ゼロカラミダレルイセカイセイカツ   作:らら、

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らら、と申します。


#7 『聖域』

「『聖域』って何なんだ?」

 

道中、スバルがフレデリカに聞いた。

 

「『聖域』とは私たちのような『亜人』たちの暮らす隠れ里ですわ。そして、魔女の墓場でもありますわ」

 

「魔女の墓場………」

 

ロズワールに話を聞いてからスバルはロズワールが会わせたがっている『何か』についてずっと考えていた。そこに出てきた『魔女の墓場』という言葉。その言葉にスバルは反応せざるを得ない。喉から手の出るほどに欲するものがそこにある。

 

フレデリカの持っていた青い輝石は緑の魔晶石の代わりに今はエミリアの首に下げられている。

 

 

「もう少しで『聖域』に入りますわ。ご注意を」

 

警告と共にエミリアにかけられた青い輝石が眩い光を放つ。光が竜車を包み、スバルとエミリアの意識を奪う。

 

 

△▼△▼△▼

 

 

「ここは………」

 

時間も忘れるような森林の真っ只中。スバルはそこで目が覚めた。

声を上げることもせずスバルは辺りを舐め回すように見つめる。そこに映り込む白装束に桃色の長髪。

 

「………」

 

「待て!!」

 

スバルの呼びかけに答えることもなく、どこかに走り去っていく。

追いかけるスバルの眼に古びた遺跡が映り込む。壁を頼りに奥に進むスバルの脳に声が響く。

 

 

 

 

『なるほど……それがキミの欲の根幹か』

 

 

 

 

視界が歪み、ありえない碧空が辺りを覆う。

 

「どうなってんだ………?」

 

「当然の疑問だね。キミは今目に映っている光景を不思議に思うだろう。」

 

「お前は………」

 

「初めましてだね。魔女の茶会にようこそ。ボクは『エキドナ』。『強欲の魔女』、そういった方が聞きなじみがあるかな?」

 

「『強欲の魔女』…!!」

 

雪のように白い髪に黒の衣装。自らを強欲の魔女と呼ぶ女性はそう自己紹介をした。

言の葉を発したスバルの眼が爛々と輝く。

 

これが、これこそがスバルが求め、ロズワールの示した道標。スバルはそう直観する。

スバルは一直線にエキドナに歩み寄る。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……ボクは『強欲の魔女』なんだよ?!ちょっとくらいその…たじろぎとかそういうのがあってもいいと思うんだけど………。先ずは座って、お茶でもどうかな?」

 

藤色のパラソルの下、アフタヌーンティーを満喫するように腰を据えている。………表情を除けば

 

「表情に対して体勢が落ち着きすぎだろ、お前」

 

「今までもこの茶会に招かれた者はいたよ?でも、その者達はもうちょっと遠慮気味というか敬う姿勢があったというか………」

 

ついに体勢からも照れが見え始めた。本当にこいつが『強欲の魔女』なのか一抹の不安が過る。

大人しく席に着きティーカップを持ち上げ口にする。

 

「うまくもまずくもねぇ……なんだ?これ?」

 

「この空間で生成されたものさ。言ってみれば、ボクの体液だ」

 

「………はぁ?!なんてもん飲ませてんだ、てめぇ!!!」

 

「見てくれは悪くないと思うんだけどね。これでも一人の乙女なんだ。そこのところを考慮して欲しいな」

 

「オレにそんな性癖はねぇよ!!他をあたってくれ!」

 

エキドナの余裕は崩れない。

 

「それにしても………やはりキミは異常だね」

 

「は?どこが」

 

「こうしてキミが無事にいること自体だよ。面白いことにね、ボクを前にした人はみんな吐くんだよ」

 

「何も面白かねぇよ?!」

 

何処かあどけない雰囲気を残すエキドナはそう言って笑いの言の葉を紡ぐ。

 

「やはりキミは面白い。ボクはキミをもっと知りたい。観察したい。検証したい。ボクから溢れる知識欲がキミを求めて疼くんだ。キミに『試練』に挑む資格を」

 

「『試練』?」

 

「………詳しい話をする時間はなさそうだね」

 

