ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て   作:nocomimi

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螺旋塔の冒険

フロウと仲間たちは夜半に行動を開始した。身支度を整えると、右手の奥にあった小部屋に入る。その突き当りの扉には格子がかかっていた。

 

「まずはこの格子を何とかする必要があるな」

 

アルギレウスが小部屋の奥に進んで呟いた。

 

「これ...なんでしょう?」

 

フロウが言った。小部屋の左手には、奇妙な台座があった。その高さは人の背の高さの半分ほどだ。

 

振り向いたアルギレウスはその台座に歩み寄って一瞥すると言った。

 

「む.....私が見た設計図と同じだ。見てくれ、この施設の構造がわかるぞ」

 

他の三人が覗き込むと、その台座の四角い上面には八つの四角形が配列されていた。ちょうど縦横三列で九つに分けられ配置されたスペースの、右下だけが一つが空白になる形となっている。

 

よく見ると、下の列の真ん中の四角は色が黒っぽく、その他の七つは色が明るい。

 

「なるほどな。黒い四角は今いる部屋で、三角形が描かれた部屋には例のブツが隠されているってわけか」

 

リゴールが呟いた。確かに、右上、左上、左の列の真ん中の四角形のそれぞれに三つ重ねられた三角形の印があった。

 

「この...四角形の辺についている出っ張りが扉もしくは通路を示しているのだろうか」

 

アルギレウスが指をさした。四角形の辺のうちいくつかには小さな黒い出っ張りが突き出ている。だがそれは全ての辺についているわけではなかった。多くの四角形には二か所についていたが、ある四角形には一か所しかついていない。また、二つついている場合でもその場所は上と横、下と横、上と下などまちまちだった。

 

「だが...だとしたらこれらの各部屋にどうやって到達するかの経路が謎だな」

 

アルギレウスは顎に手を当てた。

 

「ははぁん...大体読めてきたぜ」

 

リゴールがニヤリと笑った。

 

「どういうことだ?」

 

「こいつはパズルさ」

 

アルギレウスが問うのに狩人は答えた。

 

「いいか、この台座は操作盤なのさ。そしてこの四角形を弄れば、それに対応する部屋が移動するって仕組みなんだろう」

 

「なるほど....限られたスペースで多くの実験室を配置するのには合理的な設計かも知れんな」

 

アルギレウスはそう言うと、台座に手を伸ばした。

 

「おい、待て待て待て待て待て」

 

リゴールが叫ぶ。アルギレウスは怪訝な顔をして手を止め狩人を見た。

 

「アルギレウス、やみくもにやっても仕方ねえだろ。こういう時は最短の距離でお宝のある部屋全てを踏破する経路を頭ン中で組み立ててからやったほうがいいぜ」

 

「なるほど...確かに探索の危険を最小化するにはそのほうがいいな」

 

「ちぃっと俺にやらせてみてくれ」

 

リゴールの提案にアルギレウスは頷いて身を引いた。狩人は少しの間腕を組んで考えていたが、やがて操作盤に手を伸ばした。

 

「まずは....トライフォースの紋章のある部屋までどうやって最短距離で行くか..だな」

 

リゴールは操作盤の四角形を動かしながら呟いた。静まり返った部屋の中に軽い金属音が響く。フロウとギルモも、狩人の手によって次々と動かされる四角形を注視していた。

 

「どうだ?」

 

操作を終えた狩人はアルギレウスの顔を見た。

 

「今いる部屋から右に移動。そこから上にある部屋を突っ切れば、その次には紋章のある部屋に到達できる...わけだな」

 

操作盤に目を凝らしながらアルギレウスが言う。そして狩人が操作を終えてから数秒すると、部屋全体が震え始めた。

 

「……動いた?」

 

フロウが思わず声を漏らす。

 

床下から低い唸りが伝わり、壁の奥で何かがゆっくりとスライドするような音がした。かと思うと、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、という重い衝撃音が響いてくる。

 

「やはり部屋そのものが移動しているんだな」

 

「そういうこった。この塔は部屋を動かして道を作る仕組みなんだよ」

 

しばらく続いた振動音が止まり、再び静寂が戻った。ギルモが不安げに言う。

 

