ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て   作:nocomimi

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火吹き山へ

「起きろ」

 

リゴールの声でフロウは目を覚ました。顔を上げると周囲はまだ暗い。焚火の火が消えかけている。アルギレウスとギルモも身を起こして身支度していた。

 

自分は見張り中に寝坊したのだろうか?一瞬頭にその考えが浮かび、フロウはパニックになって飛び起きた。

 

「今日は早めに出る」

 

アルギレウスが装備ベルトを締め直しながら言った。

 

「道が険しいからな。尾根に出るまでに数時間かかる。日没には次に野宿できる場所まで辿り着きたい」

 

フロウはホッと安堵した。リゴールの「鼻と耳を削ぎ落してやる」という脅し文句が心に蘇る。今では本気ではないとはわかっていたが、それでも仲間への責任を果たせない自分ではいたくなかったからだ。

 

フロウも身支度を整える。ギルモが焚火を消し、荷物の袋を背負う。白みかける前の空に天望の神殿の巨大なファサードが浮かぶ。

 

気温はまだ低い。焚火から離れると肌寒く、少年はやや震えて自分の両肩を抱いた。だが大人たち三人が歩き始めたので慌ててついていった。

 

先頭に立つアルギレウスは、天望の神殿の西側の崖に向けて歩いている。道など全くない場所だ。

 

「どこへ行くんですか?」

 

最後尾からフロウが声を掛けると、アルギレウスが首だけ振り向いて答えた。

 

「崖を登る」

 

崖を登る?フロウは当惑した。

 

そもそも、こんな場所に人が行き来できるような経路があるなど、地元で育ったフロウも聞いたことがなかった。だがアルギレウスは迷うことなく歩を進めると、崖の手前に立った。

 

「まだ暗いぜ。俺らはともかくガキが大丈夫かだな」

 

リゴールが呟く。アルギレウスは少し考えていたが、口を開いた。

 

「よし。フロウ、先に行け。その後ろから私が指示する。その次がギルモ。最後尾はリゴールだ」

 

「マジか?」

 

リゴールがうんざりした声を出した。

 

「ガキはともかく木こりは大人だぜ。何で俺が助けなきゃならねえんだ?」

 

アルギレウスは微笑むと言った。

 

「君は助けるさ。この段階に至って見捨てはしない。だろ?」

 

それを聞いたリゴールは驚きを顔に浮かべた。だがそれが諦念になり、やがて苦笑になった。

 

「ああ...まったくムカッ腹が立つぜ。こんなとこで王子さんの道徳講座を聞かされるとはな」

 

フロウは気になってきたことを尋ねた。

 

「あの...リゴールさん」

 

「なんだガキ?」

 

「アルギレウスさんって...やっぱり偉い人なんですか?」

 

リゴールが口を開こうとするとアルギレウス本人が手を上げて制した。

 

「行こう。時間は限られている」

 

アルギレウスはフロウに手招きした。そして手と足を掛けて登るべきポイントを指し示し、登っていく少年に手を添えた。

 

数メートル登ってみると、ゴツゴツした岩壁には出っ張りが多く、思いのほか進みやすい。だが眼下を見ると途端に足がすくむ。夜がまだ明けきっていないのは僥倖だった。

 

「いいぞ。三つのポイントを常に確保しろ」

 

剣士の指示に従って一つひとつのポイントに手をかけ、足をかける。剣士はフロウをよく観察していた。少年の息が上がってきたところで少し休息を告げ、再び登らせる。

 

「おいデブ。ノロノロすんな。ガキに置いていかれるぞ」

 

下のほうからはリゴールが罵る声と、ギルモがぶつくさ言う声が聞こえる。それを聞いたフロウは思わず笑いそうになったが堪えた。

 

やがて十分ほども登ると、狭い岩棚に出た。その上に四人が身を寄せ合って休憩すると一行は再び登攀を開始した。

 

