえた金髪が生えてくる。ギョロリとした赤い眼球が真っ直ぐにこちらを見つめている。黒い衣服が露出の多い下着同然の服へとすげ代わり腰に大きな瘤が生成された。
「ひっさしぶりに見たけどやっぱ気持ち悪ぃな。生理的に無理だわ」
「この世界の全てが恋をするアタクシに向かってヒドイ言い様じゃねーですか。本能に任せて腰を振るしかできないオス肉の分際が!横にメス肉二匹侍らせて?良い御身分じゃねーですか!!!」
「お師様をバカにするのはあーしが許さないッス!!」
「良い具合に調教できて満足ってところですか?キャハハ!!!」
「そんなんじゃないッス!あーしはお師様を愛してるんス!!!」
「『愛』…『愛』ぃ?テメーらの!欲に塗れた劣情を!『愛』なんて言葉で飾ってんじゃねーんですよ!!!」
額に筋を浮かべ、『色欲』カペラ・エメラダ・ルグニカは激怒する。
パーンにあった落ち着きが噓のように正体を現したカペラは喚く。
振るった腕が蛇頭の鞭となり、音速を超えた速度で迫りくる。てらてらとした質感の表皮と白い牙が白日の下にある。
「『インフィニッテッド・ヘルズ・スナイプ』!」「!」
灼き付く白光と絶対零度がカペラの攻撃を正面から打ち据える。凍りつく蛇頭の腕。それをカペラは躊躇なく引きちぎり、肩口から粘り気のある血液が滴った。気持ち悪く腕は元の人のものへと回帰し、ダメージを負ったような素振りは全く見られない。
何度でも再生する体。
星座好きのスバルからすればその力は既視感がある。かの有名なヘラクレスの十二の功業の一つ。『ヒドラ退治』である。それはレルネーの湖に巣食う大蛇であるヒドラを退治するという非常に有名なお話。星座好きなれば通らない道は無いと断言できるようなもので、もちろんのことスバルも通っている。
あの話では斬った首の根元を火で炙ることで首の復活を防ぐことができたのだ。シャウラの熱線では効果が無かった。望みがあろうがなかろうが、スバルは取れるというだけで全てをやり尽くす。大量の砂の中にダイヤが眠っているならば全てを淘げてダイヤを見つけ出すのが今のスバルである。
「メィリィ!ギルティラウを!カペラを火で焼いてやれ!」
「やってみるわぁ!けど、ちょっとそれどころじゃぁ………きゃぁ!!」
「お師様!!」
カペラがその腰に翼を広げ、地面に向かって鋭角に突進。足に猛禽の鉤づめを持ち、切り裂く。
「エミリア!!!」
ふわりと銀髪が舞い、彼女の体の中心を深々と抉られる。鮮血の飛散と共にカペラが飛び去った。
胡乱な瞳孔を大きく見開き、彼女はゆっくりと仰向けに倒れる。
「エミリア!エミリア!!」
「キャハハ!!上手く調教したと思っていましたが、まさかここまでのものとは!!!どうやって調教したのかご参考までに教えてくれませんかね?キャハハハ!!!!」
銀が錆銀に濁り、紫紺が闇に満ちる。
臓腑が血と共に溢れ出し、紅い水面を作り出す。
駆け寄るスバルにエミリアは何の反応も示さない。
「スバル、ボクを覚えているかい?」
凍てつく空気と視線がスバルを、辺りを突き刺している。
「パッ……ク?」
「パックって誰ッスか?お師様」
「……あれだ」
遥か高空、何もないそこに指をさす。鋭い目つきに牙、エミリアの側にいるときのような猫の容姿ではなく、『強欲』との戦いで見せた巨大な獣のそれが一帯を見すくめている。
「お前、ずっとエミリアの側にいたのか?」
「そうさ。ボクはずっとそこにいた。現れていなかっただけでね。『盟約』に従い、ボクはこの世界を滅ぼす。さようならだ、スバル」
白銀の吹雪が吹き付ける。物も人も区別なく絶対零度に曝される。