スバルは胸に苦しさを覚える。

 

エキドナがスバルの胸を軽く押す。嘘のようにスバルの体がゆったりと浮かび、生じた亀裂にスバルが飲み込まれる。

 

 

△▼△▼△▼

 

 

「う………」

 

「目を覚ましましたか、スバル様」

 

「ここは………」

 

「魔女の墓場の前ですわ。もう『聖域』の内側でございます」

 

「…!エミリアは?!」

 

「みな、無事でございます」

 

「そうか………」

 

 

スバルは魔女の墓場に見入る。何かがあったそんな気がしてならないのだ。

 

 

 

「なんだァ?ここによそ者が来るッてのは、どういうッことだァ?」

 

聞いただけでわかるほどにヤンキー感あふれる口調で何者かがスバルに迫る。

 

「安心しろォ、殺しゃァしねぇ。お荷物そのままァ、お外にお帰り願おうッてんだ!」

 

「およしなさい!ガーフィール!!」

 

フレデリカがスバルの前に立ちふさがる。

 

「あぁァ?誰だてめッて………姉ちゃ……姉貴かァ?!!」

 

「久しぶりね、ガーフィール。」

 

「………なんの用だ……『ここ』を捨てたッ姉貴が………ここになんッの用があるってんだよォ!!」

 

大地に向けて振り下ろした拳を起点に大地がめくれ上がる。………ことは無かった。

 

「なんッだとォ………」

 

地に触れるガーフィールの足が手が即座に氷で覆われる。

 

スバルの後ろに控えるエミリアの魔法である。

 

「絶対に旦那様を傷つけさせない」

 

エミリア、否『79番』は瞳に光を宿すことなくそう告げる。

溢れ出す冷気が次第に辺りに霜柱を生み出してゆく。

 

 

 

「よくやってくれたね、『79番』」

 

スバルの一声で『79番』は一応の平静を取り戻す。

 

「次に手を出したら、手と足だけじゃ足りないぞ」

 

スバルは冷徹にそう告げる。笑みを浮かべずにスバルに寄り添いエミリアがガーフィールを見下ろす。

 

「っ………!」

 

「何もしなければ危害は加えない」

 

スバルはそう言い残して遺跡改め魔女の墓場へと接近する。

 

 

スバルの求めるものはこの先にある。

 

「フレデリカ、『試練』について何か知っているか」

 

「そのことは儂の方から話そうかのぅ」

 

そう言って姿を現したのは先ほど見かけた少女である。ただ装束は真反対の黒を基調としたものに変わっている。

 

「……儂はリューズ・メイエル。一応、『聖域』の代表をやっとるものじゃ。『試練』について知りたいのじゃな?」

 

「あぁ、そうだ。」

 

「『試練』に挑むことができるのは夜に限られておる。そして残念じゃが、恐らくお主は『試練』に挑むことすら叶わぬ」

 

「は?それはどういう」

 

「『試練』に挑む資格があるものは混血の『亜人』に限られる。そこの『ハーフエルフ』のお方なら、この『試練』に挑めようて」

 

リューズが指すのは無論エミリアのことだ。

エミリアならば『試練』に挑む資格がある。それが分かっただけでも十分な収穫である。

 

「そして、資格のないものはそもそも墓場へと立ち入れぬ。あそこには瘴気が溢れておるのでな。気を付けることじゃ」

 

「分かった。ありがとよ、リューズさん」

 

 

△▼△▼△▼

 

 

スバルはエミリアを連れ添って魔女の墓場へと赴いた。話ではスバルは『試練』を受けることすら敵わない。他人にしかも今のエミリアに任せるのは不安で仕方ないが致し方ない。

 

当のエミリアはスバルに張り付いてちっとも離れようとしない。スバル以外には熱烈なカップルのように見えていることだろう。実際は狂気的な依存の彼女を連れる一人の男である。そんな醜く歪んだ関係であることなど知られなくていい。

 

 

魔女の墓場に近付くと墓場が青白く発光する。わかりやすいことこの上ない。

 

スバルは墓場に入れない。なのでギリギリまで連れ添い『79番』に命令するという形を取る。

 

