トリニティへの用事へ出かけることになったマコト。
シャーレによる大規模軍事行動が増えた今、トリニティだけではなく雑務になりかねない事件をスマートに解決するべく各学園の治安維持組織にライセンスを与えた上で上級・下級の警備を制定した上で犯罪者の捕縛などを行おうという決め事がなされた。
その細かい話し合いをするべく、わざわざ足を運んだ次第である。
「……暑いな」
「本当だよ〜!」
で、その貴賓と呼ぶべきマコトは何をしているか。
「ノリで参加してみましたが、暑くてかないませんね」
「なんでノリで参加したんだ」
今いるのは、マコトと、ミカと、近くを通り過ぎた際に面白い光景だと近寄った結果付き合うことになったマルクト。
草むしりである。
「てかなんで二人とも私の手伝いしてるわけ?」
「いや知らんが」
「面白そうだったので」
「しらないってなに!?」
でも手伝ってもらっている以上は文句は言えないからと、素直に感謝しているミカ。
外患誘致をやらかした少女が罰として草むしりだけで済んでいるのは、トリニティ特有の陰湿ないじめの対象になることを含めてのことだろう。法的処断の方が温情であるという国や自治区というのは権力者や金銭による特例の横行で衰退を招くだけだが、それを理解できなかったのは貴族という”何も保証できないもの”に執着する学園らしい。
この制度を政治家として唾棄しているのがマコトだが、それでも犯罪者の手伝いをするという特異な判断は一見意味不明でもあった。
「本当は何か目的があったはずなんだが、その目的も草むしりしてて忘れてしまった。まあ、いいんじゃないか。今日くらいは罵詈雑言が飛んでこない園芸気分で楽しめるぞ」
「いいではないですか。いや、よくはないですね。明日からはまた暗い気持ちでやるのはあまりいいものではないでしょう」
戯言を言いながら、作業は着実に進んでいる。
「We like ever green. Forever happiness, we make a dream.We like ever green. Forever happiness, we make a dream...」
マルクトが歌い出したことで尚の事意味がわからなくなっているが、そのおかげで少し思い出したマコト。周りを歩いていた生徒たちは、彼女達を避けたりしている。目に嘲笑はなく、畏れが見えていた。
マコトが草むしりしていたのは、トリニティをトリニティとして接するためのアピールだ。パテルとも関わっている、しかもいい感じに関わることで対外アピールを完璧にしようとする算段。
トリニティの貴族達も、自分たちの内政が弱体化していたことをずっと引きずっているのがあの一件でキヴォトスに知れ渡っていた。それでも見てくれだけは良かったので亀裂が致命傷になっていないだけで、政治という一点においては亀裂そのものが”連合王国らしい弱点”であることも理解している。
その状態で外様を馬鹿にすることは自分の無知を知らしめて他の貴族に馬鹿にされるという弱点を抱えていることを貴族が知らないはずもないので、そう言った人間を炙り出して亀裂を広げて政治的優位に立つことも視野に入れていた。
なお、それはそれとして三人目のことは誰一人として分かっていない。
彼女がデカグラマトンという何かの器であったことも、それがミレニアムの戦争能力や成果の象徴であることも、そもそも彼女がマルクトという名前であることも知らないのだ。特異な見た目なのはそうなので聞きたくもなりそうなものだが、もう全てがどうでも良くなってきたミカも、法律によって善悪を決めるを徹底しすぎたせいで見た目程度では何も感じないマコトも素性を聞く気も起きるはずがなかった。
「あ、この袋満杯になりましたよ。他の袋はありますか」
「ううん、ないよ。ここで最後だから一緒にやってよ」
「ええ」
マルクト自身は本当に興味本位で人の草むしりに興味を持ってやってるにすぎないのだし、それを恐れる人間は自分の輪郭が物的な価値を並べることで認識するなり自認するなりしている、謂わば”永遠に接触”する自己しかないやつだ。自分が並べたものを壊せば、そのまま己が壊れるという脆弱性が生む危うさに過敏にならざるを得ない。
この三人はそれに程遠い存在だった。
「あ、こっちも終わったぞ」
「じゃ手伝って」
「喜んで」
言葉こそ多くはないが、何をするべきか、したいかは自ずと分かっていた。
そうなれる人間には当然自己がある。物で線引きできないけどある、という空気のように確固とした自己が。それを持っている者は、何をしていてもそう簡単に変わらない。
「ここは少し多いですね、ここからここまでは私が担当します」
「真ん中は私がしよっかな」
「必然的にここか」
最後の草むしりをする三人だが、別に話もせずに進める。
手袋があっても少し痛むのが雑草の鋭さであり、血は出さないが掻くがために赤くなりやすい。
「毎日これするのすごいな。暑い時は相当困るんじゃないか」
「もう慣れたよ。しかも、実は最近はそこまで草むしりしてるわけじゃないんだ。反省よりも実務が増えたりしてね、それでも何もない時や仕事を奪われた時はこれやらされてる」
「仕事を奪われる、とは?」
「ちょっとした見栄だよ。貴族の政治にはつきものなんだ」
それでもあまり温厚な態度を崩さないミカに、二人は余裕を見つけている。
そもそもが友人にアクションを取れる立場が必要だったのかも知れず、逆を言えばやりたいことに立場がさほどの価値を持たなければ捨てるつもりでもあったように思えるのは先の一件が権力の肥大化による暴走に見えないのも大きかったかも知れない。
「貴族は永遠に証明し続けないといけないんだ。昔、才能を定性的に証明できるのは才能を受け継ぐことが直感的に分かりやすい"血液"だけだったから。そのルールに縛られ続ける限りは、今の自分関係なくある程度のラインをやり続けないといけない。神様を欲するのも、きっとそうなんだろうね」
自分の地位と有用性という”不変”と、その証明のために改革を続けなければいけない"激動"が人の心を磨耗したから、自分の思い通りに行くという不思議な力を騙り信奉する必要があった。それが神様なのかも知れないと、色濃い宗教観の残るトリニティ生徒らしいことを口にするミカ。
マルクトは思うところがあったものの、お首にも出さないままに草むしりを続けた。マコトも、かつてナギサに口説くように言った同じことを、思い返している。
さて、そんなものに思考を取られて黙ったまま経ったが30分。
「終わりましたよ」
「終わったぞ」
「おっ!みんなやるじゃん!」
十袋ぐらいになった雑草の袋をまとめてから、集まる。
「二人ともありがとう!これで今日はたっぷり自由時間ができるね!」
「ええ、好きなことに使ってください」
「これでは暇つぶしにもならなかったな。くそっ、時間が余ってる」
名残惜しそうにするマコト。
わざとらしさは感じないのでミカは苦笑いで済ませているが、マルクトの方は違う。
「あ」
短い声を出して、彼女はある提案をする。
「折角なら、お礼に一つお頼みしても?皆さんと一緒に写真を撮りたいです」
「いいじゃんいいじゃん!」
「ああ、えっと?」
「私これでも色々なところを旅していまして、皆さんとの思い出を残したいと思い」
少しだけ微笑む彼女を見て、深く帽子をかぶってからやれやれとした表情をするが悪い気はしないらしい。
「分かった、このマコト様が提案に乗ってやろう」
そう言って、近寄った。
ミカがマルクトの左でピースサインを突き出し、マコトは左でカッコつけている。
「では、写真を撮りましょう。はい______」
「チーズっ!」
シャーレには、この時の一枚が送られてきたという。