凍りゆく世界。
終わりゆく思考と視界。その最期の時、スバルは白銀に抗う漆黒の奔流を見た。
△▼△▼△▼△
意識が急激に引き戻される感覚。
プレアデス監視塔を解放してからこれまで、自殺は数えるのが嫌になるほどにしてきたが、他殺はほとんど無かった。何せ今のスバルの狂気を知るのは『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアだけなのだから。
そしてラインハルトは絶対に人を殺さない。ある意味でスバルの天敵足りえるその男は『英雄』であるからこそ『英雄』に成りえない。
自力だけで『死に戻り』のチートに追いつかんとするのだから厄介極まりない。出くわして何度死んだことか。
話が逸れたが、スバルの前には荒廃したプリステラの街が広がっている。つまり『色欲』と遭遇できるチャンスが目の前に転がっているのだ。
パーンという仮面を引き剝がし、世に曝さなければならない。
のだが、カペラに勝てるのかとスバルは足りない頭を必死に回す。
脅威となるのはやはり理外の再生力が一番だろう。あれをどうにかしない限り、こちらにどれだけ余力が有り余っていようと千日手になってしまう。
変異も脅威だが、あれは対策できるようなものではない。何でもありの応用力の権化のような権能である。場当たりの対応は好きではないが、対策できないものはできないのだ。スバルはそう割り切り、思考を切り替える。
そして、今回の戦いにはスバルの死以外のゲームオーバーがある。エミリアの死である。
エミリアが死んだその瞬間、潜んでいたパックによってスバルは死ぬ。
確実な懸念点はこの辺りだろうか。死ぬ間際の黒い奔流も気になるが、一旦脇に置こう。
「お師様?大丈夫ッスか?疲れたならあーしを好きにしていいッス!!!」
「大丈夫じゃなくてもそれはしねぇよ…………」
変わらぬシャウラに安心感をもらいながらスバルは考える。一旦プリシラに会いに行くか、このままパーンの潜んでいた場所に向かうかである。 スバルは歩き出す。
△▼△▼△▼△▼
「…ふむ、つまりアルが『色欲』を取り逃がしておるということじゃな?」
「姫さん?オレってそんなに信用ない?」
「驕るな。妾とて道化は相応に評価しておる。『勝った』とおぬしはそう言ったであろう」
「そもそも取り逃がしてるんじゃないか、なんて一言も言ってねぇんだが……」
的外れの質疑をする主従にスバルは追いつけない。
「『色欲』の持つ変異と変貌の『権能』。それがあれば『死』すら偽装できる、ということじゃろう?」
「そういうことだ。それについてはどう思う」
「凡愚にしてはよくできた仮説じゃな。何より、アルがそ奴に勝てたことと辻褄が合う」
「姫さん?そろそろオレ泣いてもいいかな?」
「ほざくな、道化。そなたの号泣なぞ見苦しいにも程がある」
「だからこの街を一度捜索してそいつがいないか調べてみたい。協力してくれないか?」
「……良かろう。妾を謀った罪、高くつけようぞ」
△▼△▼△▼△▼
「で、捜索なら分かれた方がいいと思うんだが。」
そう見上げる先には流れる金髪の緋色の令嬢。
「詳しいことはアルに聞くが良い」
「星が言ってんのさ。お前さんについて行けって」
スバルの背筋が凍り付く。無論、スバルはカペラがどこにいるのかを知っている。しかし、それは一度死んだからだ。この世界で得たものではない。それをこの『アル』という男は知っている。それがスバルには恐ろしくて仕方が無い。『死に戻り』で自他の絶命を塗り替えてきたスバルの行いを全て知られているのならば?