「お...おい狩人...デタラメにいじったんではないっぺな?」

 

「バカ。ンなわけねえだろ」

 

狩人が吐き捨てた。すると数秒後、小部屋の突き当りにある扉の格子が自動的に持ち上がっていった。

 

「さ、冒険の開始だぜ」

 

リゴールが首を傾けた。アルギレウスは頷いて応えると、進み出て扉を押し上げた。一行は扉を潜り抜け、暗い廊下を進んでいった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * 

 

廊下の突き当りには再び扉があった。それを引き上げて先に進むと、内部が明るく照らされた空間だ。壁は岩で、床には草原のように草が生えている。茸類も見られることからどうやらフィローネ地方を模した実験場のようだ。

 

四人は用心深く進んだ。案の定、しばらく進むとデクババが三本ほど生えていた。その先は壁に突き当たるが、左側に崖があり、その先に空間が広がっているようだ。

 

「僕が片づけます」

 

フロウはそう言うと剣を抜いて進み出た。

 

「無理するな。三体同時相手にするのは大人でも....」

 

アルギレウスが言ったが、フロウは授かった剣をなんとしても試したかったので、行くと言い張った。アルギレウスはとうとう折れた。

 

ギルモは心配そうに見守るが、リゴールは手を叩いて声援を送った。

 

「三匹も一匹も同じだ。落ち着いてやりゃあどってことねえさ!」

 

フロウが左端の一体に近づくと、そいつは攻撃準備をするように頭をもたげて首を後ろに引いた。フロウは焦らず距離をとった。化物花が噛みついてくるのを空振りさせ、そいつが攻撃を終えて弛緩しその花弁が開くのを待つ。

 

四枚の花弁が横に開いた。フロウは踏み出して剣を横に振った。剣先が花弁の内部を斬り裂き、化物が悲鳴を上げた。怒った相手が再び突っかかってくるのをバックステップし、再度花弁の向きを見極めて斬りつける。二撃目でデクババは崩れ落ちた。

 

フロウは同時に狙われないよう慎重に位置を取りながら残り二匹のデクババを片付けた。終わったときには全身汗だくだったが、誇らしい気分だった。

 

「大したものだ。私が十三歳のときでも実戦は経験したことがなかった」

 

アルギレウスは苦笑しながら拍手した。

 

「坊や、立派だっぺよ」

 

ギルモは大きな手でフロウの頭をクシャクシャと撫でた。だがリゴールは冷静に言った。

 

「悪くねえが、相手のターンを待たずに二発目を叩き込めるようにならなきゃ一人前とは言えねえな」

 

「わかりました。今度教えて下さい」

 

フロウは頬を上気させながら笑顔で答えた。

 

「あんまり坊やをけしかけると危ないことをせんか心配だっぺ」

 

「けしかけちゃあいねえさ。こいつは『技術の継承』ってヤツよ」

 

ギルモの呟きにリゴールが答えた。

 

「リゴール、君の技術が早速必要になりそうだ」

 

崖の向こう側を見渡していたアルギレウスが言った。三人が追いついてその指さす方を見ると、対岸まで幅十メートルほどの間隙がある。また、対岸から数メートル手前の天井から植物のツタが垂れていて、それが対岸の床に生えた草に絡まっていた。

 

「こいつは高いな。飛び降りて下からもう一度這い上がるのは難儀しそうだ。だが取っ掛かりがなくはねぇ」

 

狩人は上を見上げると、前方の少し先の天井を指さした。今立っている岸から二メートルほど向こうの高所に横向きの太い枝が突き出ている。

 

「俺ならこうする。まず対岸のツタを矢で切って自由にする。それからあの枝にロープを引っかけ、そしてツタに飛び移る」

 

「そんなことできるのけ?」

 

ギルモはすっとんきょうな声を上げた。

 

「やらなきゃなんねえだろ。それとも諦めて帰るか?」

 

リゴールは口の端を吊り上げ、弓を肩から外した。

 

「まあ見てな。こういうのは慣れだ」

 

そう言うと、彼は矢筒から一本抜き、対岸のツタを狙って弓を引いた。

 

