パーンの言葉が耳を打つ。ループ地点は変わらずのままだ。
2回のループを経て分かったことを整理する。
一つ目はどれだけ早くメイザース領に向かおうと、結果は同じだということ。今も何処かにいる『やつ』の手先が原因だろう。この時代の文明レベルでどうやって情報を渡しているのかは全くの謎ではあるが…
二つ目は早すぎると白鯨に遭遇してしまうということ。
三つ目はスバル、レム、エミリア、パックの3人と一匹ではペテルギウスを討伐できないということ。
最後に、敵の狙いがエミリアであるということ。
対するスバルの目的はただ一つ。ペテルギウスの討伐のみ。白鯨との戦闘を避け、ペテルギウスにラインハルトをぶつける。これが成功すれば………
「あの、スバルくん?大丈夫ですか?ずっと静かですけど……」
「悪い、レム。ちょっと考えごとしてた」
「そう…ですか……大丈夫なら、いいんです」
「レム、この後のことについてエミリア達と話をしたい。お願いできるか?」
「わかりました。エミリア様にお伝えいたします」
スバルの「頼む」という言葉に背を押され、レムがエミリアの元に駆けてゆく。
「随分と落ち着いていらっしゃいますね」
「あ?」
「いえ、それではこれで……」
そう言ってパーンとドラカルトは去って行った。
△▼△▼△▼△▼
「王都の近くに魔女教が来てる」
今後についての話合いが始まった途端、スバルが口を開いた。
「魔女教かい?それは『色欲』の残党ではないということかな?」
「そうだ。近くまで『怠惰』が来てる。そして『怠惰』の手先が俺たちのことをどこかで見てる」
スバルの言葉に全員に緊張が走る。
「誰が手先かは分からないのよね?」
エミリアが不安げに声を上げる。
「そうだ。だからまず『そいつ』を炙り出す」
「でも、どうして私たちが後をつけられているの?」
「敵の狙いはエミリア、お前だ」
「え?私?なんでだろ……」
「理由は分からない。でも、エミリアが狙われていることは確かだ」
〜〜〜
翌朝、スバル達が竜車に乗り込んだ。
「……『シャマク』!!」
竜車小屋の見える建物の陰、そこを目掛けてスバルの陰魔法が発動する。
意識を強制的に切り離す陰魔法を喰らい、潜んでいた男がその場に倒れる。
「気付けないとは、僕もまだまだ修練が足りないね」
「嫌味に聞こえちまうけど、お前がちゃんと人間なんだなって思えて安心したよ!」
これ以上完璧超人になられると本気で恐怖を覚える。
手足を縄で縛り上げ、倒れた男を見据える。
短い茶髪の厳しい顔つきの男である。庶民がよく着ているような薄い服を着ている。
「コイツをどうするかなんだが……」
「騎士団としては是非捕縛した上で連行したい。が、スバルの言っていることが本当なら何らかの連絡手段があるはずだ。それを探すべきだろう」
「そうだな」
身体検査の為に二人が男に近づく。すると男の顔が醜く歪んだ。
「!スバル!!」
ラインハルトがスバルを庇う。
刹那、男が爆発し、周辺に火の手が上がった。
「クッソ……これじゃ、肝心なところが分かんねぇ…」
「だが、一先ずの障害は取り除くことができた。これで『怠惰』にこちらの行動を知られることは無い」
「……そういえば、なんでオレとお前無傷なの?」
「あぁ、僕の『火避けの加護』の効果だね」
「お前逆に何ができないんだ?」
なんでもありなラインハルトに思わず溜め息が漏れる。
一先ずの問題を解決した。が、主題はどこかにいるペテルギウスである。
「相手もあの人がいなくなったことには気付いていると思うの」
「えぇ。その可能性は高いと思います」
「それでね?このままだったらここに来ちゃうと思うの。だから私達は早くメイザース領
に戻ったほうがいいと思うの」
「それはダメだ……」
「スバル?」
「それは絶対ダメだ!!」
「ど、どうして?王都は今とっても大変なの!だからここに来るよりはラムたちと合流するほうがいいと思ったんだけど……」
「今、出れば『白鯨』が……あ……」
ラインハルトが氷柱のような目でスバルを睨む。
「スバル……それは本当かい?」
「あ、いや……」
「キミはどうやってか『白鯨』の襲来を知り、僕たちにそのことを隠そうとした。」
「………」
「ね、ねぇ、スバル。隠してたのはどうしてなの?」
「…もう、もうお前らに死んでほしくないんだよ…」
「スバルくん?レム達は死んでいませんよ?」
「死んだんだよ!!オレも!レムも!!エミリアも!みんな死んで、オレがみんなを生かしてんだ!!」
心臓が軋むような痛みに襲われる。荒い息を吐いて、スバルは何とか平静を取り戻す。
