若干7、8章の要素がありますが、カレーに入れるチョコみたいなもんです。気にしないでください
「我、『魔龍』ルシフェイル。主の望みに応え、邪なるものを排除せん」
街を睥睨するように『魔龍』と名乗ったドラゴンは漆黒の巨体を浮かべている。『神龍』ボルカニカに次いで二体目の龍だが、会話が成り立たないことは分かっている。
前回の死の間際に見た漆黒の奔流の正体はこれだろう。世界を滅ぼすことのできる獣と化したパックに抗えると考えた時、その正体が全く分からなかったが、『龍』なれば納得がいくというものである。
納得がいくのと現状が最悪なのがイコールで結ばれてしまっているのが最悪なのだが。
漆黒の中に白が見える。『魔龍』の顎門が開かれ、放たれるは間際に見た漆黒の奔流。喰らえばどうなるのかなど考えたくもない。
「おいおいおい!聞いてねぇぞ!」
隻腕で鉄兜を抑えながら、アルは這う這うの体で息吹を躱す。
「姫さん、こいつぁやべぇぜ。あいつ、一帯に瘴気をばらまいてやがる。これじゃあ、魔法が主体の奴らはお役御免だ」
「ふむ、なら、アル。そなたであらば戦えるのう」
「オレかよ?!今の状況見えてっか?逃げるだけで精一杯なんだが?!」
「アル、命令じゃ。例え死すとも、妾をあやつのところまでたどり着かせよ」
「……そういわれちゃあ、やるしかねぇよ」
今いる連中の中で最も接近戦が強いのは自分、プリシラ・バーリエルだろう。魔獣使いの娘に奇特な女に半魔の娘。誰一人接近戦をしているところを見たことがない。つまり、マナが蝕まれるこの空間でまともな戦力として期待できるのは自分のみ。男どもが戦力にならないのは自明の理である。
いや、『月詠み』かも知れぬ二人は戦力とはならずとも利をもたらすであろう。そうプリシラは結論付ける。
ともかく、今意識を向けるべきは黒い『龍』である。
その強大から繰り出される攻撃は全てが脅威と呼ぶのもおこがましい程の災厄である。
爪牙は空間を両断し、息吹は触れるもの全てを破壊する。辺り一帯を瘴気で満たすその有り様はまさしく『魔』。
その凶器がまさにプリシラへと向けられる。
「左だ!姫さん!!」
言われた方向へと身を捻り、まず『魔龍』からの一撃をいなすことに成功。降り立った焼け跡を足場に再び跳躍する。
魔力が広げた口腔に収束し、噴出するは破壊と汚染の濁流。
強靭な外殻に包まれた龍頭の横、下顎を支える筋繊維をプリシラの陽剣が断ち切る。
空いた蟻穴。そこから堰を切られたように魔力が溢れ出す。
「お師様!!!」
『魔龍』から漏れ出した奔流が炸裂した。
「シャウラ……なのか?」
目の前にいるのは紅黒く光る甲殻を背負った血色のサソリだった。
心のどこかでは勘付いていたのかもしれない。メィリィが異様に懐いていたり、自分のポニーテールをスコーピオンテールだと言い張っていた。
そして何よりはその名前だ。『シャウラ』とはサソリ座の尾針に位置する星の名前なのだから。
サソリとなったシャウラは自らを傷つけた輩に襲い掛かる。滞空する龍へと飛躍し、垂れ下がった龍の尾へと両鋏でもってしがみつく。
龍爪が血色の甲殻を穿たんと振るわれる。
「蝿のように飛び回るでないぞ。面倒じゃろうが」
下に行った龍の意識。それと反し上昇していたプリシラが背中へと降り立った。
「その大仰な翼を切り落とし、貴様をトカゲにしてくれようぞ」
走る紅の剣閃。
堕ちる龍星。
「ーーーーッ!!」
咆哮と共に龍は堕ちる。舞い上がった土ぼこりが旋風に巻き込まれ、飛散する。
砂塵の落ち着きに伴い翼を失った魔龍がゆっくりと起き上がった。
「クズ肉共が、よくもアタクシを落としてくれやがりましたね…………な〜んて言うと思いましたぁ?キャハハ!!!アタクシは『龍』なんですからもちろん『龍の血』が流れているんですよ?『龍』にこの程度の傷!意味ねーんですよ!!!」
メリメリと音を立てて再生していく翼。
つまりはあれが『龍の血』の力なのだ。
「クソ虫は先程の落下に巻き込まれてしまいました。アタクシを倒そうとしたのにお味方を倒してしまうなんて!!!味方のはずのクズ肉共に倒されるなんて!!!なんて惨めで、滑稽なんでしょう!!!キャハハ!!!!」
「おい、もう黙れよ。お前が喋る度にオレの中のドラゴンのイメージが汚されるんだよ」
「あ?」
「聞こえなかったか?もう黙れって言ったんだよ。クソデカい図体の割に耳はちっせぇんだな」
「自惚れてんじゃねーです?世界の全てが愛するこの慈悲深〜いアタクシですけど、愛される努力を尽くした末にアタクシのことを愛せねーってんなら死ねぇ!!!とっとと死ね!!!」
耳が腐るような論調が落ち着いた。
「でも、今はまだ殺しません。まだ愛される努力ができますから」