張り詰めた弦の音が、静かな空間に鋭く響く。狩人が放った。矢は真っ直ぐ飛び、ツタの根元を正確に射抜いた。

 

切り離されたツタは、ゆっくりと揺れながら自由を取り戻す。

 

リゴールは次に鉤つきロープを取り出し、それを振り回して天井から突き出た太い枝を狙って投げた。

 

ロープは枝に見事に引っかかった。その先端の鉤が絡み付いてロープが外れないことを引っ張って確認すると、狩人は言った。

 

「フロウ、見てろよ。こういうのも『技術の継承』ってやつだ」

 

そう言うと、彼は助走もつけずにロープへ飛びついた。 ロープを勢いよくスイングさせると、今度は天井から垂れて揺れるツタに片手で掴まる。そして跳躍するとそのまま対岸へ着地した。

 

「……!」

 

フロウは目を輝かせた。ギルモは口をぽかんと開けたまま固まっている。

 

「ほれ、簡単だろ?」

 

リゴールは軽く手を振って見せた。

 

「簡単じゃねえっぺ……!」

 

ギルモが叫ぶと、アルギレウスが苦笑した。

 

「リゴールにしかできない芸当だが、我々も行かねばならんな」

 

アルギレウスは崖から跳躍してロープを握ると、リゴールのやり方を模倣して飛び移り、ツタを掴んて対岸に渡った。

 

ギルモは「落ちたら終わりだっぺ……」と呟いている。

 

「おじさん、僕やってみるよ」

 

フロウが進み出るとギルモは目を丸くした。

 

「坊や、やっぱり狩人の影響を受けたんだっぺか?」

 

「う‥‥ん、わかんないけど、なんか楽しそうだしさ」

 

「楽しい?冗談はやめるっぺ!」

 

ギルモが叫ぶ。

 

フロウは深呼吸した。勢いよくロープに飛びつき、風を切って滑り出す。そしてロープがスイングし切った瞬間にツタに飛び付いた。

 

だが手が滑った。落ちそうになったところで、慌てて手を伸ばし、かろうじてツタの先端にしがみついた。ギルモがヒイと叫び、手で目を覆った。アルギレウスとリゴールも真剣な顔でこちらを眺めている。

 

だがフロウは叫んだ。

 

「大丈夫!行けます!」

 

フロウはツタをよじ登ると、体を揺らしてそれをスイングさせた。勢いが増したところで対岸に飛び移った。

 

「よっしゃ!よくやった」

 

リゴールがフロウの肩を叩いた。フロウは相手の顔を見上げながらも不思議な気がした。あの意地悪だった狩人がまるで自分の兄のように思えてくる。

 

ギルモが斧を背負って両手に唾をつけ、自分を鼓舞するように気合いの声を上げた。何度かためらったあと木こりはロープに飛びついた。体重で勢いがついたのか、彼はスムーズにツタに飛び移り、転がるように仲間に合流した。

 

「やるじゃねえか、木こり」

 

リゴールが言う。ギルモは目をぱちくりさせていた。

 

「狩人にほめられるなんて、後で不吉なことがありそうだっぺ」

 

「そう言うなギルモ。ようやく仲間らしくなってきたじゃないか」

 

木こりの呟きにアルギレウスが微笑んで言った。

 

だが、何気なく上を見上げたフロウは叫び声を上げた。巨大蜘蛛がぶら下がっている。蜘蛛はギシギシと威嚇音を立てながら、糸を伸ばして降りてきていた。

 

アルギレウスが剣を抜いた。リゴールが素早く弓を構えて矢をつがえた。だが放たなかった。蜘蛛がこちらに背中側を向けていたからだ。

 

フロウも慌てて剣を抜いた。その横でギルモは斧を構えると思い切り相手に叩きつけた。だが、分厚い蜘蛛の皮に傷がついたが致命傷ではない。おまけに衝撃で最初向こう側にスイングした勢いで、今度は蜘蛛がこちら側にスイングしてきた。

 

四人は慌てて散開した。

 

「馬鹿野郎!やみくもに攻撃すんじゃねえ!」

 

リゴールが叫ぶ。ギルモが慌てて詫びた。

 

「す、すまね!」

 

