ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て   作:nocomimi

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第四章: 螺旋塔に秘められた宝
全種族の会議


「ここで会ったが百年目だ....落とし前をつけてもらおうか」

 

フロウは訳も分からずリゴールの横顔を見た。狩人の目は血走っている。声もかすれている。ギルモも慌ててリゴールと女性を交互に見比べていた。

 

女性は言った。

 

「放て。リゴール。そなたの腕で私を殺せるものならな」

 

フロウの心に急激に不安が広がった。リゴールは最初に比べたら変わった。でも初めて出会ったとき、彼はギルモに矢を向けたのだ。そのときの顔に浮かんだ凶暴性。フロウは鮮明に思い出した。

 

「リゴール、よせ」

 

アルギレウスが手を上げた瞬間だった。リゴールが矢を放った。距離は三メートルほどしかなかった。

 

フロウは声を上げかけた。だが次の瞬間起こったことに息を呑んでしまった。

 

その女性は顔の前に人差し指と中指を突き出し、矢を挟んで止めたのだ。

 

だが、狩人はもう次の動きに入っていた。弓を放り捨て、短剣を二本抜き放ちつつ相手に向かって突進していた。

 

距離が詰まるのは一瞬だった。目にも止まらないほどの高速でリゴールが身体を回転させ、両手の短剣の刃が陽光を反射してきらめく。

 

女性がほんの僅かに身体を後ろに傾け、刃を避けた。その動きのテンポがまるで優雅な踊りのように見え、フロウには現実感がなかった。再び刃が襲った。彼女は片手を軽く立ててその刃を逸らした。

 

素手なのにどうしてあんなことが?フロウの頭に疑問が浮かぶ間もなく、女性は三度目の斬撃を放とうとしていたリゴールの手首を掴んだ。その途端に狩人の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 

だがリゴールはその態勢から両脚を振り回した。つま先が相手の鳩尾を狙うように飛んでいく。女性は腕を軽く曲げてそれを止めると、僅かに身体をかがめて拳を放った。

 

それは、まるで知人を訪問する者がその家の扉を叩くときのような軽い打撃だった。

 

だが、リゴールは肺から全ての息を吐きだすかのようなうめき声を上げると、ぐったりと床に横たわり動かなくなった。

 

アルギレウスが駆け寄る。だが女性は片手を上げると言った。

 

「ご心配なきよう、殿下。死んではおりません」

 

ギルモはパニックになったように呟いた。

 

「な...なにがどうなってるんだっぺ?」

 

フロウも訳が分からないままリゴールのもとに走り寄った。狩人の肩に手を伸ばし、呼びかける。

 

「リゴールさん!リゴールさん、大丈夫……?」

 

返事はない。だが胸は上下している。確かに息はある。フロウはほっとしたが、同時に背筋が冷たくなった。

 

顔を上げ、今しがた狩人を制圧したその女性を見上げた。

 

白く長い髪に浅黒い肌。感情の類が一切表れないその冷たい表情。

 

「インパ、済まない。彼には私からよく言っておく」

 

アルギレウスはリゴールを抱きかかえたまま言った。

 

「お気になさる必要はありません。これもわが一族内々のことですゆえ」

 

インパと呼ばれた女性は頭を下げ、続けた。

 

「殿下。お探し申しておりました。この度亜人諸族の長老たちから全種族会議の要請がありましたゆえ、殿下のおられる所をと思いこの場所を指定した次第です。ご出席くださいますよう」

 

「全種族会議....」

 

アルギレウスは顔を上げた。だがすぐ了解したように返事をした。

 

「わかった。出よう」

 

アルギレウスはそう言ったあと、ギルモとフロウを見上げた。

 

「リゴールを頼む。済まないが回復するまで...」

 

「委細、承知です。旦那。お任せくだせえ」

 

ギルモが答え、狩人の身体を受け取った。木こりはリゴールの身体を抱え上げると日陰に連れていった。フロウはアルギレウスと謎の女性のほうを気にしつつもそれに従っていった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

リゴールはすぐに意識を取り戻した。だがギルモとフロウが何を話しかけても返事をしなかった。なにか支障があるわけではないようだった。完全に心を閉ざしてしまった、そんな雰囲気だった。

