ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て 作:nocomimi
日没後、アルギレウス、リゴール、ギルモそしてフロウの四人は隠れていた広場から通りに入った。だが人通りのない裏通りを進んでいると、向こうの四つ角から警備兵の姿が見えた。数人がひと組になって、誰かを探しているように左右を見回しながら巡回している。壁沿いに足音を潜めて進んでいた一行は素早く物陰に隠れた。
「別の道がある。こっちだ」
アルギレウスが言った。足元の道路の縁にある排水溝についた金網を取り除けると、その中に入ってから三人に手招きした。
「...こ...この穴に入るのけ?」
ギルモが当惑する。リゴールがアルギレウスの後に続いて排水溝に滑り込みながら言った。
「だからダイエットしろって言ったろ。行くぞ」
ギルモとフロウも続いた。穴の壁についた梯子を降りていくと、やがて一行は直径二メートルほどの横穴に辿り着いた。
「螺旋塔の近くまで地下を通って行こう」
アルギレウスは蝋燭の火をつけると言った。
「道はわかるのか?」
「下水網の図面は全て頭の中に入ってる。こんなこともあろうかと思ってな」
リゴールが尋ねるとアルギレウスは答えた。
「リゴールさん...クーデターってさっき言ってたのは...」
フロウが質問するとリゴールがアルギレウスに従って歩き始めながら言った。
「力づくで王位を覆すことさ。あの執政官の野郎、ずっと機会を伺ってたんだろうな。前から信用できねえとは思ってたがこれほどの悪党とは知らなかったぜ」
四人は横穴を歩き続けた。底には水が流れているが幸い水深はごく浅い。しばらく歩くと、やがて人工的に作られた池に出た。池の縁にある通路を回り込み向こう側に行くと、今度は水の流れていない地下道が続いていた。
「執政官はかつて父王の補佐官だった。だが私が十三歳の時父が病にかかった。以来彼は摂政のような役割を果たしてきたのだ」
アルギレウスが歩きながら言った。
「彼は有能だったが私を政治に関わらせようとしなかった。彼からの報告の信頼性に疑問を抱いた私は自分で王国の実態を知ろうと旅に出たんだ」
「この地上最強の弓手、リゴールを伴ってな。腐れ縁もここに極まれりだぜ」
リゴールが楽しそうに引き継ぐ。
「目的地に近づいたら休憩しよう。フロウ、君は突入前に仮眠をとれ。夜通しの冒険は負担が大きい」
「わ...わかりました」
アルギレウスが言うのにフロウは答えた。特別扱いは不本意だったが、ギルモの言葉が思い出されたから素直に返事することにした。
「坊やも背が伸びて力がついたら立派な剣士になれるっぺよ」
心を読んだようにギルモが励ます。
「それに弓も覚えてもらわねえとな。だろ?」
リゴールが肩越しに振り向いて言う。それを聞いてフロウは力強く頷いた。
一行はアルギレウスの先導で地下道の四つ角をいくつも曲がると、やがて階段を登った。
階段を登りきると扉があった。扉を用心深く開き、前方を伺ったあと、アルギレウスは戸口を抜けほかの三人に手招きした。倉庫のような部屋だ。
部屋の外に出ると、そこは森にほど近い寂れた街区だった。人通りは全くない。それでも用心深く身を低くしながら進む。
やがて四人は森の入り口に設えられた広い公園のような場所に出た。だが内部は荒れ果て、周囲を囲う壁は所々崩れている。
「ここなら人目につかないだろう」
アルギレウスは言うと、背の高い草が生い茂った敷地に足を踏み入れた。
「ここは何ですか?」
フロウは声を低めながら尋ねた。
「野外礼拝所だ。かつて巫女の流れを汲む者たちが原初礼拝を行った場所だ」
アルギレウスが言う。差し渡し百メートルほどの敷地の奥に、石の祭壇がある。だが半分ほど崩壊していた。
アルギレウスは祭壇を見つめながら数秒間動きを止めていた。その顔には失われた宝を思い返すような複雑な表情が浮かんでいた。横から見ていたフロウには、その瞳が僅かに揺れているのがわかった。そして、天望の神殿と大地の神殿の至聖所で見せた剣士の意外な表情が脳裏に蘇った。