「スバル、キミの言っていることは分からない。でも、キミなりに努力したんだろう。そのことを尊重するよ。しかし、キミに使命があるように僕にも『剣聖』としての務めがある」
そう言い残してラインハルトが急くように去って行く。
「待って!ラインハルト!!」
ラインハルトとエミリアがスバルの掌から飛び出してゆく。
夜、レムも姿を消した。エミリアたちを追いかける旨の手紙を残して。
「なんで、どうして……」
掌に収めなければいけない命がポロポロと零れてゆく。スバルのいなくなったところで儚く散ってゆく。
踊っていてほしい人が舞台を降りてゆく。
平穏を約束する未来から消えてゆく。
「オレが全部を変えられる。ラインハルトにも出来やしない。」
スバルは動かない。どうせやり直す。
△▼△▼△▼△▼
昼下がり、王都が大歓声に包まれた。
『名もしれぬ騎士装束の男』と『メイド衣装の娘』が『白鯨』と『怠惰』を討伐した。
あれほどに憎しみを覚えたペテルギウスが滅んだ。
スバルを悲壮な無力感が襲う。何もしていない。自ら行動することを止めた。諦めの感情と共に『今』の命を捨て去った。
どうして『ラインハルト』の名前が挙がらない?『レム』の名前が挙がらないのは理解できる。しかし、どうしてか『ラインハルト』の名前が叫ばれない。
そして、もう一つ
「エミリアはどこに行った?」
零した大きな大きな一雫が消え失せた。
スバルは盛り上がる場所まで行った。凱旋を受ける燃え上がるような髪色に青い瞳、『ラインハルト』とその横で喧騒の中で眠る『レム』がいる。
「ラインハルト!エミリアは!エミリアは何処だ!!」
昨夜のことを忘れたように周囲を押し退けて、スバルはラインハルトに噛みついた。
「スバル!キミは僕が分かるのかい?!」
「バカなこと言ってんじゃねぇ!!エミリアは!?」
「落ち着くんだ、スバル。まず『エミリア』とは誰のことだい?」
欠片も笑えない一言にスバルが凍りつく。
「は?何言ってんだ?お前。冗談なら笑えるやつにしろよ」
「僕は冗談なんて言っていないよ?」
澄まし顔でほざくラインハルトに苛立ちが募ってくる。
「レム、は寝てるのか……起きたら聞こう」
「この方は『レム』と言うのか。教えてくれてありがとう、スバル」
絶望は止まらない。
一度最下層まで落ちれば上がるだけだなんて言い放つ人もいる。
だが、絶望を被った本人にとっては絶望が勇気を砕き、些細な不幸が底なしの沼に手足を、体を引きずり込む。起き上がる術も全てを奪われた後にどうしようもない空虚が襲いかかる。
死んでも結果は変わらない。
スバルが関わることを止めた『怠惰』が、死ねば良いと考えた『傲慢』が、全てを上手く運びたい『強欲』が、思い通りにいかない『憤怒』が『覆らない今』を呼び込んだ。
喪失と脱力に苛まれながらスバルはラインハルトと眠るレムと共にロズワール邸に帰っていった。
「旦那様からお話は伺っております、スバル様」
「あなたは…?」
「以前当家でメイドをしておりました『フレデリカ・バウマン』と申します。そちらの方は?」
「僕は『ラインハルト・ヴァン・アストレア』だ。よろしくお願いするよ」
「客人だ。ロズワールに通してほしい。後、ラムも同席させてほしい」
ラインハルトをスバルが遮る。
「承知しました」とフレデリカが答え、二人を客間に通す。
「よっと……」
スバルが眠るレムを抱える。首と右腕が重力のままに垂れ下がった。
「スバルくん、話したいこととはなんなのかぁ〜な?」
相も変わらぬひょうきんな話し方にささくれ立った心が刺激される。
「っ……そこの『レム』、青髪の子とこっちの『ラインハルト』、後ここにいない子のことだ」
抱えていたレムは今はラムが横に付いている。瓜二つの顔立ちなのだから興味が湧いて不思議はない。
スバルはここに至ったあらすじの述べた。
「『白鯨』の霧は包まれた者の存在を消し去る。私達が『エミリア』という人や『ラインハルト』くんが分からないのはそのせいかぁ〜な?」
「僕は違います。ここからは僕が話しましょう」
「『白鯨』と『怠惰』を討伐し、王都に帰る僕達の前に『強欲』と『暴食』が現れました。次第にあちらが劣勢になると、『暴食』が黄色の髪の女性を人質に抵抗を止めるように言いました」
▼△▼△▼△▼△
「やめてくれたねェ。そうだよねェ、みんなを守る『剣聖』さんが人質を無視なんてできないもんねェ!!」
「あのさぁ、僕の妻を勝手に人質にするのやめてくれる?君たちには難しいかもしれないけどさぁ、余所者が他人の大切な人を人質に取るって常識的な判断ができればしないことなんだよ。そんなことをあけすけとやるって頭おかしいんじゃないの?」
