ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て   作:nocomimi

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秘められた出自

アルギレウスが語ったことはフロウを驚かせるのに十分だった。

 

リゴールはもともと、古来から王家と女神に仕える秘められた一族『シーカー族』の一員だったという。

 

この一族は、鍛え抜かれた戦闘力と諜報能力をもって王室を陰に陽に支えてきた。危機を察知し、陰謀を阻止し、戦さにおいては偵察を行い時として先鋒を務める。

 

リゴールはその一族の中で将来を嘱望された戦士だった。

 

そしてある時彼は近くに住む村の娘に恋をした。娘もまた彼を慕い、二人は添い遂げることを誓い合ったという。

 

ところが、一族には『一族の外の人間と結婚してはならない』という鉄の掟があった。この掟を知っていたリゴールは、娘を連れて遠くに逃げることを画策した。

 

「駆け落ち...という奴じゃな」

 

ギルモが焚火を見つめながら言った。

 

「そ...それでアルギレウスさん。その恋人はどうなったんですか?リゴールさんと一緒になれなかったんですか?」

 

フロウが尋ねると、アルギレウスは口を閉ざした。彼は離れた場所に座る狩人を見やり、そしてしばらく思案した後、続けた。

 

「彼女はもういない」

 

「も...もしかして...」

 

フロウは胸に湧きあがった予感に苦しくなりながらも尋ねた。

 

「もしかして...死んだ..んですか?」

 

アルギレウスは無言でうなずいた。ギルモも真剣な顔で剣士の顔を見つめ聞き入っている。

 

「彼女はリベカという娘だった。小柄で黒髪の活発な少女だった。私も会ったことがある。彼女は暴れ者だったリゴールを全く恐れなかった。彼女は私に言ったものだ。『私にはあの人の心の中が見える』と。リゴールは彼女に出会って変わった」

 

そこでアルギレウスは一呼吸置いて、失われた懐かしいものを想起するような微笑を浮かべた。

 

「彼は理由なく人と争うことをしなくなった。だから私は冗談で言ったものさ。『君はあの子に牙を抜かれたな』と。彼は答えたよ。『俺が牙を剥くのは誰かがリベカを傷つけたときだけって決めたんだ』とな」

 

焚火の中で枝が爆ぜる音が響く。ギルモもフロウもアルギレウスの横顔をじっと見つめていた。フロウは続きを聞きたい気がした。だが聞きたくないとも強く思った。しかし、剣士はしばらくの沈黙の後また話し始めた。

 

「あの黒服の女性はインパといって、シーカー族の長だ。一族の長は必ず女性がなると決められている。そして彼女は、ある時リゴールの心を知ってこう持ち掛けたんだ。『三か月の間、娘と合わずに修行に専念すれば結婚させてやる』と。リゴールはそれを聞いた時天に昇らんばかりに喜んだ。そして一切の接触を断って修行に打ち込んだ」

 

フロウは尋ねた。

 

「...そ...それでどうしてそのひとが亡くなってしまったんですか?」

 

「インパは裏でその娘にこう言ったのだ。『リゴールは別の女に恋をした。既に結婚し新しい家を構えている。諦めろ』とな。それで彼女は悲嘆に暮れた」

 

アルギレウスは言うと俯いた。

 

「彼女はそれでも待った。ひと月が経ち、ふた月が経った。だが三か月目に、彼女はとうとう悲嘆に耐えられなくなりひとりで森に入った。リゴールを探し求めて....そして彼女は野獣に噛み裂かれた姿で発見された」

 

「な.......なんちゅうむごいことを......」

 

ギルモは呻くような声で言い、啜り泣き始めた。フロウは呆然となってただ口を閉ざすしかなかった。焚火に照らされたアルギレウスの顔には何の表情も浮かんでいない。フロウは振り向いて、離れたところに座るリゴールのほうを見やった。狩人もまたじっと動かずに目の前を見つめている。

 

「ワシは...ワシは...今まであいつのことを誤解しておったです。ワシはあいつを芯から悪い奴だとばかり...」

 

ギルモは鼻をすすりながら涙をぬぐうと、立ち上がってリゴールのほうに歩み寄った。木こりは狩人の横に座り何事か話しかけていたが、リゴールはわざと背を向けるように座りなおした。

 

「フロウ、今日はもう休め。冒険と旅が続いて疲れたろう」

 

アルギレウスが言う。

 

「は...はい」

 

フロウは答えた。リゴールのことが気になったが、少年は焚火の近くに横たわると目を閉じた。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

「ほう...全ての種族が集まって会議を...ねえ」

 