慣れてくると登るのが楽しいと思えてくる。ふと横を見ると、太陽が昇ってくるのが見えた。空が濃い群青色に転じている。鳥の鳴き声がそこここで聞こえてくる。

 

少し夜明けの空に見入っていると、心を読んだかのごとくアルギレウスが声を掛けてきた。

 

「景色を楽しむのは悪くないが、足を滑らせるなよ」

 

「は..はい」

 

フロウは慌てて登攀に集中した。だが下からまたリゴールの罵声が聞こえてくる。

 

「ッたく要領悪ぃな。木こりは木登りに慣れてんじゃねえのか?」

 

ギルモの声も聞こえた。

 

「木と岩は違うっぺ。木は柔らかいし、もともと登れるように神さんが造ったっぺよ」

 

「なんでも神さん神さんって神さんのせいにすんな。んなの思考停止だろ。神がいるなんて本気で信じる奴の気が知れねえぜ」

 

「狩人、おめは信心を持たないっぺか!」

 

驚いたように木こりが声を上げた。

 

「持つわけねえだろ。神なんてのがいたら何でこんなヒデエ世の中なんだよ」

 

「罰当たりなことを言うでねえ。悪いのは神さんでねえ。人の心だっぺよ」

 

するとアルギレウスが下に声をかけた。

 

「おい、神学議論は尾根についてからにしてくれないか」

 

二人は再び黙って登攀し始めた。会話を聞いていたフロウは思わず微笑ましくなりクスクスと笑ってしまった。

 

「悪くない。余裕が出てきたな。だが噴き出して転落するなよ」

 

アルギレウスが言う。フロウは頷いた。夜はすっかり明けた。美しい陽光が射し込む中、顔を上げると岩壁の頂上が近づいてきているのが見えた。

 

「まだいけるか?」

 

「行けます!」

 

フロウは勇んで登り続けた。最初は痛かった手だが、岩をどうつかめばいいのかが分かってくるにつれ気にならなくなってきた。

 

やがて一行はとうとう岩壁の頂上に出た。遠くまで見渡せる。ふと眼下を見下ろすと、フィローネの大木がはるか南に立っているのが見える。だが距離のせいか小さい。

 

「よし、ここからは尾根だ。できるだけ早く進もう」

 

アルギレウスは言った。フロウは大木に別れの一瞥を送ると、三人に従って歩き始めた。

 

尾根の上には獣道のような未整備の道が通っている。木立がところどころ生えているが、見晴らしが極めて良い。少年は顔を上げて遠くを見ながら歩いた。道が少しづつ登り勾配になっているが、緩やかだから登っていて息が切れるほどではない。先ほどの登攀とは打って変わった快適なハイキングだ。

 

だが、しばらくするとフロウは耳の中に違和感を覚えた。首を傾げながら耳をいじっていると、ギルモが声を掛けてきた。

 

「高い山に登ると耳の中の皮がひっくり返るだよ。唾を飲めば直るっぺ」

 

言われた通りに何度も唾を飲むとようやく違和感が消えた。再び景色を眺めながら歩く。

 

尾根道を登り切ると、目の前に広大な風景が広がった。

 

大地そのものがうねりながら続いているかのような雄大な山脈。その山脈の間から覗く遠くの地平線は薄い金色に染まっている。視線を上げると、陽光が雲の切れ間から差し込んでいる。

 

思わず立ち止まったフロウにアルギレウスが声を掛け、ある方向を指さした。

 

目を凝らすと、はるか遠くで赤黒い煙を上げる山が巨大な壁のようにそびえ立っている。

 

「オルディンの火吹き山だ」

 

「観光案内してる暇はねえだろ。行こうぜ」

 

リゴールが言う。一行は再び歩き始めた。だが尾根の最上部に来たせいか風が強い。アルギレウスは隊列の順番を変え、フロウの前後を狩人と木こりに挟ませた。自分は先頭に立ってやや急ぎ足で進む。

 

