ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て 作:nocomimi
「地獄へようこそ...って感じだろ?」
リゴールが言う。フロウは呆然としたままゆっくりと頷いた。
眼前に聳え立つ山の高さはどれくらいかも測り知れない。その頂上からは赤黒い噴煙が絶え間なく噴き出す。そして数十秒に一度は地面からの振動が襲う。
リゴールが言う「溶岩」というものが何なのか、フロウには未だに分からなかったが、恐ろしく危険なものであるということだけは想像がついた。振り返ると、ギルモも顔に脂汗を浮かべながら目の前の「川」を見ていた。
今立っている広場から伸びる通路は幅五メートルほどはあるから、転落する危険はなさそうだった。だがそれでも、岩が溶けてできた川などというものが近くにあると思うだけで背筋が寒くなる。周囲はむせ返るほど熱いのに。
「行くぞ」
アルギレウスが歩き始めた。道筋を正確に知っているのか、迷いがない。あとに続きながらも、フロウは広場を囲む岩壁の一角に高い木が立っているのを見つけた。珍しいと思い歩み寄ったが、近くで見ると完全に枯れている。そして、腐ることもできずに乾き切って岩のように硬化しているのだ。
「グズグズすんな」
先に進んだリゴールが声を掛けてきた。慌てて追いかけたが、少年はすぐに立ち止まった。
今度は道筋が二手に分かれている。だが、どちらも溶岩の川の上を通る飛び石になっているのだ。飛び石は直径二メートルほどの大きいものとはいえ、ただ浮いているだけのようだった。だがアルギレウスは既に右手に進む経路をとり、飛び石を渡り始めていた。
「こ...こんなところを渡るのけ?無理だっぺさよ」
ギルモが呟く。だがリゴールは返事もせずに飛び石を渡っていく。フロウがギルモの前に出ようとすると、木こりが言った。
「ええい、ワシも覚悟を決めたっぺよ。もし落ちたら....坊や。その時はしっかりやるっぺよ」
木こりはおっかなびっくり声を上げながら飛び石の間を渡っていく。アルギレウスは前方に目をやりながらも時折木こりの様子を振り返っていた。リゴールはこちらを見てニヤニヤ笑っている。
ギルモが渡り終えるとヘナヘナと座り込んだ。今度はフロウの番だ。
深呼吸すると、岩の縁に立った。下からの熱気が凄い。距離を測り、跳躍する。飛び石に着地すると、次に向かう。二つ目。そして対岸に。
向こう岸に辿り着くと、どこか誇らしげな気がした。だが少年がそれを味わう間も与えずアルギレウスと狩人は先に進む。
やがて通路は二つの細長い岩が互いにもたれ掛かってできたアーチを潜った。道は上り下りするが平坦だ。溶岩の川も見当たらない。
安心して歩いていると、アルギレウスとリゴールが立ち止まった。剣士が手を上げるので、ギルモも不思議そうな顔をして足を止めた。
追いついたフロウは皆の顔を見まわした。だがその瞬間、足元の地面がボコリと持ちあがり、中から何かが顔を出した。
フロウはビクっと震えると、慌てて腰の短剣を探った。
地面が持ち上がり出てくる者たち。紫色の肌をした、死霊のような鬼たち。それが真っ先に思い浮かんだからだ。
しかしリゴールは弓を構えることすらしていない。アルギレウスも同様だった。
フロウとギルモは不思議そうに二人の仲間を見やったあと、地面にもう一度視線を移した。
地面に穴が開き、中から犬が顔を出している。
フロウはホッとして短剣の柄から手を離した。犬が穴を掘っていたのだ。
少年は笑顔を浮かべると近寄った。犬を飼ったことはないが、いつも可愛らしいと思って誰かが散歩させているのにすれ違うたびに構いつけたものだ。
その瞬間だった。
「ヤイッ!てめえら何モンだ?」
犬が喋った。確かにしゃべったのだ。フロウは死ぬほど驚いて座り込んでしまった。
その犬と見られた生き物は両腕を伸ばして地面に手を突きながら土中から出てきた。肩幅がやたらと広く、腕の長さも大人の人間並みだ。
