ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て 作:nocomimi
「この神殿は大石窟と同程度の発生源になっている可能性がある」
アルギレウスが剣を納めながら言う。リゴールが引き取った。
「そういやモグマの連中も最近魔物がよく出るって言ってたよな..」
「アルギレウスさん...あの....」
フロウは口を開いた。短剣を納めるのを忘れていたのに気づき慌てて納刀すると、言葉を継いだ。
「この神殿でも酷いことが行われていたってことなんでしょうか...?」
アルギレウスは黙っていた。リゴールが短剣を仕舞い、弓を担ぐと代りに答えた。
「当たりまえだろ。宗教とか神なんてなぁロクでもねぇものって相場が決まってんのよ」
「また罰あたりなことを言うっぺ。おめは狩り以外のことは何も知らねえっぺよ」
ギルモが口を出す。するとリゴールが冷笑した。
「森に引きこもってた対人恐怖の社会不適合者に言われたかあねぇな。ええ?木こりのギルモさんよ」
「ワシはそんなものじゃねえっぺ!ワシは森を愛してるだけで、人や里を嫌ってなんかいねえっぺ」
口論が始まると、アルギレウスは黙って前方を調べ始めた。フロウも後に従った。
その先の通路は溶岩の池を渡る橋となっている。幸いなことにきちんと固定された橋だ。少し進むと差し渡し二十メートルほどのフロアになっている。
その先は階段になっていて、階段の突き当りは岩壁に彫られた豪奢な戸口になっていた。その上には古代の神の彫像らしきものも彫られている。
アルギレウスに続いてフロアを横切り、階段を登って戸口を潜る。その先は小部屋で、突き当たりに再び戸口があった。落とし戸がかかっている。
振り返ると、ようやく狩人と木こりが口論をやめて追いついてくる。四人は落とし戸を上げて先に進んだ。
戸の先は、短い通路が溶岩の流れに突き当たり、一メートルほどの間隙を置いて再び通路になっている。その向こうは急な傾斜の坂道だ。
四人は登り始めた。坂道の半ばまで来ると、上方の天井でガタンと音がした。目を上げると、木組みの格子のようなものが回転し、丸い岩がいくつも傾斜路に落下してきた。
「逃げろ!」
アルギレウスが叫んだ。だが岩石は多数ある。剣士と狩人は全速力で坂を下り始めた。フロウも続こうとしたが、身体の重いギルモが遅れている。
その時、フロウは壁に小部屋ほどの広さのある窪みがしつらえられているのを見つけた。
「おじさん!こっち!」
フロウは木こりの腕を掴むと二人して窪みに駆け込んだ。轟音を立てて岩が目の前を転がり落ちていく。しばらくすると、他の二人が笑いながら坂を登ってきた。
「無事か?」
「小僧、機転がきくじゃねえか」
剣士と狩人に声を掛けられフロウが照れ笑いした。ギルモがしみじみとした口調で言った。
「坊や...助けられたっぺ」
「だって僕、おじさんにずっと助けられてきたもん。これくらいじゃ恩返しにもならないよ」
フロウは答えた。坂を登り切ると道が左に折れて同じような坂が続いている。そこは念のため慎重に登った。やはり罠が仕掛けられていた。四人は、先ほどの坂と同じような場所にあった壁の窪みに身を寄せて転がる岩を避けると、坂を登り切った。
目の前の光景に一行はしばし立ち止まった。左側には短い階段の上にさらに登り坂が続いている。右側には豪奢な装飾を施した大きな扉がありその上に巨大な竜の頭の彫刻が据えられていた。
「右手が至聖所へ至る扉だろう」
アルギレウスは剣を納めると言った。剣士は周囲を調べ始めた。現在立っているフロアは円形で、その周囲は溶岩の流れで囲まれている。ただし、至聖所へ至る扉の前との間には橋がかけられていた。
やがて剣士は短い階段を登り、坂を登り始めた。
「至聖所に行くんじゃねえのか?」
リゴールが声を掛ける。だが剣士は振り向いて言った。
「まずは周辺からだ」
