ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て 作:nocomimi
「おい....やべえぞ!」
リゴールが叫んだ。アルギレウスも反応した。剣士がフロウを掴むとトロッコから通路に転げ落ちるように降りた。狩人も続きながら叫んだ。
「木こり!頭を下げてろ!」
遅れたギルモは大きな体をトロッコの底に押し込むように伏せた。通路の横にあった小さな塔の頂上部の目玉から光の槍のようなものが迸り出てトロッコの横に当たった。
リゴールが一瞬で弓に矢をつがえると上半身を起こし放った。矢は過たず塔の目玉に命中した。塔は煙を上げると動かなくなった。
「おい、出てきていいぞ」
リゴールが言うとギルモは停止したトロッコから恐る恐る顔を上げた。狩人は弓を下げると横の奈落に唾を吐いた。
「ッたく警備装置が生きてるなんて聞いてねえぞ」
「済まん。私の確認不足だな」
アルギレウスが答えた。ギルモが我に返って言った。
「あ.......あれは一体なんだっぺ?」
「ビーモスだ。近づく者を火で焼く」
剣士が言う。狩人は肩をすくめた。
「ま....いるんならいるで狩るだけだがな。魔物退治に踏み込んだ村で村人から攻撃されるなんてことも今までなかったわけじゃあねぇからよ」
「リゴールさん...」
フロウは思わず狩人の顔を見た。
「なんだ、驚いてんのか?人間なんざそんなもんだぜ」
「奥に進む経路を考え直そう」
アルギレウスが提案した。今いる通路の先を見ると、線路の傍各所に同じような塔が立っている。だが周囲を見回すと、先ほどの警備装置の後ろに戸口がある。だがその上に格子がかかっていた。アルギレウスが歩み寄って格子に手を掛けたが動かない。
「あれじゃねえのか?」
リゴールが、トロッコの通路を数メートル先に進んだところにある右手の壁を指さした。風車型のハンドルがある。狩人はそのハンドルに鉤つきのロープを投げつけて引っ掛けると器用に操作して回転させた。
格子が上がっていく。狩人は得意げな顔で腕を組み、フロウは拍手した。
「育ちのいい奴にゃこういう真似はできねえのさ。そうだろ王子様?」
アルギレウスが苦笑いする。一行は戸口を抜けて先に出た。戸口の先の部屋は先ほどの空間と平行になっているがやや横幅の狭い部屋だ。とはいえそれでも幅は二十メートル、奥行きは百メートルほどもありそうだ。
部屋の内部各所で機械の作動音が聞こえる。見ると、今立っている足場のすぐ左手には、部屋を左右に横切るかたちで通路が渡されている。だがその通路そのものが動いている。向こうからこちらへ向かって、通路の表面に敷かれた絨毯が流れているのだ。
フロウはその絨毯のようなものがいつまでも途切れないことに驚いて、思わず見入ってしまった。
「ベルトコンベヤさ。見たことねえのか?」
リゴールは言った。フロウは首を振った。聞いたこともない言葉だ。
「奥に進むには苦労しそうだな」
アルギレウスが呟いた。
「このコンベヤを遡って走るってだけじゃねえ。あの壁を見ろ」
フロウが目を上げると、その流れる絨毯の向こう岸の終端の壁では同じような絨毯が上から下に流れていっている。フロウはようやく飲み込めてきた。流れる絨毯の上に鉱石が乗っている。人の手によらずに鉱石を運んでいるのだ。
「だが向こう岸で二階部分に登れば最奥部の方向に進めそうだ」
アルギレウスが言う。確かに、向こうの壁際の上下に流れる絨毯の発端は広い足場になっていて、それが奥の方向に伸びていた。
「どうだろう。向こう岸に着いた瞬間に....リゴール、君の....」
「ッてまた俺か?」
アルギレウスが提案するとリゴールがげんなりした顔をした。
「済まん。ここは君の力が必要だ」
「ヘイヘイ。仰せの通りに、王子殿下」
狩人は弓やその他の装備を剣士に渡して身軽になると、鉤つきロープだけを手に持った。そして身軽にベルトコンベアに飛び乗ると身を低くして走り始めた。狩人はあっと言う間に向こう岸の終端に近づくと、そこからロープを投げた。上下に流れるベルトコンベアのやや左側に鉤が飛んでいく。二階部分の縁に鉤が引っ掛かり、リゴールは器用にそれをよじ登っていった。
狩人は念のためロープを固定すると、手招きしてきた。
「私が行く」
アルギレウスがコンベアに乗って走り始めた。まるで川の流れに逆らって泳ぐようなものだったが、剣士は終端まで辿り着くと、そこから左側に跳躍して狩人の垂らしたロープにしがみついた。そこから二階部分によじ登ると剣士は叫んだ。
「フロウを先にしよう。ギルモ、万一のときは頼む」
「了解です、旦那」
木こりは叫び返した。
「おじさん、僕大丈夫そうだよ。これくらいだったら....」
フロウは言ったが、ギルモは少年の脇腹をつついて背後を見るよう促した。床を走るコンベヤのこちら側の終端は壁に吸い込まれているが、その吸い込み口を横断するように雷のような線が走っているのだ。
「たぶんあの雷に触れたらまずいことになるべ。さっき味わったからワシはもうコリゴリだっぺさ」
フロウは背中を冷や汗が走るのを感じた。これはただのアスレチックではない。失敗すれば命が危うい。
フロウは何度も深呼吸すると、コンベヤの上に飛び乗って向こう岸に向けて走り始めた。時折前方から鉱石の塊が流れている。左右にコースを変えてそれを回避しながら走る。その時狩人が叫んだ。
「フロウ!伏せろ!」
フロウは顔を上げた。だが前方には何もない。なぜだろう?
