ゼロカラミダレルイセカイセイカツ   作:らら、

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こんにちは、らら、と申します


#2 最悪の善意

時は流れ、王選が始まる日となった。救助の途中でアナスタシアが合流し、激しいバッシングを受けながら持ち込んだ物資を惜しみなく配布していた。惜しむ余裕も無かっただろうが。

 

アナスタシアからの物を捨てる者、不審に思い受け取らない者などなど反応は様々であったが自ら先頭に立って行動する彼女の姿に王都の人々は少しずつではあるが『噂』を疑問詞する声も上がるようになっていた。

 

ロズワールなら無情にも残念がりそうな状況だが、エミリアはこれ以上無いほどに喜んでいた。

 

「アナスタシアさんの疑いが晴れて私、ほんっとに嬉しいの!やっぱり頑張ればみんなに分かってもらえるんだなって!」

 

「エミリアたん…」

 

この世界で忌み嫌われる銀髪に紫紺の瞳のハーフエルフ。そんな偏見に想像できない程に苦しんだであろうエミリアの言葉はあっけらかんとした口調や声に似合わず酷く重く感じられた。

 

「私ももっと頑張らなくっちゃ!!」

(森のみんなのためにもね!!!)

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

王選の儀式が始まる。『徽章』を無くしたエミリアだが、選ばれし『巫女』であることは確認できているということで参戦できるらしい。

とんでもないくらいに重要な物を無くすのが王で良いのかと思わないではないが良いとなったのだから良いのだ。

 

「じゃあ、行ってくるね!」

王都の屋敷に残るスバルとレムに、側にラインハルトを侍らせたエミリアが元気よく言葉をかける。

 

「行ってらっしゃいませ、エミリア様」

 

「行ってらっしゃい!エミリアたん!」

 

エミリアを見送りスバルは息を漏らす。本音を言えば自分がついていきたかった。しかし、それは不可能だ。

ので、王都の屋敷に残っているのだが………

 

「暇だな……」

 

「やることはありますけど……レムがやりますからスバルくんは王都を見てきていいですよ」

 

「いや、行くならレムとだ!よし!やること終わらせて王都観光だ!!!」

 

 

数時間後……

 

「ひとまずこれで終わりですね。手伝ってくれてありがとうございます、スバルくん」

 

「いや、多分そんな助けになれてねぇよ、俺……」

 

スバルが掃除した箇所をレムがほぼ全て検閲し、もう一度掃除する様には自分がひどく情けなく思えてしまう。

 

「っし!じゃあ観光するぞ!レム!!」

 

「はい!お供します」

 

 

▼△▼△▼△▼

 

 

「ねぇ、ラインハルト。『徽章』ないけどホントに大丈夫?」

 

「心配には及びません、エミリア様。しっかり話はつけております。堂々としていただいて構いませんよ」

 

「うん!わかったわ!!」

 

「あら、『剣聖』さんやね?」

 

白い帽子に藤色の髪。アナスタシア・ホーシンが現れた。

 

「これはアナスタシア殿。随分と苦労なされたようですね」

 

幼い顔立ちには確かな疲労が見えている。着せられた汚名を払拭するためにした苦労は想像より遥かに多いだろう。

 

「誰か分からんけど、ようこんなことやってくれたわ。貸しは高くつくで」

 

「でも、疑いは晴れそうなんでしょ?良かったじゃない!!」

 

「一応王選の敵やのにえらい喜んでくれるんやね」

 

「当然であろう?そこのものは半魔であるからな」

 

「プリシラ殿、その呼び名は……」

 

「半魔を半魔と言うて何が悪い?妾は事実を述べただけじゃ」

 

扇で口元を隠し、紅い瞳がこの場を制圧する。人によれば傲岸不遜などと表すだろう。

 

「世界は妾の都合の良いようにできておる。女狐も、半魔も、そこの者もその一部に過ぎぬ」

 

プリシラの瞳が左に動く。見ればくすんだ長い金の髪を持つ女性がひっそりと控えていた。

側には長い黒髪を後ろで結んだ騎士が立っている。

 

「えっと……あなたは?」

 

「私は『パーン・サタナキア』と申す者です。不束者ながらこの度の王選に参加させていただきます」

 

そう言って輝く『徽章』と共にその紅の瞳が開かれた。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

「どうなってんだ?これ……」

 

王都観光に乗り出したのだが不自然に人がいない。

 