 

木こりは困り顔でフロウを見た。少年は答えた。

 

「よくわからないけど....そっとしておいてあげるしかないみたいだね」

 

リゴールは床に座り込み、日陰の壁に背をもたれさせたままじっと目の前の宙を見つめている。フロウは溜め息をつくと、ギルモに合図して歩き出した。

 

「あいつがあんなに取り乱したところを見るのは初めてだっぺさ」

 

木こりが言う。

 

「ねえ、おじさんって昔っからリゴールさんを知ってるの?」

 

フロウが問うとギルモは答えた。

 

「あいつは諸国を回る狩人だっぺよ。何年も前にフィローネの森に来たこともあったっぺが...」

 

木こりは嫌なことでも思い出したような顔をして首を振った。

 

「あんときのあいつは狂ったみたいに動物を殺してたっぺ。とにかく見つけ次第射殺してたんだっぺさ。わしは怒ったが、あいつは聞き入れなかったぺ」

 

「そうだったんだ.....」

 

フロウは先ほどリゴールの顔に浮かんだ凶暴な表情を思い出して身震いした。

 

「今回の旅であいつも丸くなったってワシも思ったけんど....ふとした時に昔に戻ってしまうんだっぺかのう」

 

木こりが言う。フロウも同じ心配が心に湧いてきた。

 

「ねえ、でも僕思うんだ。きっとおじさんとあの人っていい友達になれると思う」

 

それを聞いたギルモが素っ頓狂な声を上げた。

 

「ワシがあいつと?」

 

木こりは呆れ顔で笑った。

 

「馬鹿なことを言うんでね。そりゃああいつは戦いのときこそ頼りになるが、ワシはあんな不信心で失礼な奴と仲良くなることなんて到底無理っぺ」

 

「そうかなあ」

 

フロウは呟いた。

 

「僕、思うんだ。あの人には自分と全然違う人が友達になってあげたほうがいいって。おじさんはぴったりだと思うよ。とっても穏やかだし、優しいし、大らかだし」

 

「いんや、そいつはいくら坊やの言うことでも無理だっぺよ」

 

木こりは首を振った。二人はあてもなくブラブラと歩いたのち、神殿の高い塀に設えられた出口から外に出ることにした。

 

だが一歩そこから足を踏み出した途端、目の前に広がる光景にふたりとも言葉を失ってしまった。

 

そこには、夥しい数の亜人達がいた。

 

岩のような肌をした巨躯の亜人たち。隆々とした筋骨に黒く大きな目。フロウにとっては初めて見る種類の亜人たちだった。

 

オルディンの火吹き山で会ったモグマ族たちもおり、そのうちの一人がフロウたちに気づくと手を振ってきた。テツオだ。

 

その傍らには、以前フィローネ地方で見かけた巨大な鼠のような生き物たちもいた。毛むくじゃらの背中をしており、細い口吻のついた顔の上には木の葉のような飾りがついている。

 

機械亜人たちもいた。一つ所にかたまって、身振り手振りを交えながら何事かを議論している。言葉の合間あいまに、ケロケロケロという笛の音のような奇妙な音を発していた。

 

さらにその横には駱駝が何頭も立っている。その上から人間たちが降りていた。皆、仕立てのよい服を着ている。

 

ふと見ると、その人間たちを迎えるようにしてアルギレウスがこちらに背を向けて立っている。

 

フロウは思わずギルモの袖をつかんで言った。

 

「お、おじさん....これって...その...『全種族』?」

 

ギルモも口を半開きにしたまま、目の前の光景を呆然と眺めていた。

 

「こ、こんなに……亜人が集まるなんてワシ、生まれて初めて見るっぺよ...」

 

岩肌の巨体を持つ者たちが地面を踏むたびに大地がわずかに震える。その隣でモグマ族は穴を掘り返しながら談笑していた。巨大な鼠のような生き物――アルギレウスが以前『キュイ族』と教えてくれた者たちだ――は、髭を震わせながら不安げに周囲を見回している。機械亜人たちは話し合いがまとまったのか、ひとりだけが前に出、他の者たちはそれぞれ手帳を手にして地面に座り込んだ。