「この人を離して欲しいならボクの要求を一つ呑んでほしいんだァ。」
「要求は何かな」
「簡単だよォ!ボクにキミ達を触れさせてほしいんだよォ!さァ、どうするのかなァ?」
『暴食』の大罪司教『ライ・バテンカイトス』が醜く笑う。
「あのさぁ!人を無視するとかどういう神経してんの?それって僕の存在を軽視してるってことだよねぇ!それはどんなに優しい僕でも許せないなぁ!」
「うるさいなァ!お前みたいなのは話す価値も食べる価値もない廃棄物なんだからさっさと消えてほしいんだけどさァ!お前みたいなのを食べるとか『美食家』の名折れだからさァ!!」
金髪の女性に剣を押し当てながら、『暴食』と『強欲』は醜く言い争う。
「……分かった。要求を呑もう。」
「あァ!いい、いいよ、いいね、いいじゃないか、いいとも、いいから、いいだろうからこそ!!暴飲!暴食!!」
昂りを抑えられていない『暴食』はゆっくりと『エミリア』、『ラインハルト』、『レム』に触れていく。
そして、
「『エミリア』、『レム』、『ラインハルト』。イタダキマス!!!」
長い舌が『暴食』の右掌を一舐め。途端、『青髪の娘』が気絶したように崩れ落ち、『銀髪の乙女』が我を失ったように瞠目する。
「ここはどこなの?『私』は誰?」
「キミは僕の『妻』だ。迎えに来てあげたんだよ。」
「そう、なの?」
「あぁ、混乱しているね?僕の配慮が足りなかったよ、申し訳ない。こんな土臭いところもなんだ、僕の屋敷に行こうか」
『白髪の青年』が優しく歩み寄り、『銀髪の乙女』に手を差し伸べる。
「そこまでだ。」
二人の逢瀬を邪魔するように『赤髪の騎士』が立ちはだかる。
「……あのさぁ、どんな権利があってボクと『彼女』の出会いを邪魔しているのかなぁ?知ってるかい?結婚っていうのは結婚する二人の間で行う契約なんだよ。そこにお前みたいな余所者はお呼びじゃないんだよ。理解したらさっさと消えてくれるかな。でもそうだな、そこまで大切に思っているのに、福音書で定められているからと何も無く終わるのは可哀想だ。だから、キミをボクと彼女の結婚式に招待しよう。ボクは優しいからね感謝しておくれよ」
「一人で盛り上がっているようだけど、残念ながらその要求は呑めない。キミに彼女は渡さない。」
「はぁ……人が親切心で逃げるように言ったのにそれを無碍にするなんてボクの意見の!存在の軽視だよね!大体のことはこの寛大な心で許せるボクだけどさぁ!ボクに対する権利の侵害だけは許せないんだよ!!」
『強欲』はそう言って右手を振り上げる。刹那『赤髪の騎士』の左肩を真空波が抉り切る。
肩口から心臓にかけて不可視の刃が肉を裂き、深紅の大輪の花を咲き散らす。
心臓を裂かれた『赤髪の騎士』はその場に倒れ伏す。
「だから言ったのにさ?このボクに勝てるなんて本気で思っていたのかな?ほんっと、バカっていうのは罪だよね。そのせいで命を失ったんだから」
『強欲』の純白の靴が深紅の液体に触れる。
「……そうだね、知らないというのは罪なことだ。」
「…………はぁ?」
「『不死鳥の加護』だよ。僕は蘇る。」
『赤髪の騎士』の言葉が耳裏から響く。こいつは何を言っているのだろう。
振り向きざまの手刀がレグルスの肩に当たり、その体を吹き飛ばす。
「お前…威力がおかしいっていう自覚を持てよ!!」
「どれだけ力があっても僕が守らなくてはならないもの全てには届かない。まだまだ精進の道中だよ。」
『強欲』の攻撃は『赤髪の騎士』には当たらない。『赤髪の騎士』の攻撃は全て『強欲』に当たり、その度に情けない叫び声が響く。しかし、『強欲』は傷一つ、否、埃一つ被らない。
「そろそろ、気付いてくれないかなぁ!!キミじゃボクには勝てないんだってさぁ!!!」
そう言いながら繰り出される素人武術はラインハルトの準備運動にすらなりはしない。命を奪う衝撃波が無ければの話だが。
カキンッ
ラインハルトの足元が凍りつく。
「なっ!」
「あの人を虐めないであげて?」
気弱そうで底なしの慈悲を含んだような声で『銀髪の乙女』がこちらに掌を向けている。
「よくやってくれたね。キミはボクの妻に相応しい女性だ」
『白髪の青年』が『銀髪の乙女』に歩み寄る。
「それじゃあ、ボクはここで失礼するよ。ボクとこの子を会わせてくれたことには感謝するよ」
衝撃波が土埃を巻き起こし、視界を遮る。『強欲』と『銀髪の乙女』は何処かに消え失せた。
次回 #4 最後の賭け