「王都でこんなに人がいないなんてありえるのか?」

 

「いえ、そんなはずありません。以前はたくさんの人が歩いていました。スバルくん、注意してください」

 

「あぁ、分かってる」

 

「グルルル………」

 

低い唸り声が聞こえた。建物の並んでいる方向だ。黒い影の中、不自然にピンクのラインが映えている。

 

「っ!!レム!!右だ!」

 

黒の中に鋭い白い物、牙が現れ、こちらに迫りくる。

 

「スバルくんは傷付けさせない!」

 

開かれた口にモーニングスターが炸裂する。裂けるように体が崩れ、崩壊する。

 

「「「グルルル…」」」

 

同じ唸り声が右から、左から、全方位から聞こえてくる。

 

「ここ、王都の中だろうが!!衛兵は何やってんだ!」

 

「愚痴を言っても仕方ありません!どうしますか、スバルくん」

 

「やり合っててもキリがねぇ!逃げるぞレム!!王城に行けば……」

 

ラインハルトを始め、多くの人がいるはずだ。その戦力があれば………

 

「スバルくん!」

 

跳躍した魔獣がスバルを喰らおうと襲いかかる。それをレムが防ぐが、レムの体に一つ、また一つと痛々しい傷が増えてゆく。

 

「がはっ……」

 

レムの胴体部に魔獣が噛みつき、体を抑えられる。

 

「レム!!あ?」

 

飛び出そうとしたスバルの目の前が影で覆われる。無論自分のものではなく。

上を見上げたスバルに牙の並んだ黒い円が覆いかぶさり、やがて白が消え、闇に呑まれる。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「スバルくん?どうしました?王都に行きますよ」

 

呆然とするスバルにレムが手を差し伸べてくる。

『死に戻り』をした。頭を食われ、俺は死んだ。その感覚に思わず吐きそうになる。

 

「スバルくん?!大丈夫ですか?」 

 

自分を覗き込むレムが心配の表情を浮かべている。

 

「……レム…俺の言う事を信じてくれるか?」

 

「………はい。スバルくんの言うことならなんでも」

 

「王都の中で魔獣が暴れる。俺はそれを止めたい」

 

レムに嫌な思い出が蘇る。ロズワールの屋敷近くでも魔獣騒動があったのだから当然だ。

 

「多分、王都の北側に元凶がいる。そこまで一緒に来てくれ」

 

「分かりました。スバルくんはレムが守ります」

 

「ホントは俺がレムを守るって言いたいんだけどな……」

 

「レムは鬼族ですから。しょうがないと思いますよ?」

 

「それでもなの!」

 

 

スバルとレムは都の北に急ぐ。

 

「あれえ?何してんですう?」

 

背後から声がかかる。振り返るともみあげが異常に伸びたショートカットの金髪に紅の瞳。露出の多い服を纏った人が立っていた。腕には熊のように鋭い爪が生えており、腰の辺りから鷲のような翼が生えている。

 

「あなたは誰ですか!!」

 

額に角を生やし、モーニングスターを持つレムが問いかける。

 

「アタクシは魔女教大罪司教『色欲』担当、カペラ・エメラダ・ルグニカ。よろしくねえ、クズ肉の皆さん!」

 

そう顔を歪めて宣言した。

 

「魔女教!!」

 

レムの顔が怒りに満ち、勢いのまま、モーニングスターが右肩に炸裂する。

 

「痛いわ…痛えんですよお!」

 

カペラはそう吐き、残った左手を抉られた肩口に添える。すると、みるみるうちに傷が塞がり元通りになった。

 

「これが奴の『権能』っ!」

 

「そう思ってもらっていいんじゃねえですかあ!!」

 

クマのような腕が振るわれ、スバルとレム、二人の命を狙った攻撃が繰り出される。

 

「甘いです!」

 

レム曰く稚拙な攻撃はモーニングスターによって容易くいなされた。

 

「行って!」

 

カペラの指示で以前、死に戻りの時に見えた魔獣がレムに、否、スバルに襲いかかる。

 

「っ!スバルくん!」

 

「レム!!!」

 

 

咄嗟にレムがスバルを突き飛ばし、魔獣の攻撃を受ける。魔獣はハイエナのようにレムに集り、牙を剥き出しにする。

 

「っ!『シャマク』!!」

 