その若い美しい男は、前髪を指先でいじりながらフロウの話を聞いていた。

 

「だがねえ、そういった話し合いはえてして紛糾しがちなものさ。利害が一致しないからね」

 

男はそこで顔を上げ微笑した。

 

「図星だろ?」

 

フロウは溜め息をついて頷いた。若い美しい男は、気障な仕草で足を組んで椅子に腰かけていて、フロウはその足元で床に座っていた。

 

「僕はあまり差し出がましいことは言いたくないが、いまは強力な指導者が必要なんだと思うよ」

 

フロウはそれを聞くと顔を上げて相手を見た。豪奢な仕立てのマントを翻すと、若い美しい男は続けた。

 

「ああ.....僕の主人がいかに素晴らしい方かを皆が知ってくれたらいいのに。残念だよ。地道によい働きをしている人というのは注目を引くことがないんだ」

 

「あなたのご主人ってどんな方ですか?」

 

フロウは尋ねた。若い男は意を得たとばかりに身を乗り出した。

 

「いいことを聞いてくれた。僕の主人はね、力強く、気前がよく、そして何よりも偉大な方だよ」

 

聞いていたフロウは曖昧に頷いた。どうしたわけか、若い美しい男が並べ立てるこれらの修辞を聞いてもフロウは少しも心を動かされなかった。

 

「僕は確信している。この混乱した世を治めることができるのは彼しかいない。言い換えれば、彼が王座につきさえすれば、全ての混乱や争いや諍いは終止符を打つんだ」

 

「あの......ちょっと待ってください」

 

フロウは口を挟んだ。

 

「僕は聞いたことがあります。この地はハイリアがその境を定められ、人間を置いて、自然の恵みを与えられたって。あなたのご主人はハイリアとお友達なら、どうしてハイリアにお願いしないんですか?自分に任せてほしいって」

 

すると若い美しい男はちょっと皮肉な表情をして溜め息をついた。

 

「ハイリアはね、そこまで細かいことには口を出さないんだよ。天の上におられるからね。下々のことには興味がないのさ」

 

「そ...そうなんでしょうか?」

 

フロウには受け入れがたい話だった。これではまるで人間の世界は嵐の中に放り出された小舟と同じようなものに思えてしまうからだ。

 

「ハイリアを敬うのはもちろん必要なことだよ。しかし、僕と僕の主人は現実をきちんと考えるたちなんだ。そして何よりもはっきりしているのは、世を治めるには『力』が必要だということさ。これは誰にも否定できない事実だろ?『力』なしでどうやって良い世の中を作るんだい?」

 

「それはそうですけど........」

 

若い美しい男の巧みな理屈にフロウは言い返せず、俯いた。

 

「フロウ。聞いてくれ。君のような素晴らしい少年が何のあてもなくこの地上を彷徨っているのを見ると僕は心が痛む。だからぜひ君に来てほしい。そして僕の主人に会って欲しいんだ。会えばきっとわかる」

 

若い美しい男がそう言うのを聞いてフロウは再び相手の顔を見上げた。

 

「彼はきっと君に『力』を与えてくれる。そうすれば、君が救おうとしているひとも救えるんだ。良い話だろ?」

 

フロウの眼が見開かれた。リナハを救うことができる?

 

このあてのない冒険の中、進めるだけ進もうと必死だった。自信もついたけど、リナハを救うあてはまだ得られていない。

 

フロウが注目しているのを見て、若い美しい男はさらに声を張り上げた。

 

「そう。『力』が与えられる。それも見返りなしにだ」

 

「本当に....ですか?」

 

フロウが尋ねる。すると若い美しい男はフロウにいっそう顔を近寄せて答えた。

 

「本当さ!おカネも何もいらない。唯一そのために君がすべきことは、彼の名をその額に....」

 

* * * * * * * * * * * * 

 

「おい起きろ、フロウ!」

 

リゴールの声と乱暴に揺り動かす手でフロウは目覚めさせられた。

 

体を起こすと、夜明けが近い。アルギレウスとギルモが焚火の傍らで寝息を立てている。

 

「あれ?見張りの順番って....」

 

寝ぼけ眼をこすりながらフロウは呟いた。

 

「ギルモの分を俺がやってやったのさ。スープの礼がわりにな」

 

リゴールはそう言うと、焚火の側に横になった。

 

「リゴールさん.....でも........」

 

「ああ?なんだよ」

 

「こんなに亜人がいっぱいいるんだから見張りしなくても.......」

 

フロウの言葉を狩人は一笑に付した。

 

「バカ。亜人に殺されたらどうすんだよ」

 