 

その時、駱駝からひと際上等そうな服を着た初老の男が降りてきて、アルギレウスに向かって頭を下げた。

 

「お久しぶりでございます、王子殿下」

 

アルギレウスは軽く頷いたが、無言のままだ。その男は長い白髪を撫でつけた背の高いやせ型の男だった。その男は微笑むと、集まった者たちが作った輪の中央に向かって進み出た。

 

ふと横を見ると、先ほどリゴールを制圧した黒い服の女性が神殿の壁ぎわに立っている。まるで影のように静かに動かない。

 

フロウは再び周囲を見回した。一体これから何が起こるというのだろう?

 

やがて初老の男は咳払いし、両手を叩いて注目を集めると、会議出席者を見渡して話し始めた。

 

「私、王都エレディアスの執政官、ウラドミール・シャラームと申します。皆さまにおいて異議なければ、この全種族会議において議長を務めさせていただければと」

 

そう言って軽く頭を下げると、男は椅子に腰を下ろした。了承を求める形をとったものの、男は当然のように話を先に進めた。

 

「それでは....全種族会議は招集権を持つ族長ないし長老のうち二人以上から要請がなされた場合に開催されると取り決められております。この点、正式な要請があったということで間違いはございませんな?よろしければ確認のため要請を行った方は挙手していただければ」

 

男が出席者を見回すと、モグマ族の長老と、岩のような肌を持つ男たちのうちひと際身体の大きな個体が手を上げた。

 

「よろしい。では招集要件が満足されたことを確認いたしました。これより全種族会議を開催いたします」

 

すると、岩肌の男たちが手を上げて口を開きかけた。だが、シャラームと名乗った初老の男はそれに気づかなかったのか、前を向いて話し始めた。

 

「まずは議題の確認から入りましょう。本日の議題は....」

 

だがその瞬間、最初に挙手した岩肌の巨体の男が低い声で唸った。

 

「待て」

 

しかしシャラームは手元に差し出された巻物をめくりながら続けた。

 

「議題その一。王国の自然環境について、ゴロン族から提起されている....」

 

「待てと言っている」

 

巨体の男が拳を地面に叩きつけた。衝撃がしてフロウは思わずビクリと背筋を震わせた。

 

「これは失礼....。まさにこの議題は、ダルボスどの、貴殿から提出されたのですな?」

 

シャラームは動じない。慇懃に微笑むと言葉を継いだ。

 

「王国の自然環境についての異義申し立てと伺っております。私シャラーム、微力ながらこの場において最適な政策を実現するための議論を.......」

 

ダルボスと呼ばれた巨躯の男はそれを遮った。

 

「いいか、我らゴロン族は今日まで平和を守って暮らしてきた。諸君ら人間および亜人諸族とだけではない。我らを取り巻く、野、山、川...ハイリアから与えられたもの全てだ」

 

初老の男はやや顔をしかめたが口を閉じて聞いていた。

 

「だが今、我らの里が喰われている。赤黒い瘴気にだ。これが全てを覆いつくそうとしている。これは明らかに我らの責ではない。今ここでその責任の所在を明らかにして欲しい。それが我らの要求だ」

 

「ダルボスどの。瘴気...と申されましても具体性に欠けます。もう少し詳細に...」

 

「わからんのか。今やあの毒が空に広がり、地を浸し、水にまで入り込んでいる。その原因は我らの見たところ人間にある」

 

ダルボスと呼ばれた巨漢が放った言葉に会議がざわめいた。だが他の亜人諸族が互いに囁き交わすなか、議長は平然と答えた。

 

「ダルボスどの。そのような指摘をされるのであれば根拠をお示しいただかねば困りますな」

 

「根拠だと?諸君らには見えんのか?この毒が?それは今この瞬間にもここに漂っている。それが動かぬ証拠ではないか」

 

ダルボスは声を上げた。

 

「...残念ながら、それは貴殿の主観的な主張に過ぎません。どうでしょう...ダルボスどの。その『瘴気』とやらについてのちほど調査報告書を提出いただけますかな?その特徴、分布地域、濃度、毒性について詳しい情報をご提供いただきたい。その上で再び検討させていただくというのが相当かと」