その時フロウには見えた。蜘蛛の身体が横に回転している。腹の側には弱点があるはずだ。フロウはその回転速度からタイミングを予測し、足を踏み出して突きを放った。

 

ちょうど裏返しになった蜘蛛の腹に剣先が突き刺さる。だが蜘蛛は悲鳴を上げつつも脚をバタつかせて暴れた。フロウは剣を弾き飛ばされてよろめいた。そこにアルギレウスが走ってきて止めを刺した。深い突きを喰らった蜘蛛は断末魔の悲鳴を上げ、糸から落ちて痙攣し始めた。

 

「すみません、アルギレウスさん」

 

フロウは頭を掻くと屈んで剣を拾った。

 

「その剣だと大物相手はやや厳しいな。だがタイミングはよかったぞ、フロウ」

 

アルギレウスは言った。

 

「さあて、次も俺の『技術』が必要になるかな?」

 

リゴールが前方の左手を眺めながら言った。今立っているフロアの左側には大きな空間が広がっている。フロアの端はやはり崖で、下には鬱蒼と木々が繁り、二十メートルほど先には縦長の太い円筒が立っていた。その円筒には表面にツタが生い茂り、ゆっくりと回転している。

 

「矢にロープを結びつければ届かないこともねえな」

 

リゴールが呟いた。アルギレウスが尋ねる。

 

「そこから先はどうする?」

 

「もう一本ロープを使う。奥に何かの引っ掛かりがあれば行けるはずだ」

 

アルギレウスと狩人が相談している間、ギルモはいかにも不安そうな顔をしていた。

 

だが、フロウはなぜか先に進む気にならなかった。何かがこの場所にある。それを解決しなければ進んではいけない。そんな気がした。

 

ふとフロウは天井を見上げた。天井の隅に、大きな蜘蛛の巣がある。

 

「あ‥‥みんな!あれ!」

 

フロウは指さすと叫んだ。蜘蛛の巣の中で、糸にぐるぐる巻きにされた何かが動いている。

 

三人が振り向き、次いで天井を見上げた。だがリゴールが言った。

 

「驚かせやがって。ただの動物だろ」

 

「それにしちゃあ大きいっぺな」

 

「魔物ではないですよね?だって魔物が魔物を食べるなんて聞いたことないし‥‥」

 

ギルモとフロウは言った。

 

「どっちだっていいじゃねえか。俺たちには関係ねえだろ」

 

リゴールは肩をすくめた。だがフロウは言った。  

 

「リゴールさん、お願いです。矢で糸を切って助けてあげてもらえますか?」

 

「そうとも狩人。今までの罪滅ぼしにもなるっぺよ」

 

フロウとギルモが言い募る。リゴールはうんざりした顔をしたが、とうとう根負けした。

 

「ったく今回だけだぞ。俺の技術はこんな下らねえことのためにあるんじゃねえからな」

 

リゴールはぶつくさ言いながらも弓に矢をつがえて慎重に狙いをつけ、放った。糸が切れ、くるまれた何かが天井から離れ宙ぶらりんになった。

 

「次で落とすぞ」

 

リゴールが再び矢をつがえる。フロウは下で待ち構え、頷いた。狩人が矢を放ち、糸が完全に切れる。フロウは両手を伸ばし、落ちてきたものを受け止めた。

 

人間の幼児ほどの重さだ。じたばた動くそれをそっと床に横たえ、蜘蛛の糸を剥がしていった。

 

だが、その中から出てきたものを見て、一同は言葉を失ってしまった。

 

それは小さな小さな龍だった。犬ほどの大きさしかなかったが、角も髭も生えた立派な龍だったのだ。

 

* * * * * * * * *

 

「本当にありがとうございました。あのまま死んでしまうかと思いました」

 

その小さな龍は座り直すと頭を下げた。

 

「私の名はフローレと申します。フロルの息子です」

 

「僕はフロウ。僕ら名前が似てるね」

 

フロウは手を差し出した。龍は小さな手でフロウのそれを握った。

 

「フローレどの。どうやってここに来られたのだ?」

 

アルギレウスは驚きもさめやらぬ表情をしながらも身を屈めて尋ねた。龍は答えた。

 