一行は剣士に従って階段を登った。坂は、普通の平坦な道ではなく弧を描くように抉り込まれている。まるで巨大な岩を転がすのに好都合なように造ったようだ。
坂を登り切ると、そこは円形のフロアだった。
「何もねえじゃねえか」
リゴールが呟く。だが剣士はフロアの中央あたりに跪くと、床のタイルに嵌め込まれた四角いプラークに指を這わせた。
「何だこりゃ?」
狩人も覗き込んだ。ギルモも不思議な顔をして後ろから顔を突っ込む。フロウは大人たちの顔を交互に見ていた。
「我ら...オルディン麓村...村長メフィボシェテ以下八千人.....『即身浄化』の儀に自らを投じることを決意し...ここに記さん」
アルギレウスは読み上げた。その声は酷くかすれていた。その指先が、プラークの刻字をなぞりながら震えていた。
リゴールは目を大きく見開いたまま沈黙している。
フロウとギルモは訳が分からず二人の顔を見た。フロウは恐る恐る尋ねた。
「アルギレウスさん....『即身浄化』って...何ですか?」
剣士は答えず黙っていた。リゴールは額に汗を浮かべながら呟いた。
「マジかよ...八千人って....狂ってやがる」
フロウが狩人の顔を見る。リゴールは口を開いて何かを言おうとした。だがアルギレウスが手を上げて制した。
「私が話す」
アルギレウスはしばらく俯いていたが身を起こした。
「この『大地の神殿』はもともと神の火の属性を崇める神学から発展した礼拝儀式を奉じていた。人は火によって浄められる。これはつまり、試練や苦しみを経たとき人はより純粋な神への信仰を持つようになる、というものだ」
「それって...たとえ...ですよね?もちろん」
フロウは言った。剣士は頷いたあと続けた。
「もちろんだ。だが、神官たちにはそれを曲解して説く者たちもいた。彼らの多くは厳格な戒律主義をも奉じていた。つまり、戒めを一つたりとも破れば神に受け入れられることはない、というものだ。彼らは一方で火による浄めを受ければ違反も消え去ると考えた。そして、『即身浄化』という儀式が誕生した」
「溶岩に飛び込むのさ」
リゴールがポツンと言った。フロウは驚愕の余り目を見開きながら尋ねた。
「い...意味がわかりません。どうしてそれが...」
アルギレウスは遠くを見ながら続けた。
「古来、神に近づくため人間が考え出した危険な儀式は数多い。例えば、神官たちの中には不滅の神に近い者となるべく、食を断ち、防腐効果のある樹液を飲用し、自ら不朽の神像となろうとした者もいた」
「狂ってるとしか思えねえ」
リゴールが苦笑しながら首を振る。アルギレウスは言った。
「いっぽうこの『大地の神殿』では火による浄化を文字通り実行しようとする神官が出現した。戒めを全て実行するのは不可能だ。だが浄化されれば神に受け入れられる。そう考えたのだ」
「そ……そんなの死んじゃうじゃないですか!」
「死ぬ」
フロウが叫ぶとアルギレウスは静かに答えた。
「だが彼らは、それを救いだと信じた」
「いや、案外....信じさせられたのかも知れねぇな」
リゴールが下を向いて呟いた。
「アルギレウス。何か匂うぜ。俺はあんたの言う『終焉の者』がどうとかって話は信じられねえが....」
狩人は腕を組んで顎に手を当てると続けた。
「ここまで一斉に人間がトチ狂うっていう現象を見せられると、誰か糸を引いてる奴がいるって考えたくなってくるよな」
「リゴール。君の勘はおそらく正しい」
アルギレウスが答える。狩人は眉をひそめた。
「おいおい、本気で言ってんのか?俺はただこの状況が偶然にしちゃ気味悪すぎるって言ってるだけだぜ」
「もちろん偶然ではありえない」
剣士は言うと、至聖所へ向かう大きな扉に向かって歩き始めた。
* * * * * * * * * * * * * *
アルギレウスが手をかけて押すと、巨大な扉がゆっくりと開いた。一行が先に進むと、薄暗いなか通路が右に折れているのがわかる。
通路はやがて階段に行き着いた。しばらく階段を登ると、その次は再び先ほど見たのと同じような中央のえぐれた登り坂だ。