その生物は片腕を前に出し、肘を張ると続けた。
「俺たちの縄張りを荒そうってぇんなら承知しねえぞ。このテツオ様がギッタンギッタンにしてやるからな。え?」
その時、その生物の真横の地面が持ち上がり、同じような生き物が顔を出した。
「おいテツオ。こいつらあの赤い連中とは違うみたいだぜ」
フロウは訳も分からず二匹の生物の顔を見比べた。
「あ?なんだ、早く言えよ驚かせやがって」
相棒にそう言われ、最初に出てきた一匹がフロウの顔をまじまじと見ると慌てて言葉を継いだ。
「わりいわりい。少年、俺たちはな、最近訳の分かんねえ魔物がこの辺をウロチョロしてるもんだからよ。今度会ったら俺さまがボコボコにしてやろうと思ってここで待ってたんだ」
ようやく我に返ったフロウだったが、それでも驚きは消えなかった。これら二体の生物の頭部は完全に犬だ。長い口吻から覗く犬歯。短いが密生した毛。濡れた鼻先。それなのに身体の骨格は人間そっくりで、腰に付けた道具入れを吊り下げるためのストラップまで身に着けている。
「よく言うぜ。ビビってたくせによ」
テツオと呼ばれた個体の相棒が冷笑する。だが、当の本人は聞こえたのか聞こえなかったのか、フロウに向かって話し続けた。
「まっ..そんなわけだ。お前も宝探しするんならあの赤い連中に気を付けろよ、少年」
リゴールは一連の会話をニヤニヤしながら聞いていたが、やがて声を掛けた。
「おい、元気か?テツオよ」
「んん?」
テツオと呼ばれた個体が振り返る。
「あれ...リゴールじゃねえか!てめえいつの間に俺さまの背後に...」
「背後もクソもあるか。最初からここにいたのによ」
リゴールが苦笑した。アルギレウスが手を上げる。
「久しぶりだな。私を覚えているか?」
「ええっと...あ.......」
途端に、二体の生物が二体とも畏まってしまった。
「し...失礼しました...すいやせん。あっしとしたことが気づきませんで....」
テツオが頭を下げる。だが剣士は続けた。
「畏まらないでくれ。それより頼みがある。長老に会わせてくれないか?」
* * * * * * * * * * * * * *
「三十年ぶりか......時が経つのは早いものよのう..........」
長い髭を蓄えた年寄りの個体が焚火を見つめながら呟いた。
フロウは、彼らのことについて『モグマ族』と紹介を受けたが、今だに自分の目が信じられない思いだった。そもそも彼は亜人というものに会うのが生まれて初めてだったからだ。
四人は最初に出会ったモグマ族の若者たちの案内で長く蛇行する小道を進み、時折り溶岩に水没する通路を越え、さらに広場をいくつか通り、竜の背骨のようなものでできた橋を渡って、とうとう彼らの城に辿り着いたのである。
城、と言っていいのかフロウには確信がなかったが、ともかく塔のような構造物の内部に彼らの住居が設えられていたのだ。そしてそこで食事を馳走になったあと焚火を囲んでいた。
「ご無沙汰しており申し訳ありませんでした、長老」
アルギレウスが頭を下げた。フロウは「長老」と呼ばれたモグマ族の老人をしげしげと眺めた。犬のような顔だが、その双眸からは深い知性と思慮が感じられる。
「いやいや、お主こそ畏まらんでよいではないか。それよりどうじゃ。お主の父や祖父は?」
それを聞いた剣士は真顔になり、しばらく沈黙していたが、やがて軽く首を振った。
「そうか....」
長老が呟いた。
「あの...長老さま」
フロウは思い切って口を開いた。
「なんじゃ?」
「あの、長老さまってアルギレウスさんと知り合いなんですか?」
すると長老は含み笑いした。
「まあ知り合いと言えば知り合いじゃの。三十年前儂はこやつの父王の即位式に出席したのじゃ。モグマ族代表としてな。こやつはまだ五歳の可愛らしい王子じゃった」
そこまで話すと長老は咳払いした。
「それでじゃ。アルギレウス....王家は崩壊したと考えて間違いないんじゃな?」
