ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て   作:nocomimi

15 / 37
第三章: ラネールの機械亜人たち
囁く男


「もう行くのか、寂しくなるぜ」

 

モグマの若者が呟く。アルギレウス、リゴール、ギルモそしてフロウは、火吹き山の裏登山道を降りたところで、案内役を買って出たモグマ族の若者、テツオに礼を述べたのだった。

 

「テツオさん、爆弾袋ありがとうございました。あれでだいぶ助かったです」

 

「でもあやうく自分が吹っ飛ばされかけてたけどな」

 

フロウが言うとリゴールが横から突っ込んだ。頭を掻くフロウにテツオが言った。

 

「なんてことねぇさ。少年よ。恋人、ガンバって助けてやれよ。応援してっからな」

 

テツオが言う。フロウはたちまち顔を赤らめて否定しようとしたが、モグマの若者は既に地面に潜り始めていた。

 

「行こうか」

 

アルギレウスが西の方向に歩き始めた。ゴツゴツとした岩場に挟まれた道のはるか向こうに、黄色い砂岩でできているらしき高地が見える。

 

その瞬間、背後から土を掻き分ける激しい音が迫ってきた。フロウは驚いて振り向いた。

 

「いけねえいけねえいけねえいけねえいけねえいけねえ、忘れるとこだった!」

 

テツオが上半身だけを地面から出しながらすさまじい勢いで土を掻き分けこちらに進んでくる。

 

「おい、少年....ハァハァハァ....」

 

「だ...大丈夫ですか、テツオさん?」

 

やっと追いついたモグマの若者はしばらく息を整えていたが、やおら腰のポーチから何かを取り出した。

 

「長老からお前にだ。渡しとけって言われたのにすっかり頭から消えちまってたぜ」

 

フロウは手を出してそれを受け取った。そして驚きに目を丸くした。

 

宝石だ。台座に据えられたそれは白く輝き、よく目を凝らすとその中心から虹のような光が立ちのぼっている。

 

少年は唖然として口を開け、モグマの顔を見つめた。

 

「エレボールのアーケン石さ。どうだ、いい色してるだろ?」

 

「で....でも....こんな高価なものいただけません!」

 

「いいってことよ。長老のコレクションはこんなもんじゃねえ。お前の頭くらいの大きさのアーケン石だって持ってるんだぜ?」

 

モグマの若者は粋なしぐさで敬礼すると、再び山の方角に取って返し、地面の中に潜っていった。だがフロウはしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

手のひらの上でその石は静かに光を放っている。

 

「……すごい……」

 

思わず漏れた声に、リゴールが肩越しに覗き込んだ。

 

「本物のアーケン石たぁ大したもんじゃねえか。無くすんじゃねえぞ、フロウ」

 

ギルモも目を丸くした。

 

「フロウ、おめ……長老に気に入られたんだっぺなあ」

 

アルギレウスは振り向くと少しだけ微笑んだが、すぐに歩を進めた。岩場が切れた場所から横を見ると、天幕を連ねたような集落が見える。だが人の気配は微塵もない。

 

「あれが集団で....アレした村なんだろうな」

 

リゴールが呟く。

 

「ひでぇもんだな。子供だっていただろうによ」

 

「狩人、おめも子供を可愛いとおもうけ?意外だっぺ」

 

ギルモが口を出す。だがリゴールは大して気にもしていなさそうな口調で答えた。

 

「見損なうんじゃねえ。俺を悪魔か何かと勘違いしてねぇか?」

 

「ラネールまでは直線だ。高低差もほとんどない。だが覚悟しておこう」

 

アルギレウスが先導しながら振り向かずに言った。

 

「身を隠すものがない。途中木もほとんど生えていない。特にフロウにとっては厳しい旅になる」

 

フロウが顔を上げるとリゴールが引き継いで言った。

 

「昼と夜の気温の高低差がエゲつねぇって話だ。お前は小さいから堪えるぞ」

 

「わ...わかりました」

 

フロウは頷いた。だが、ここへきて引き下がるなどということは考えられなかった。進むだけ。進めるところまで進むだけだ。

 