アルというこの男はスバルの脅威足りうる。
鉄の兜に包まれ、表情すらもうかがい知れぬ正体不明の男にスバルは警戒を強めざるを得ない。いつか牙を向けられる気がして止まないのだ。
空へと駆け上がる白い光。シャウラの打ち上げたそれは『色欲』発見の合図である。スバルは急行する。
△▼△▼△▼△
「なぁ~んでアタクシのことを知っているんですかね?それもアタクシだけを」
気持ちの悪い再生を目の前にぎらつく赤眼がシャウラにしがみつくメィリィへと向けられる。
「疑うならまずそっちの小娘じゃねーんですかね?」
「不愉快な阿呆じゃが、その言はその通りであるな、凡愚。その小娘は殺されてしかるべきの容姿じゃ。疾く言わねばその娘は死んでおったぞ」
「説明忘れてたよ、すまねぇな。でも、あの気持ちわりぃの見たら誤解も解けただろ?」
「それもそうじゃな。その娘の出生は問い質すべきものじゃがな」
「そんな怖い顔しないで欲しいわあ。わたしだってなりたくてなったわけじゃないものお」
露出の多い体を隠すようにメィリィはシャウラのマントにくるまっている。そのシャウラの服も大して変わりないのだが。
「うわぁ、ホントにいるぜ、あいつ。気持ちわりぃから二度と会いたくなかったってのによぉ」
「世界の全てが恋焦がれるこのアタクシにヒドイことを言うじゃねーですか」
「おいおい勘弁してくれよ。少なくともオレぁてめぇの面はもう見たくねぇんだ。だから、早く消えてくれ」
嫌なものを遠ざけるようにアルは手を払う。
「言う割には何もしねーんです?口だけとは言いますが、脳みそをどこかに置いてきたんじゃねーですか?キャハハ!!!」
「んなこたぁねぇよ。ただ、オレが出る幕じゃねぇってことだ。」
疑問を浮かべる様子のカペラ。だが、その答えは奴に迫っている。
「だってオレがやるよりこいつらがやる方が百倍早ぇんだよ」
白熱が、氷結が、爪牙が、カペラを穿たんと降りかかる。常人なら数えるほどの命が散る攻撃を一身に受け、カペラは人の形を奪われる。だがこの程度で終わらないのはここにいる皆の知るところ。
たちまちに気色の悪い音を立てながら肉体が再生される。
「プリシラ!やれ!!」
「凡愚の分際で妾に命ずるでない」
振るわれるは紅の魔剣。日輪をその剣身に宿した陽剣は唸る炎をカペラに向けて放つ。
「陽剣は妾の斬りたいものを斬り、焼きたいものを焼く。貴様が『色欲』カペラ・エメラダ・ルグニカである以上、その炎から逃れること、叶わぬと知れ」
「熱いじゃねーですか。火照っちまいそうなほどに」
「やはり効かぬか」
「しけた反応しやがりますね。もっと残念がってくれたっていいじゃねーです!そのみみっちい脳みそ振り絞って出した策が効果ないんですから!!キャハハ!!!!!」
燃える体をそのままにカペラは高らかに嗤う。
「それだから貴様らは阿呆なのじゃ。その炎は妾が貴様を『カペラ・エメラダ・ルグニカ』であると認識している限り消えぬ。つまり、炎が消えた時、それは貴様の正体に迫った時ということじゃ」
「お前もやるだろ?相手を落とすとき、好みになれるように相手を観察するんじゃねぇのか?今度は俺たちの番だ。その着込んだ外套、一枚ずつひん剝いてやる」
「獣みたいな目で熱視線を送ってくれますねー。視姦されるアタクシがかわいそうじゃねーですか!そういう目で見てくるクズ肉共にはご褒美をあげないとですかね?キャハハ!!!」
声を上げ、カペラは死んだようにその場に倒れ込む。
空気が濁る。途轍もない威圧感が辺りに轟く。見上げた時、中空にそれはいた。
黒い体躯に顔の横から前方へと歪んだ角が伸びている。巨大な蝙蝠のような翼に強靭な四肢。
強力な外殻を纏うそれはこの世界で『龍』と呼ばれ、恐れられている存在。
「我、『魔龍』ルシフェイル。主の望みに応え、邪なるものを排除せん」
次回 #17 魔龍