 

シャラームは立て板に水の調子で相手を説き伏せた。ダルボスと呼ばれたゴロン族の男は不服を露わにした顔をしながらも着席した。

 

「では議題その二に参りましょう....まず王都として問題にしたいのは、時空石の生産についてです」

 

執政官は言葉を継いだ。

 

「この半年というもの生産量は右肩下がり。しかし労働力も資源も足りているはず。どういうわけでこうなっているのか説明願いたい」

 

「以前からご報告しているとおり、魔物の襲撃によるところが大きいのです」

 

機械亜人のうちの一人が立ち上がると説明した。

 

「魔物の襲撃による死亡は先月だけで13件、身体破損事故は421件にも及びます。施設を魔物に占拠され稼働できない事例も多々ありました。これを解決しなければ生産量回復は到底不可能です」

 

「小さな問題を大きく言い立てるのはあまり見栄えのよいものではありませんな、RS23443どの....いや、失礼。RS23442どのでしたか」

 

執政官は薄く微笑みながら続けた。

 

「警備装置はなんのために設置してあるのですかな?それに貴殿らが直接従事せずとも生産ラインは稼働する設計になっているはず。問題があるとすれば管理方法にあると推測するのは当然かと」

 

「ですから、魔物はその警備装置をかいくぐって侵入してくるのです」

 

機械亜人が首を振りながら言った。

 

「それに探鉱は今でも完全な手作業です。しかし試掘坑道を開いてもすぐ魔物が蔓延してしまいます。これでは新たな鉱脈を探すことはできません。以前から警備兵の派遣をお願いしているのもこれが理由なのです」

 

「しかし現在の埋蔵量は枯渇しているわけではない。堀り進めれば採掘は可能でしょう」

 

執政官が優雅に手を組んで顎を上げた。だが機械亜人は言った。

 

「執政官。採掘というのは無限にできるわけではありません。一か所を掘り過ぎれば地盤が弱体化するのです。無計画な掘削は地域全体を危険に晒します」

 

それを聞いた執政官はやや眉を曲げて一瞬沈黙したが、やがて言った。

 

「なるほど、それでは試掘坑道にも警備装置を配置するということでどうですかな?」

 

「警備装置は確かに既存施設の警備には使えますが、作業員を攻撃してしまう誤作動も報告されています。人間の警備兵を送っていただくのが最も良いのです。それをしていただけないなら、我々機械亜人にも武装を許可していただくしかありません」

 

「ふむ....それはいかがなものかと」

 

機械亜人の答えを聞いた執政官は首を傾げた。

 

「王都としては民間人の武装をみだりに許可する方針ではない。それこそ悪用や事故につながりかねませんからな」

 

「執政官、魔物の脅威を軽視することはできない」

 

黙っていたアルギレウスが見かねたように口を開いた。

 

「私自身が練石場を探索し、この目で見た。多頭蛇や大蠍の幼生が蔓延し、最奥部には蠍の親が潜んでいた。彼の言ったとおり、警備装置だけでは対処できないのは明白だ」

 

それを聞いた執政官は薄く微笑むと頭を下げた。

 

「王子殿下におかれましては有難き知見を賜り感謝いたします」

 

男はだがすぐに付け加えた。

 

「民の実情をつぶさにご覧になろうとするその熱意、敬服いたします。.....しかしながら.....まつりごとというものは点のみを見て行うものではございません。あくまで全体を見て最適な判断を下すものです」

 

「私は機械亜人が鬼に襲われているのも見た。また、まさに殺された瞬間にも居合わせたのだ」

 

アルギレウスがやや色をなした様子で反論した。

 

「機械亜人もまたわれらの民の一部。民が殺されれば復讐をなし正義を求めるが指導者の当然の務め。執政官、あなたはそうは思われぬのか?」

 

執政官は含み笑いした。

 

「王子殿下...殿下はお若いころから剣術と冒険に専心しておられた。ですから...まつりごとのほうには、少々これからご経験を積まれることが必要かと」

 

「ああ...ちょっとよろしいですかな」

 