「そんなことって.....」

 

だがリゴールは既に寝息を立て始めていた。

 

フロウは溜め息をつくと体を起こした。薄暗い空を見上げた。夜と朝の境目。空の端がわずかに白み始めている。

 

胸の奥には、さっきまで見ていた夢の残滓がまだじっとりと張り付いていた。

 

額にその名を刻めば、『力』が手に入る。見返りなしに。

 

リナハを救える。フロウは頭を振った。

 

「そんなわけ、ないよね……」

 

自分に言い聞かせるように呟いたが、胸の奥のざわつきは消えない。

 

焚火の残り火がパチパチと弾ける。その音に紛れ、神殿の壁の影の中で何かが動く気配がした。フロウは思わず向き直り、腰の短剣を引き抜くと構えた。

 

目を凝らすと影の中で黒い衣が揺れた。インパだった。

 

「す...すいません」

 

フロウは短剣を納めると頭を掻いた。

 

インパは何も言わずにフロウをしばらく見つめていたが、ふと思いついたように呟くと踵を返した。

 

「少年.....」

 

「は...はい。何でしょう?」

 

「始まりを忘れるな」

 

「え?」

 

フロウは思わず問い返した。だが相手はそのまま影の中に溶け込むように姿を消した。

 

* * * * * * * * * * * * * 

 

夜が明けてしばらくすると、亜人諸族が活動を始めた。実に騒がしい朝だった。ゴロン族たちは持参した岩を噛み砕き、モグマ族たちは焚火の上に溶岩のプレートを乗せて香ばしい焼き肉の匂いを立てている。キュイ族たちは鳥のような甲高い声でおしゃべりしながら草を食んでいた。機械亜人たちは夜の間どこかにいっていたのが全員戻ってきて、「ケロケロケロ」と奇妙な音を交えながら互いに議論している。

 

やがて朝食が済むと会議が再開した。シャラームを議長とする話し合いは、しかし何の結論も導き出さない。アルギレウスは苛立った表情を露わにしていた。

 

「ねえ、おじさん」

 

会議を見ていたフロウはギルモに耳打ちした。

 

「ゴロン族がもし戦いで味方になってくれたら、とても心強いよね?」

 

それを聞いた木こりは首を振った。

 

「無理だっぺな。ゴロンはプライドがあるから人間と組むような連中ではねえっぺよ」

 

「だけど、さっき魔瘴気のことを言ってたでしょ?アルギレウスさんと一対一で話をすればきっとさ......」

 

「ええ、それでは皆さまご静粛に」

 

その時シャラームが一層声を張り上げて言った。

 

「ここでアルギレウス王子殿下が退席されます。どうか拍手でお見送りくださいますと幸いです」

 

アルギレウスが立ち上がって軽く一礼すると、フロウたちのほうに歩いてきた。だが会議の出席者たちのうち拍手しているのはモグマ族と機械亜人の一部だけだ。他はアルギレウスの退席を気にもせず互いの話し合いに没頭していた。

 

アルギレウスが戻ってくると、フロウは声をかけた。

 

「あの...アルギレウスさん。会議にいなくていいんですか?」

 

「ああ」

 

アルギレウスは軽く首を振って答えた。そして顔を上げると、三人に呼びかけた。

 

「リゴール、ギルモ....そしてフロウ」

 

ギルモが剣士の顔を見た。壁際に座っていたリゴールも気だるげに立ち上がる。

 

だがフロウは心の中に新鮮な驚きと期待が走っていた。

 

自分は...仲間として数えられている。

 

アルギレウスは言葉を継いだ。

 

「これから王都に向かう。一緒に来てほしい。もしかするとこの事態を打開する手段が手に入るかも知れん」

 

「承知しました、旦那」

 

ギルモが真っ先に答えた。

 

「じゃあ僕も行きます」

 

フロウは数瞬もったいをつけてから答えた。誇らしい気分で胸が一杯だった。

 

「リゴール、君はどうだ?」

 

アルギレウスが尋ねると狩人は短く答えた。

 

「ああ。いいぜ」

 

「王都まではラネール洞窟から渓谷を抜けて登山道に入る。旅程は三日ほどだ。亜人たちから食料を入手しよう」

 

アルギレウスが手短かに説明し、一行は旅支度をした。会議を遠巻きに眺めていた亜人たちに声をかけ、アルギレウスが貨幣を手渡すとギルモが食料を受け取って袋に詰め込んだ。

 

会議場の脇を抜けて神殿から離れ、神殿前の敷地に設置されていたトロッコに乗る。トロッコは採石によってできた奈落の上を渡ると一行を向こう岸に運んだ。

 