黒い霧がレムの周辺を覆い、群がる魔獣の意識を途切れさせる。

 

「へえ、あなた、随分と愛して、愛されているじゃねえですかあ。なのに自分はほとんど守られてばかり、惨めじゃねえですかあ?」

 

カペラが魔獣を下がらせ、血みどろのレムに跨る。

 

「……うるせぇ、うるせぇよ!!」

 

「あはは!怒ってるじゃねぇですかあ!図星ですかあ!!!」

 

「アタクシはねえ、愛の形を見るのがすきなんですよお。だから………」

 

カペラがレムの体の上で左手を握る。微かに「プチッ」と音が鳴り、黒い液体がレムの傷口に浸透してゆく。

 

刹那、浅い呼吸のレムが言葉にならない悲鳴を上げる。

短い呻きを終え、レムがいた場所に見てきた魔獣が立っていた。

 

「てめぇ、レムに何をした!!!」

 

怒りを隠さずスバルが叫ぶ。

 

「てめえが見た通りじゃねえですかあ?それ以上もそれ以下もないんじゃねえですかねえ?」

 

カペラが話終わると”レム”がスバルに飛びかかる。

 

「ほおら、ただの求愛じゃねえですかあ!」

 

スバルに迫るのは淡い赤の唇ではなく、黒く淀んだ黒に映える白い牙であった。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「どうしましたか?スバルくん」

 

見慣れた薄青の髪が視界に映る。

血の気の引いた顔にレムの右手が添えられる。

 

「すごく冷たいですよ!顔色も悪いですし、休んだほうが……」

 

添えられた手をスバルの両手が握り締める。

 

「どっ、どうしましたか?!スバルくん」

 

「ごめん、もうちょっとこのままでもいいか?」

 

「それは、もちろんですけど………」

 

当たり前のレムの人型の手。それにひどく安心する。

レムがあの魔獣になった。つまり、王都から人がいないのもそういうことだろう。皆あの大罪司教によって魔獣に変えられたのだ。こうしている内にも多くの人が犠牲になっているのだろう。

 

沸々と怒りが湧いてくる。人としての尊厳を踏み躙るような冒涜に、明確にやり場のある怒りが、スバルを支配する。

 

「レム、もう王都には『色欲』の大罪司教と大量の魔獣が潜んでる。」

 

「魔女教に魔獣?!」

 

「そうだ。俺達二人じゃ対処できない数だ。だから今から王城に行くぞ」

 

「騎士団に報告するんですね」

 

「あぁ。そうすれば…」

 

言葉を紡ぐスバルの口が硬化する。

 

スバルは今から王都の住民だったものを殺してくれ、と言いに行くのだ。スバルの心は強くない。それは異世界に来る前からそうだ。高校デビューに失敗し、しばらくして学校に行かなくなった。

 

異世界に来て、エミリア達と出会ってからも根元は変わらない。しかし、エミリアを守る為ならなんでもしたい。そのためなら………

 

「王都の北側に魔獣が潜んでるんだ!!騎士団を手配してくれ!」

 

「それは本当か?!了解した。すぐに手配しよう」

 

言った。言ってしまった。

正義の為なら人間はどこまでも残酷になれる。スバルがやろうとしていることは疑う余地もない正義である。

 

人間が魔獣になったなどと知り得るはずもない。事実1回目の世界のスバルは知らないし、今の世界のスバルも知り得ないはずなのだ。

 

全面に傷が走ったスバルの精神を除けば至って普通の考えである。

 

誰にもスバルを責める権利など無い。

 

 

騎士団への報告はやがて王選の儀式に出席しているラインハルトに届く。王都の危機に候補者とその騎士が行動を起こし、事態はすぐに鎮圧された。

 

その間、スバルは何もしなかった。自分のした行動で魔獣となった多くの人が死んでゆく。その現実から目を反らし続けた。レムもスバルを守るからとスバルと一緒にいた。

レムに辛い思いはして欲しくない。傷つくのは自分だけで十分だ。

 

 

 

喧騒は遠のき魔獣の討滅が終わったことを知らせてくれた。スバルとレムはエミリア達の安否確認のため王城に赴いた。

精いっぱい危機感を装った顔を作った。罪悪感からの血の気の引いた顔はうってつけだったかもしれない。

 

 

「スバルくん!」

 

レムがスバルに呼びかける。見れば、王都の人、否、魔獣が鉄の檻に入れられている。

 

