ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て   作:nocomimi

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最後の秘密

その巨大な捕食者は砂の上に姿を現した。

 

全身に纏った甲殻は黒い鉄のように鈍く光り、巨大な湾曲した尾の先には禍々しい毒針が牙を剥くようにこちらを向いている。掲げられた二本の鋏は大きさが不ぞろいなところが否応なしに不吉な印象を増し加えていた。

 

横幅だけでも途方もなく大きい。フロウにはこの魔物の体長すら想像がつかなかった。

 

「鋏に捕まるな。距離に気を付けろ!」

 

アルギレウスが言った。

 

リゴールが弓に矢をつがえて放つ。それは大蠍の甲殻の継ぎ目に正確に命中し突き刺さった。だが魔物は全く反応しない。大蠍は奇妙な叫び声を上げると、両の鋏を大きく広げて威嚇してきた。

 

ギルモが斧を振り上げて前に出た。だが驚いたことに、大蠍はそれを読んだかのように後じさりした。木こりの斧が空を切り、大蠍の頭の前の砂地に空しくめり込む。

 

「ギルモ!逃げろ!」

 

アルギレウスが叫ぶ。大蠍が片方の鋏を振り上げた。斧を放り出した木こりは地面に身を伏せた。その頭上を巨大な鋏が唸りを上げて通過する。剣士はダッシュすると木こりを庇うように立った。再び一撃を加えようと大蠍が持ち上げたもう片方の鋏に剣で斬りつける。だがまるで金属の板に斬りつけたような音がした。刃が通らない。その間木こりは武器を拾って慌てて退却した。

 

大蠍は鋏を振り下ろした。剣士がそれをすんでのところで躱した。すると魔物は砂を巻き上げて後退した。その動きは巨体に似合わず素早い。

 

フロウは目を見張った。この魔物は賢い。自分が圧倒的に大きいにも関わらず、巧みな押し引きで戦いを楽しんでいるようにさえ見えた。

 

大蠍の口元を見ると、牙と牙が触れ合うギチギチという摩擦音が聞こえる。アルギレウスが剣を振り上げて殺到すると、跳躍して敵の頭部に一撃を加えた。だが全く歯が立たない。だが剣士は着地すると突きを放った。すると大蠍は素早く頭を伏せた。弱点の口元を狙った剣先が逸らされ、堅固に固められた頭部の甲殻の上で滑る。さらに大蠍は頭突きを放った。

 

二メートルほども飛ばされたアルギレウスは砂地に叩きつけられた。剣士は呻き声を上げながら立ち上がろうとする。ガサガサと多脚を前後させながら大蠍が迫る。ギルモは雄たけびを上げて斧を振り上げながら突進した。剣士を掴み上げようとする大蠍の鋏に向かって斧を振り下ろした。重い斧の一撃で衝撃を受けた鋏が揺れ、剣士を捕まえ損ねた。

 

リゴールが二の矢をつがえて放つ。矢が大蠍の口に刺さった。ほんの一瞬だがその動きが止まった。ギルモはアルギレウスに肩を貸すと必死で後退した。

 

大蠍は牙を上下させ口に刺さった矢を噛み砕いた。そして四人に顔を向けると前進し始めた。速い。

 

魔物が片方の鋏を振り回す。それを避け、四人は散開し始めた。すると、大蠍は多脚を巧みに使って向きを変え、フロウに向かってピタリと狙いを据えた。大蠍が速度を上げてフロウに突進してくる。

 

「坊や、下がるんじゃ!」

 

ギルモは猛然とダッシュすると横から魔物の鋏に斧を振り下ろした。硬い衝突音が響く。もう一撃を木こりが振り下ろし、大蠍の鋏が揺れる。だが足を止めた大蠍は空いているほうの鋏を持ち上げると、無造作にギルモの身体を挟んだ。

 

「おじさん!」

 

フロウは悲鳴に近い声を上げた。ギルモはジタバタと身体をくねらせなんとか逃れようとする。その時リゴールが背後から魔物の身体に飛び乗ってその頭頂部の上で弓を引き絞った。鎧の継ぎ目に向けゼロ距離射撃で矢を放つ。矢が突き刺さり、大蠍が悲鳴を上げて木こりを手離した。