 

 

このような選択を取るたびにスバルの心は擦り切れてゆく。エミリアに憎きクソ野郎と同じ様に接しなければならない。屈辱的で、冒涜的な扱いである。

 

 

 

階段を登り、『79番』に命令する。「先に進め」と。

 

「はい…」

 

スバルの否、『強欲』からの命令に『79番』は怖いほど大人しい。

 

 

吐き気がする。

 

エミリアをこうした『強欲』に、それでしかエミリアを扱えない自分に吐き気がする。

 

 

「ーーーーーーっ!!!」

 

墓所の光が消え、奥から言葉にならない悲鳴が聞こえたのにそう時間はかからなかった。

 

「エミリアっ!!!」

 

想い人の為、スバルの足が墓所へと踏み入る。弾かれるはずのスバルの体を淡い青が照らし、階段にスバルの影が伸びる。

 

扉を開けた先、倒れ伏すエミリアがそこにいる。

 

「エミリア!!」

 

 

 

『まずは己の過去と向き合え』

どこからともなく響く声がスバルの視界に暗闇を与えた

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

体を包む暖かい感覚にふんわりと体を包むようなマットレス。異世界では味わえない感覚。

覚醒したスバルの目に懐かしい天井が映し出される。

 

『菜月家』

紛れもないスバルの家である。長らく目にしていない…ように感じるフィギュア、マンガを始めとしたコレクションの数々。あまりの多忙に忘れそうになるが、コンビニ帰りにこの世界に突然飛ばされ一ヶ月も経っていない。

 

「グッッッッッモーーーーーーニング、息子ォ!!」

 

「ゴフッ!!!」

 

寝起き目掛けてスキンシップ、と称しプロレス技を仕掛けてくるのはスバルの実の父親である。

 

不登校になってからも地味に続けていた筋トレには多分なり血が関係していると思う。

 

 

寝起き早々軽口を叩きながらプロレス技を掛け合うという光景が意味の分からないものであるということは実の母親が証明してくれる。

眠気混じりの声を出しながら朝食を催促している。

 

ある日突然失った懐かしいやりとりである。それはまさしく夢のようであった。

 

『己の過去と向き合え』

 

恐らく自らの過ちに強制的に向き合わされるということだろう。

スバルは過ちから目を反らし続け、振り返れば歩んできた道は渡りようの無い崖の向こう側にあった。

 

 

 

 

スバルは自然と心を割る。所謂善の道、真っ当な道をゆくスバルを主人格に据える。

 

 

 

 

 

結果、スバルの足取りは自然と学校へ向かう。

 

 

「学校へ行く」と言ったとき、両親は目を丸くしはしたが、何も言わず送り出してくれた。久し振りに入った教室で待っていたのは見覚えのある顔の白髪の女性である。

 

 

「ふふふ……実に面白い選択だ」

 

ニンマリと悪趣味な笑みを浮かべ『強欲の魔女』が声を発する。

 

「それは合格ってことで良いのか?」

 

「あぁ。そう捉えて貰って構わないさ。さて、『試練』は後二つ。全て合格できたなら、キミに話したいことがあるんだ。キミにとっても、悪くない話だと思う」

 

「それを餌に頑張れってか?」

「随分ストレートに言ってくれるな、キミは。まぁ、大筋は合っているよ」

 

妖艶を浮かべ魔女がかき消え、元の石造りが目に入る。

 

 

「オレにも資格があったってことかよ……っ!エミリア!!」

 

すぐ横で倒れ、息を吸う間も無いほどに細かく息を吐き続けている。

 

「エミリア!エミリア!!」

 

スバルの声はエミリアに届かない。スバルの腕の中で息を切らすエミリアは一向に目を覚まさない。  

 

「『79番』!」

 

一向に開かれなかった紫紺の瞳が開かれ、スバルの体にエミリアの細い腕が回される。無表情を貫こうとする顔に涙の跡が描かれる。

 

「旦那様……」

 

安心の声で『79番』が囁く。

 

あぁ、気持ちが悪い。反吐が出る。

 

 