「うわぁあ!」

 

魔獣の顔にメイザース領の村の人の顔が浮かぶ。スバルは頭を振り、その幻を追い払う。ここは王都なのだ。そんなはずはない。

 

檻に入れられた魔獣はおかしいほどに大人しく、静かにうずくまっている。

 

「だ、誰がこれを?」

 

「驚かせてしまったわね。ごめんなさい?」

 

檻の向こう側から波打つ長い黒髪を後ろで纏めた女性が静かに歩いてきた。

 

「あ、あなたは?」

 

「私は『王選』候補パーン・サタナキアが一の騎士。ドラカルト・カールコーンと言いますわ。よろしくね、黒髪のお兄さんと可愛らしいメイドさん」

 

ドラカルトはそう言って、赤く熟れた唇をそっと舌でなぞった。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「言いつけ通り捕獲してくださったのですね。ありがとうございます、ドラカルト」

 

波打つ黒髪の女性にくすんだ金髪の女性が話しかける。

 

「そちらの方が………」

 

レムが口を開く。

 

「そうです。私の主、パーン・サタナキア様です」

 

「初めまして、ですね?私がパーン・サタナキアでございます。不肖ではございますが、この度の王選に参加させていただきました」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

過剰に思えるほどに遜るパーンについつい警戒を忘れてしまう。

 

「何故、魔獣を捕獲しているのですか」

 

レムの問いにスバルの目が醒める。

 

「そ、そうだ!どうして!!」

 

「……見えるのです」

 

「は?」

 

 

「この魔獣達の。いいえ、『彼ら』の本当の姿が、見える、わかるのです」

 

雷に撃たれたような衝撃がスバルを貫く。

やめろ、口を開くな。言わないでくれ。

 

「彼らは王都の人間です」

 

スバルの顔にあった陰りが隠しきれなくなる。

彼女は絶対に王都の人間に、全ての候補者にこの事を教えるだろう。スバルだけが知り得た情報が公の下に晒される。

 

これによってスバルが公然と受けるダメージは全く無い。完全なる善意が奇跡的に最悪の結末を招いた。傍からのスバルはそんな人間だ。むしろ全員が、特にエミリアやレムなどは公開される情報からスバルの心の傷を癒そうと苦心してくれるだろう。

 

 

その善意が今のスバルには劇毒となる。

 

 

その慰めが今のスバルには死よりも苦しい呪詛となる。

 

 

エミリアの「大丈夫?」という心配が、レムの「他の人が犠牲になっていたでしょう」という至極真っ当な仮定に基づく正当化が。

 

聞くたびに贖いきれない罪を自覚させる。

 

償いたい。最悪の善意の結末を覆すべく、スバルはこの戦いの中で犠牲になった騎士団の剣を手に取り震える腕を使って自身の首にあてがった。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「この魔獣達の。いいえ、『彼ら』の本当の姿が、見える、わかるのです」

 

絶望を告げる一言が静かに、そして暴力的にスバルの鼓膜を打った。

 

「うわぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

「スバルくん!大丈夫ですか!?」

 

「察しが良いというのは嫌なものですね。お労しいことです。」

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

 

「今回の襲撃で出た被害は騎士団に負傷者が数名。……そして確定ではありませんが魔獣になった王都の住民です」

 

「しかし、我らの剣聖が『色欲』を捕えました。これは絶大な成果だ!」

 

大罪司教の捕縛という結果に賢人会は沸いていた。

 

「報告をしたのは誰か!?その者は我々を!王都を救った英雄であろう!!」

 

 

その問いかけに答える者はいない。否、口が動かない、が正しいだろうか。

 

 

この場でエミリアとラインハルトだけが知っている。報告した者を、そしてその者がどうなってしまったかを。

 

パーンの言葉で発狂したスバルはレムに連れられ宿舎に帰っていた。

足にも、手にも、体の芯に至るまで力が無い。生きる屍のようになってしまったスバルをレムは痛ましく見ている。

開かれも、閉じもしない三白眼は力無く天井を眺めている。時折思い出すように動くと苦しそうに喘ぎ、謝罪を口にする。

 

「苦しいんですよね、スバルくん。ゆっくり、ゆっくりでいいんです。全部吐き出して、そして立ってください。」

 

 

レムの手が優しくスバルの手を包む。その手に落ちる雫が一つ。

 

 

 