 

だが大蠍が尻尾を振り回した。狩人はを身を低くして毒針を避けた。だが戻ってきた尻尾が頭に当たり、リゴールは魔物の身体の上から吹き飛ばされ砂の上に転がった。

 

アルギレウスが剣を掲げながらリゴールを助け起こす。だがフロウは絶望感が胸にのしかかってくるのを感じた。この三人が力を合わせても殆ど歯が立たないのだ。

 

大蠍は口元からギチギチと音を立てながら向きを変えた。誰から喰おうかと胸算用しているかのようだ。その時フロウの心中に猛烈な怒りが湧いてきた。ふざけるな。僕の仲間に勝手なことはさせない。

 

少年はパチンコを構えるとポケットから種を取り出してつがえた。ゴムを引き絞る。だが弱点に当てなければいけないことはわかっていた。

 

フロウは構えたまま慎重に摺り足で化け物から距離を取った。リゴールを助け起こしたアルギレウスは必死で壁際に下がっている。ギルモはようやく斧を拾い上げると自らを鼓舞するように気合いの声を発した。

 

大蠍は手近にいるギルモから料理すると決めたようだ。素早く距離を詰めると、鋏を広げて捕まえようとする。木こりは必死で斧を振り回した。右から左からやってくる鋏に斧を叩きつけ抵抗している。

 

その時、あるものがフロウの目を引いた。

 

大蠍の鋏の間に一瞬だけ『目玉』が見えたのだ。

 

魔物の弱点。あの火吹き山で戦った巨岩ベラ・ダーマにもあった。

 

フロウは素早く前進して木こりの背後に進んだ。

 

「フロウ!」

 

アルギレウスが叫ぶ。だがフロウは軽く頷いて返事するにとどめた。斧を振り回すギルモは顔が汗まみれだ。息が上がっている。大蠍は明らかに楽しんでいた。やがて木こりは攻め疲れで動きが鈍ってきた。そして斧が下がってきた。

 

大蠍は待ち構えていたかのようにゆっくりと片方の鋏を持ち上げ、広げた。やはりだ。目玉が見える。それも人間の頭くらいの大きさだ。

 

フロウはゴムを引き絞ってパチンコを放った。飛んでいった種は鋏の甲殻部分に当たって明後日の方向に飛んでいった。だがまだだ。諦めない。フロウはもう一発をゴムにつがえ、深い呼吸をし、そして放った。

 

デクの実が飛翔し、今まさに木こりを捕えようとしていた大蠍の鋏の間の目玉に命中した。

 

その瞬間だった。種が弾け黄色い粉が飛ぶ。途端に大蠍が奇妙な鋭い悲鳴を上げて動きを止めた。鋏が痙攣するかのように震えている。

 

「おじさん!目玉だ!目玉を狙うんだ!」

 

フロウが叫んだ。それに気づいた木こりが斧を振り上げ、渾身の力で鋏の刃の間に叩きつけた。肉が潰れる音がし、大蠍が再び悲鳴を上げた。鋏そのものが腐ったかのように魔物の身体から離れて砂地に落ちた。

 

ギルモが勢いを取り戻し大蠍を攻め立てた。守勢に回った魔物は残った鋏を掲げて自らを守る。フロウは走り寄ると、パチンコに種をつがえて構えた。

 

大蠍が木こりの攻撃を避けて後じさりした。ギルモはそれでも追撃に向かう。大蠍が待ち構えたようにその鋏を開いた。フロウは思い切りパチンコのゴムを引き絞り、そこに狙いを付けた。

 

放つ。種が飛翔して鋏の間の目玉に当たった。またも魔物が甲高い悲鳴を上げ鋏を震わせ始めた。木こりが斧を振り回し、鋏の間に叩きつける。

 

魔物が再び叫んだ。殆ど泣き声だ。残りの鋏がボロリと腐り落ちる。大蠍は向きを変えると砂に潜り始めた。

 

フロウはギルモに近づいて肩を叩いた。木こりは振り向くと汗だくの顔で微笑んだ。

 