だが剣士は、すぐ我に返ると小休止を告げて皆を座らせた。
月の光が周囲の光景を余計に物寂しいものにしている。草と、虫の声と、遠くの木立のシルエット。この三人と一緒でなければたとえ肝試しだと言われても来なかっただろう。フロウは思った。
四人は残っていた食料を食べてしまうと、おのおのが装備を再点検した。
「フロウ、休め。螺旋塔まではもう遠くない」
アルギレウスが勧めた。フロウは言われた通り横になった。焚火が出来ないので気温が低いが皮鎧のおかげで寒くはない。
「螺旋塔に追っ手がかかるってことはねえのか?」
リゴールが小さな声で言う。アルギレウスは答えた。
「螺旋塔の設計図は王家の金庫にしかない。トライフォースが隠されている可能性を覚知しているのは私だけだ」
「それが隠されてるっていう手がかりはどうやって得た?その設計図にあるのか?」
リゴールが重ねて問うた。
「トライフォースは古来から形状だけが伝わっている。それは三角形を三つ積み重ねた形だ。そしてそれを分散したかのように設計図には三角形が三か所に配置されている。そしてフィローネ、オルディンおよびラネールの三地方を司る三女神を象徴する印もまた......」
だが話していたアルギレウスは突然黙って目を見開くと、片手を上げ周囲を見回した。
そして剣士の視線が止まった。その見やる方角には、祭壇の真正面にあたる入り口があった。
そこに人影が見える。
草を掻き分ける音も、砂利を踏みしめる音も全くしなかったのに。フロウは驚いて目を凝らした。
立ち上がったアルギレウスが剣を引き抜いた。リゴールは一瞬にして弓を肩から下ろすと矢をつがえた。ギルモも慌てて起き上がり斧を構える。
するとその人影が声を発した。若い男の声だ。
「王子アルギレウス。そしてその仲間の皆さん....少しお話したいのだが、よろしいかい?」
その若い男は前に進み出てきた。月の淡い光がその顔を照らした。途方もないほど美しい顔だ。気障に切りそろえた白い髪。体にぴったりと沿った珍しい仕立ての服装と、赤紫色の上等な布のマントを羽織っている。
フロウは驚きのあまり言葉を失った。夢の中で出てきたあの男。あの男だ。
あの夢は正夢だったのか?そう思った瞬間、フロウの背筋に悪寒が走り、全身の毛が逆立った。
「てめえ誰だ。どうやってここに来た」
リゴールが油断なく弓を構えながら誰何した。その矢は若い美しい男の額のあたりにピタリと向けられている。
狩人は相手が答える前に言葉を継いだ。
「てめえがロクでもねえ奴だってことは勘でわかるぜ。何よりもツラが気に入らねえ。死なねえうちに失せたほうが得策だぜ」
「まったくもって偏見も甚だしいねぇ」
若い美しい男は大仰に溜め息をつくと言った。
「僕は君たちの敵じゃあない。それどころか君たちに『良い知らせ』をもたらしに来たんだよ」
だが狩人はせせら笑った。
「いらねえな。怪しいセールスマンにしか見えねえよ、てめえは」
リゴールは弓の弦をさらに引き絞った。
「三つ数えてやる。それまでに決めろ。死ぬか、失せるか」
すると若い美しい男はクスクスと含み笑いした。
「元気のいい狩人さんだねぇ。まあそんなに自分の無力さを味わいたいならやってみるといいよ」
若い美しい男は自分の額を指さして促した。
「ほら。撃ってごらん。そんなもので僕を殺せると思うならね」
「面白れえ」
リゴールは鼻を鳴らした。だがアルギレウスは手を上げた。
「おい...よせ」
その瞬間リゴールはやや狙いを逸らして矢を放った。矢が若い美しい男の肩に命中した。少なくともフロウにはそう見えた。だが若い美しい男は何事もなかったかのように立っている。そして刺さったはずの矢も背後に飛び去ったのか、どこにも見えない。
リゴールは驚きに目を見張った。だが次の瞬間には二の矢をつがえ、構えなおした。