数時間歩き、尾根が広がった岩場に辿り着いたところで一行は休憩した。

 

水を飲み、食事をしている間、フロウは再び今朝の疑問が気になってきた。彼は剣士に声を掛けた。

 

「アルギレウスさん...」

 

「なんだ?」

 

「アルギレウスさんって....偉い人...なんですよね?」

 

「今頃気づいたのか?決まってるだろ。このお方をどなたと心得るんだ?」

 

リゴールが寝そべったまま口を挟んでくる。フロウの脳裏にあの謎めいた精霊の言葉が思い起こされた。狩人が時々ふざけて剣士のことを「王子さま」と呼ぶのも、冗談ではないのだろうか。

 

「まあ今はいいじゃないか」

 

「そういうわけに行かねえだろ。このガキにもちったあ礼儀ってものを知ってもらわねえと」

 

アルギレウスが苦笑いしたが、リゴールが言い張る。そこに木こりが割って入った。

 

「礼儀知らずのおめが言うことではねえっぺよ、狩人」

 

「フン。てめえに何がわかる。この俺さまはなあ、王子アルギレウス殿下の危ないところを何度も.....」

 

リゴールが言うのをフロウは聞き逃さなかった。

 

「やっぱり。アルギレウスさんって王子さまなんですね?」

 

だがそれを聞いた剣士は心底から嫌な顔をした。倦怠感、失望、悔恨、嫌悪。それらが入り混じった表情だった。

 

「その話はやめにしないか」

 

剣士は言うと、顔を上げて言葉を継いた。

 

「少なくともいまの私はいち剣士だ。それ以上でも以下でもない」

 

「わかるか?身分をやつして旅をする高貴な..........」

 

「やめろ!!」

 

リゴールがおどけて言うのをアルギレウスが大声で遮った。全員がびくりと肩を震わせるほど鋭く、抑えきれない怒気を含んだ声だった。

 

「すまない。だが...今はその話はしないでくれ」

 

アルギレウスは呟くように言った。フロウは困惑して彼を見つめた。すると剣士は立ち上がった。

 

「行こう」

 

一行は荷物を背負うと再び歩き始めた。陽光は高い。だが野宿できる場所までに日没までに辿り着かなければならないという事情はフロウにも理解できた。しかしそれ以上に、アルギレウスという人物の正体が気になる。そして何よりも、なぜ彼がそれを明かそうとしないのかが。

 

数時間の間、一行は殆ど喋らなかった。歩き続けているとやがて尾根は下り始め、陽光が傾く頃には広々とした岩棚に辿り着いた。そこここに生えた灌木のお陰で風もしのげそうだ。

 

「まだ明るいがこの辺りで宿営を張ろう」

 

アルギレウスが言う。フロウは周囲の灌木から薪と柴を集めた。ギルモと言えば、集落から集めてきた小麦粉を水と混ざ合わせパンを拵えている。焼きたてのパンなど数日間食べていない気がしたフロウは喜んだ。

 

食事をすると皆元気がつき、再び雑談をし始めた。

 

「とにかくガキ、お前は魔物の一匹くらい自分で相手できるようになれ。いつまでもいつまでもお前のお守りは俺は御免だ」

 

リゴールが手裏剣で歯の間を掃除しながら言う。フロウは黙って頷いた。言われていることはよく分かっていた。

 

「アルギレウスさん....」

 

少年は顔を上げた。

 

「あの....よかったら...剣術を教えてもらえませんか?」

 

それを聞いた剣士は顔を上げた。顎に手を当てて少し考えていたが、やがて彼は言った。

 

「いいだろう」

 

アルギレウスは立ち上がると、少年に指示した。

 

「頃合いの良い枝を何本か探してくるんだ。最初から真剣は無理があるからな」

 

フロウは顔を輝かせ、灌木の間を走り回ると、練習用にふさわしいと思われた太い枝を集めてきた。

 