フロウは驚いて長老を見、それからアルギレウスの顔を見た。剣士はしばし沈黙していたがやがて口を開いた。
「父の最後は悲惨なものでした。日毎に人格が崩壊していくのが分かりました。そして....最後は自ら鉄の溶けた炉の中に....」
「うむ...そうか......気の毒に........」
長老は俯くと自らの髭を捻った。
「じゃが.....それも魔瘴気の影響かもしれんのう....」
フロウはアルギレウスの父の凄惨な最期に身震いしつつも口を開いた。
「あの...魔瘴気って、人の心にも悪いんですか?」
「悪いなどという程度ではない。まさに悪そのものじゃよ」
長老は言った。
「それが溢れ出た今、人間の世界はまるで自ら放出した熱によって乾きいっそう燃え上がる木の燃え差しのようなものじゃ。悪が悪を呼び、より深い悪に落ちていく」
「元々人間の本質がそんなもんだったんじゃねえの?」
リゴールが口を出した。
「若いの。間違えてはいかん。人が造られ世に置かれたとき、太古の神は間違いなく彼に善を行うよう命じられたのじゃ。じゃがひとたび悪を選んだら踏みとどまるのは難しい。悪を行うは水が低きに流れるのと同じじゃが善を行うは登り坂じゃからの」
「長老の仰っていることに間違いはない」
アルギレウスは言った。
「エレンディル王家が地に置かれたとき、ハイリアは彼らに三つの豊かな地方を与えられ、良き管理者となるよう命じたのだ。フィローネの豊かな自然、オルティンの活力と宝石、そしてラネールの資源---王家は民と富を分かち合い平穏に統治した」
フロウは聞き入った。剣士は焚火を見つめながら言葉を継ぐ。
「だがやがて王家は慢心した。豊かさに慣れ切ったのだ。そして富を独占するために三つの地方の行き来を禁じ、各地方に神官たちを置いて民を統制させた」
「アルギレウスさん、神官ってなんですか?」
フロウが尋ねるとアルギレウスは答えた。
「礼拝を司る者たちだよ。民の代表として神の前に出、神の託宣を伝えるために民の前に出る。いわば神と民を繋げる者たちだ」
「躓きが起きたのはその辺りからじゃな」
長老が言う。それを聞いた剣士は溜め息をつくとまた口を開いた。
「それまでハイリアへの礼拝は自然発生的に野外で行われていた。だが神官が置かれてからはすべては彼らに管理統制されるようになった。そして彼らは民に重い神殿税を課し、捧げもの全てについて専用のものを法外な値で購入させ、従わない者を背教者として排斥した」
「で..でもアルギレウスさん、神官って神様の言葉を取り次ぐ仕事だって...」
フロウが驚いて口を挟むとリゴールが言った。
「ま、もともと宗教なんてそんなもんだろ。最初っから期待しないほうがいいぜ」
「いや....全て神が造った良きものを人は悪しきものに造り変えることができるのじゃ。その能力と熱意は驚くばかりじゃて」
長老が言う。フロウは信じがたい思いで呟いた。
「じゃあ...そこからあの大石窟みたいな場所が生まれたんです...ね」
その後しばらく皆が黙っていた。だがやがてアルギレウスは顔を上げ長老を見た。
「長老。私はできれば、この悪を封じ込める方法を……」
剣士の声は震えていた。
「どこかに...何か残されていないかと...そう思わずにはいられないのです」
意外な剣士の表情に、フロウは焚火の光に照らされた彼の横顔を見つめるしかなかった。
長老は静かに息を吐いた。
「無理をするのう……アルギレウスよ」
アルギレウスは顔を上げ、首を振りながら続けた。
「無理でもやらねばならないのです。このままでは裁きが下る。その裁きはモグマ族も、キュイ族も、ゴロン族も罪なき者たちまで巻き込む。それが……」
フロウは息を呑んだ。ギルモもリゴールも、言葉を失っている。
「それが私には耐えられない」
アルギレウスはそう言うと黙り込んだ。
しばらくの沈黙のあと長老は焚火を見つめたまま呟いた。
「儂はこう思うんじゃ。わが一族は滅ぶなら滅ぶ。生きるなら生きる。それだけのことじゃ」
「しかし……」
だが剣士の言葉を遮って長老が言った。