「ほらほら。悔しいのはわかるけど現実を見なきゃ。君に僕を殺すことはできない。僕はそもそもこの次元の存在じゃあないからね」
若い美しい男は微笑むと得意そうに両腕を広げた。
「何が望みだ?」
アルギレウスは剣を下ろさず用心深い語調で尋ねた。
「望み?さっきも言ったろう。僕は君らから何かを取ろうとしているわけじゃあない。そうではなくて与えようとしているんだ。『良い知らせ』を通じてね」
そして若い美しい男は思い出したように片手を胸の前に持ってくると軽く膝を曲げた。
「そうそう、申し遅れたね。僕の名はギラヒム。以後お見知りおきを」
「ギラヒム殿。貴殿は魔法使いか?それとも...精霊か?」
アルギレウスは剣を納めると尋ねた。
「僕は...まあ...精霊に近い存在..とでも言っておこうかな。僕は君ら人間と違って空間に縛られないからね。だが、もちろん誤解してほしくないのは、僕は魔物や幽霊とは違う。見てのとおりちゃんとほら、顔も身体も人間と同じだろ?」
「用件は簡潔に願いたい。我々も用事があるゆえ」
アルギレウスが言った。だがフロウはこらえきれなくなり口を開いた。
「アルギレウスさん...この人...信用しないほうがいいです」
三人が一斉にフロウを見た。フロウは気恥ずかしさを感じながらも言葉を継いだ。
「僕...この人と夢で会ったから知ってるんです。『額に名を刻めば力が得られる』とか言ってて....きっと何か怪しいことを考えてると思います」
途端にギラヒムと名乗った男が甲高い笑い声を立てた。
「おいおいおい、『夢で会った』って...いったい何のことを言ってるんだ、少年?」
ようやく笑いが収まるとギラヒムと名乗った男は続けた。
「悪いが、僕は君に会ったことなんて一度もないよ。僕に夢で会ったってねえ?そんな根拠のない話で僕のことを決めつけられても困るなぁ」
フロウは信じがたい思いで目を見開いた。確かにこの男に会った。話も聞いた。だが夢の中だから何の証明もできない。
「アルギレウス王子...僕の『良き知らせ』について説明させてくれ。僕はある人に仕えている。その人は偉大な力を持っていて、やがてこの地上の王となる方なんだ。それであなたにお伝えしたい」
ギラヒムはさらに一歩前に進み出ると続けた。
「あなたのような誠実で有能な人が、こんな当てのない冒険により傷つき倒れるなどということがあってはならないと僕は考えている。だから、あなたにお勧めしたい。僕の主人に仕えることを。そうすればあなたは絶大な力を得られる。望んでいることが叶えられる。救いたいと思っている人たちを救えるんだ」
「その...『主人』って人はきっとハイリアの敵なんです。だって精霊は言ったじゃないですか。この地上はさばかれるって」
フロウが口を挟むとギラヒムはきつい目で睨みつけてきた。
「いい加減にしないか、少年。寝ぼけて見たおかしな夢を根拠に僕の話に文句をつける気かい?」
ギラヒムは人差し指を立てると言った。
「君ね、大人をあまり怒らせないほうがいいよ。...さもないと後で酷い目に遭うから」
フロウは再び背筋がゾッと寒くなるのを感じた。相手の語調と表情から伝わる途方もない冷酷さ。今まで人から受けたどんな悪意よりも強烈な悪意だ。
「王とその家は常にハイリアのみに仕える。それは太古の昔から決まっていたことゆえ変えることはできぬ」
アルギレウスは静かに言った。
「引き取りたまえ、ギラヒム殿。そして貴殿の主君に伝えられよ。余計なお気遣いは無用とな」
「やれやれ、アルギレウス王子。あなたは本当に真面目なお方だ。だが、考えてみたことはないのかい?そうやって真面目に王家の責務を果たそうとして、あなたはいったい何を見返りに手に入れた?」
ギラヒムは問いかけた。
「執政官はあなたを裏切った。民は気力を失い生ける屍のようだ。亜人諸族は纏まらず、互いに協力しようともしない」
少し間を開けると、ギラヒムは首を横に振りながら続けた。