「枯れ葉のなかで昼寝をしていたら、土ごと掬い取られてここに連れてこられたのです。それが130年前のことでした」 

 

「えっ‥‥じゃあ、君っていったい幾つなの?」

 

「155歳です。龍としてはほんの子供です」   

 

フロウが尋ねると龍は言った。

 

「確かに龍の寿命は一万年にも及ぶと聞いたが‥‥」

 

アルギレウスも驚きに目を丸くしている。

 

「皆さん、お願いです。私をこの建物から出して欲しいのです」

 

龍は四人の顔を見上げた。

 

「私はこの中で魔物たちから隠れるようにして虫やネズミを食べながら生きてきました。母から引き離されて百年以上も経って、私はもう耐えきれません。これ以上こんな生活をしていたら、自分自身が魔物になってしまいそうです」

 

フロウはかわいそうに思った。そして三人の顔を見た。

 

「アルギレウスさん、この子をフィローネに連れていってあげることって‥‥」

 

「うむ‥‥」

 

アルギレウスは真剣な顔で考え込む。すると龍は言葉を継いだ。

 

「フィローネまで連れていって頂く必要はないのです。私たちはその気になれば空も飛べますから。だけど、この建物の扉を開けて外に出ることがどうしてもできなかったのです」

 

「じゃあ、リゴールさん。一旦元の岸に戻って扉を開ければいいんですよね?お願いできますか‥‥?」

 

フロウがリゴールの顔を見上げると、狩人は首を振った。

 

「フロウ、俺に頼むのは違うぜ。助けたいならお前自身でやれ」 

 

狩人の言葉に、フロウは雷に撃たれたように目を上げた。

 

「お前が言い出したことだ。お前がカタをつけろ。それが筋ってもんだ。違うか?」

 

リゴールが続けた。フロウは気づいた。救いたいひとを救う。その責任は自分にあるのだ。リナハを救うための旅を他の誰かにやってもらうことができないように。

 

「...わかりました」

 

しばらくの思案のあと、フロウは頷いた。

 

「フローレ、じゃあ僕が扉の所まで行くよ。ついてこれるかい?」

 

「あ‥‥ありがとうございます!」

 

龍は目を輝かせた。フロウは振り返って崖の縁に近づくと、自分が辿ってきた経路をおさらいした。逆算すると、ツタに飛びついてスイングし、ロープに掴まって対岸に飛び移ることになる。

 

フロウはツタまでの距離を目算すると、少し後じさりし、助走をつけてジャンプした。

 

ツタにしがみついてスイングさせると、今度はロープに飛び付いて、勢いを保ったまま向こう岸に飛び移った。

 

振り向いて龍のほうを見ると、彼はピョンピョン跳ねたあと跳躍し、魚が泳ぐように空中を飛んでついてきた。

 

「さあ、こっちだよ」

 

フロウは龍を先導すると、入ってきた扉に近づいてそれを引き上げた。龍を通らせると自分も戸口を抜け、小部屋を経由して左手に進み建物の出口にまで彼を送った。

 

「ああ、外だ!久しぶりの森の空気‥‥!」

 

二人が外に出ると、龍は両腕を広げ大きく息を吸った。フロウは彼の心情を思うと心から安堵した。

 

「本当に‥‥本当にありがとうございます」

 

思う存分深呼吸すると、龍は振り返り何度も頭を下げた。

 

「いいんだよ。お母さんに早く会えるといいね」

 

フロウが言うと、龍は申し訳なさそうにその顔を見上げた。

 

「このご恩は一生忘れません。お礼に渡せるものが何かあればいいのですが‥‥」

 

「当然のことをしたまでだよ。そんな大げさなことをしてくれなくても」

 

フロウは何気なく答えたが、龍は少し考えたあと自分の脇腹に手を伸ばし、鱗を一枚剥がして差し出した。

 

「これを差し上げます。水に落ちたときあなたの身を守ってくれるでしょう。これを身に付けていれば自由に泳げるのです」

 

それは青く輝く半透明の小さな鱗だった。フロウは受け取りながらも驚いて尋ねた。

 