「助かったっぺ。坊や、もう立派な冒険者だっぺな」

 

背後ではアルギレウスがリゴールを助け起こしながら言った。

 

「リゴール、一旦退却するか?」

 

「ふざけんなアルギレウス。あいつに百倍返しにしてやらなきゃ気がすまねぇ」

 

狩人はまだ側頭部に手をあてながらも答えた。

 

蠍の巨体が砂に沈み込むと部屋には再び不気味な静寂が訪れた。だが砂の波紋がゆっくりと動いている。まだ生きているのだ。

 

「下から来るぞ。気を抜くな」

 

アルギレウスが用心深い視線を配りながら剣を構え直した。ギルモとリゴールもようやく息を整えてその左右に並んだ。だが部屋は静寂に覆われている。

 

「みんな、僕が囮になるよ」

 

そのときフロウは声を上げた。三人は仰天して振り向いた。

 

「もう鋏がないから、あとは尻尾で刺すか噛み付くかしかできないよね?だから避けられると思うんだ」

 

「よせ...それは危険過ぎる」

 

アルギレウスが言ったがリゴールは手で制した。

 

「面白れえじゃねえか。そしたら俺が百倍返しで止めを刺してやる」

 

「しかし....」

 

「アルギレウス、こいつは今いっちょ前の冒険者になりかかってるんだ。俺たちの仕事は邪魔することじゃなくって助けてやることじゃねえか?」

 

それを聞いた剣士は口元を締めたまま俯いた。

 

「坊や、万が一のときはワシが必ず助けるっぺの」

 

ギルモが言う。アルギレウスは顔を上げた。

 

「五メートルまでだ。それ以上は離れるな」

 

フロウは頷いた。そして三人の間から前に出ると慎重な足取りで砂地の中心に歩を進めた。

 

一歩。また一歩。背後を肩越しで振り返り仲間との距離を測る。

 

再び前を向き、一歩。靴底が砂を擦る音が響く。だが部屋は静寂なままだ。他の物音は何一つしない。

 

仲間たちから五メートルほど離れた。だが何も起きない。大蠍はもう戦意を完全に失ったのだろうか?

 

その途端だった。フロウと三人の仲間たちの間の砂が盛り上がると、爆発するように爆ぜた。大蠍が姿を現し、怒りの叫び声を上げながらフロウに向かって突進してきた。

 

「うわあああああ!」

 

予想しない場所からの敵襲にフロウはパニックに陥った。大蠍が尻尾を振り上げた。毒針が迫る。転がるように避けた。

 

恐怖に駆られて立ち上がり必死で走った。だがすぐに壁際に追い込まれた。目を上げると魔物の背後から三人がこちらに走り寄ってくる。

 

必要なのは時間だ。たった数秒でいい。

 

フロウは敵に向き直るとアルギレウスに借りた短剣を抜いた。目の前に大蠍の巨大な顔が迫る。

 

目だ。

 

ゴツゴツした甲殻の間に、ひとつ目が覗いている。魔物の威嚇音が響く。フロウは待った。きっと来る。

 

思った通りだった。大蠍はその牙を広げ、噛み付こうと迫ってきた。フロウは短剣で突きを放った。剣先が目玉に当たった。全力で突き込む。

 

またも魔物が悲鳴を上げた。後ろから殺到してきた仲間たちが大蠍の背と言わず脚と言わず武器を叩きつける。木こりの斧の刃が痛撃を与え、蠍の脚が一本ちぎれた。リゴールがその背中に乗り、ゼロ距離射撃で矢を放つ。矢が突き刺さると、大蠍は方向を変えながら尻尾を振り回した。アルギレウスは身を伏せて回避したがギルモが吹き飛ばされた。

 

アルギレウスは好機を逃さなかった。立ち上がりざま突きを放つ。目玉に追撃を喰らった魔物が悶え狂う。だが苦し紛れに魔物が放った頭突きで剣士が後ろによろけた。

 

その時リゴールが魔物の背から飛び降りてその前に立つと弓に矢を三本まとめてつがえ、狙いを付け、そして言った。

 

「あばよ、ザリガニ野郎」

 

矢が放たれた。三本の矢が目玉に深く突き刺さる。

 