モグマ族長老が手を上げた。

 

「ラネール地方の事情については我らも気にしているところであるのじゃが...なにぶんこちらは火山活動の激化に閉口しておっての。自然現象とはいえあまりに急すぎる。儂らとしては、他の地方でこれに類する天変地異が起きていないか知りたいのじゃが」

 

そう言ってモグマ族長老が出席者を見回すと、キュイ族の中にいたひときわ大きな個体が口を開いた。

 

「ワシらは特段なにも見ておらんが....そうじゃのう」

 

そのキュイ族の個体は手を伸ばして腰のあたりを揉みながら続けた。

 

「それにしても久しぶりの長旅は体にこたえるわい。だれか腰に良い湿布を知らんかの?」

 

「族長どの...それは後で個人的に聞かれればよかろう」

 

モグマ族長老に注意され、キュイ族の長が慌てて言った。

 

「そうじゃそうじゃ。天変地異じゃな?先ほど言ったように特に見ておらんが....まあ、そうじゃのう、人間の数が急激に減ったのは確かじゃな。理由はわからん。まあワシらにも不都合はないでの。これを機に植林を始めようと思うているところじゃ。人間に伐採されてきた分を取り戻すのにちょうどよい機会じゃて」

 

「族長どの、魔物の出現についてはどうなのです?」

 

アルギレウスが質問した。

 

「魔物?魔物.....」

 

キュイ族の長は顎の下を指先で搔きながら思案していたがやがて答えた。

 

「そういえば鬼がよく出るようになったのは確かじゃ。だがワシらキュイ族は擬態が得意じゃからの。奴らが出たら植物のふりをして隠れるだけじゃ。今のところ被害は出ておらん。奴らにしてもワシらの肉はたいして美味くないようなのが僥倖じゃったわい」

 

「鬼が増えているとおっしゃったが、どのくらいの数なのです?」

 

アルギレウスが重ねて問うたとき、ダルボスの隣に座っていたやや背の低い岩肌の男が立ち上がった。

 

「おいあんたら、俺らゴロン族を無視しねえで欲しいもんだな」

 

出席者が一斉にその男を見た。

 

「いいか、今日こそは言いたいことを言わせてもらうぜ。人間たちは今までやりたい放題にそこらじゅうの山を掘ってきた。俺たちゴロンは争いを好まねえ。だから人間が進出してくるたびに、彼らが使いたいならと俺らは住居を移動してきた。ところが、人間は我らが譲れば譲るほど、その分だけ進出してくる」

 

男は一層声を張り上げた。

 

「これはいってえどういうことなんだ?人間はハイリアさまから与えられた分だけでは満足できねえ種族なのか?答えてもらいてえもんだ。特に、そこにいる王子さん、そして執政官とやら」

 

するとダルボスと呼ばれた大男も立ち上がった。

 

「かつて我らはハイリアから任ぜられ山と大地を守る者として生きてきた。火山の怒りも大地の揺らぎもすべて受け止めて生きてきたのだ。だが――」

 

大男が拳を握りしめると、石が軋むような音がした。

 

「人間たちは違う。掘り、奪い、壊し、そしてまた次の山へ移る。そのたびに我らは住処を追われる。それでも争いを避けてきた。だが、もう限界だ。これ以上は黙っておられぬ」

 

会議場の空気が張り詰める。キュイ族の長は腰をさすりながら言った。

 

「まあまあ、ダルボスどの、ゴローネどの。そうカッカされると血圧に悪いですぞ」

 

だがゴロンの男たちはそれを無視して続けた。

 

「わからんのか。我ら亜人がハイリアより与えられた分に満足して生きてきたのと対照的に、人間のとどまるところを知らない強欲さがこの大地を....」

 

「どうかダルボスどの、冷静にお願いできますかな」

 

執政官は平然とした口調でゴロン族長を制止した。そして咳払いすると言った。

 

「採掘活動に際しては必ず先住民への説明と正当な交渉による土地買収を行ってきたはずです。もちろんゴロン族の皆さまの福利について我々が追加でできることがあれば検討いたしましょう」

 

モグマ族長が再び手を上げると発言した。

 