「ありがとう。でも‥‥痛くないの?」

 

「少しヒリヒリしますが、三年もすればまた生えてきますから。僕のは小さいですが、フロウさんも子供ですから十分効き目があるはずです」

 

龍は答えた。彼はもう一度頭を下げると、向きを変えて跳躍した。そして勢いよく空に舞い上がり、あっという間に夜の森を飛び越えてフロウの視界から消え去った。

 

* * * * * * * * * * * * *

 

「お待たせしました!」

 

再び建物に入り、ロープとツタを渡ってフロウは仲間のもとに戻った。

 

「よし、冒険再開だな」

 

リゴールは言うと、まずツタに飛びついてロープを掴み、これを波打たせて器用に枝から外して回収した。

 

そして戻ってくると、狩人は矢の柄にロープを結びつけ、向こうに立っている円筒を狙って弓で撃った。

 

リゴールが放った矢は空気を裂くような鋭い音を残して飛び、円筒に突き刺さった。ギルモとアルギレウスが端を持つと、ロープがぴんと張る。

 

狩人は身軽にロープにぶら下がるとまるで猿のような器用さで円筒までスルスルと渡っていった。円筒にとりつくとさらにそこから別のロープを投げ、向こう岸に引っ掛けた。

 

「よおし、そっちも固定しろ!」

 

リゴールは自分の手元で二本のロープを結びつけるとギルモたちに叫んだ。そして円筒からフロウたちのいる岸から対岸までロープがピンと渡された。

 

リゴールが対岸に渡ると、アルギレウスが続いた。例によって三番目はフロウとなった。

 

「坊や....慎重に行くっぺよ」

 

「大丈夫だよ、おじさん」

 

フロウはもはや楽しんでいた。ロープにぶら下がると、両手足でたぐりながら進む。向こう岸に着くと、ギルモに手を振った。

 

「子供に負けんじゃねえぞ、木こり!」

 

フロウの横でリゴールが叫ぶ。ギルモは奮起したのか、躊躇わずロープにぶら下がるとどうにかこちらまで渡ってきた。

 

「まだまだ遊具は終わらなさそうだぜ」

 

リゴールが顎をしゃくる。今いる岸から先に進むには、天井から下がるツタを経由して、同じく天井から吊るされた板の上を渡る必要があった。リゴールが難なくそれをクリアすると、アルギレウスが続く。フロウも渡り切った。ギルモも慣れてきたのか、危なげなくクリアした。

 

四人が板の上を渡り対岸に辿り着くとリゴールは軽く肩を回しながら言った。

 

「ま、準備運動だな。ここまでは」

 

「やっぱり狩人はおかしいっぺ……」

 

ギルモは膝に手をつきながら息を整えている。壁を調べていたアルギレウスが言った。

 

「見ろ、次の部屋への扉だ」

 

右手の壁に扉が設えられている。また、左手の壁の奥には格子のかけられた戸口がありその左側の壁の高所にレバースイッチがあった。

 

リゴールがレバースイッチに飛びついて操作すると、格子が引き上げられた。

 

「これで部屋を自由に通り抜けできるようになったわけだな」

 

「もうアスレチックやる必要はないよ。よかったね、おじさん」

 

リゴールとフロウが言うとギルモは情けない声を出した。

 

「坊やが成長すればするほどワシが置いてきぼりになった気分だっぺ‥‥」

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

一行は扉を開けて次の部屋に進んだ。そこは壁も床も練石場の建物のようなつくりだった。廊下が左右に伸びているが左手は行き止まりだ。右手に行くと戸口に行き当たる。

 

四人は右手に進んだ。戸口をくぐると階段を降り、さらに左に通路が曲がった。やがて高さ五メートルほどの段差に突き当たった。段差には梯子がかかっている。

 

だがアルギレウスが叫んだ。

 

「警備装置だ!」

 

段差の上端あたりで物音がした。フロウが見上げると、大きな球形の機械が空中を浮遊している。その機械は近づいてくると、真ん中に据えられた筒のようなものを向けてきた。

 

ギルモが動いた。囮になるかのように前に進み出ると戦斧の刃を盾代わりににかざす。機械の筒から礫のようなものが発射され、戦斧に当たると激しい衝突音を立てた。

 