「スバルくんは、レムの英雄なんですから」

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「じゃあ、ラインハルト。私達は先に帰るわね」

 

レムと精神を壊したスバルを連れてエミリアはメイザース領への帰路に着いた。

 

「了解しました。十分に気を付けてくださいませ」

 

「えぇ、もちろんそのつもりよ!ラインハルトも騎士団の仕事頑張ってね」

 

「ご期待に沿えるよう尽力いたします」

 

ラインハルトは王都の混乱の後片付けに駆り出されていた。必須という訳ではないが、近衛騎士団に所属している以上仕方のないことである。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「………スバル、大丈夫かしら……」

 

何とか竜車に乗せたスバルは相も変わらず力なく下を向いている。発する言葉は時折上げる悲鳴と、「ごめんなさい」という謝罪の言葉だけ。

 

「わかりません。でも、レムはスバルくんを信じています」

 

「そうよね、レム。スバルを信じてあげなくっちゃ!!」

 

エミリアは白い手で優しくスバルの肩に落ちそうな毛布をかけた。

 

 

~~メイザース領 境界~~

 

ドンッ!!!

 

「キャッ!」

 

突然の爆発がエミリアたちの乗る竜車を襲った。

 

「エミリア様はスバルくんをお願いします!」

 

レムは竜車を止め、後方に目を向ける。

 

「っ!!!!!!!!!!!!」

 

紺色の生地に赤いライン、全身を覆う頭巾型の統一服。見紛うことなき憎き存在。

 

「魔女教徒!!!!!!!!!!!!!」

 

額に角を生やし、目を血走らせ、全てを砕く勢いでレムのモーニングスターが唸る。四方八方から迫る剣の嵐。それをレムは傷を負いながらも搔い潜る。

 

「エミリア様とスバルくんには!指一本触れさせないっ!!!」

 

「パック!お願い!!」

 

「リアに手出しする奴らはこのボクが許さない。」

 

鉄塊が地と肉を穿ち、氷槍が見える敵を串刺しにする。

 

「あァ、実に、実に!実に!素晴らしいィ!!『勤勉』デスネェ」

 

「っ!」

 

「私は魔女教大罪司教『怠惰』担当、ペテルギウス・ロマネコンティ、デスッ!」

 

「あっそう。なんでもいいよ。そんなの。」

 

「相手を知ろうともしないとは!!あなた、『怠惰』デスネェ?」

 

「本当にボクが『怠惰』かどうか、試してみるかい?」

 

パックの生み出す氷槍がペテルギウス目掛けて降り注ぐ。が、いずれもペテルギウスに届く前に爆ぜてしまう。

 

「あなた、『怠惰』デスネェ~」

 

何もない空にスバルと傷ついたエミリアが上半身を『何か』に預けて浮いている。

 

「なに!?」

 

「二人を……離せっ!!!!」

 

怒りに狂うレムの身体は一切前に動かない。

 

「レ……ム…」

 

スバルの眼に血に塗れるレムが映る。

 

「二人を思うその気持ち、実に、実に実に実に!!素晴らしい!!!脳が、脳が震えるゥ!!」

 

ペテルギウスが言葉を紡ぐうちにレムの四肢は文字通りねじ切られる。

 

「レム!レム!!」

 

「ですが、警戒を怠ったその態度!実に!……『怠惰』デスネェ」

 

スバルを見つめる青い瞳が反対を向いた。

 

「レム……」

 

「あァ、彼女があんなにも必死に!あなたを!求めたというのに、あなたは何もせず!!あァ!!なんと!!実に、実に実に!!『怠惰』デスネェ?」

 

「お前……殺す…殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。絶対に殺してやる…!」

 

 

 

「死ぬのはキミもだ。ナツキ・スバル。」

 

 

自由の効かない体を極寒が覆う。

 

「あ?」

 

可愛げのあるネコはどこへ行ったのか。虎のような巨大な獣が威圧するようにこちらを見つめる。

 

「リアのいない世界に価値なんてない。契約に従い、ボクはこの世界を滅ぼす。」

 

「これはこれは……実に『勤勉』なこと!」

 

「土塊風情が。黙ってくれるかな。」

 

言うや否やペテルギウスが氷像と化す。 

 

「パック…?」

 

「エミリアを守りきれないキミに、価値なんて無い。」

 

