ゼロカラミダレルイセカイセイカツ   作:らら、

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らら、と申します


#5 私はただの『79番』です

「……『エミリア』って誰のこと?私は『79番』ただの『79番』です」

 

美しい銀鈴の声が無邪気にスバルの耳を、脳を陵辱する。

 

「…『79番』?そんなところで何をしている?」

 

ごく平凡な白髪の男が『エミリア』に歩み寄り、肩にそっと手を乗せる。

 

「キミは初めましてだね?ボクは魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアスだ。よろしく」

 

「……手ェ退けろよ、クソ野郎」

 

「あのさぁ…せっかく人が名乗ってあげたんだから、キミも自分の名前をボクに教えるべきだよね?ボクは初めての人に会ったら名前を教えてあげるようにしているんだよ。人との交流っていうのはまずはそこから始まるからね。でも、世の中には自分から名乗ることに躊躇いがある人もいるだろう?だから自分から名乗るようにしているのさ。ボクは気遣いができるからね。でもキミはそんなボクの気遣いを無碍にして挙げ句の果てに罵倒までしたよね。それってどういうことなのかな?!普通の教育を受けていれば初めての人に最初から罵倒なんてしないよねぇ!ほんっとどういう教育受けてきたらそんなことに…」

 

「グダグダうるせぇ」

 

「っ!!キミはボクの発言を妨害した!それってさぁ!ボクの権利の侵害だよねぇ!!一体どんな権利があって妨害したのかなぁ?!!」

 

「うるせぇって言ってんだよ!!!」

 

短剣を片手にスバルはレグルスに斬りかかる。が、

 

 

 

「パック!お願い!!」

 

「ごめんね、スバル」

 

 

 

 

スバルの心臓を深々と氷が貫く。スバルの口から血が吹き出す。

 

「パッ……ク……どうして……」

 

「僕は『この子』のためだけにある。だから…ごめんね」

 

「っ!!オエッ……ハァ……」

 

口から真紅を垂れ流し、スバルは悶える。体の中心の痛みとも異なる何かがスバルの体内に蠢いてる。

真っ黒の衝動がスバルを割くような苦しみを与える。

 

 

「さ、『79番』。目的地はあっちだ。行くよ」

 

歩いて行くレグルスとエミリアが薄れゆく意識の端に映る。

必死に止めようと右手を伸ばす。 

 

 

 

 

痛みを伴う真っ黒な手が『エミリア』に伸びていった。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

スバルの視界に見慣れた宿が写り込む。

『エミリア』の記憶喪失という現実がスバルを苛んでゆく。分かっていたはずなのだ。この世界のまともな人間は魔女教と聞いただけで拒否を示す。

 

なのに、『エミリア』はラインハルトを拒んだ。

 

認めたくなかった現実が、気付かないふりをしていた現実がスバルに襲いかかる。

 

力無く立っていた地面に座り込む。知るはずのない現実がスバルに重くのしかかる。

 

それでも、

(オレにしかできないんだ。命懸けでエミリアのために動けるのはオレしかいねぇ…!)

 

歯を噛み締め、スバルは立ち上がる。

 

(まずパックをどうにかしねぇと)

 

今のスバルの大問題は圧倒的な戦力の不足にある。いつもはラインハルトやレムやラム、エミリアがいたが今はスバル一人である。

手元にあるのはそこそこの金と短剣一本、それと携帯電話だ。

 

金で傭兵でも雇おうかと思ったが、そもそも雇う傭兵のアテなんてものは欠片もない。

 

 

「おや、地面に座り込んで何をしているのです?」

 

ラッセル・フェローがこちらを見ていた。

 

「いや…」

 

スバルはそそくさと立ち上がり、泊まっていた宿に入ろうとした。

 

「なぁ……オレの言うことを信じてくれるか?」

 

「唐突ですね。話ぐらいは聞きますよ。場所を変えますか?」

 

「頼む」

 

 

 