眠りについたエミリアをその場におき、スバルは先に続く扉を開ける。

 

『ありうべからざる今を見よ』

 

再び聞こえた声がスバルの意識を奪い去る。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

「一体なんなんですか!!貴方は!!!!」

喉に短剣の突き刺さったスバルを黒スーツのオットーが殴りつける。

 

 

 

 

『ありうべからざる今を見よ』

 

「あァ…脳が、震える」

殺戮の跡地、『怠惰』は呟く。

 

 

 

 

『ありうべからざる今を見よ』

 

「スバルくん……どうして…こんなこと………」

空き地で死に絶えたスバルの頬にレムの手が添えられる。

 

 

 

 

 

『ありうべからざる今を見よ』

 

「これも一つの愛なのかもしれないわねえ」

間延びした声の主が喰い荒らされたスバルの体を見つめている

 

 

 

 

『ありうべからざる今を見よ』

 

「彼は既に限界でした。彼も死を望んでいたでしょう。」

モーニングスターを持ち、薄青と薄紅の二人が話している。

 

 

 

 

『ありうべからざる今を見よ』

 

「これも福音書の通りですか、ベアトリス様」

ラムの問いにベアトリスはただ涙を浮かべる。

 

 

 

 

『ありうべからざる今を見よ』

 

「呆気なかったわぁ」

月光の差し込む小屋の中、息をせず、ただ手を重ねる二人に曲刀が舞う。

 

 

 

どれもスバルが死んだ後の世界である。

 

「………『今』は『今』だ。」

 

何の感傷もなく、スバルの一人が呟いた。

 

 

 

「……キミは一体何人いるのかな?」

 

暗闇から『強欲の魔女』が現れる。

 

「さぁな、でも多分、何人もいると思う。過去を見て泣いた『オレ』も、狂った『オレ』も、何も思わなかった『オレ』も、多分いると思う。」

 

「『本当のキミ』は何処にいるんだい?」

 

「皆本物で皆偽物だよ。多分。オレもよく分かんないけど。」

 

「一つの事象に一人で様々な立場、性格からの意見が飛び交う。一研究者として、是非欲しいものだ」

 

「これ元はお前が持ってたはずなんだけど……」

 

軽口を最後に視界が戻る。スバルは淡々と次の扉を開ける。

 

 

 

『いずれきたる災厄に向き合え』

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

「笑え、俺。できなきゃ、死ね」

 

悲愴を包み隠すような声で『スバル』が自戒する。

 

 

 

「――俺を見ろ、エミリア。俺を見て、俺を憎んで、俺を刻み込め」

覚悟のついた声で『スバル』が叫ぶ。

 

 

 

「感謝してるぜ、ベアトリス。……なんであのとき、俺を殺してくれなかったんだよ」

泣き笑うような声で『スバル』がそっと語り掛ける。

 

 

「――なぁ、君は俺の名前を知ってるか?」

感慨のようなはたまた落胆のような声で「スバル」が呟く。

 

 

「お前は……お前は、英雄だよ。英雄にしか……なれない……ッ!」

怒りをこめて『スバル』が言の葉を吐き捨てる。

 

 

 

この未来視はいつ終わるのだろうか。絶望を垣間見ることで精神が崩壊するのはもう間に合っている。今が十分すぎるほどにそうなのだから。

 

 

 

「やはり最後の『試練』はつまらなかったね。なんとなく分かってはいたけど」

 

「これで終わりか?」

 

そうスバルは言い放つ。

 

「あぁ。これで『試練』は終わりだ。キミがあちらの世界に戻ればすぐにでも『聖域』は崩壊するだろう。その前に………ボクたちの本題に入ろうか」

 

見覚えのある茶会である。目の前の紅茶のような体液のことを今はよく覚えている。

 

「まずは『試練』を乗り越えたご褒美だ。キミがボクに聞きたいことは何かな?ボクはこの世のありとあらゆる知識を追い求める知識欲の化身『強欲の魔女』・エキドナだ。」

 

ならばと、スバルは口を開く。

 

「『暴食』の権能の対処法について知りたい」

 

スバルは単刀直入に切り出す。

 