そう思った瞬間、横から強烈な風が吹きつけてきた。フロウはよろけて倒れた。コンベヤの縁から落ちそうになり、思わず悲鳴を上げた。その下は奈落だ。ギルモが転がるように走ってくる。木こりは少年を掴んで抱えると、二人して身を投げ出すように出発点の足場に倒れ込んだ。
「おじさん...ごめん」
「危ないところだったっぺ...」
二人は肩で息をしながら顔を上げた。コンベヤの横をよく注視するとところどころに風を吹き出すパイプのようなものがしつらえられている。
「あれでゴミを吹き飛ばすんだべさ。あれが吹いていないときに走るしかないっぺ」
木こりの言葉にフロウは頷いた。ようようのことで呼吸を整えると、再びコンベヤの上に飛び乗って走った。
前方から流れてくる鉱石を避けながら、ペースを抑え気味にして走る。風の吹き出し口を注視すると、経年変化で割れたパイプの端が、風が吹いているときだけ揺れている。フロウはそれをよく観察して風が吹く秒数を割り出した。そして風が止まった瞬間思い切りダッシュした。
流れに逆らいコンベヤの終端まで進む。だが息が切れてきた。ロープまで飛びつけるだろうか。
「フロウ!来い!」
リゴールが叫んだ。狩人は上からロープを掴んでスイングさせている。ロープの先端がこちらに近い。フロウは思い切って飛ぶとロープを掴んだ。文字通り命がけだ。ここを先途としがみついていると、狩人と剣士が引き上げてくれた。
二階部分に辿り着いた頃には汗だくだった。だがすぐに心配が湧いてきた。ギルモは来れるだろうか。
振り向くと、木こりは緊張に顔を強張らせているのが遠目にもわかる。フロウは叫んだ。
「おじさん、がんばって!」
ギルモは頷くと、斧を背中に背負いコンベアの上に飛び乗って走り始めた。鉱石を避け、吹き出す風が止まった瞬間に速度を上げる。だが息が上がっているのが分かる。
「リゴール!支えててくれ!」
アルギレウスが叫ぶとロープを伝って降り始めた。アルギレウスがロープの先端まで降りたころ、ギルモは顔を汗だくにしながらもコンベヤの終端に近づいてきた。剣士は壁を蹴ると木こりに手を伸ばした。木こりは必死で剣士にしがみつく。
剣士はギルモにロープを掴ませると、まず自分が先によじ登った。そして二階部分から狩人と二人でロープを引き、どうにか木こりを引き上げた。皆が倒れてしばらく荒い息をついていた。
「ようやくクリアか」
剣士もまた座り込んで汗だくになっている。だが微笑んでいた。
「旦那...ありがとうごぜえます」
ギルモが言った。アルギレウスは何でもないと身振りで示すと立ち上がった。
「行こう。ここから先はそれほど危険はないはずだ」
「どうだかな?まだまだこんなもんじゃねえって気がするがな」
狩人が皮肉な笑みを浮かべて答えた。アルギレウスは部屋の奥の方向を観察していたがやがて指をさした。部屋の奥には二階部分に開いた戸口が見える。その戸口の手前に梯子があり、一階部分の足場から行き来できるようになっていた。
「一旦一階部分に降りたあと壁際の足場を前進すれば行けるはずだ」
全員が準備を整えると、今いる足場を奥に進んだ。それは二十メートルほどで切れていたが、端から梯子で一階に下れるようになっている。そこからは、もう一つのコンベアを横切ったあと、再び壁際に設えられた通路が奥に向かって伸びていた。だが、その通路の途中に警備塔が設置されている。しかもそれは手前と奥を往復するように巡回していた。
「ワシが片付けるっぺ」
全員が梯子を降りたあと、ギルモが言った。斧を持ってコンベアを横切り、警備装置に向かって進む。
警備装置の頂上部が回転し、木こりを見据える。そのひとつ目玉が光った。だがギルモは気合いの声を上げて斧を横に振り抜いた。警備塔の胴体部が横に切断された。だがだるま落としのように床に落下した上部はまだ生きていた。ギルモが再び斧を振るう。残存した胴部が再び切断された。それでも生きている頂上部にギルモが斧の頭を何度も叩きつける。警備装置はようやく煙を上げて作動を停止した。