興奮が嘘のようにカペラは落ち着き払っている。
不気味と、そう表すのが適当な情緒のあり様である。
「それじゃあ、第二ラウンド、行ってみよー!キャハハ!!!」
飛び上がるカペラ。余裕綽々におっ広げる口から放たれるのは軽薄のそれ。
注目が龍に集まる中、スバルはじっとカペラが飛び上がった場所を見つめていた。
うつ伏せに倒れた人。黒に近い紫の髪の中に二対の歪んだ角が煌めいている。
あれは誰だ?違う。オレはあれを知っている。見たことがある。
ハインケルの記憶に、奴はいた。ハインケルに王女を攫うよう持ちかけた奴だ。
オレはアイツを見たことがある。
エメラダ・ルグニカの記憶に、アイツはいた。
ヤツが、アイツが。
カペラ・エメラダ・ルグニカ
違う。奴は
『クァドラン』
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黒に塗れた奥底、世にも珍しい竜人としてクァドランは目を覚ました。側に蹲る自分でない自分による細やかな温もりだけがそこにある。
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クァドランは地上に出た。黒ではなく、白が、青が、緑が、多くの色に彩られた世界である。
その世界でクァドランは自分から流れ出る赤を見た。
世界は『亜人』と呼ばれる種族への排斥が堂々と跋扈する世界だった。
「あらぁ?酷い状態じゃないですか。助けてあげましょうか。アタクシはこの世の全てを愛していますから」
神々しい金色の髪、敵対を感じられない微笑み。
誰とも知らないが、虐げられることしか知らない自分に優しさをくれたのだ。
「アタクシはエメラダ・ルグニカ。アタクシの領地に来ますか?あなたのような方々がたくさんいますよ?」
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案内された領地での生活は良かった。いや、以前が酷すぎただけかもしれない。
巨人族のバルガ・クロムウェル、蛇人のリブレ・フエルミといった亜人たちと共にクァドランはエメラダ様を支えている。
自分たちがエメラダ様から受けた恩を考えればまだまだ足りないくらいだが、クァドランは自分にできることがまだ分からない。
一生を掛けてエメラダ・ルグニカに尽くす。
クァドランはそう誓った。
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それは偶然のことだった。人間に抱かれる小さな人間のような生き物がいるのだ。
クァドランは『子』を知った。
それは次代を生きる『愛』の結晶だと。
それが『男』と言われる性と『女』と言われる性が交わることで成されると。
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「分からない。これ以外のやり方が」
変わらぬ舌足らずで、クァドランはエメラダの体を押さえつける。
「このやり方が合っているのかも分からない。でも、気持ちは………」
愛していると、紡ごうとした口をエメラダが塞ぐ。
「いいじゃないですか。それがあなたの愛の形ならば、アタクシはそれを受け入れましょう」
甘い匂いが鼻腔をつく。このまま蕩けてしまいそうだ。人の温かさがクァドランの全身を包んでくれた。
「どうぞ、クァドラン。アタクシの懐へ。あなたはどんなアタクシが好き?」
考える余地も無い。全てが。
自分に優しい彼女も、亜人を蔑む世の中に立ち向かう彼女も、立ち向かう在り方を行動で証明する彼女も。
彼女の全てが好きだ。
そんな彼女だからこそクァドランは今、こうしているのだから。
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美しいエメラダの肢体に黒黒とした斑点が浮かんでいる。理由は分からない。
けれど自分にはできることがあるではないか。
『龍の血』には万物を癒す力があると言っていた。なら竜人である自分にもその血が流れているはずだ。
クァドランは自身の血をエメラダに流し込む。
瞬間、エメラダは耐えきれないとばかりに呻き出した。
涙が溢れて止まらない。自分のせいだ。自分があんなことをしたから今ができあがってしまった。
自分にはもう何もできない。やったことは全て裏に出た。その事実に立ち上がる心を根本から叩き折られた。
苦しみの中、エメラダは死んだ。
目の前が真っ暗になった。
自らの劣情が、愛するエメラダを死へと追いやった。その事実だけで体が引き裂かれそうになる。
僕は何のためにエメラダ様の側にいた?