「………わからない」

 

「はぁ?!!!ふざけるなよ、てめぇ!!!!」

 

丸いテーブルをバンッと叩き、スバルはエキドナに詰め寄る。

 

「わぁ!!もう、びっくりするじゃないか。そういう反応をされるとボクと言えども怖いんだけど」

 

「そんなことはどうでもいい!!!わからないってどういうことだ!!!!!」

 

「乙女の心の機微をどうでもいいと言うのか………ボクだって一人の女の子なんだ。悲しくなる」

 

「質問に答えろ!!」

 

「もう答えたじゃないか。わからない。これが答えだよ。前例がないからね。したがって明確な対処法も分からない。でも、何も手がない訳じゃない」

 

「なら!それでいい!教えてくれ!!エミリアを、レムを元に戻す方法を!!!」

 

「もっとも有効なのは『暴食』の大罪司教に直接問いただすことだ。しかし、これは不可能に近い。まず見つけ出すのが至難の業だ。接触できれば、キミならあらゆる手を使うだろうから可能かもしれないけどね」

 

『強欲の魔女』がいう通り、遭遇さえできればスバルはあらゆる手を行使するだろう。それがどんなに残酷なものだろうと『スバル』の手は止まらないだろう。

 

「でも、一つだけ可能性のあるものがある。」

 

 

「『龍の血』だ」

 

 

 

「あれであれば可能性はある」

「龍の血があれば………エミリアをレムを治せる………王位を手に入れれば………」

一人言葉を噛み締めるスバルに『強欲の魔女』が話を切り出す。

 

 

「ここからはボクの話したいことだ。ボクと………」

 

「聞きたいことは聞けた。ありがとよ。で、これどこから帰ればいい?」

 

 

「ちょ!ちょ、ちょっとくらい話を聞いてくれたっていいじゃないか!ボクはキミの質問に真摯に向き合ったじゃないか。次はそっちが誠意を………」

 

「興味ない」

 

「え~~~~?!?!?!?!?!?!?!?!」

 

素っ頓狂な声をあげ、エキドナががっくりと座り込む。

 

「キミにとってもいい話だと思うんだけどなぁ」

 

いじけた子供のようにエキドナが呟く。

 

「わかったよ。取り敢えず話は聞いてやる」

 

「本当かい?!ほら、席に着いてくれ!」

 

「そのお茶は要らない、その茶菓子もだ。どうせ碌でもねぇ」

 

甲斐甲斐しく世話を焼くエキドナをKOし、スバルは席に着く。

 

「で、話ってのは?」

 

「コホン、ボクと契約しないか?ナツキ・スバル」

 

 

 

 

「お前と契約したら、どうなる」

 

「興味が出てきたようで安心したよ。契約してくれたなら、キミがどうしようもなく困り果て、一人の知恵に限界を感じた時、ボクはキミを手助けしよう。それがどんな悩みであっても大抵のことにボクは答えることができるだろう。キミが何かをする時、ボクは進んでキミの共犯者となろう。誰かの言葉が欲しければボクはキミの欲する言葉を返せるよう努力しよう。キミが罪を感じ、押しつぶされそうなとき、一緒にはねのけてあげよう。」

 

顔の前で組んだ手にもたれかかり、はにかむようにエキドナは続ける。

 

「そんな契約を交わさないだろうか。ボクはキミのすべてを知っている。キミを根本から理解できるのはボクだけだと思うな」

 

「全て?」

 

「そう。全てさ。キミが幾度となく死に、やり直していることもね」

 

閉じ込めていなければいけないと思っていた感情が一本ずつ丁寧に丁寧に解かれてゆく。そんな安心感が今の告白にあった。

間違いなく有用で価値のある提案だとスバルは思う。それはロズワールの肯定でもあってしまうのが口惜しいが。

 

仮に『暴食』と接触できた場合を考える。現状の貧弱なスバルで勝てる可能性は皆無だ。他の手を借り、捕縛などが叶ったとして、何でもするという気概はあるが、当たり前の話、なんでもというのは思いつく範囲内である。不足している。その可能性は否定できない。

 