「すごいよ、おじさん」
「木を切るのと同じだっぺさ」
フロウが駆け寄って言うとギルモはウィンクした。四人は通路を前進した。通路は突き当たりで左に折れていた。そして折れた先の右側の壁に梯子が掛かっている。
梯子を登ると、先ほど観察した部屋の二階部分の突き当りに到達した。全員で開いた戸口をくぐる。
だが次の部屋に入った途端、アルギレウスが剣の柄に手をかけつつ左手を上げて合図した。
幅二十メートル、奥行き十メートルほどの部屋だ。向こう側の壁の中央に奥に通じる戸口があるが、壁際左右にそれぞれ一台づつ奇妙な装置が据えられている。直径一メートルほどの塔のような装置だ。正面はまるで人間の顔のように成型されていて、頭頂部に上向きに風車がついている。
「なんだっぺさ?あれは」
ギルモが斧を手に持ちながらも呟いた。
その瞬間、その二体の奇妙な装置が作動音を立て始めた。どちらも方向を変えてこちらを向いた。
リゴールが素早く弓を構え、左側の一体の目に矢を射た。だが硬いものに当たった音がして矢が弾かれる。
「散開しろ!」
アルギレウスが剣を抜いて叫んだ。一行は剣士と狩人、木こりとフロウの二手に別れ、左右に散った。
「アモスだ!お前ら潰されるなよ!」
リゴールが二の矢をつがえながらフロウたちに言った。フロウは訳も分からないまま帯に挟んだパチンコを手に持った。ギルモが少年を庇うように立つ。その途端、奇妙な装置が大きく跳躍して躍りかかってきた。
ギルモはフロウを掴んで後ろに転がった。目の前の床にズシンと音を立てて装置が着地し、地響きがした。
剣士が装置に斬りつけている金属音がする。だが全く歯が立っていないようだ。狩人が今度は装置の口に矢を射込む。だがそれも効果が無かった。
「離れろ!離れろ!」
アルギレウスが叫ぶ。四人はほうほうのていで逃げ出すと、入ってきた戸口から外に出た。
「と...とんでもない頑丈なバケモノだっぺさよ」
壁にもたれ掛かりながらギルモが言った。
「矢も剣も通じねえ相手か。クソッ...」
リゴールが忌々しそうに呟く。だがアルギレウスは部屋の中を用心深く観察しながら言った。
「弱点はある。頭頂部のハンドルを操作して核を露出させれば....」
「良く知ってるじゃねえか、王子さんよ」
狩人が苦笑いした。
「だが問題は誰がどうやってやるかってことだな」
「旦那、ワシがやつを押さえつけてみるです」
ギルモが言うと皆が驚いて彼を見た。
「お...おい。まさか本気で言ってるのか?」
「本気だべさ。丸太と同じ要領だべさ」
ギルモは言葉を継いだ。
「重い物には『芯』があるっぺよ。それさえ感じれば持ち上げるのも押さえつけるのも一緒だっぺ」
アルギレウスは木こりの顔を見た。
「....君に頼むしかなさそうだ。リゴール、その間奴の上に乗ってハンドルを操作できるか?」
「....こいつを信頼できれば...な。....ヘッ、選択の余地はなさそうだ」
狩人が皮肉な笑みを浮かべた。木こりと狩人は余計な装備を置いて身軽になると、再び部屋に滑り込んだ。アルギレウスとフロウは待機だ。
狩人が先導し、木こりに合図しながら注意深い足取りで壁際を左に進む。左側に据えられた装置が早速反応して向きを変えた。リゴールが叫んだ。
「チャンスは一度しかねえ。しくじるなよ!」
アモスが跳躍した。囮として先に立ったリゴールに目掛けて躍りかかる。狩人は素早く身を躱す。装置が床に着地する重い地響きがした。木こりは雄たけびを上げると装置に突進し、両腕でそれを抱き抱えた。