坂を登っているとギルモが額に汗を浮かべ始めた。
「さっきから坂ばっかりだっぺ。なしてこんな不便な造りにしたんだべか」
「ダイエットにいいだろ、文句言うな」
二人が言い合っていると、先頭に立っていたアルギレウスが手を上げた。全員が止まると、剣士は耳をすませ始めた。
「なんかいそうか?」
リゴールが弓を肩から下ろす。だが剣士は用心深い目つきをしたまま沈黙している。
その瞬間、床が激しく振動し始めた。
フロウは辺りを見回した。地震だろうか?いや、それにしては振動が細かすぎる。
「見ろ!」
アルギレウスが剣を抜き、片手で坂の上を指し示して叫んだ。
坂の頂上近くの天井から巨大な竜の像が頭をもたげている。その口がいましも開こうとしていた。
口といっても幅二メートル、長さ五メートルはありそうな巨大な口だ。それがいっぱいに開くと、中から丸い岩の塊が転がり出てきた。
「散れ!」
アルギレウスが言った。四人は二人づつに分かれ、坂道の左右に身を寄せた。勢いよく転がり落ちてくる巨岩は直径二メートルはありそうだ。細かい振動が床を震わす。フロウは坂道の端で必死で身を縮めた。手すりらしきものはあるにはあるが、その向こう側は溶岩だまりだ。
轟音を上げながら巨岩がすぐ目の前を通り過ぎていき、坂道の終端で停まった。
「やれやれ、驚かせやがって」
リゴールが身を起こした。だがその刹那、アルギレウスが剣を構えた。
「...ただの岩じゃない!」
狩人も木こりも困惑した顔をして剣士を見た。
「守護者ベラ・ダーマだ!」
アルギレウスの声は、巨岩が転がり落ちたあとの静寂を裂くように響いた。
その瞬間、岩に無数の亀裂が走り、その亀裂の間から赤い光が覗いた。その光が心臓の鼓動のように脈動している。
「う..動いてる...生きてるんだっぺか?」
ギルモが目を丸くして呟いた。フロウも背筋が寒くなり、思わず後じさりした。
巨岩の亀裂を突き破って何かが飛び出してきた。長い、節張った脚のようなものだ。六本の脚が飛び出してきて、それが床を踏みしめたかと思うと、巨岩は立ち上がった。
フロウが目を凝らすと、巨岩の中央に横向きの割れ目が見えた。と思うと、巨岩はまるで牙を剥いて吼える野獣のようにその『口』を大きく開き、生物とも魔物ともつかぬ声で咆哮した。
「坂を登れ!登れ!」
アルギレウスが叫んだ。剣士と狩人は全速力で坂を登る。フロウも続いたが、ギルモが遅れ始めた。
巨岩は六本の脚を動かして木こりに迫っていった。その肌の割れ目からはオレンジ色の火炎が迸っている。背の高さは脚も含めると四メートルはあり、到底斧一本で戦える相手ではない。背後に迫った化け物を振り返り、ギルモは恐怖に目を見開いた。
だがフロウは思った。化け物の脚は極めて長い。もしかすると-----
「おじさん!」
少年は踵を返すと、木こりにしがみついた。背後に歩く巨岩が迫る。
フロウは自分も身を伏せながらも、ギルモの服を掴んで姿勢を低くさせた。すぐ頭上を巨岩の身体が通り過ぎる。物凄い熱気だ。だが化け物はこちらに気付かず、剣士と狩人を追い始めた。
「坊や、また助けられたべ!」
「いいよ!それより奴を倒す方法を....」
話していた二人は目を上げた。剣士と狩人は坂の頂上に到達していた。だが、追いつけなかったと見た化け物は、今度は脚を畳むと坂道を転げ落ちてきた。
フロウとギルモは慌てて坂道の端に身を寄せた。轟音を立てながら巨岩が横を通り過ぎていく。
身体を起こして顔を上げると、化け物はまた坂道の下端で停まっていた。だが安堵する間もなく、化け物は再び脚を伸ばして立ち上がった。
「今のうちだっぺ!」
ギルモは立ち上がるとフロウの手を引いて坂を登り始めた。
だがその時、アルギレウスの声が頭上から聞こえてきた。
「気を付けろ!火を吹く気だ!」
フロウが首だけ回して振り返ると、化け物は口を大きく開けていた。まるで息を吸い込んでいるかのようだ。