耽るようにスバルは作られた碧空に目を向ける。同じように作られた雲が空を漂い、テーブルを覆うパラソルの影に入る。

 

「結ぼう」

 

短く言ったその言葉に『強欲の魔女』は勢いよく食いつく。

 

「契約を結ぶ、ということでいいんだね?!!!」

 

勢いよく前のめりになったエキドナの顔が至近距離に迫る。

 

「お、おぅ。そ、そうだな………それで、契約ってのはどうすればいいんだ?」

 

「正式な契約だからね、まずボクとキミの間にパスを繋ごう。細かいところはボクがやるとして………取り敢えず、掌を重ねようか」

 

 

二人の手のひらが重なり合う、その瞬間。

 

彗星が落ちたような衝撃が辺りに迸った。

衝撃が辺りに迸り、落下地点に巨大なクレーターが形成される。

 

「その契約…待ったをかけるわ!!!」

 

義侠心に溢れたような声で金髪の女性が言い放つ。

 

「えぇっと…どちら様?」

 

「私は『憤怒の魔女』・ミネルヴァ!私、とっても怒ってるから!怒り狂ってるから!怒髪天を突く勢いなんだから!!!」

 

駄々っ子のようにミネルヴァが足元を踏み鳴らす。途端、地震でも置きたのかとか思うほどの揺れと轟音が辺りを襲った。

 

「怒ってるって、何にだ?」

 

「エキドナが契約を結ぼうとして、あなたにそれを受け入れようと思わせたこの世界に!!とんでもなく怒ってるんだから!!!大体!!エキドナはいいところだけを言って大事なところをちっとも言おうとしないじゃない!!!」

 

実際、エキドナは自身の理を話していない。契約と言うなら双方にメリットがあってこそ成り立つ。それがなければただの理解不能の善意であり、そんなことを提案するほどエキドナは気の置ける相手ではない。

 

「で、お前はどうしてこの契約を結ぼうと思ったんだ?」

 

「前にも言っただろう?ボクはありとあらゆる知識を蒐集したい。それに当たってキミの『死に戻り』は非常に興味深いものなんだ。あの時ああすれば、あの時ああしていれば。そんな叶わないたらればをキミは体験できる。ボクとキミとで出した空論を実践し、試行錯誤を繰り返す。そこで発生する過程も、結果も、影響も。全てがボクの知識欲を満たす大事なものなんだ。だからキミはこれまで通り好きなようにしてくれればいい。ボクはそこで発生する全ての事象を観測したい。ボクの力を欲するならばボクは喜んで知恵を貸そう。最後には必ずキミの望む世界に辿り着く。約束しよう。幸い知識量には自信があるんだ。悪い話ではないと思うな。」

 

 

両手を広げ、エキドナは語る。スバルの『権能』がいかに素晴らしいものであるのかを。『死』を繰り返すことであらゆる事象を打ち消し、無かったことにする。自身の後悔を『死』をもって塗り替える。そんな力の素晴らしさを。

 

 

「で、でも…エキドナちゃんは…大事な…こと、話して、ない、よ…?」

 

そう言うのは背中の中程まで伸びた桃色の髪に白い服を着た少女である。

 

「そちらは……」

 

「『色欲の魔女』カーミラ…だよ、。エキドナちゃん…大事なところ……話して、ないよ?」

 

「大事なところ?」

 

「最後にはってところさね。どれだけ時間が掛かってもって枕言葉が抜けてるさね」

 

寝転びながら長く濃い桃の髪を持つ巨人が親切にもスバルの疑問に答えた。

 

「ハァ…『怠惰の魔女』セクメトさね」

 

「そうなのか?エキドナ」

 

「否定はしないよ。キミの繰り返す試行の中で生まれる犠牲は許容する。無論、ボクがキミに死を強要することはしない。あくまで試行錯誤の中で生じた致し方ない犠牲の話さ。その上でボクとキミは最善に至るために共に思考する。ボクはそのつもりさ。」

 

微笑みに見えていたエキドナの笑みが黒く濁ってゆく。やはり彼女も立派な『魔女』なのだ。警戒すべき相手であるとスバルは認識を改める。

 