「基本は両手持ちだ。右手を前、左手を後ろ。拳一つ分の間隔を開けろ。小指に力を入れるんだ」

 

言われた通りに構える。アルギレウスは縦斬りと横斬りと突きを少年に伝授すると、打ち合いの型を説明し始めた。

 

「右、左、右、左....そうだ。私の足さばきを見ろ。真似するんだ」

 

フロウは心の底からの楽しみを感じた。山に登り美しい景色を見て、腹いっぱい食事して、大人から何か新しいことを教わる。そんな経験は生まれて初めてのように思えたからだ。

 

「イテッ!」

 

アルギレウスの撃ち込みをフロウが受ける段になったとき、相手の剣先がフロウの指に当たった。少年は思わず木剣がわりの枝を取り落とした。

 

「すまん!」

 

剣士が焦った顔で言う。フロウは苦笑しながら手を抑えると言った。

 

「ひどいですよアルギレウスさん!」

 

「おいガキ!剣を失ったらどうするんだ?」

 

寝そべって見ていたリゴールが叫んだ。フロウは驚いて振り向いた。

 

「えっ...どうするって...」

 

「殺されて終わりか?違うよな。剣を失ったら.....」

 

「剣なしでも....戦う...ですか?」

 

フロウは答えた。リゴールがすかさず言う。

 

「その通りだ!行け!」

 

少年は困惑して剣士を見た。素手で勝てるわけがない。だがフロウは姿勢を低くすると、アルギレウスに向かって突進した。剣士は枝を手離すと苦笑いしながらそれを受け止めた。

 

フロウはそのとき、鬼に対して一度だけ通じた技を思い出した。相手の両脚に手を掛けて掬うようにしながら頭で押した。

 

「おお?」

 

アルギレウスは後ろに倒れた。ふざけてかかってくれているのを分かっていてもフロウは嬉しかった。

 

「おいおいアルギレウス!ガキに負けてどうすんだよ!」

 

リゴールが叫ぶ。アルギレウスは楽しそうに笑った。ふと見るとギルモまでもが声を上げて笑っている。

 

だが、ようやくのところで立ち上がったフロウは異変を感じた。日の暮れ行く西の空に、奇妙な黒い雲のようなものが浮かんでいる。それに気づいたリゴールも笑うのをやめ、上半身を起こした。

 

「おい....あれは何だ?」

 

西の空に浮かぶそれは雲にしては形が不自然で、風に流される様子もない。一点に留まり、ゆっくりと蠢いている。生き物のようだ。

 

フロウがよく目を凝らすと、それは雲ではなく無数の点が集まって形成された何かだった。

 

「雲....じゃ....ない....?」

 

フロウは呟いた。そして次の瞬間、その何かがどんどん近づいてきていることに気づいた。

 

「隠れろ!」

 

アルギレウスが言った。その時には黒い塊が恐ろしい速度で近づいてきていた。フロウは慌てて近くの岩陰に身を寄せた。リゴールはパンを放り出し、ギルモは急いで焚火に水をかけて消した。

 

全員が隠れ終わった直後に、その何かは近くにやってきた。

 

凄まじい数の蝙蝠の群れだ。鳴き声を立てながら一塊になって飛来してくる。まるで意志を持った生き物のようだ。その群れは頭上を偵察するように旋回すると、今度はフロウたちが踏破した尾根の方角に飛び去っていった。

 

黒い群れが尾根の向こうへ消えていくとリゴールが呟いた。

 

「いったい今のは何なんだ?」

 

ギルモは額の汗を拭うと岩陰から這い出した。

 

「ワシはあんな数の蝙蝠、見たことねぇべ。魔物の使いか?」

 

アルギレウスは岩陰から身を起こし、東の空を鋭く見つめながら言った。

 

「ただの蝙蝠ではない。影の眷属だ」

 

フロウは息を呑んだ。

 

「影……?」

 

アルギレウスは頷く。

 

「魔物の軍勢が動く前触れだ。『終焉の者』が動き始めたのかも知れん」

 