スバルはピックタットへの『強欲』の襲撃をラッセルに話した。

 

「……ふむ……。」

 

少し頷いたきり、ラッセルは動かない。

 

「……まぁ、信じるわけないよな。」

 

スバルは少しの絶望を交えた溜め息を漏らす。

 

当たり前だ。何処の誰ともしれぬガキが『強欲』の行動を語るという意味の分からない状況だ。信頼関係も何も無いラッセル・フェローが信じるはずもない。

 

 

「……わかりました。ピックタットに伝えましょう。」

 

「……え?どう…して……?」

 

「勘違いはしないでください。あなたを信じた訳ではありません。」

 

「なら、なんで?」

 

「考慮に入れることに情報を信じる必要は無いですから。誰も魔女教の行動など分からない。あなたは無限の魔女教が取る行動の選択肢から、いやに具体的な一つを挙げたに過ぎません。考慮する価値はあるでしょう」

 

「そうか…ありがとうよ」

 

スバルはそう言ってピックタットに向かうため、ラッセルに案内された席を立つ。

 

 

 

「ところで………君はメイザース家の使用人だったね。私のことはロズワール殿から聞いたのかい?」

 

ラッセルの瞳に鋭い光が見える。相手を逃さない猛禽のような眼光だった。

 

「私のことっていうのは………」

 

「……いや、何でもない。呼び止めて悪かった。君はこれからどうするつもりですかな?」

 

「……オレは『強欲』を殺す。どんな手を使ってでも」

 

スバルの瞳に黒い光が見える。

 

「竜車はありますか?」

 

「ない。これから借りに行こうかと……」

 

「なら、当商会の竜車をお貸ししましょう。どうぞこちらへ」

 

ラッセルはスバルを連れて厩舎に入る。流石に王都の中心となっている商会である。二足歩行も四足歩行もかなりの数の竜を保持している。見る人が見れば竜の質も分かるのだろう。残念なことにスバルにはそんな観察眼は無いのだが。

 

「最近竜が増えましたので好きなものを選んでください」

 

今回重要なのは速度である。スバルは二足歩行の地竜を中心に見て回った。

 

「クルルッ」

 

スバルの目に二足歩行の黒い鱗の地竜が入る。

 

「それは最近増えた地竜ですね。気位が高くあまり懐かなかったのですが、どういう訳かあなたにはとても懐いているようだ」

 

「決めたぜ。コイツを借りるよ」

 

「操縦はできますかな?」

 

「いや………」

 

ラッセルが手を2回鳴らす。

 

「お呼びですか、ラッセル様」

 

どこからともなく黒スーツ、オットー・スーウェンが現れた。

 

「この方をピックタットまで、十分注意して下さい」

 

ラッセルは『強欲』については語らない。言えば行こうしないと分かっているのだろうか。

 

 

△▼△▼△▼

 

 

「できるだけ急いでくれ」

 

「わかりました」

 

二人は言葉を交わさない。この世界ではオットーは命令に従っているだけの関係である。

 

1日と少しが経過し、遠くにピックタットが見える。

 

「は?」

 

オットーが短く言葉を発し、次第に全身がワナワナと震えだす。

 

(クソ!間に合わなかった……)

 

スバルは一人歯噛みする。

 

竜車の速度が上昇する。周囲の景色が瞬く間に移り変わる。

 

「おい!そんなに飛ばしたら、地竜が…」

 

「ピックタットに、僕の家族のいるところに魔女教が来たんです!!速く行かないと……!!!」

 

ようやく合点がいった。以前の『死に戻り』でのオットーの動揺。そして、やけに速い旅路。その理由がようやく分かった。

 

前回とは違って今回は地竜を休める時間が掛かっている。にもかかわらずそうとは思えない程にピックタットに近付けている。

 

 

ピックタットの西門に薄く白煙が昇っている。城壁が破壊されているが、ざっと見た限り人が倒れているようには見えない。ラッセルの手柄だろうか。

 