大蠍は甲殻全体を震わせて絶叫した。断末魔の悲鳴だった。

 

脚が砂を掻きむしり、尾が狂ったようにしなり、毒針が壁に突き刺さって火花を散らす。

 

フロウは思わず頭を抱え後ずさった。

 

巨体が暴れるたびに、砂が爆ぜ、空気が震える。だがその動きは次第に弱まり、やがて痙攣のような震えに変わった。

 

最後に、大蠍は脚を一度だけ大きく震わせると、そのまま砂地に崩れ落ちた。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

魔物の死骸が黒く変色し崩れ始める。だが、しばらくの間誰も近づこうとはしなかった。

 

フロウは荒い呼吸を整えながら、自分の震える手を見つめていた。だがふと気づいて、地面に落ちた短剣を拾うと、自分の服で軽く拭ってから鞘に納めた。パチンコも落ちている。それを帯に挟むと、顔を上げた。

 

「おう、フロウ」

 

リゴールが近づいてきて片手を上げる。フロウは微笑むと、少しジャンプ気味に相手に飛び付き、手のひらと手のひらを打ち合わせた。

 

「大丈夫か?」

 

アルギレウスが剣を納めながら近づいてきた。少年が頷くと剣士は複雑な表情で微笑んだ。

 

「君のおかげだ。礼を言うよ」

 

「でも、仲間じゃないですか。当たり前のことをしただけですよ」

 

「ヘッ....こいつ、口もいっちょ前になりやがったな」

 

フロウの答えをリゴールが茶化す。ギルモがしみじみとした顔で呟いた。

 

「ワシは森を出てから坊やを守ることばかり考えてきたっぺ。だけど坊やがこんなに強くなるとは思わなかったべよ」

 

「子供の成長を侮ってはいけない、ということか」

 

アルギレウスは吹っ切れたように笑うと、顔を上げた。

 

「差し当たり任務は果たしたな。地上に出よう」

 

「ちょっと待てよアルギレウス。まさか来た道をそのまま戻るってわけじゃねえよな?」

 

リゴールが文句を言う。

 

「また面倒なロープ登りとジャンプは御免だぜ。機械亜人どももこっから地上に出る非常口くれえは作りそうなもんだろ。探そうぜ」

 

その時だった。重々しい機械の作動音がしたかと思うと、足元の砂が少しづつ沈み始めた。

 

「な...何が起こってるんだっぺ?」

 

ギルモが慌てて言う。アルギレウスは冷静に答えた。

 

「砂の吐き出しだ。セラミック工場に送られるんだろう」

 

そのまま四人が立っていると、砂地の高さが十メートルほど下がってから作動音が止まった。足元の砂の間から硬い床が露出していた。

 

「見ろ、好都合じゃねえか」

 

リゴールが指をさす。砂が排出されて現われた壁に扉がしつらえられている。近づいてみると施錠はされていない。四人は扉を開いて外に出た。

 

そこは縦横十メートルほどの足場で、左手には広大な奈落が広がっている。だが、足場の上にトロッコがあり、その線路は奈落の上を遥か向こうまで渡っていた。

 

天井からは自然光の照明がガラス越しに差し込んでいる。そして奈落の左右の壁には巨大な機械装置が並んでいる。よく見ると、その機械装置は今朝見かけた機械亜人を巨大にしたような形状だった。

 

「ほら見ろ。言ったとおりだろ」

 

リゴールがしたり顔で言う。四人はトロッコに乗り込んだ。トロッコは自動的に起動し、ゆっくりと走り始めた。

 

「アルギレウス、前から言おうと思ってたんだがな」

 

リゴールがまた口を開いた。

 

「なんだ?」

 

「あんたは要領が悪い。真面目過ぎるんだ。もうちょっといい加減になったほうがいいぜ」

 

それを聞いたフロウは狩人を見た。冒険仲間とは言え本物の王子に向かって随分ハッキリとモノを言う、と驚いたのだ。

 

「真面目過ぎる....か」

 

アルギレウスは呟いた。リゴールが続ける。

 

「人生、楽しみが大事だ。仕事だって真面目一本槍じゃなくて楽しみが必要だと思あねえか?」

 