リゴールは装置の出っ張りに足を掛けるとあっという間にその頭頂部に登った。ハンドルに手を掛けると全力でそれを回した。その間、装置がガクンガクンと暴れるのを木こりが顔を真っ赤にしながら押さえつけている。
やがてガラガラと金属音がして、人の顔に似せて造られた前面の口の辺りにせり上がってくるものがあった。アルギレウスが剣を抜いて部屋に突入する。狩人がハンドルを回し切ると、正八面体の形をした青い鉱石のようなものが装置の口の中に見えてきた。アルギレウスが気合を発して突きを放った。鉱石が粉々に砕け散る。
「リゴール!まだ手を離すな!」
アルギレウスは叫ぶと前転して装置の後ろに回った。装置の背中側にも開口部が出現していた。剣士はそこに剣をこじ入れると、そこにあったもう一つの鉱石を破壊した。
だがその時だった。二台目の装置が反応し始め、三人を狙って向きを変えた。
フロウは反射的に飛び出して部屋の中に走り込んだ。二台目の装置の近くに走り寄ると、注意を惹くように両手を振った。
たちまちアモスが向きを変えてフロウに狙いをつけた。少年は慌てふためいて踵を返しダッシュした。背後の床に装置が着地する衝撃音がして、思わず転びそうになった。フロウは命からがら再び戸口から転げ出た。
振り返ると、三人が体勢を整え直して二体目のアモスに向かっていっていた。リゴールが囮となり引き寄せ、攻撃を躱す。ギルモが呻き声を上げながらもアモスを押さえつけている間、狩人がその頭頂部に登りハンドルを操作する。露出した青い核を剣士が破壊した。
ようやく部屋に静寂が戻った。フロウはいまだに荒い息をつきながら三人と合流した。
「フロウ、時間稼ぎありがとな」
リゴールが膝に手をついて呼吸しながら言った。フロウは微笑んだ。だがアルギレウスが剣を納め、少年の肩を叩いて労いながらも言った。
「今回の最大の功労者はギルモだな。彼にしかできない仕事をしてくれた」
それを聞いた木こりは照れ笑いして頭を掻いた。だが狩人は不満そうな顔でそっぽを向いた。
「ワシは何の教養もない木こりだっぺ。これくらいのことしか....」
ギルモが言う。狩人は鼻を鳴らすと床に置いた装備を拾い始めた。アルギレウスはその背中に声をかけた。
「言っただろう?この組み合わせも何かの縁だと」
リゴールは答えない。剣士は肩をすくめ、フロウの顔を見て首を傾げた。ギルモも荷物を拾って身支度する。四人は突き当りの戸口を通ってその先の部屋に進んだ。
だが、部屋に入った途端、皆が固まってしまった。
行き止まりだ。
部屋は五メートル四方程度しかない。中央に大きな箱が置いてあるのみだ。
「おいおいおい冗談はよせよ。このためにあんな苦労したのか?」
リゴールが口を開く。アルギレウスも流石に額に汗をかいている。狩人は箱の前にしゃがみ込むと蓋を開けた。フロウが覗き込むと、光り輝く不思議な形の金属部品が入っている。
「ほれ、お前のオモチャに丁度いいだろ」
狩人が部品をフロウに渡した。
「いや、待て」
アルギレウスが言ったあと訂正した。
「いや...フロウが持っていてもいい。だがこの部品はおそらく電子回路だろう。この施設のどこかを作動させる鍵かも知れん」
「確かに...あんな化け物みたいな機械が守ってるってことは大事なもののはずですよね?」
フロウはそれを仕舞いながらも言った。アルギレウスは答えた。
「そうだ。あるいは施設内を移動するためのパスのようなものかもな」
一行は部屋を出ると、梯子を降りて一階部分に移動した。通路を伝って二つ目のベルトコンベヤの手前で周囲を観察すると、コンベヤを渡った先の右手に扉があるのが見えた。
その扉から前の部屋に戻ることにして、狩人、剣士、フロウの順にベルトコンベヤを渡った。二度目だから今度は風の不意打ちを喰らうことはなかった。ギルモも危なげなくコンベヤを渡って、扉の前で仲間と合流した。