ピックタットに到着したスバルは躊躇なく、死ぬ間際に見たレグルスが歩いて行った方角を歩を進める。

 

「これは…教会か?」

 

白く美しい教会がそびえている。まるで結婚式でも行うような、そんな。

 

「は?」

 

意味が分からない、否分かりたくない。『強欲』がルグニカの五大都市の一つを襲撃してまでやりたかったことは結婚式である。

 

馬鹿らしいにも程があるだろう。

 

スバルは教会の中に踏み入った。居そうな警備は一切なく、何の抵抗もなくスバルは教会内を見て回る。

 

大扉の中には席や花が設営されており、本気でここで結婚式を挙げるつもりらしい。

花嫁は想像もしたくないがエミリアだろう。こみ上げる怒りがスバルを支配する。

 

 

 

スバルはとある一室に入った。ごく普通な一室だ。机上に置かれた緑色の魔晶石を除けば。

 

「…!パック!!」

 

「スバル!どうやってここに?!」

 

「エミリアを…お前の契約主を助けるために来たんだよ!!力を貸してくれ!」

 

「やっぱり『あの子』にも名前があるんだね。よく分からないけど、僕はあの子の為ならなんだってする。」

 

小さな猫からは想像もできない程にドスの効いた声でパックが答える。

 

「アイツは危険だ。『あの子』の側に相応しくない」

 

「あぁ、その通りだ。そこでだ、アイツの『権能』を知りたい」

 

「……すまない、スバル。僕にも分からない。でも、『あの子』の『エミリア』の側にいると偶に、変な音が聞こえるんだ。心臓の辺りから『エミリア』の心音じゃない『何か』別の音が」

 

「別の音………」

 

正直な話、これだけでは分からない。けれど重要な情報だろう。

 

夜、スバルはエミリアの部屋に忍びいる。事情を知らなければ、嫁入り直前の花嫁に近付く横入り男である。

 

部屋の真ん中にある大きなベッドの上、微かな寝息を立ててエミリアの瞼が閉じられている。月光に照らされ、銀色の髪が仄かな煌めきを放つ。まさしく月華美人のようだ。

 

スバルがエミリアの心臓に手を当てる。豊かな胸の隙間を縫って。

 

「っ!」

 

ドクン、ドクンというエミリアの呼吸と合った鼓動に加えてパックの言った『別の音』、鼓動が確かに感じられる。

 

「?あなたは、誰?」

 

銀鈴が優しく耳を打つ。紫紺の瞳でエミリアがスバルを見つめる。

 

(パックはエミリアのために戦う。ならエミリアをオレが持っていないと……)

 

「君を助けに来た。ここから逃げよう」

 

「?どうして?旦那様の言う通りにしていれば良いのに」

 

「その旦那様は危険なんだ!いつ君が殺されるか分からない!」

 

「旦那様は私を殺さないわ!私、旦那様の言うこと守るんだから!!」

 

 

「うるさいなぁ!夜中に大声で喚くとか頭おかしいんじゃないの?!ボクにも静かな時間を過ごす権利があるんだよ!キミ達はボクの権利を侵害した!寛大なボクでも許せないことだ!あと、『79番』。キミは今そこの虫けらに怒っていたよね?普段から言っていたよねぇ?笑うな、怒るな、悲しむな、喜ぶな、表情を変えるなってさあ!」

 

ハッとしたようにエミリアが顔を上げる。

 

「ボクは優しいから、何度も何度も何度も何度も何度も言ってあげていたのに、それでも言いつけを守れないってどういうこと?ボクの優しさにつけあがって一度くらいならとか思ったってこと?それって、ボクという存在の軽視だよねぇ!さて、79番。こういう時どうするんだっけ?」

 

声を受けたエミリアがスッとベッドから降り、レグルスの前で立ち尽くす。

 

「そうだね。言いつけを守っているね。でも、もう手遅れなんだよ。」

 

レグルスが手首を振る刹那、スバルはエミリアを横抱きにして右に跳躍した。

 