リゴールが顔をしかめた。

 

「おいおい、そりゃ聖典の読み過ぎだろ。『終焉の者』なんて実在さえ怪しいもんだ。見た奴は一人もいねえんだろ?」

 

だがアルギレウスは沈黙したまま動かない。フロウは尋ねた。

 

「あの...聖典....ってなんですか?」

 

「預言だ」

 

アルギレウスは振り向くと答えた。

 

「....終わりの時には『終焉の者』が地の割れ目から姿を現し、百万の魔族を連れて攻め上る...」

 

「あんたの教養は認めるがそいつばっかりは信じられねえな」

 

リゴールは肩をすくめた。

 

「だいいち、神が未来のことを前もって語るなんてことができるんなら、どうして世界がこんな有様になる前に防がねえんだ?理屈が通らねえ」

 

「神さんを責めるでねえ。全ては人の心が汚れているのがいけねんだっぺよ」

 

ギルモが窘める。だが狩人は言った。

 

「別に責めちゃいねえさ。実在もしねえ奴を責めることなんてできねえからな」

 

「神さんがいると信じねえのか?精霊さまに会ったばっかなのに、罰あたりにもほどがあるっぺ!」

 

二人が言い合うのをフロウは困惑して眺めるばかりだったが、アルギレウスは宿営の周囲を歩き回り始めた。

 

剣士は戻ってくると言った。

 

「宿営を移そう。ここは目立ち過ぎる」

 

一行は荷物をまとめると移動した。日が沈み暗くなるなか、岩棚から慎重に降り、木立ちに囲まれた谷川のほとりまで辿り着いた。

 

四人は改めて宿営を張った。ひんやりした地面に寝転がりながらフロウは思った。

 

アルギレウスは何者なのだろうか?あの蝙蝠の群れは一体なんなのだろうか?

 

『終焉の者』とは?

 

その名前を聞いたとき、何の知識もないフロウにも感じるものがあった。

 

恐ろしいほどの不吉さ。禍々しさ。そして猛々しい怒り。

 

フロウは身震いした。そしてその名前を忘れようと努めながら浅い眠りに入っていった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * 

 

翌朝、フロウが早朝の見張りを務めた後四人は宿営を畳んで出発した。

 

もはや岩場を過ぎ、道程のほとんどは平地となった。だが、道路は全く整備されていない。深い草むら、岩場、そして沼地を強引に進んでいく。

 

フロウは靴が泥まみれになってしまったのを見下ろして溜め息をついた。自分の持っているたった一そろいの靴だ。

 

「洗って乾かせばいいっぺ」

 

ギルモが言う。だが、草原に差し掛かると先頭に立ったアルギレウスがややペースを上げた。リゴールもまた追随する。ギルモとフロウは顔を上げると慌てて追いかけた。

 

「なしてオルディンに行くのにちゃんとした道がないんだっぺか?」

 

木こりが先頭の二人に近づくと声を掛けた。

 

「道はある。だが秘密にされているんだ」

 

「秘密?」

 

アルギレウスの答えにフロウは驚いた。

 

「ああ。人の行き来を制限するためにな。だがその秘密道路を通っていては時間がかかる」

 

「人の行き来を制限するって...どうしてですか?」

 

フロウが重ねて質問する。リゴールが振り向いて答えた。

 

「そりゃ決まってるだろ。人を生まれた場所に縛り付けるためさ」

 

少年はそれでも合点がいかない。狩人は言葉を継いだ。

 

「支配する側にしてみれば人が勝手に好きなところに移り住んだら制御不可能になる。都市部が膨らんで地方が過疎化する。こいつと違って学のねえ俺でもそれくらいは予測できらあな」

 

アルギレウスは何も言わずに足早に歩き続ける。リゴールは再び口を開いた。

 

「おいガキ。お前の歳で王国の三つの地方を全部見られるなんて有難いことだと思えよ。大人が一生かかってもできるかどうかわからねえんだからな」

 