「人の王子よ。儂らは、お主を恨んではおらん。王家の罪も、裁きも、魔瘴気もな。すべてはこの大地の一部じゃ。儂らはただ、その中に生きておるだけよ」
アルギレウスは言葉を失った。長老は立ち上がると静かに言った。
「儂はもう休む。年を取ると疲れやすくていかんわい」
だが長老は二・三歩歩くと振り返った。
「封じ込めたいのなら、進むがよい。儂は止めぬ。ただ....そうじゃの」
髭を捻ると、老モグマは付け加えた。
「一つ覚えておけ。助けが来る望みを捨てぬことじゃ」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「お前ら本当に行くんだな?」
身支度をする四人にテツオが声を掛けた。
一行は、モグマ族の城で一泊したあと、急な坂や蔦の生えた崖を登って山頂近くの神殿の前に辿り着いたのだ。アルギレウスは剣の刀身を確かめ、リゴールは残りの矢の数を数えている。ギルモは不安げな顔で二人の仲間を眺めていた。
だがなぜかフロウには不安感は無かった。進めば進むほど、自分に自信がつくような気がしていたからだ。何ひとつできなかった自分に。
「この神殿は俺らモグマでも腕利きしか入らねえんだ。危険だからな」
テツオが続ける。
「分かっている。案内ご苦労だった」
アルギレウスは支度を終えると微笑んでモグマの若者の肩を叩いた。
「だけどよ...この少年も行くのか?まだ子供だぜ?」
「おうよ。だけど恋人を助けたくて必死なのさ。泣かせるだろ?」
テツオに対しリゴールがおどけて答えた。フロウは慌てて声を上げた。
「こ...恋人って...そ..そんなんじゃないですよ!」
「そうかい....」
テツオは腕を組むとしばらく考えていたが、やがて顔を上げた。
「おい少年。俺っちがいいものを貸してやる」
モグマの若者は腰のポーチから袋を取り出してフロウに渡した。
「あ..ありがとうございます。何ですかこれは?」
「爆弾袋さ。今五つ入ってる。点火したら六秒で爆発するからすぐに離れろよ」
「えっ...でもこういうのって高いんじゃ..?」
フロウが心配そうに言うとテツオは笑った。
「爆弾花なんてこの山じゃそこらじゅうに生えてるぜ。使ったらその分だけ戻してくれりゃいいさ。あ...気を付けろよ。爆弾花は実を摘むとすぐ点火しちまうからな」
フロウは頷いた。この若者の親切さに驚くとともに、強力な武器を手に入れた気がして胸が躍った。
「おいおい、間違えて自分がオダブツにならないように気を付けろよぉ?」
リゴールが弓を担ぎながら横目でフロウを見る。だが少年は頬を紅潮させながら袋を帯に結び付けた。
アルギレウスは何も言わず神殿の扉を見つめていた。高い岩壁に彫りこまれた巨大なファサードと庇、その左右に位置する円柱。壮観ではあるが、どこか寂寥感を感じさせる。
「行こう」
剣士は言った。彼が扉に手をかけるとそれはゆっくりと開いた。
だが扉が開くと同時に熱気が押し寄せてきた。フロウは思わず両腕で顔を庇った。外の火山の熱とは違う。もっと重く、湿っていて、まるで生き物の吐息のような熱だった。
扉の向こうは下り階段だ。数メートル先は外光が届かない闇だ。だがそれなのに奥のほうで赤い光がちらちらと揺れて、空気中に火の粉が舞っている。大地が轟くような音と振動が伝わってきた。
アルギレウスは剣を抜くと用心深い足取りで歩き始めた。
他の三人も後に従った。熱気に慣れてくると、周囲を見る余裕が出てくる。階段を抜けるとそこは広々とした奥行のある洞窟だ。赤い色の光に照らされた壁面と床の多くは荒々しい自然岩だが、美しいタイル敷きの通路が前方に伸びている。
光源がどこにあるのかフロウには不思議だったが、すぐにわかった。通路の終端に溶岩の池があるのだ。そして、その溶岩の池は三つの飛び石を越えなければ対岸に行けないようになっている。