「あなたは何を得た?何もないじゃないか。あなたは受けるべきものを受けられていない。尊敬、忠誠、賞賛....本来ならあなたのような人物が受けるべき全てのものをね。だとすればこれ以上なぜそんな『責任』に縛られる必要があるのだ?」
それを聞いたアルギレウスはやや目を見開いて口をつぐんだ。ギラヒムは微笑むとゆっくりと続けた。
「王子、君は誠実過ぎる。それゆえに皆が君に寄りかかり、君は使い潰されてしまっている。私と一緒に来ればそれよりも多くの物を得られる。そしてはるかに満たされた人生が待っているんだ」
「.....ギラヒム殿、貴殿はわかっておられないようだが、王家の責任は生まれつきのものだ。何かの見返りがあるゆえ果たすのではない」
アルギレウスは答えた。ギラヒムはまた溜め息をついて微笑んだ。半ば呆れたような微笑みだった。
「堅い...じつに堅いねえ」
「旦那...ワシは難しいことはわかりませんが...旦那が『責任』を果たすのを、ワシはお助けしたいと思ってついてまいりましたです」
ギルモがおずおずとした語調で口を挟む。
「ワシは旦那を尊敬していますですから。ワシのようなただの木こりに言われて嬉しいかはわかりませんが....」
アルギレウスは振り向くとギルモを見て微笑んだ。そしてギラヒムに向きなおると続けた。
「お聞きしたとおりだ、ギラヒム殿。申し出は有難いが、これ以上の話し合いは無用のようだ」
「ちょっと待ってくれないかい?」
ギラヒムは片手を上げた。
「アルギレウス王子、あなたは思ったことはないのか?あなたの探しているトライフォース...これがどれほど危険なものか、ということを」
「なぜそれを知っている?」
アルギレウスは思わず顔を上げた。そして、そう言ってしまってから、慌てて口を閉ざした。
「それは当然知ってるさ。なにせ僕たちだって、この地上のこと、そしてそこに住む人間や亜人たちのことをいつも心配しているからね。あなたがトライフォースを使って問題を解決しようとする可能性なんてちゃんと想定していたよ」
ギラヒムは眉を上げると続けた。
「トライフォースはどんな願いでもかなえるという。本当かどうかはわからないがね。だが、裏を返せばそれは使う者の心によって大災厄を起こすことにもなりかねない。アルギレウス王子...あなたに警告しておこう」
ギラヒムはひと差し指をフロウ、ギルモ、リゴールにゆっくりと向けると言った。
「あなたの近くに置く人物に、よくよく気を付けたまえ。トライフォースのような絶大な力...それを目の前にしたとき、人間はいったい何を思うだろう?まずは自分の欲望をかなえることだ。違うかい?だとすれば、あなたの近くにいる者がその力を奪い取り...」
「やめろ!」
アルギレウスは叫んだ。そして剣を引き抜くとギラヒムに向けて続けた。
「彼らを悪く言うことは私が許さん。今すぐ立ち去れ。そうでなければ貴殿は私の敵だ」
それを聞いたギラヒムは片手を上げ、気障なしぐさで前髪を掻き上げた。そして次の瞬間のことだった。
その姿が消えた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
ギラヒムの姿が霧のように掻き消えたあと、しばらく誰も声を出せなかった。
ただ、月明かりの下、虫の声と時折吹く風が草を揺らす音だけが響いている。
リゴールが弓を下ろし、舌打ちした。
「……なんなんだ、あの野郎。気味の悪い真似しやがって」
ギルモは肩を震わせながら、斧を握りしめたまま呟いた。
「ワ、ワシ……あんな幽霊みたいな奴、初めて見たべ……」
フロウはまだ息が整わず、胸を押さえながらアルギレウスを見上げた。
「アルギレウスさん……あの人、本当に危ないです……僕……夢で……」
アルギレウスはフロウの肩に手を置いた。その手が自分に触れ、フロウはようやく落ち着きを感じた。
「わかっている。フロウ、私は君の言葉を信じる」
アルギレウスは言った。
「奴はおそらく『終焉の者』に遣わされたのだろう。その先触れだ」