「オルディンと...ラネール..ですよね」

 

フロウは言った。言葉の響きから想像することしかできないが、言われてみればフィローネから出たことのない自分にとっては未知の地方を見られるのは楽しみではあった。大人たちに置いていかれないよう足を運びながら少年は尋ねた。

 

「ラネールってどんな場所ですか?」

 

「資源の採石場として知られる。先端技術の中心地でもあるがな」

 

アルギレウスが久方ぶりに口を開いた。

 

「実はラネールは俺も行ったことがねえんだ」

 

リゴールが言った。

 

「大都会だぜ。王都さえ比べ物にならないってな。ガキ、お前腰を抜かすなよ」

 

「大都会....」

 

フロウは楽しみが心に広がってくるのを感じた。きっと見たこともないような店や食べ物や玩具が沢山あるのだろう。

 

「かなり進んだぞ」

 

アルギレウスが足を止めて指さした。顔を上げると、赤黒い煙を吐く山が前に見た時よりかなり近くなってきている。

 

輪郭が昨日よりもはっきりとしていて、まるでこちらを睨み返しているかのように迫っていた。

 

「急ぐぞ。火山の手前に、モグマ族の集落がある。まずはそこを目指す」

 

四人はひたすら平原を進んだ。身体の小さいフロウに合わせてくれているのだろうが、それでも急ぎ足だ。途中で短い昼休憩を取り、再び進み、そして日没前に宿営を張る。そして夜明けごろ宿営を畳み出発する。

 

やがて火山が手を伸ばせば届きそうに思えるほどの距離に見え始めた。頂上から噴き出る煙に時折混じる噴石さえも見える。

 

歩いているうちに、いつしかフロウは時間を置いて生じる地の振動を感じ始めた。

 

「地面が...揺れてる!」

 

「火山活動だ」

 

アルギレウスが振り向きながら言う。

 

「今日の日没には到着するぞ。もう少し頑張れ」

 

四人は急いだ。昼休憩もそこそこに先を急ぐ。だがやがて一行は岩の壁に先を阻まれた。

 

「進み方はわかるな?フロウ」

 

剣士が微笑む。フロウは力強く頷くと、岩壁の登り口を探した。今度はアルギレウスも口を出さないつもりのようだ。

 

フロウは手足をかける突端の見当をつけると、自信を持って登り始めた。アルギレウスが後ろに続く。リゴールとギルモも今度は口論をせずに追従してきた。

 

一時間ほど登攀すると、途中の岩場でアルギレウスが先頭となった。そこからさらに登ると、剣士は巨岩の割れ目に身を滑り込ませた。

 

「足場が悪いから気を付けろ」

 

剣士は器用に両手足を壁に突っ張って先に進む。フロウも続いた。リゴールは木こりの先に立ち、後ろを振り向きながら言い捨てた。

 

「先に行くぜ、木こり。痩せてからゆっくりついてきてもいいんだぜ」

 

「失敬な」

 

再び口論が始まる。やがて一行は巨岩の間を抜け、岩棚を降り始めた。だが、巨岩の向こう側に出た途端に異様な熱気が襲ってくる。フロウは不思議に思った。

 

一番下まで降り切ったフロウが荒い息をついていると、アルギレウスが言った。

 

「到着だ。ここが火吹き山の麓だ」

 

目を上げたフロウは思わず驚きに口をつぐんだ。

 

ゴツゴツした岩に囲まれた広場の先に通路が続いている。だが、その通路の左右はオレンジ色に輝く奇妙な川になっているのだ。その川の流れを目で辿っていくと、それは遠くから見えていた巨大な火吹き山の頂上まで行き着いていた。

 

「溶岩さ。岩が高温で溶けているんだ」

 

リゴールは言った。再び地の振動が襲ってきた。今度は強い。フロウは思わずしゃがみこんだ。

 

「地獄へようこそ...って感じだろ?」

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