アルギレウスとリゴールは難なく飛び石を越えていった。フロウも続く。ギルモは額に汗を浮かべ、恐怖に顔を歪めていたが、フロウが渡り切ると意を決して飛び石を飛び始めた。だが、飛び石は浮いているだけなのか、着地するとグラリと揺れる。木こりは息を震わせ、おっかなびっくりバランスを取ると、石が安定してから再び前進した。
だがその時だった。天井近くから蝙蝠がヒラヒラと舞い降りてくる。対岸にいたフロウが目をやると、その蝙蝠は火を纏っていた。
「魔物だ!おじさん、気を付けて!」
フロウは叫んだ。ギルモも顔を上げた。その瞬間蝙蝠が木こりに突進した。ギルモは咄嗟に斧の刃を上げて防いだ。盾代わりとなった斧に火を噴く蝙蝠が激突する。木こりは雄たけびを上げて斧を振り抜き、蝙蝠を真っ二つにした。
「そんな小物相手に大げさな奴だな。サッサと来いよ」
前方の経路を確認していたリゴールが振り向いて言った。顔に汗をかいた木こりは頷くと再び飛び石を飛び始めた。
ようやくフロウとギルモが追い付くと、リゴールが前方を指さして言った。
「見ろよ。飽きさせないアトラクションだと思わないか?」
今立っているフロアからは短い階段が前方に伸びていた。そしてその階段が唐突に切れて、その先は溶岩の池だ。そしてその前方に飛び石がひとつ。その真横にもう一つの飛び石がある。
しかも、眼下の溶岩の池は間欠泉のように一定の時間をおいて溶岩を噴き出して飛び石を持ち上げる仕組みになっていた。対岸に目をやると、そちらからも階段の先が飛び石に向かって伸びていて、飛び石が持ち上げられた瞬間でないと飛び移ることができないようだ。
アルギレウスが迷わず飛び石に飛び移り、もう一つの飛び石を渡って対岸に進んだ。リゴールも時間をおかず続く。フロウは息を大きく吸うと、まず目の前の飛び石が持ち上げられた瞬間に飛び移った。そこで呼吸を整え、隣の飛び石に飛ぶと、最後に再び飛び石が持ち上げられたときに対岸に跳躍して着地した。
額の汗を拭きながら振り向くと、ギルモは悲壮な覚悟を決めた表情で立っていたが、やがて動き始めた。飛び石に飛び移り、呻き声のような気合いを発しながら隣の飛び石に移る。最後に、飛び石が持ち上げられた瞬間に跳躍して転がり込むように仲間たちに追いついた。
「おじさん!」
フロウは嬉しくなってギルモに抱きついた。
「坊や...ワシはもう寿命が二十年は縮んだっぺ。冒険が終わったらもう二度と森から出ねえっぺよ」
二人が話している間、アルギレウスとリゴールは前方を調べていた。このフロアも、前方は再び溶岩の流れに阻まれている。だが、対岸に跳ね橋が設えられていた。しかし、今は跳ね上げられている。
「こいつぁたぶん簡単な仕組みさ」
リゴールは短剣を抜いた。フロアの右端に歩み寄ると、床に設えられた歯車の前でかがんだ。歯車を固定していた縄を切断すると、ガラガラと作動音がして跳ね橋が半分だけ下がってきた。
フロウは機転をきかし、フロアの反対側にあった同様の装置に歩み寄った。アルギレウスに借りた短剣を抜くと、歯車についている縄に斬りつけてみた。だがすぐには切れない。ほじくるようにして何度もこじるとようやく繊維がほどけ、縄が解けた。
これで跳ね橋が再び動き、完全に降りた。跳ね橋の先は人ひとり通り抜けられるほどの幅の戸口だ。
「待て」
橋を渡った一行が戸口を抜けようとするとアルギレウスが手を上げて止めた。リゴールが尋ねる。
「どうした?」
剣士は何も言わず、片手で自分の耳を指さす。不思議に思いながらもフロウは耳を澄ませてみた。ゴオオオウという大地の轟きの音以外は何も聞こえない。
アルギレウスは用心深く剣を構え直すと、戸口の脇に隠れるように身を寄せ、身振り手振りで指示を出した。自分が最初。ギルモが二番目。その次がリゴール。フロウは最後尾。
フロウは短剣を抜いた。だが相変わらずどう使えばいいのかがわからない。モグマの若者が貸してくれた爆弾の袋もあるが、出鱈目に取り出したところで仕方がない。だが少年は、その時なにか耳慣れない音が聞こえてきたのに気づいた。
グフッ...グフッ...