肌が、血液が、心臓が凍りつき、生命活動が停止した。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

「この魔獣達の。いいえ、『彼ら』の本当の姿が、見える、わかるのです」

 

絶望を焚べる言葉がスバルの耳を打つ。スバルは溢れる吐き気を覚え、口を手で塞ぐ。

 

「大丈夫ですか?!スバルくん」

 

肩に手を置くレムのいつも通りの姿に一潮の安堵が訪れる。同時にペテルギウスへの激しい憎しみにも業火が灯る。

 

「もう、大丈夫だ」

 

そう言ったスバルの目は既に『今』を見ていなかった。

 

「では、私達は他の皆様と話し合いに参ります。混乱が完全に収まったかは不明です。お気をつけくださいませ」

 

パーンとドラカルトはそう言って去っていった。

 

「レム、エミリアが帰ってきたらすぐにメイザースに戻る。」

 

「き、急な話ですね。どうしてですか?」

 

「他の魔女教がメイザース領の近くまで来てる。早く帰って、ラム達と合流するぞ」

 

「わ、わかりました」

 

 

 

「というわけだ。すぐに帰る用意を始めてくれ。」

 

「魔女教が来ているなら僕も共に戻ろう。こちらの方が重要だ」

 

「頼りにしてるぞ、ラインハルト」

 

「ご期待に沿えるよう力を尽くそう」

 

 

出発するスバル達に向けられる視線に気付くものはいない。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

(よし、これならあいつらと会わずにメイザース領に帰れるはずだ。そうすれば……)

 

そう思うスバルの周りが、白い霧で包まれる。

 

「な、なんだ?これ……」

 

「これは……白鯨か?」

 

疾走する竜車に迫るド級の影が一つ。横についた『それ』は白い体躯についた黄色の眼をギョロリと覗かせ一行を見つめる。

 

「エミリア様、みんな。ここは僕が引き受ける。みんなはメイザース領に急いでくれ」

 

『剣聖』はそう言い残し、霧の中に消えていった。

 

「エミリア様!メイザース領へ急ぎます!いいですね?」

 

「えぇ。それでいいわ。ラインハルトの気持ちに応えて上げなくっちゃ!!」

 

 

 

白鯨から逃れたスバル達を待っていたのはペテルギウス率いる魔女教だった。

 

「てめぇ!どうしてここにいる?!」 

 

「どうして?とは、自身の思考を止める『怠惰』な問!私達は『勤勉』に!そこのサテラの器を求めて来たに過ぎません!」

 

「サテラの器って何?」

 

「あなた!です!銀髪に!紫紺の瞳の!ハーフエルフ!!サテラの器に違いありません!!!だからこそ!私達は試すのです!あなたが器足り得るのか!!」

 

そう言ったペテルギウスから多数の真っ黒の手が伸びている。

 

「エミリア!来るぞ!!」

 

「え?来るって、何が?」

 

スバルがエミリアを抱え、横に飛んでエミリアに伸びる黒手を回避する。

 

「あ、あなた見えるのですか?!!私の!『見えざる手』が!あぁァ!!どうして、どうしてェ!脳が、脳が震えるゥ!!!」

 

叫び、自身の指を嚙み千切るペテルギウスの様は狂乱そのものだろう。その狂った御仁から伸びる多数の手が逃げる方向を的確に絞り込む。手が降ってきた地面は凹み、逃げ切れなくなった時の想像を脳が否定する。

 

「くっ!逃げてばかりで攻撃に移れねぇ!!」

 

「パックはレムを手伝ってるし、私じゃペテルギウスの攻撃をかわせないと思うの」

エミリアはスバルと手を繋ぎ、スバルの誘導に従っている状況だ。

 

 

ドスッ

 

 

低く鈍い音がスバルから聞こえた。

「スバル!!」

エミリアはスバルの前に立つ魔女教徒を精霊術で撃退する。

 

急いで治癒魔法を掛けるエミリアにペテルギウスが歩み寄ってくる。

 

「あァ!実に、実に!素晴らしい愛!!そして『勤勉』!!脳が!!脳が震えるゥゥゥ!!!!!」

 

エミリアの体が宙に浮く。

 

「エミ……リ…ア」

 

届くわけもない血塗れの左手をエミリアに伸ばす。

スバルの意識が途切れ世界は暗黒に堕ちる。全身の骨が砕ける音がスバルの耳から離れない。




次回 #3 純潔の勝利

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