扉を開け向こう側に出る。抜けた先の足場からは施設の奥に向けて登り階段が設置されている。階段の上は踊り場のようになっており、中央にトロッコが横向きに置かれていた。
トロッコは傷んでいない。線路は奈落の上を渡って、部屋の最奥部の扉の前にあるフロアまで到達している。
「うまいぞ。これで最奥部に行ける」
アルギレウスが言った。四人がトロッコに乗り込むと、それはゆっくりと進み始めた。途中、線路の脇の壁から強い風が吹き出してくる。一行は散々強風に顔を吹かれ髪型がボサボサになってしまった。
「まったくこんな強い風で吹かなくともワシはもとから清潔だっぺよ」
「どうだかな。髭の間のノミや虱も吹き飛ばしてもらったほうがいいんじゃねえか?」
リゴールがようやく元の軽口に戻った。立腹したギルモがぶつくさ言うのを聞きながら、一行は到着したトロッコから降りた。
最奥部に至る扉は巨大だ。その中央には鍵穴のようなものがある。だが、扉を押しても引いてもビクともしない。
アルギレウスは扉の中央にある鍵穴を指でなぞった。普通の鍵穴とは違う複雑な形だ。
「おい、どっかから機械亜人を呼んできてここを開けてもらうなんてぇ面倒は御免だぜ」
リゴールが溜め息をついて首を振った。だがフロウは思いついて顔を上げた。
「ねえ、もしかして...」
少年は先ほど受け取った金属部品を取り出すと鍵穴にあててみた。だが形が合わない。やはりだめか。落胆してフロウが俯くと、それを見ていたギルモがその手から金属部品を取り上げて挑戦し始めた。
「おじさん、わかる?」
「木組み細工にこういうのがあるっぺよ。差し込んでから捻れば...」
そうこうしているうちに金属部品が見事に鍵穴に嵌った。その途端重々しい作動音がして、扉が僅かに横に開いたかと思うと、今度はゆっくりと奥にスイングし始めた。
剣士と狩人は驚きの目で木こりを見た。だがフロウはなぜか誇らしげな気分だった。
扉が完全に開ききる前から、中からひんやりとした空気が流れ出してきた。砂の匂いと、どこか鉄の焦げたような匂いが混じっている。
一行は内部に入っていった。内部は八角形の広々とした部屋だ。床は一面の砂地になっている。
背後で扉がゆっくりと閉まった。
天上から自然光が射し込んでいる。物音ひとつしない。扉が厚いせいか工場の作動音も遮断されていた。
誰が言い出すともなく全員が身構えた。リゴールが弓を下ろし矢筒に手を伸ばす。アルギレウスも剣を抜き、ギルモも斧を構えていた。フロウは再びパチンコを手にした。大蠍相手にそんなものが通用するとも思えなかったが、そうする以外に何も思い浮かばない。
耳を澄まし、神経を研ぎ澄ます。物音も振動もしない。だが全員がわかっていた。この静寂は得物を待ち伏せて息をひそめる捕食者の静寂だと。
アルギレウスは剣を構えたまま摺り足でゆっくりと前進した。ギルモも後に続く。リゴールが弓に矢をつがえて追従した。
その時だった。フロウの足元の砂がわずかに動いた。その脳裏に電撃のようにギルモの言葉が蘇った。捕食者というものはまず子供を狙うのだ。
フロウは仲間たちに向かって弾かれたようにダッシュした。砂に足を取られ、思うように走れない。盛り上がった砂がまるでフロウを追いかけるように進んでくる。
フロウは息を切らせながら必死に走り続け、三人の仲間たちの間に倒れ込むように飛び込んだ。
その途端に背後の砂が大きく割れ、中から何かが姿を現した。
砂が爆ぜ、天井まで跳ね上がる。視界が一瞬霞み、四人は思わず片手で目を庇った。
だが、フロウは顔をしかめながらも目を凝らした。砂塵の中に甲殻を纏った捕食者がいる。
その甲殻は黒い鉄のように鈍く光っている。巨大な湾曲した尾の先には禍々しい毒針。それが掲げる二本の鋏は大きさが不ぞろいなところが否応なしに不吉な印象を増し加えていた。
魔瘴気を喰って古代から生きる大蠍。それが姿を現したのだ。