「今じゃ狩人!」

 

「おうよ!」

 

木こりの合図でリゴールは弓に矢をつがえ放った。機械の筒の口に矢が飛び込む。すると、不具合を起こしたのか機械は煙を出しながら低空に降りて来た。ギルモが斧を叩きつけると、機械はバラバラになった。

 

「空飛ぶ機械なんて初めてだっぺな。狩人、相変わらずいい腕だっぺ」

 

ギルモが呟く。だがリゴールは聞こえないふりをして目を逸らし、梯子を登り始めた。四人が段差の上に到達すると、フロアは十メートルほど先で行き止まっており、左手に戸口がある。

 

戸口の先は、そのままUターンするように部屋が手前側に伸びている。その部屋は、戸口から入ってそのまま進むとフロアが先に続いており、その突き当りと右側にも戸口があったがどちらも格子で塞がれている。また、こちら側の壁にも沿って通路が伸びていたが、やはり途中で格子に阻まれていた。また、通路の隣は下り階段が伸び、三メートルほど低いフロアに降りるようになっていた。

 

部屋の中に入ると、奥の右手にも戸口があるのが見えた。ただし、低くなったフロアからは普通には進めないようになっていた。

 

「リゴール、済まないがまた君の技術を‥‥」

 

アルギレウスが言いかけたところで狩人が指を鳴らした。

 

「案外簡単かも知れねえぜ」

 

狩人は階段を下り低まったフロアに降りると、奥の戸口の右横の壁についたものを指し示した。

 

「こいつは衝撃で動くスイッチさ」

 

狩人が言う。フロウがよく見ると、円形の的のような形の装置だ。だがその前には金網が張られていて塞がれている。

 

「塞がれていて使えねえと思うだろ?それがそうでもねえのさ」

 

リゴールは言うと、金網の下の隙間から矢の狙いをつけ、的を射た。矢は隙間から見事に命中した。すると機械の作動音がして、壁側の通路を途中で塞ぐ格子が引き上げられていった。

 

リゴールは階段を駆け登ると、通路を抜け、突き当たりの壁を蹴って器用に奥の戸口の前に着地した。アルギレウスとフロウが続き、ギルモもぎこちなく真似して追いついた。

 

戸口を抜けた先は短い廊下だ。その左手の壁には格子のかかった戸口があった。ここから出発点の部屋に戻れるようだ。右手には、壁を挟んで広い部屋がある。その中には練石場で見たような機械類があり、その手前に警備塔が設置してあった。

 

警備塔の頭が向こうを向いた隙にギルモが突入し、その胴体を切り落としたあと頭に止めを刺した。

 

残り三人が部屋に入ると、奥には格子の向こうに操作台があった。最初の部屋で見たのと同様のものだ。

 

「格子を上げられれば次の部屋に行けるだけではない。移動の自由度が格段に上がるな」

 

アルギレウスが呟いた。

 

「あいよ。俺にまかせな」

 

リゴールが言った。狩人は弓に矢をつがえると構えた。彼の狙う先をフロウが見ると、警備塔の向こうにある壁の上側だ。そこには先ほどと同じような金網で塞がれたスイッチが五つほど横に並んでいた。

 

狩人は次々と矢を放った。五つの的を射終わると、重々しい機械の作動音がして、操作台の前の格子が引き上げられた。

 

「すごい!」

 

フロウが思わず叫ぶと狩人は言った。

 

「金網みたいなガバガバなもので俺の矢を止めようったってそうはいかねえさ」

 

「よし、次はいよいよトライフォースの紋章の部屋だ」

 

アルギレウスが微笑んだ。

 

「世紀のお宝のご開帳ってやつか?」

 

リゴールが言う。だがアルギレウスは続けた。

 

「まだ気は抜けない。あるのはおそらく3つに分けられた三角形のうちのひとつだけだ。それに鍵やトラップで守られている可能性もある」

 

四人は顔を見合せて頷くと、操作台の前を通って次の部屋への扉へと進んだ。

 

フロウは胸が高鳴った。

 

とうとう女神が王家に託した神器をこの目で見ることになるのだ。

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