一行はひたすら歩き続けた。歩いても歩いても風景が変わらない。岩場に挟まれた道なき道を進んでいく。足場はそれほど悪くない。だがしばらく歩いて顔を上げても、ラネールの黄色い台地はいつまでも近づいてこない。

 

数時間歩いたところで昼休憩をとると再び歩き始めた。太陽が照り付け、その熱を吸収した岩から熱気が立ち昇る。フロウは額の汗を拭いた。アルギレウスは時折振り返るがペースは緩めなかった。

 

「坊や、水を飲め」

 

ギルモが水筒を差し出す。水を飲んでまた歩く。フィローネからオルディンまでの道のりと違い、木陰もなければ目を楽しませてくれる風景もない。

 

しかも、進めば進むほど環境が不毛になっていく。やがて周囲に転がる岩が次第に小さくなってきた。いつしか、一行は見渡す限りの平らな岩地の上に辿り着いていた。

 

日が傾いてくる。だがフロウは疲労困憊していた。アルギレウスはいつの間にか、両手にわずかな数の薪を持っている。歩きながら集めたのだろう。

 

一行は宿営を張り、粗末な夕食をとった。皆口数が少ない。そして、太陽が沈んだ途端にフロウはリゴールの言ったことの意味がわかった。気温がどんどん下がっていく。フロウは震え始めた。

 

「坊や、もちっと焚火の近くに当たるっぺ」

 

ギルモが言う。フロウは剣士が熾したささやかな焚火に覆いかぶさるようにした。目を上げると、一面の星空だ。だがその美しさは決して人間を歓迎し楽しませるような種類の美しさではなかった。宇宙の途方もない奥行き。人間の浅はかさと小ささをこれでもかと見せつけるような壮大さ。偉大ではあるが、冷たく、厳しい。

 

フロウは両手に息を吹きかけて擦った。アルギレウスが言った。

 

「ギルモ、フロウを頼む。体温が下がらないようにしてくれ」

 

「承知です、旦那」

 

アルギレウスが見張りに立ち、三人が横になった。木こりは少年を抱きかかえるようにした。背中から伝わってくる体温でフロウはようやく落ち着いた。

 

「坊や。よく頑張ったっぺ。ワシがここにいるから安心して寝るっぺ」

 

木こりの呟くような声に頷くと、フロウはすぐに眠りに落ちていった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

「へえ...。で、君はその女の子を助けるために旅をしているんだね?」

 

若いハンサムな男がフロウに言った。彼は白い艶やかな髪の毛と、今まで見たこともないほどの美しい顔立ちを持っていた。白を基調とした、身体にピッタリとフィットする珍しい仕立ての服と、赤紫色のマントを羽織り、気障なしぐさで足を組んで椅子に腰かけている。

 

「で..助けたあとはどうするのさ?一緒に暮らすのかい?」

 

そう問われてフロウはハタと気づいた。そこまでのことは何も考えていない。僕らはまだ十三歳だ。親ももはや地上にはいない。そこまで思い至ると、この若い男はもっともな疑問をぶつけてきた。

 

「君ら子供だけでどうやって暮らしを立てていくんだ?厳しいぜ、誰もいない大地で生きていくのは」

 

「で....でも...」

 

フロウはつぶやいた。

 

「でも、ギルモさんだって...アルギレウスさんだって...それにリゴールさんもいるから...大丈夫だと思います」

 

若い男は含み笑いした。

 

「おいおい、そんなに簡単に信用していいのか?赤の他人だぜ?そいつらにはそいつらの思惑がある。君を大事にしてくれているのは、あくまで利用価値があるからだよ」

 

その男は組んでいた脚を下ろすと、フロウに向きなおった。

 

「純真な君には悪いが、僕は大人として君にアドバイスしてあげる責任を感じる。君はひとの心の裏というものをまだ知らない。親切を装って誰かを自分のために利用する大人は数多い。認めるのは辛いだろうがこれが現実なんだ」

 

フロウは当惑した。あの三人を疑うなど考えたこともなかった。リゴールでさえ、憎まれ口をた叩きながらも行動でその決意をはっきりと示していたからだ。フロウは旅の仲間であり、決して死なせはしない、と。

 

「フロウ、聞いてくれ」

 

若い美しい男は言葉を継いだ。

 