「...君らしいな」

 

アルギレウスが苦笑するとギルモが口を開いた。

 

「旦那、ワシは旦那ほどの立派な人を見たことがないです。誰かの下で働くなら旦那の下がいいです。狩人の下は嫌です」

 

「何だと?」

 

だがギルモの顔は笑っている。狩人は言い返した。

 

「てめえの上司なんてこっちも願い下げだ。せいぜいアモスを押さえつけるくらいしか役に立たねえんだからよ」

 

「でも、処分所の扉を開けたのもギルモおじさんだよ。あと、大蠍の鋏を両方斬り落としたのも」

 

フロウが声を上げた。

 

「なんだフロウ、こいつの肩を持つってのか?じゃあもう弓は教えてやんねえぞ」

 

リゴールも笑っていた。明らかに本気ではないようだ。

 

その時、アルギレウスが何かに気づいて立ち上がった。壁際に目を凝らしている。

 

「どうした?」

 

狩人が顔を上げた。だがアルギレウスは目を大きく見開いたまま沈黙している。ギルモとフロウも気が付き、剣士の顔を見たあと壁際に目をやった。

 

フロウは思わず息を呑んだ。

 

壁際の機械装置の足元に、棺桶が並んでいる。いや、並んでいるといった程度の数ではない。うず高く積まれていた。そのうちの一部は破損し、その中から白骨化した遺体の一部が露出している。

 

フロウは改めて左右を見回した。奈落の底から線路の高さに至るまで、ビッシリと棺桶が積まれているのだ。

 

「.....な...なんなんだよこりゃ?」

 

リゴールが呟く。フロウとギルモは言葉も出なかった。

 

トロッコが進んでいく間、左右の下方には延々と棺桶の山が続いている。

 

「見ろ!」

 

アルギレウスが指をさした。棺桶の山の上にある機械装置の足元に、製造途中で放置されたらしき機械亜人の身体がいくつか転がっていた。その機械の下部から伸びた管が棺桶と繋がっているのも見えた。

 

「こ...こいつは機械亜人製造工場も兼ねてたのか?」

 

狩人が言った。

 

「ま...待ってください。機械亜人ってもしかして本物の人間を....」

 

フロウが唇を震わせながら言うと、アルギレウスが引き継いだ。その声はかすれていた。

 

「...機械亜人は人間の魂を機械に転写した存在だ....。いわば、本物の人間を素材とした工業製品...」

 

フロウは思い出した。彼が機械亜人は身体が機械なだけで人間だと言ったとき、剣士は最初同意せず奇妙に保留した態度をとっていたのだ。

 

「じゃあ...さっきの子も、もとは人間だったのがこうやって....」

 

フロウの問いに剣士は頷いた。

 

「機械亜人化は、船員、鉱夫など危険な職に就く者たちが職務を遂行しやすいよう、自ら志願して行うものだ。本来はな...。だが....」

 

「でも...でも....」

 

フロウは戸惑った。トロッコは粛々と進んでいくが、その左右は見渡す限りの棺桶の山だ。

 

「機械亜人になったら自分の身体を無くしちゃうわけでしょ?子供も作れなくなるし、そんなにやりたがるものなんでしょうか...」

 

するとリゴールが答えた。

 

「だがその代わり昼夜休みなく働けるってわけさ....それに聞いた話じゃあ、一家丸ごと機械亜人化した例もあるらしいぜ。寂しくないようにってな」

 

フロウは首を振った。頭で理解するのがまったく不可能な話だった。

 

「それにしても....こ...この数....二万や三万じゃあきかないっぺ」

 

ギルモは声を震わせた。

 

「十万...二十万....いや、もしかするとラネールの全人口に匹敵する規模かも知れん」

 

アルギレウスが言う。

 

「でも....機械亜人になるのは志願したひとだけなんでしょ?」

 

ようやくの事で我に返るとフロウは尋ねた。

 

「ま、志願制を『志願制』のまま強制する方法なんていくらでもあるけどな」

 

リゴールが言った。

 