その人を殺しておいて何が『恩』だ。
「僕は、何のために」
「全て、愛のためです」
甘い声が聞こえる。全てを受け入れてくれそうな、そんな包容力のある声だ。
「あなたは愛する人のため、自分にできることをしようとしたのです。すばらしいことではないですか。エメラダ・ルグニカを支えてきた日々も全てはあなたの愛からのこと。あなたの行いの全ては、愛の賜物。いと素晴らしき、愛の道標」
「愛、アイ………」
「そうですよ。何も恐れる必要も、悔やむ必要もありません。全ては必然。運命の導きだったのです。こうなるよう、道はここへ続いていた。『全て、愛のために』」
「愛の、ために……」
「あな、たは……」
「私は魔女教、『虚飾の魔女』パンドラです。愛に生きた『竜人』クァドラン・ゼクンドゥス。あなたにこれを」
パンドラは入れ物を取り出した。黒く光沢のある、そんな漆黒の小さな箱。
「誰からも愛されなかったあなたに、愛する人を愛が故に亡くしてしまったあなたに。この『色欲』の魔女因子を」
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エメラダ・ルグニカの葬儀はついぞ行われなかった。
王族が、世界が、エメラダを拒む全てがクァドランの敵である。そんな奴らには醜く、酷く、惨めな末路を用意してやろう。
まずは王族を尽く殺してやろう。
混乱は奴らを自然に破滅へと誘うに違いない。
だが、同族の肉欲を利用するのは迂闊だった。おかげで取り逃がしてしまったのだから。
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エメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダエメラダ
頭を支配するのは決まってこの名前である。
エメラダ・ルグニカはまだ死んでいない。僕の、私の、いや、『アタクシ』の中で生きている。アタクシがエメラダとなるのだ。
だから、エメラダがやっていたことをやろう。かつての自分、いやクァドランのような恵まれぬ子を自分の元へと集めるのだ。
ただの劣情を『愛』だなんだと嘯くクズ共に、『見た目より中身』と、そうぶっきらぼうに言い放ちながら亜人だなんだと差別する、所詮は上っ面しか見ないクズ共に博愛を示そう。
どんな姿形でも、エメラダ様ならきっと受け入れてくれる。
ならば、エメラダ・ルグニカが、アタクシが、やらなければならないことだ。
北で生まれた吸血鬼も、魔獣を操ることのできる呪われた少女も、『暴食』を親に持つ子らも。皆、恵まれぬ子らである。アタクシが、『エメラダ・ルグニカ』が手を差し伸べるべき子らである。
だからクァドランは否、『カペラ・エメラダ・ルグニカ』は愛と慈悲をもってその子らに接するのだ。
妖艶な笑みを浮かべ、カペラは今日も愛を振りまく。
可憐な笑顔を浮かべ、カペラは今日も『あなた』の好きな『アタクシ』を作る。
狂信の言の葉を紡ぎ、カペラは今日も恵まれぬ子らへと問いを投げる。
「あなたたちはどぉ〜んなアタクシが好き?」
次回 #18 虚
次で一応の最終回だったりします
『一応』です。
亜人差別だなんだと言いながら当の本人が亜人かどうかで人を見る