エミリアの首があった辺りに空気が走り、延長にあった壁や窓を破壊する。掠ったエミリアの左腕の肉が削げ落ち、血の花弁が咲き、骨が露出する。鮮血がエミリアの顔にかかり、真っ白な肌に真っ赤な斑点を創り出す。

 

「あぁ、可哀想に!そこの虫けらのせいで彼女の顔が穢れてしまったじゃないか!!ボクの妻になんてことをしてくれたんだい?」

 

「殺そうとしたやつに言われたくねぇよ!!」

 

「美しいままでいさせあげようとしたボクの善意を踏み躙ったね?!ボクを否定するな!この完全なボクを!」

 

無表情に戻ったエミリアを優しく寝かせ、一矢報いようとスバルはレグルスに短剣を突き刺す。

 

「は?」

 

持っていた短剣が文字通り縦二つに両断される。

 

 

「何も考えずに走ってきてさぁ…完全な思考放棄、考えることをしない馬鹿の行いだよね。馬鹿正直にぶつかれば優しいボクが何か教えてくれるとでも思ったのかなぁ?!」

 

レグルスが空いている手でスバルの首を絞め上げる。

 

「ゥ……カハッ……」

 

息が詰まる。藻掻く体が血を吐き出す。胸の奥、魂の奥底で漆黒が蠢く。解放を強請るように、殻を突き破ろうと衝動が走る。

 

「うあぁぁぁ!!」

 

スバルの胸から漆黒の魔手が伸び、レグルスの顎を下から上に殴りつけた。

衝撃にレグルスが吹っ飛び、スバルが解放される。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

止まりかけの心臓が鼓動を急激に再開する。激しい痛みが胸の奥を襲う。

 

「エミリア!」

 

咄嗟に口をついて『名前』が飛び出す。懸命に無表情を貫こうとするエミリアの目から涙が零れる。骨が露出する傷が与える痛みは計り知れない、堪えろというのが無理な話だ。

そんな状況でもエミリアはレグルスの言いつけを守ろうと懸命に呼吸を正す。

 

「まず止血しねぇと!」

 

スバルはベッドのシーツを引き裂き、エミリアの左腕にきつく巻き付ける。溜まっていく赤黒い液体に銀色の髪が沈んでゆく。

 

「『エミリア』は無事か?!」

 

「遅ぇよこの野郎!!エミリアはオレがなんとかする!お前はレグルスを!」

 

「分かった。」

 

「随分なことをしてくれてさぁ?ボクじゃなきゃ死んでいたよ?人殺しを何とも思わない外道だよ、キミは!」

 

扉もその先の壁も崩壊し、中庭の噴水の一部まで衝撃が走っている。水に落ちたはずのレグルスに濡れた形跡は全く無い。

 

「スバル、僕はあんまり長くここにいられない。アテにしすぎるのはやめてほしい」

 

「クッソ……夜だからな…仕方ねぇ…」

 

パックは氷柱を生み出し、レグルスに投げつける。しかし、どれも効果はない。どれもこれも割れるように砕け、地に落ち、マナに還っていく。

 

「だからさぁ、学習しない奴らだなぁ!!ボクに勝てるわけないって分かれよ!!!想像力のないやつって相手の立場で考えるってことをしないよね!!」

 

氷柱の雨霰の中、レグルスは何事もないかのようにこちらに近づいてくる。

 

「で、ようやく分かってくれたかなぁ?キミたちじゃ、ボクには勝てないってさぁ!!」

 

こちらに打つ手は無い。ただ一つを除いては。

 

(耐えてくれよ、オレ!)

 

スバルは漆黒の魔手を解放し、その矛先をレグルスの体の中心、心臓に突き刺した。

 

「!!!」

 

スバルに一筋の閃光が走る。それとともにスバルの体が上げ続けた悲鳴は極点に達し、スバルの意識は遠く消え去った。

 

 




次回 #6 ずっとそこにいたんですね
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