そして次の瞬間、巨岩は口から大きな火の玉を吐き出した。火の玉は転がりながら坂を登ってくる。
「こっちだべ!」
ギルモは咄嗟にフロウの襟首を掴むと、二人で坂道の端に退避した。ほんの目の前を火の玉が通り過ぎ、フロウの服の繊維が燃え上がった。
フロウは慌てて自分の服についた火を叩いて消した。木こりはその腕を引いて必死に坂を登る。
「まだ来るぞ!」
剣士の警告の声に促され再び振り向くと、化け物はまた火の玉を吐いた。フロウはその位置を見極めると、木こりと一緒に坂道の反対側に退避した。立ち上がると、ひたすら坂道を登る。
ようやく頂上に着くと二人とも汗だくになっていた。眼下の化け物は再びこちらに登ってきている。
「生きてるか?」
リゴールが声を掛けてくる。
「大丈夫です!」
フロウは答えた。そして、ふとモグマの若者から借りた爆弾の袋のことを思い出した。
少年は迷わなかった。腰に手を伸ばし、袋の口の紐を解いて開くと、中に手を突っ込んだ。小さめの握りこぶしほどの物体が手に触れた。
フロウがそれを取り出すと、それは花の蕾のような形状をしていた。だが、花托のあたりから火花と煙が発生している。いきなり発火したのだ。
六秒。フロウは思い出した。今いるところを飛び出し、登ってくる化け物に向かってそれを投げつけた。
爆弾は転がっていき、巨岩の足元に当たると爆発した。その瞬間、巨岩は脚を折りたたんで再び坂を転がり落ち始めた。
フロウが坂を駆け登ると、リゴールが言った。
「ガキにしちゃ上出来だ。だが時間稼ぎにしかなんねえぞ」
アルギレウスは顔を上げると皆を見回した。
「奴の裏を掻こう。全員で下に降りるぞ」
「どうやって?」
リゴールが困惑して尋ねる。だが剣士は微笑んで言った。
「フロウが証明したやり方でだ」
少年は目を丸くして剣士を見つめた。真下をくぐるつもりなのだ。
「また寿命がちぢむっぺよ」
ギルモは苦笑した。だが従うつもりのようだ。リゴールが言った。
「多少刺激があったほうが健康にいいんだぜ。知らないのか?」
フロウは巨岩の様子を見ようとして坂の下を覗き込んだ。だがその瞬間、目の前に火の玉が迫ってきた。
「うわああ!」
リゴールが少年の襟首を掴んで引き戻す。後ろ向きに床に倒れたフロウは目を丸くしながら安堵の溜め息をついた。狩人が言った。
「ちっと経験積んだからって油断すんじゃねえぞ。今のてめえは一番危ない時期だ」
「行こう」
アルギレウスは油断なく剣を構えながら坂を降り始めた。火を吹くのをやめた化け物がガシャガシャと音を立てながら脚を動かし、坂を登ってくる。
ギルモとリゴール、そしてフロウも続いた。だがフロウは後に従いながらも気が気ではなかった。もしもあいつが立ち止まってまた火を吹いたら?口を開けて噛み付いてきたら?
剣士と狩人、木こりと少年は一列を作った。化け物が登ってくる。距離が縮んだ。
近付くと、しかし、脚の高さだけで二メートル以上もあるとわかる。剣士と狩人は身を低くした。ギルモはフロウを庇うようにしながら頭を片手で守った。赤い炎を表面に滲ませた巨岩がすぐ真上を通り過ぎていく。
「走るぞ!」
剣士が言う。全員が一斉に坂を駆け下った。ギルモもどうにか遅れずに下端まで辿り着いた。
「作戦だ。奴が火を吹こうと息を吸った瞬間にフロウが爆弾を放り込め」
アルギレウスが肩越しに油断なく振り返って化け物の様子を見ながら言った。
「奴が動きを止めたら一斉攻撃だ。狙いは一つ。目玉を探せ」
「目玉?岩に目なんてあるっぺ?」
ギルモが尋ねた。
「魔物の弱点さ」
リゴールが言った。その時、アルギレウスが気づいて手を上げた。
「来るぞ!」
轟音を上げて巨岩が転がり落ちてくる。四人は坂道の片側に身を寄せた。巨岩が唸りを上げすぐ脇を転がっていく。
化け物は坂道の端で停まった。再び六本の脚を伸ばして立ち上がる。
フロウは腰の袋に手を伸ばすと、その口を開けて爆弾を取り出した。