「それで、バルはどうするのだー?」

 

短い緑色の髪の幼女である。

 

「『傲慢の魔女』テュフォンだぞー!」

 

「ドナドナが何をしようとしてるのかは分かんないですけどぉ、満ち足りてるならいいんじゃないですかぁ?」

 

「強欲に憤怒に色欲に怠惰に傲慢ってことはお前が『暴食の魔女』だな?」

 

「そうですよぉ、『暴食の魔女』ダフネですよぉ」

 

間延びする口調から出てきた足つきの棺桶にスバルは理解が追いつかない。

 

「いきなり増えすぎだろ……頭がパンクしそうだ」

 

日の当たる野の上、仮想ではあるが、でスバルは座り込む。完全にキャパオーバーである。

 

エキドナの契約。

『船頭多くして船山に登る』という言葉がある。

採れる選択肢が多すぎるあまり、とんでもない結果を招く、といった意味の言葉である。魔女達が喚起したのはこのことであろう。下手をすれば今までが軽く見える程の『死』を繰り返すこととなる。そして恐らくはそうなるのだろう。

 

スバルは自分が常に最善を採れると驕っていない。

そんな存在が無限にも広がるような選択肢の中最適を選べるはずがないのだ。

 

スバルは立ち上がりエキドナと向き合う。

 

「さぁ、どうするんだい?ナツキ・スバル」

 

ニヤケの隠せていない顔を正面に捉える。

 

「契約しようぜ、エキドナ。いや、『強欲の魔女』!」

 

「バカ!!」

 

憤るミネルヴァが拳を振るう。

 

「バルの決めたこと、ジャマするな!!」

 

治癒の衝撃がテュフォンに阻まれる。

 

「たかが他人。何処に怒る要素があるさね」

 

ミネルヴァの体が地面に伏す。

 

「セクメト……!」

 

「ほ、ほんとに…い、いい…の?」

 

「あぁ、いい。それで解決するものがあるなら、オレはなんだって差し出してやる。」

 

 

突き出された掌と掌が重なりあう。

 

「これより、ボクはキミの協力者であり、共犯者だ。よろしくね、ナツキ・スバル」

 

「あぁ、使い潰してやるよ、エキドナ」

 

「ボクもキミに全てを差し出すよ。そういう契約だからね」

 

「さて、そろそろ現実に戻ったほうがいいんじゃないかな?ボクと話したい時はキミの首に掛かった魔晶石を使ってくれればいい」

 

その言葉を最後にスバルの意識が現実へと帰還する。

あまりのことに忘れそうになるがスバルにはまだすべきことがある。すなわち、聖域の解放である。

 

スバルは主人格を念入りに確認し、奥へと進む。

 

 

青色の光を放つ樹のようなマナの根元に寝転がる見慣れた黒のドレス。

 

「………誰だこのババア」

 

『失礼だなキミは。ここに葬られた時のボクだよ』

 

「って、この状態でも話せるの?これお前の声はどうなってんだ?」

 

『ボクの声は契約者のキミにしか聞こえていないよ』

 

「じゃあオレはさっきから独り言を言ってるヤベー奴になってるってことで合ってる?」

 

『そうだね。否定はしないよ』

 

 

 

「お前、話しかけてくるの禁止な」

 

『そんな寂しいこと言わないでおくれよ。ボクはキミに魅入られた一人の乙女なんだからさ』

 

「お前が魅入ってんのはオレじゃなくて『権能』だろ。紛らわしいこと言うんじゃねぇ」

 

『ちょっとした言葉の綾さ。それにボクはキミに興味がある。それは本当のことだ』

 

「で、これどうすんの?」

 

エキドナの指示に従い、装置を解除する。

 

「これでエミリアを連れて聖域を出れるんだな?」

 

『その認識で合っているよ』

 

「エミリア連れて、さっさと帰るとするか」

 

 

 

最初の扉まで戻り、石造りに寝転ぶエミリアを介抱する。

 

「う……」

 

静かにエミリアの瞳が開かれる。

 

「旦那様?」

 

「そうだよ、『79番』。キミの旦那様だ」

 