「僕はある人を知っている。とても力があり、思慮深く、また思いやりのある人だ。僕の主人であり、父親のような存在でもある。君を彼のところに連れていきたいんだ。君さえよければね」

 

「そのひとって‥‥」

 

フロウは尋ねた。

 

「そのひとって‥‥精霊やハイリアのともだちですか?」

 

男は眉をピクッと上げたが、黙っている。フロウは説明が必要だと感じたので言葉を継いだ。

 

「というのも、僕は精霊に会って言われたんです。この世界はいずれ裁かれるって。だけど僕はリナハを助けたいから、地上に残るって答えました。僕ら四人はみんなそれぞれ理由があって残ることにしたんです」

 

フロウは慎重に言葉を探しながら説明した。

 

「でも、あなたが精霊やハイリアのともだちなら、知ってますよね?悪が広がりすぎたので、世界はさばかれるって」

 

「ちょっ‥‥‥と情報が錯綜してるみたいだね」

 

若い男は前髪を指先で軽くはねのけると答えた。

 

「僕らは確かにハイリアや精霊の友人だが、そういう話は聞いていないんだ。この世がさばかれるなんて‥‥誰が言ってたんだい?」

 

「誰って‥‥精霊です」

 

フロウは当惑した。あの高見台の上で確かにファイと名乗る不思議な少女から聞いたのだ。

 

「もしかしたら、解釈の違いかもしれないね」

 

男は顔を上げた。

 

「ほら、人は物事を表すとき、ひとによって違う言葉を使うだろう。この世の中を良くしていかなきゃならないっていう意味なら、全くその通りだと思う。僕の主人はまさにそのために働いている人だからね」

 

「解釈‥‥?ですか?」

 

フロウはまたも戸惑った。寺子屋の教師も滅多に使わないような高度な言葉。この男は相当教養があるに違いない。フロウは思った。

 

「邪魔が入ったみたいだ」

 

若い男が上を見上げながら言った。眩い光が射し込んできている。

 

「フロウ、この対話はぜひ続けよう。僕は君の力になりたい。君さえ良ければ‥‥またお邪魔してもいいかな?」

 

「あ‥‥はい。ええ」

 

フロウは答えた。

 

「良い子だ。じゃあまた」

 

男は微笑んだ。

 

* * * * * * * * * *

 

「大丈夫か?」

 

アルギレウスが覗き込んできた。目が覚めたというより、激しい頭痛と悪寒に叩き起こされたという感じだ。

 

既に太陽が昇っている。気温も上がってきているが、フロウは歯の根が合わないほど震えていた。

 

「す‥‥すいません‥‥‥僕‥‥‥見張り番を‥‥‥」

 

フロウは言った。だがアルギレウスは聞いていなかった。

 

「ギルモ、水を」

 

木こりの心配そうな顔を見てフロウは微笑もうとした。だがうまくできない。水筒の水で手拭いを濡らすと、剣士はフロウの額に置いた。ひんやりした感触でほんの少し楽になった。

 

「背負っていこう」

 

剣士が言うとギルモがフロウの身体を抱き起こしながら言った。

 

「ワシが責任をもって運ぶです」

 

木こりはフロウを背負った。ふと横を見ると、リゴールが斧を肩に担いでいる。それを見たフロウは思った。やっぱりそうだ。この狩人だって、見た目よりよほど親切な男なんだ。

 

「坊や、安心するだっぺさよ。ワシにおぶさっていさえすればじきにつくっぺよ」

 

木こりの言葉にフロウはただ頷いた。誰かに頼り切ってその背におぶさるなんて何年ぶりだろう。

 

意識が途切れ途切れになった。とにかく寒い。吐き気もする。フロウは途中で下ろしてもらって吐いた。アルギレウスが水を飲ませる。再びギルモにおぶさって進む。

 

いつの間にか足元が黄色い砂岩になっていた。時間の感覚が定かでないが、既に一昼夜は経ったようだ。

 

パンをすりつぶして作った粥をギルモが食べさせてくれたような気がした。ほんの少しだけ飲み下すことができた。だが食欲が湧かない。

 

「坊や、もう少しの辛抱だべよ」

 

木こりの声が耳に響く。フロウはまた頷いた。だがしばらくすると、いつの間にかリゴールの背中におぶさっているのに気づいた。

 

リゴールは何も言わない。だがその腕がしっかりと自分を支えているのを感じた。落ちないよう時折背負い直す動作。フロウは嬉しくなって顔をその背に預けた。

 

ふと顔を上げると、今度はいつの間にか断崖絶壁の上にいた。遠くには巨大な建造物群が見える。これがラネールなのだろうか?