化け物は牙を噛むように何度も口を開け閉めすると、やがて息を吸うように空気を吸い込み始めた。フロウは爆弾を下手投げで投げつけた。
だが爆弾は届かず、化け物の手前の床に転がった。焦りと恐怖が背筋に込み上げる。だがフロウはもう一度袋に手を入れて爆弾を取り出すと敵に向かってダッシュした。
巨岩が大きく口を開けている。突進するように走り寄ると爆弾を投げつける。飛んで行った爆弾は魔物の口の中に入った。
魔物は異物を食べてしまったことに気づいたらしい。しばらく口を開け閉めしていたが、その体内から籠った爆発音がした。内部に損傷を受けたらしき化け物が崩れ落ちる。
やった。役割を果たした。フロウがそう思った瞬間だった。一個目の爆弾が足元で爆発し、フロウは爆風に押されて床に叩きつけられた。
必死で目を上げると、剣士と木こりが巨岩に殺到していた。武器を何度も何度も振り下ろしている。狩人が放った矢が、化け物の肌の割れ目に次々と突き刺さる。
耳が聞こえない。時間の流れが奇妙に遅い。
やがて化け物の肌が大きく割れ、中身が剥き出しになってきた。虹色の真珠の塊のようだが、柔らかい。アルギレウスが言うとおり目のようなものがある。そこに剣先が突き立てられ、斧の刃が食い込む。再び矢が刺さった。
化け物の断末魔の悲鳴が聞こえた。やったんだ。フロウは微笑んだ。そして意識を失った。
* * * * * * * * * * * * * * *
「目が覚めたか」
フロウは気が付いた。アルギレウスが覗き込んでいる。いつの間にか野外にいるようだ。左右を見ると、以前天望の神殿で見たのと同じような風景だった。岩壁に囲まれた清浄な泉の上に、タイル敷きの通路が通っている。フロウはその上に寝かされていた。
「坊や!坊や!」
泉で顔を洗っていたギルモが水を跳ねさせながら走ってきた。リゴールはこちらに向きもせず通路の端で伸びをしている。
「坊や...良かったっぺ。おめ、凄い活躍だったっぺよ....」
ギルモは少年を抱き上げると涙を流しながら頬ずりしてきた。だが木こりの濃い髭のせいでタワシで擦られているような気がした。
「済まない。君を危険に晒し過ぎたようだ」
アルギレウスは面目のなさそうな顔をしていた。
「大丈夫ですよ。だってほら...」
フロウは元気よく身体を起こそうとした。だが酷い耳鳴りがして顔をしかめた。
「小僧、生きてっか?」
ようやくリゴールが悠々と歩み寄ってくる。フロウが顔を上げると、狩人は目の前でしゃがみこんで右手を上げた。少年は不思議に思って相手の顔を見た。
「ハイファイブだよ。最近のガキは知らねえのか?」
そう言われて、フロウにはなんとなく見当がついた。自分も手を上げると、狩人のそれと勢いよく打ち合わせた。
「至聖所は天望の神殿と同じ構造だな」
アルギレウスは立ち上がると周囲を見回した。
「神殿を建てるときの決まりでもあんのか?」
リゴールが尋ねると剣士は言った。
「原初礼拝の形式が感じられる。一つの可能性は.....」
アルギレウスは少し間を置くと続けた。
「この神殿の始まりにおいては原初礼拝が行われていたのかも知れない。もう一つの可能性は.....」
剣士は奥の祭壇に向かって歩き始めた。
「神官の中に巫女の教えを奉じる者たちが混じっていたか....だ」
フロウは剣士の言っていることの意味がわからず、ただただその背中を見上げていた。
「巫女?」
リゴールが怪訝な顔をして尋ねる。
「原初礼拝の継承者だ。私の母もそのひとりだった。いや、正確には....その末裔だった、と言うべきか」
アルギレウスはそう呟くと、口を閉ざした。フロウは耳鳴りが収まらず、思わず首を振った。
「さ、水を飲むっぺよお。あんな熱いところにいて水を飲まなんだら干し肉になっちまうっぺよ」
ギルモが水筒を差し出す。少年は頷くとゴクゴクと音を立てて飲んだ。そして大きく息をついた。
だが頭の中にアルギレウスの言葉が鳴り響いていた。
巫女。
その言葉は、懐かしく、悲しく、そして愛おしい響きがした。