「薬、ギャンブル、女にはまらせて借金まみれにしたあと、『こうすりゃきれいに返済できる』ってもちかけりゃあいいのさ。昔から使い古されてきた方法さ」

 

しばらく沈黙した後、アルギレウスが口を開いた。

 

「この地方は『時空石』の産地だ。莫大なエネルギー源だが、採掘には危険が伴う」

 

「じゃあ...この人たちは...」

 

フロウの頭の中で何かが繋がった。人間の際限なき欲望。それが暴走したら何にも止められない。フロウにも、それはなんとなく想像できた。リゴールが心を読んだように言った。

 

「ここは練石場だ。『時空石』の採掘にフル回転してるうち、人が足りなくなったってわけだ。それで片っ端から......」

 

アルギレウスが食い入るように棺桶の山を見つめながら続ける。

 

「だが『時空石』によるエネルギーの便益を最も多く受けていたのは、王都エレディアスだ....」

 

アルギレウスの声は、奈落の底から響くように低かった。

 

「王都は時空石によって繁栄した。灯りも、工場も、暖房も...すべて、この石の力だ」

 

フロウは息を呑んだ。

 

「じゃあ...アルギレウスさん...王都の豊かさって...」

 

「この地獄絵図の上に成り立ってたってわけ...か。ひでえなんてもんじゃねぇ」

 

リゴールが首を振りながら言う。

 

アルギレウスは拳を握りしめた。その横顔は、これまでフロウが見たどんな表情よりも険しかった。

 

「クソォォォォォォォッッッ!!」

 

剣士は叫ぶとトロッコの縁を思い切り殴りつけた。その額に汗が浮かび、呼吸が乱れる。フロウはかける言葉も見つからず、ただその横顔を見つめるしかなかった。

 

トロッコはやがて終着点に着いた。そこは十メートル四方ほどのプラットフォームだった。一行はそこでトロッコを降り、正面突き当りの戸口から出た。そこからは登り階段だった。地上に出るのだ。だが誰も口を開く者はいなかった。

 

* * * * * * * * * * 

 

長い階段を登り切る。太陽の光が差し込んできた。

 

地上に出てると外の空気が久しぶりに思えた。空腹も感じる。フロウは三人の後に続いて太陽の下に出ると軽く伸びをした。

 

周囲を見渡すと、豪奢な石造りの神殿の構内のようだ。背後は高い壁が並ぶ。目の前には奈落が広がり、そこには大理石製の橋がかけられていた。その対岸にもまた石敷きのフロアが広がっている。

 

幸いなことに橋の幅は広く、渡るのに苦労はしなかった。向こう岸の東の方向にある壁の突き当りには広々とした出入口が造り付けられている。

 

神殿と工場が繋がっているということは、神官と機械亜人の乱造も繋がっているのだろうか。フロウの頭の中にそんなあてもない思索が浮かんでは消えた。だが、前を歩く三人が突然立ち止まったので、フロウはギルモの背中に突き当たりそうになって慌てて歩を止めた。

 

顔を上げると、見知らぬ人物が目の前に立っている。

 

それはスラリとした女性だった。白く長い髪に、浅黒い肌。奇妙な文様のついた黒い服。

 

その顔だちからするとまだ三十歳前後だろうか。だが普通の女性でないことはフロウにもすぐにわかった。鋭い目つきに、引き締まった口元。

 

「アルギレウス王子。おひさしゅうございます」

 

女性は膝を曲げると軽く一礼をした。

 

だがその瞬間だった。

 

リゴールが一瞬にして弓に矢をつがえるとその女性に狙いをつけ引き絞った。

 

弓の弦が軋む音が、静寂の中に鋭く響く。

 

「動くな」

 

狩人の声は低く、いつもの軽口とはまるで違う。だが女性は矢を向けられても眉ひとつ動かさず、ただ静かにリゴールを見返した。

 

「ここで会ったが百年目だ....落とし前をつけてもらおうか」

 

フロウは訳も分からずリゴールの横顔を見た。狩人の目は血走っている。声もかすれている。ギルモも慌ててリゴールと女性を交互に見比べていた。

 

女性は言った。

 

「放て。リゴール。そなたの腕で私を殺せるものならな」

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