四人はトロッコから降りると、崖沿いの道を通って洞窟に入った。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * 

 

洞窟に入ると内部はひんやりしている。アルギレウスが蝋燭を取り出して火をつけかけた。だが、奥のほうで灯りがゆらゆら揺れているのが見える。

 

「魔物けぇ?」

 

ギルモが呟く。だがアルギレウスは蝋燭をしまって言った。

 

「いや、カンテラだ」

 

一行が進んでいくと、やがて洞窟は四つの分岐路の収束する場所に出た。カンテラはその床に置いてある。

 

アルギレウスが立ち止まって手を上げた。ギルモが武器を構える。だがリゴールは弓を担いだままだ。不思議に思ったフロウが前方に目を凝らすと、真ん中の分岐の前に丸い岩の塊りが見えた。

 

そしてその岩塊が動いている。フロウが仰天して声を上げかけると、その岩の塊が立ち上がった。

 

よく見るとゴロン族の老人だった。

 

「ケンブンか。精が出るな」

 

アルギレウスは微笑んで近づくと右手を差し出した。

 

「誰かと思ったら王子さんかい。久しぶりだのう」

 

二人が握手するのを見たフロウとギルモは顔を見合わせた。昨日会議で見た猛々しいゴロン族の雰囲気とは違い温和な態度だった。

 

「みんな、心配はいらない。彼は学者のケンブンだ。地質調査が専門でね」

 

紹介を受けたケンブンと呼ばれたゴロン族の老人は言った。

 

「おや、人間の皆さん揃って砂漠旅行かい。装備は十分なのかい?」

 

「いや、王都への近道を行こうと思ってね」

 

アルギレウスが答え、次いで尋ねた。

 

「トロッコ広場への道はまだ通れるな?」

 

「ああ。あっちでもまだ採掘はやってるみたいじゃ。だが........」

 

ケンブンと呼ばれたゴロンは言葉を濁した。

 

「何か問題が?」

 

「いや、最近どうも機械亜人どもが騒がしくての。まるで戦争でも起こったみたいな忙しさなんじゃ。儂には奴らの言葉は早口で聞き取りづらいから特に詮索もせず放っておいたんじゃが」

 

「戦争....?」

 

アルギレウスが怪訝な顔をする。だがケンブンは続けた。

 

「そうじゃ。やたらとあちこち走り回ったかと思うと、雷龍がどうとか、何とかの木の実がどうとか言っておったわい。儂は雷龍伝説に興味はあるが、本業の片手間に調べるにはいささか荷が重くての。そうじゃ王子さんよ。渓谷を通ったついでに何かわかったら帰り際に教えてくれんかの?」

 

「わかった。約束しよう」

 

アルギレウスが答える。四人はゴロンの老人に挨拶すると真ん中の分岐を進んだ。

 

しばらく歩くとカンテラの明かりが届かなくなった。だがそれと同時に洞窟の出口から自然光が射し込んでくる。

 

四人はやがて野原に出た。左右を崖に挟まれているが、進むほどに幅が広くなる。

 

やがて両側の崖が切れ、右手には渓谷を挟んで向こう側に扉の設えられた岩壁がある。左手には岩棚のような通路が山の中腹まで伸び、その終着点には一本の枯れ木がポツンと立っていた。

 

前方に広がる広場には、中央にトロッコが設置してあり、線路が伸びている。その周囲には機械亜人が数体いて、作業したり行き来したりしていた。

 

その時だった。アルギレウスが弾かれたように顔を上げた。

 

フロウが視線を辿ると、広場の向こう側の端に何かが横たわっている。

 

まるで海の鯨のように長い身体を持つ何かだ。

 

アルギレウスは驚愕のあまり目を見開き、口を開けてしばらく固まっていたが、やがて小走りに走り始めた。

 

「アルギレウスさん、どうしたんですか?」

 

フロウが尋ねた。だがギルモとリゴールが剣士を追って走り始めたので、フロウもやむなく走って追いかけた。

 

だが、大人たち三人は先行していった。途中のトロッコ駅を通り過ぎ、百メートル以上はありそうな広場を横切る。その端から先は切り立った崖になっている。そしてその崖の縁にその何かは横たわっていた。

 

三人が立ち止まったところにようようのことでフロウは追い付いた。覗き込むと、その何かは生き物のようだった。腹のあたりが上下しているから呼吸をしているのがわかる。

 

だが、その呼吸は安らかなものではないことは明らかだった。急ぎ気味で、時折ひきつったように止まる。

 