それを聞いたフロウはとてつもない恐ろしさを感じた。夢の中で彼が言っていた『僕の主人に会ってほしい』という言葉----その言葉に従っていたら、と思うと背筋が凍り付いた。
少し黙ったあとアルギレウスは深く息を吐いた。
「だが、今は立ち止まっている暇はない。奴が何を企んでいようと、我々の目的は変わらない」
一行は結局居場所を変えることにした。あのギラヒムが現れた場所に長い間留まるのが不吉だったからだ。
森の中に入り、暗い中ゆっくりと前進した。目が星明りに慣れるのに時間がかかったが、一時間ほど進むとようやく開けた場所に出た。
「ここだ」
アルギレウスが言う。一行の目の前には実に奇妙な建物が立っていた。
それは法螺貝のような螺旋を描く形をした巨大な塔だった。だがその螺旋が上から下に広がっていくのではなく、下から上に広がっているのだ。
* * * * * * * * * * * * * * * *
その塔の表面は、月光を受けて青白く光っていた。石でできているはずなのに、どこか生き物の殻のようにも見える。
螺旋の溝には古い文字が刻まれていたが、風雨に削られ読める部分はほとんどない。
アルギレウスは塔の根元に近づき、壁の表面へ触れた。
「古代の研究施設だ。フィローネ、オルディン、ラネールの三地方の土、植物、動物を集めた人工的な自然環境を再現したのだ。だが危険が理由で閉鎖された」
「危険って...何が危険だったんです?」
フロウは尋ねた。
「魔物だ」
アルギレウスは答えた。
「閉ざされた環境であるにも関わらず魔物が発生したのだ。内部で自然発生したという以外にあり得ないという結論になり、このことから魔瘴気の研究が始まった」
剣士は建物の壁から手を放すと腕組みした。
「今では私は確信している。魔瘴気が各地の土着生物を『魔物化』させていると。その仮説が得られたのもこの施設があったゆえだ」
「....てことは閉じ込められた魔物がまだ残ってるってことか?」
リゴールが尋ねるとアルギレウスは頷いた。
「ああ。閉鎖されてから百年……内部の環境は完全に隔絶されている。魔瘴気が溜まり独自の生態系が形成されているはずだ」
塔の底部にある戸口は鉄の板で封鎖されていた。ギルモが戦斧で強引にそれを破壊した。アルギレウスが蝋燭をつけて先導し中に入っていくと、二十メートル四方ほどの四角い部屋だ。右手には奥に進む小部屋がもう一つあり、その突き当りに扉があった。
「ここでしばらく休もう」
アルギレウスが提案した。
「本番はあの扉の向こうってわけか」
腰かけたリゴールが呟く。フロウは横になった。だが眠れと言われても簡単に眠れるものでもない。ギルモは兜を脱いで頭を掻いた。
「旦那...トライフォースが見つかったら雷龍さまも蘇るし、あの女の子も助け出せるんでねえですか?」
「そうだな。それもやるべきことに加えよう」
アルギレウスが微笑んだ。驚いたフロウは身体を起して尋ねた。
「でも...そんな小さなことのために使っていいんですか?」
「小さなこと?そんなことはないだろう。君はそのために命を懸けてきたんだから」
アルギレウスが真剣な顔で答えた。
「そ...そうですね」
「私は約束する。トライフォースを使うのは私の個人的な願望のためではない。全ての民の幸せのためだ」
三人の会話に耳を傾けながらフロウは目を閉じた。結局眠れはしなかった。
アルギレウスの言葉を聞きながら、フロウは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
それは嬉しさでも、安心でもない。胸の真ん中がざわざわと落ち着かない。
アルギレウスは正しい。優しい。誰よりも民を思っている。それなのに──フロウの心のどこかが、小さく震えていた。
理由はわからない。言葉にもできない。
でも何かが違う。
フロウの幼い胸の内の違和感は、時間がたつにつれ、静かにそして確実に、広がっていった。