「執政官どの。わしが思うに....火山活動だけではない。魔物の発生もそうじゃ。全てが一斉に、急激に起きている」

 

「なにがおっしゃりたいのですかな、族長どの?」

 

執政官が問い返すと族長は続けた。

 

「つまりですな....これらの変異は偶然で片づけるには重なるところが多すぎるんじゃよ。何かが起ころうとしているのは間違いない」

 

執政官は当惑したように族長を見た。そして言った。

 

「...おっしゃることが分かりませんな。どうか具体的にお願いしたい」

 

「預言だ」

 

アルギレウスが口を開いた。

 

「聖典にある。終末の時には地震が起き、悪しき者たちが地の底から現れ....」

 

すると執政官は声を出して笑い出した。

 

「...失礼...失礼。どうかこの無礼はお許しください、殿下。しかし殿下のその比類なき敬虔さは...その...民の模範ではありますが」

 

執政官はようやく笑いを納めると続けた。

 

「しかし殿下。まつりごとの場はあくまで現実を元に議論するものです。どうか宗教と政治を混同することのなきよう...老婆心ながら、この私...助言差し上げます次第でございます」

 

アルギレウスは目を見開いて執政官をねめつけたあと、他の出席者たちのほうを向いた。

 

「おのおの方、私は三つの地方を巡り各地に起きた変異をこの目で見てきた。いまや全ての地方がそれぞれ災厄に見舞われている。なるほど、その原因について云々することは今の時点では推測に過ぎぬから控えるべきかも知れぬ」

 

そう言うとアルギレウスは立ち上がって言葉を継いだ。

 

「だが一つ確実に言えることがある。亜人諸族および人間はいま団結し戦わねばならない相手がいる。それは魔物たちだ。その数は増え、力も増している。もはや我らにいがみ合っている暇はない。今こそ....」

 

「世迷い言を抜かすな。人間とともに戦うだと?」

 

ゴロン族の族長も立ち上がって声を上げた。

 

「我らがこれまでどれほど人間に虐げられてきたか、あんたにはわかるまい。そして今になって都合よく我らを人間のための駒として利用しようというのか。我らはそんな甘言には騙されんぞ」

 

ゴロン族長の割れ鐘のような声が響き渡る。

 

「我らは何度も住処を追われた!山を削られ、道を奪われ、火山の怒りが増したときも人間は耳を貸さなかった!そんな連中と肩を並べて戦えだと?笑わせるな!」

 

だがアルギレウスは前に出て声を張り上げた。

 

「ダルボスどの、あなた方の怒りは理解する。だが魔物はすでに全ての種族を脅かしている。人間も、ゴロンも、キュイも、モグマも、誰一人として例外ではない」

 

ダルボスは鼻を鳴らした。

 

「魔物の増加など人間の悪が増した結果に過ぎぬ。その尻拭いに参加せよなどと悪い冗談にも聞こえぬ。我らはそんなことには関知せぬ。貴殿らで勝手にやればよかろう」

 

話し合いは紛糾し始めた。それぞれの種族の代表者がそれぞれの主張を繰り返し、何の合意も見いだせない様子だった。

 

その日の会議が閉会になると、アルギレウスは神殿の塀の傍で宿営を張っていたギルモとフロウに合流した。リゴールは少し離れたところに座っていた。

 

日が暮れるなか、ギルモはどこからか鍋を探し出してきてスープを調理していた。味見を済ませると、木をくりぬいて作った即席の椀の上によそってそれを配った。フロウは久しぶりの温かい料理に歓声を上げた。アルギレウスも静かに食事を始めた。リゴールはそっぽを向いていたが、やがて床に置かれたスープの椀を手にとって食べ始めた。

 

「アルギレウスさん...あの....」

 

フロウは食事が一段落するとアルギレウスに尋ねた。

 

「なんだ?」

 

「あの...リゴールさんって、どうしてあの女のひとに対してあんなに怒ってたんですか?」

 

少年の質問を聞いたアルギレウスは長い間黙っていたが、やがて口を開いた。

 

そこでアルギレウスが語ったことはフロウを驚かせるのに十分だった。

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