エミリアの安堵の表情を見届けた後、『強欲』のスバルを強制退去させ、墓場から立ち去ろうとするスバルとエミリア。

 

 

 

 

「オイ、テメェら……何してッくれやがった、あぁぁ?!!!」

 

「ガーフィール!!!」

 

「退いてろ、姉貴。次前に出てッきたらどうなっても知らねぇぞ。」

 

 

赤色の怒気を隠す気もなく纏い、亜人ガーフィールが立ち塞がる。

 

 

「答えろ!!!」

 

怒り狂うガーフィールにスバルは実に端的に言葉を紡ぐ。

 

「『聖域』の結界を解除した。それだけだ」

 

「…どうしてッ俺様達の『聖域』をぶっ壊しやがった?!!ここは……」

 

「そうしないとエミリアはここから外に出られない。ならその障壁をオレは排除する。ここがお前らにとってどんなものなのかなんて知らねぇ。ただオレにとって邪魔だった。それだけだ。恨むなら結界のことをオレに教えなかったロズワールの奴に言ってくれ。」

 

「ここは、俺様たちの…」

 

「知らねぇって言ってんだろうが。」

 

顔をしかめ、ガーフィールの首飾りが青く光り輝く。

 

「————ッ!!!!!!」

 

ガーフィールの体が黄金の体毛に覆われ、獰猛な猛虎が姿を現す。これが人と獣人の間に生を受けたガーフィールの姿。ワータイガーと化したガーフィールの巨体を前にスバルは毅然と前を向く。

 

これで通算9回目もう慣れた光景である。スバルもエミリアもフレデリカも今のガーフィールの前に立てば一撃のもとに肉塊と化す。

 

雄叫びを上げ、ガーフィールの爪牙がスバルに襲い掛かる。

 

「パック。」

 

 

ガーフィールの腕が分厚い氷に阻まれる。

 

「………スバル。これはキミの考えか?」

 

 

 

「………オレが決めた作戦だ。」

 

 

 

襲い来る爪牙にエミリアとパックが依り代とする緑色の結晶を盾の要領で突き出している。

 

「これはエキドナの発案だな?」

 

「………」

 

スバルは何も答えない。

 

「スバル。ボクはキミを絶対に許さない。」

 

防いだ氷を起点にガーフィールの体が氷に覆われていく。

 

「ガーフィール!!」

 

「安心しなよ、フレデリカ。死ぬほどじゃない。そもそも彼には『地霊の加護』がある。そう簡単に死なないさ。」

 

愛らしい猫はどこへやら、そこにいるのは正真正銘の大精霊『パック』である。

 

「キミにこの子を託さないといけないなんて、自分の無力を呪うよ。」

 

冷めた悪態を残し、パックは魔晶石へと引っ込んだ。

 

『託されてしまったね、ナツキ・スバル。』

 

「元々、死なせるつもりなんてない。」

 

『その割にこの作戦を採用するんだね。キミは本当に面白い観察対象だよ』

 

エキドナの言葉にスバルは言葉を詰まらせる。エミリアを盾にしようと発案したのは『スバル』である。エキドナの無限に思える可能性を踏まえ、『スバル』達は話し合う。その結果導き出されたのがこの答えである。この作戦に反対する「スバル」もいたが、この手の議論は無情にも多数決である。『スバル』はスバルに負けたのだ。

 

「フレデリカは………どうする?」

 

「………ガーフィールの面倒を見てもよろしいでしょうか」

 

「あぁ、見てやってくれ、頼む」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

スバルとエミリアはフレデリカの操縦する竜車で屋敷へと戻る。

スバルとしては姉弟仲良くしてほしいところだが、当人たちの仲はより亀裂が入ってしまったように思う。その元凶にはそのことについて場を設ける権利もないだろうが。

 

もたれかかる銀色の髪に魅入りたいところだが一人の『スバル』の罪悪感が邪魔をする。

「スバル様!あちらを!!」

突然、御者窓が開かれ、フレデリカが血相を変えた顔で呼びかける。

 

見慣れた屋敷から黒煙が立ち昇っている。

 




次回 #8 この子は
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