 

そうこうしているうちに、フロウはまたギルモの背中に乗せられた。リコールが先導し、ロープで絶壁を下っていく。

 

「しっかりつかまっとれよ」

 

ギルモは言った。だが途中からアルギレウスがフロウとギルモの身体を帯で結びつけた。まるで赤子だ。フロウは可笑しくなってしまった。だが、まだ頭が痛くて笑えない。

 

どれくらい降下しただろうか。安心しきったフロウはまた意識が遠のいていった。

 

* * * * * * * * * * 

 

「よう、目が覚めたか」

 

リゴールの声が聞こえてフロウは顔を上げた。焚き火が燃えていて暖かい。それもちゃんとした焚き火だ。狩人はついさっきどこからか戻ってきたような様子で焚き火の前にどっかりと腰を下ろした。

 

周囲を見回すと、洞窟の中にいるらしかった。草も生えている。不毛地帯を越えたのだ。

 

狩人がやおら手を伸ばしてきた。フロウの額に触れる。

 

「熱は下がったな」

 

「リゴールさん‥‥‥僕、何日くらい‥‥‥」

 

「五日間ってとこだ」

 

フロウは驚いた。そんなに長い間皆のお荷物になっていたのか。

 

リゴールは手に太い縄のようなものを持っていて、短剣でそれに切れ目を入れていた。と思うと、それについた皮のようなものを剥ぎ始めた。

 

「それ、なんですか?」

 

フロウは尋ねた。

 

「蛇だ」

 

リゴールは一心に作業しながら答える。

 

「蛇‥‥‥なんて、どうするんですか?」

 

「喰うんだよ」

 

リゴールが当然のように答える。フロウは驚いて言葉も出なかった。

 

「あいつらは偵察に行った」

 

作業しながら狩人は言った。

 

「今鬼の群れに出くわしたら厄介だからな。だが、お前のその様子ならもう大丈夫かもな、フロウ。腹、減ったか?」

 

「は‥‥はい‥‥。え?い‥‥いいえ」

 

フロウは曖昧に笑った。そういえば久しぶりに空腹感を感じる。だが、かといって蛇は食べたくない。

 

足音がした。目を上げると、洞窟の入り口からアルギレウスとギルモが入ってきた。

 

「坊や、だいぶ顔色いいっぺよ。良かったっぺ」

 

木こりは笑顔で駆け寄ってきた。蛇の肉を枝に刺して焼いていたリゴールがアルギレウスに尋ねた。

 

「鬼どもは?」

 

「いた。チラホラだかな」

 

アルギレウスは腰掛けながら答えた。

 

「この先は工業地帯だろ?機械亜人の縄張りなのによ。鬼どもの犠牲者の好みはよくわからねえな」

 

「何を焼いとるっぺ?」

 

ギルモが覗き込む。

 

「蛇だ」

 

リゴールが言うと木こりは驚愕した。

 

「そ‥‥そんなもん喰えるわけねえっぺ!」

 

「嫌なら喰うな」

 

リゴールは薄く切った蛇肉を剣士に渡した。狩人と剣士は黙々と食べ始めた。ギルモは目の前の一切れとにらめっこしていた。

 

だがフロウは腹が鳴るのを感じた。

 

「あの‥‥僕も少し‥」

 

「お前はやめとけ。病み上がりだからな」

 

リゴールが固い蛇肉を噛みながら言う。

 

「坊や、さっきパンを焼いたっぺよ」

 

木こりが言って、葉に包んだパンを袋から出してくれた。良く焼けている。

 

久しぶりの食事でフロウは元気をつけた。ギルモも嫌々ながらの様子で蛇肉を食べ始めた。洞窟の中は涼しくて居心地がいい。

 