動物の呻き声のような音。
アルギレウスは剣を振り上げると突進して戸口を抜けた。すぐにギルモが続く。リゴールも弓を構えながら前進する。
フロウも急いで後に続いた。武器と武器が激しく衝突する音が聞こえる。
戸口を抜けると、アルギレウスが人型の蜥蜴のような奇妙な魔物と渡り合っていた。魔物は剣士の一撃を片腕につけた籠手のようなもので防いでいる。
すぐ横ではギルモも同じような魔物と戦っていた。木こりが斧で斬りつけると、蜥蜴人間は軽い身のこなしで飛び退いて躱した。
リゴールがいない。だが横を見ると、すぐ近くに蜥蜴人間がいた。リゴールもだ。仰天したフロウは慌てて短剣を構えた。蜥蜴人間は身体を捻ると、狩人を狙って尻尾を叩きつけてきた。尻尾の先には棘の生えた鉄塊がついている。
「下がってろ!」
リゴールは背後の壁を蹴って跳躍し空中から弓を引いて矢を射た。矢が魔物の頭頂部に突き刺さる。着地したリゴールは短剣を抜いた。刃が一閃すると魔物の首筋が切り裂かれる。だがそれでも死なない。魔物は狩人に向かって口を大きく開いた。狩人が床に伏せた瞬間その頭上を炎の奔流が通り過ぎる。迫りくる熱気にフロウは両腕で顔を覆った。リゴールは床に倒れたまま仰向けになり矢を射た。矢が魔物の顎に突き刺さり頭頂部に抜ける。蜥蜴人間は立ち尽くし、そしてゆっくりと倒れた。
剣士と木こりはそれぞれの敵と丁々発止と撃ちあっている。アルギレウスは踏み込み、相手の懐に潜り込むと突きを放った。剣先が魔物の籠手をすり抜け胸に突き刺さる。たじろいだ魔物が今度は身体を捻る。そしてそいつが尻尾を叩きつけようとした瞬間に剣士は跳躍し、拝み打ちに刃を相手に撃ち込んだ。
だがギルモは苦戦していた。蜥蜴人間は斧の一撃を巧みに籠手で逸らす。尻尾による攻撃を辛うじて斧で防いだ木こりに、狩人が叫んだ。
「木こり!そこをどけ!」
リゴールがやおら矢を放った。だが魔物は素早く籠手を上げてそれを弾いた。狩人はもう一本矢をつがえると、空中に向けて射た。フロウは驚いて狩人を見、そして魔物を見た。
ゆっくりと放物線を描いた矢が、ガードされていない魔物の前頭部に突き刺さる。動きが止まった。その瞬間、木こりは叫び声を上げると蜥蜴人間の胴を斧で振り抜いた。深手を負った魔物の頭にとどめの一撃が入る。木こりは荒い息をつくと言った。
「礼...を言うべ。おめさん、狩人としては一流だっぺ」
「『としては』ってなんだよ」
リゴールは笑った。だがアルギレウスが剣を血払いしながら真剣な顔で言った。
「魔瘴気だ」
「え?」
フロウが聞き返した。
「この種の魔物は魔瘴気が相当の濃度で存在していないと出現しない。この神殿は....」
アルギレウスは剣を布で拭って納めながら続けた。
「この神殿は大石窟と同程度の発生源になっている可能性がある」