フロウは立ち止まった地点から顔を左右に動かしてもう一度その生き物の全容を眺めた。

 

体長が非常に長く、黄色を基調とした服のようなものを纏っている。肌は濃い茶色だった。地面に横たえられた顔はどこか人間にも似ており、長い白い髭が生えている。

 

アルギレウスはその生き物の顔の前でひざまずいた。フロウも近寄ると、その生き物の苦し気な呼吸音が聞こえてきた。

 

「.....お...王子さ....ん......か....」

 

その声は岩屋の奥底から響くような低い声だ。だが口調は今にも途切れそうに弱い。

 

その時背後から声がした。

 

「皆さま。現在は面会謝絶中です。許可なく話しかけられては困ります」

 

機械亜人が立っている。手には氷嚢や水差しを持っていた。

 

「教えてくれ....この方は....」

 

アルギレウスは振り返ると立ち上がって問うた。するとその生き物が片手を上げてゆっくりと振った。

 

「い.......いいんじゃ.....儂も...話しがしたい....」

 

すると機械亜人は驚いたように目をぱちくりさせたが、やがて大人しく引き下がった。

 

アルギレウスは改めて跪くと話しかけた。

 

「私はアルギレウスと申します。いかにもエレンディル王家の者です」

 

「そ....そう...か......」

 

その生き物は大儀そうに答えると、何度か呼吸をしてから言葉を継いだ。

 

「わ...儂は....もう...長く...ない......王子...よ....」

 

「も...もしかしてこの方が雷龍さまだっぺな?本物だっぺ....!」

 

ギルモが驚愕のあまり口を手で押さえながら呟いた。

 

「魔瘴気は....この地を....満たし....た....。じき...封印..が..破ら..れ..る..」

 

「雷龍さま...どうか...どうか...お気をしっかり」

 

アルギレウスは首を振り、相手の顔に手を当てると続けた。

 

「あなたのお力が必要です。我々はまだ....」

 

「儂は...ここ...から...離れる....ことが...できんかった...のだ.....」

 

その生き物は震える片手の人差し指を上げ、立ち働いている機械亜人たちを指した。

 

「あ...あいつら...が...可愛い...くて...のう...」

 

「雷龍さま、もしかして魔瘴気が原因で......」

 

フロウは思わず声を上げた。

 

「そ...そうじゃ...。わ...儂はもう千年...以上も...それ...を...吸い...」

 

「じゃあ...じゃあ人間が原因ってことじゃないですか!」

 

フロウは愕然として叫んだ。

 

「じゃが...儂は...恨んで....おらん....。ただ...ただ....心...残りで...のう....」

 

アルギレウスは何度も首を振って呟いた。

 

「まだみまかれてはなりません。お願いです。どうか我らに力を....」

 

「王子...よ....雄々しく...戦え....それ...が...最後の...希望...じゃ.....」

 

雷龍の胸がひくりと痙攣し、地面がわずかに震えた。

 

アルギレウスは必死に呼びかけた。

 

「まだ...まだ逝ってはなりませぬ。あなたがいなければこの地は……!」

 

雷龍はゆっくりと首を振った。その動きは、風に揺れる枯れ枝のように弱々しい。

 

「儂は...あやつら...が...愛おしゅうて...いつも...見守って....おった....。あやつら...も....儂が..孤独に...な..ら...ぬよう...そばにおってくれた.....」

 

雷龍がその巨大な顔をゆがめた。どうしたわけか、フロウにはそれが微笑んでいるようにも見えた。

 

「わ...儂は...最後...まで...甘い...爺い....じゃった....のう....」

 

そう言い終わったあと、雷龍が咳をした。いや、笑ったのかも知れない。

 

だが、それが何度か続いたあと、雷龍は動かなくなった。呼吸も止まっていた。

 

フロウと三人の仲間たちはしばらくの間呆然としてその亡骸の前に立ち尽くしていた。

 

アルギレウスは目を見開いたまま、雷龍の動かぬ顔を見つめていたが、やがて立ち上がった。

 

フロウが彼を見上げるとアルギレウスは呟いた。小さいが、皆に聞こえるはっきりとした声だった。

 

「王都に行く。そしてトライフォースを手に入れる」

 

アルギレウスはそう言うと、ギルモとリゴールとフロウの顔を見回した。

 

「悪を封じ、この全てを終わらせるにはそれしかない。いや....」

 

ギルモが顔を上げると頷いた。フロウも覚えず倣った。アルギレウスは言った。

 

「必ず。必ずやり遂げてみせる。王家の名にかけて」

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