フロウは立ち上がると伸びをして体を動かした。自力で歩くのもしばらくぶりだ。気分も良くなっている。彼は大人たちの目の届く範囲で洞窟を探検することにした。

 

だが焚火から少し離れた途端、天井から蛇のような威嚇音とともに何かが頭をもたげてきた。フロウは驚いて腰を抜かしそうになってしまった。悲鳴を上げて後ずさると、焚火の近くに座っていたリゴールの笑い声が聞こえる。

 

「デクババさ。この程度で驚いてちゃ冒険者にゃなれねぇぞ」

 

狩人は立ち上げって歩み寄ってくると短剣を抜いた。

 

「ほれ、やってみろ。自分で」

 

「え....?」

 

短剣を手渡されたフロウは戸惑った。アルギレウスに借りていたものより長い。

 

「何事も練習さ。お荷物から卒業してぇんだろ?」

 

ギルモが立ち上がりかけると狩人は手を上げて制した。木こりは心配そうな顔をしていたが再び座った。

 

「で...でも....」

 

フロウは短剣を手に、その魔物を見上げた。最初は大蛇かと思ったが、どうやら植物のようだ。天井から茎でぶら下がっていて、その先端には人の頭ほどの大きな丸い花がついている。ところが、花弁の一枚づつに牙のようなものが生えていて、フロウが近づこうとするとこちらを向いて噛みつこうとしてくるのだ。

 

フロウは短剣を構えておずおずと前進した。

 

「そぉんなへっぴり腰で戦えるか。しゃんとしろちゃんと!」

 

リゴールが容赦なく叱咤してくる。フロウは悲壮な決意を固めると足を踏み出した。だが相手は威嚇音を立てたかと思うと、獲物に飛びつく前の蛇のように茎をたわめた。来る。フロウは片手で頭を庇ってしゃがみ込んだ。頭上を食人植物の牙がかすめる。

 

「相手をよく見ろ!弱点を狙え!」

 

そう言われても、恐怖で自分の身を守るのがやっとだ。再び距離を置いて相手を見上げる。弱点を目で探す。茎を切るには手が届かない。花弁は外側が硬い殻のようになっている。

 

それなら、花弁の中か?フロウの脳裏に考えが浮かんだ。距離を置いて数秒たつと、相手はフロウが逃げたと思ったのか、威嚇音を立てるのをやめダラリと天井から茎でぶら下がった。

 

フロウは思い切って踏み出すと短剣を横に払った。剣先が花弁の内側を傷つけ、化け物花は悲鳴のような声を上げてビクンと跳ねた。たちまち怒り狂って噛みつこうとしてくる。フロウはもう一度しゃがみ込み、後ろに倒れてしまった。慌てて立ち上がり構えなおすとリゴールが手を叩いて囃してくる。

 

「ほら、あと一歩だ!とどめを刺せ!相手が動いてるうちは油断すんなよ」

 

近づいて剣を再び横に払う。ところが花弁が閉じていて刃が通らない。衝撃で揺れたデクババはまた攻撃準備態勢をとった。フロウは一旦引き下がった。花弁が襲い掛かってきて、すぐ目の前の空間に噛みつく。それでも必死に目を開けて相手を見た。相手が攻撃を終えて弛緩し始めた瞬間に、フロウは殺到して剣を振り下ろした。

 

花弁が真っ二つに割れた。断末魔の悲鳴とともに化け物花が地面に落ちていった。

 

フロウは大汗をかいていた。息が荒く心臓が早鐘を打っている。

 

だが倒した。小さくはあるが、自分を傷つけ襲おうとしてきた悪意ある魔物を。

 

「お...種持ってんな」

 

リゴールが近づいてきながら言った。狩人はしゃがみ込んで地面に落ちた花弁に手を突っ込むと中から何かを取り出した。

 

「ホレ、とっときな。デクの実だ」

 

「デクの実?」

 

短剣を返しながらフロウが受け取ると、狩人は教えてくれた。

 

「追い詰められたら相手の顔に投げろ。目くらましになる」

 

フロウはその何の変哲もない木の実を十個ほどポケットに入れておいた。リゴールは短剣を血払いして布で拭いながら言葉を継いだ。

 

「割れると刺激性の粉が出る。五秒くらいなら時間稼げるぜ。...そうだ、間違ってもこれ触ったあと自分の目に触るなよ」

 

フロウは礼を言った。そして『五秒』という狩人の言葉が強烈に脳裏に刻まれた。戦闘ではたったそれだけの秒数が生死を分けるのだ、ということは今のフロウにはハッキリと理解できたからだ。

 

「坊や、すっかり良くなったっぺな」

 

ギルモが焚火の後片付けを終えるとフロウの頭を撫でてきた。フロウは笑顔で言った。

 

「おじさん、ありがとう。重かったでしょ?」

 

「いんにゃ、おめひとりの重さなどワシにはどってことねえ。それより治って良かったっぺよ」

 

「出発しよう。鬼を狩りながら中心地に向かう」

 

アルギレウスが身支度を終えて言った。リゴールも弓を担いだ。

 

「なんでまた鬼どもがこんな場所に?機会亜人どもは奴らの餌にもなれねえのに」

 

「魔瘴気だ。原因があるとしたらそれだろう」

 

剣士が言う。

 

「神殿があるんですか?」

 

フロウが尋ねた。アルギレウスは出口に向かいながら答えた。

 

「ああ。『時の神殿』だ...だが奇妙なのはラネールの神官たちについては何も悪い情報が寄せられてないんだ」

 

「品行方正ってか?不祥事を隠すのが上手いだけじゃねえのか?」

 

一行は会話しながら洞窟から出た。目の前には岩壁に挟まれた下り坂がしばらく続いている。道の左右は草に覆われていて、久しぶりの緑が目に心地よい。だがその先に目を移すと、まばらに灌木が生えた荒地が広がっている。その荒地は数百メートル進んだところで壁に行きあたっていた。

 

坂を下り終えて荒地に入る。太陽が照り付ける。フロウはしばらく歩いてみてすっかり回復したのを実感した。

 

大人たちに負けないペースで歩を進めた。もし後ろから魔物が出てきたら、あの木の実をぶつけてやろうと心づもりしながら時々後ろを振り返ってみたりもした。

 

その時、前方から悲鳴が聞こえてきた。

 

アルギレウスが素早く反応した。ギルモに対しフロウの傍にいるよう合図すると狩人とともに駆け出した。

 

だがフロウも気づいたら走り出していた。体が勝手に反応したのだ。置いて行かれた形になったギルモも慌てて走り出す。

 

悲鳴は荒地の終端にある高さ三メートルほどの壁の向こうから聞こえてきた。さらに鬼のものらしき汚らしい笑い声も聞こえる。複数だ。

 

悲鳴は子供の悲鳴のように聞こえた。リゴールは壁に突進すると片足でそれを蹴り、跳躍すると壁の上端に手をかけてあっという間に上に登った。ギルモは左右を見回すと、壁の崩れかけたところを見つけ出し、そこをよじ登った。アルギレウスとフロウも続いた。

 

壁の上から前方を見ると、地面に置かれた檻のようなものの前に鬼どもが二匹ほどいて笑い声を上げている。悲鳴は檻の中から聞こえる。ギルモが叫んだ。

 

「ああいう連中は許せん。とっちめてやるっぺ!」

 

木こりは飛び降りると鬼の一匹に向かって殺到した。叫びながら斧を振り下ろす。不意を突かれた鬼が肩口を切り裂かれ倒れた。もう一匹は敵襲に気づくと、振り向いて手に持っていた武器を構えた。ギルモが斧を振り下ろす。鬼が武器でそれを受け止めた。

 

その途端に、小さな雷のようなものが斧の刃を覆った気がした。ギルモが悲鳴を上げて斧を取り落とし、後じさりして尻もちをついた。

 

「っったくしょうがねえなぁ」

 

リゴールが弓に矢をつがえると放った。頭部に矢が命中し、鬼はゆっくりと倒れた。

 

三人は壁を飛び降りて木こりのところに向かった。痛みに顔をしかめながら立ち上がるギルモのもとにフロウは駆け寄った。

 

だがその瞬間、また子供のような声がして、フロウは檻の中を見た。そして驚きに凍り付いてしまった。

 

その『子供』は全身が機械でできていたのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。