ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て 作:nocomimi
四人は扉を引き上げると先に進んだ。短い廊下の突き当りにある扉を開けて向こうに抜けると、そこは薄暗い洞窟のような雰囲気の部屋だった。
最後尾にいたフロウが何気なく振り向くと、そこにあったものを見て悲鳴を上げそうになってしまった。戸口の上に鬼神の顔のような彫刻がついていて、その目が赤く光っている。
「大石窟の地下と同じ意匠だ」
アルギレウスが目の前に伸びる狭い通路を進み周囲を見回しながら言った。通路の左右は底の見えない奈落だ。
「てことはあのロクでもねえ場所は中央政府のお墨付きだったってことじゃねえか」
リゴールも呟く。それを聞いたアルギレウスは唇を真一文字に結び頷いた。
通路は右に曲がり、またすぐに左に曲がって踊り場のような場所に出た。正面には扉があるが、鎖をかけられ錠前で固定されている。左手には格子のかけられた戸口があった。
「見ろ、紋章だ」
アルギレウスが指さした。格子の向こうの床には女神フロルを示す三重の円が刻まれた円形の台座が床に嵌め込まれている。
「クソッ...ここから進む方法なないのか?」
アルギレウスは格子に近づくとそれを手で叩いた。だが狩人が後ろから声をかけた。
「焦るなよ。さっきの部屋で操作台を弄れば別の部屋への道を開くこともできるんだ。まず他の二つを回収してからここに来ても遅くはねえだろ」
「そうだな」
落ち着きを取り戻したアルギレウスは頷いて踵を返した。一行は入ってきた扉から出ると、ひとつ前の部屋の操作台の前に行った。
操作台を覗き込むと、右の列の真ん中の四角が黒い。どうやらこれが今いる部屋と思われた。
リゴールはアルギレウスと相談したあと、操作盤に手を伸ばし、それを操作した。それが終わって数秒経過すると、建物が唸り始めた。次いで、巨大なものが移動する機械音とドスン、ドスンという衝撃が響く。
「まずはフィローネの部屋に戻ろうぜ。そこから別のトライフォースの部屋に行けるようになったはずだ」
リゴールは言った。一行は頷くと、操作盤の部屋を出て、警備塔の残骸を通り過ぎ廊下に出た。
「見ろ、レバースイッチがあるぞ」
アルギレウスが廊下の壁を指さした。スイッチに飛びついて引き下げると、廊下の壁にかかっていた格子が上がり、出発点の部屋に戻る戸口が開いた。
四人は戸口を潜って先に進むと、出発点の部屋の扉から外に出た。その先はフィローネ地方を模した部屋だ。そこを通り抜け、その部屋の入り口の扉を開けると先に進んだ。
リゴールの操作により部屋の順番が変わったのがわかった。隣の部屋に入った途端熱気が襲ってくる。壁の意匠はオルディン地方で見た神殿のものに似ている。
正面には少し低まったところに戸口があるが、格子で塞がれている。左手を見やると、溶岩の川が流れ、部屋の奥のほうに続いていた。
「マジかよ。狂ってやがるな、こんなものまで再現しやがって」
リゴールが呟く。アルギレウスも言った。
「閉鎖はしたが施設のエネルギー源は切らなかったらしいな。突然停止させることによる内部システムの暴走を恐れたんだろう」
「ま...またあの川の上を渡るのけ?」
ギルモが怯えた様子で言った。だがリゴールはしばらくの間目の前の壁を調べたあと、振り向いて言った。
「どうやら真面目に攻略する必要はなさそうだぜ。見ろ」
狩人の指さすほうを見ると、壁にひどくツタが絡まっていて、そのツタの生育によるものなのか、壁材にヒビが入っていた。
リゴールが壁材に手をかける。それは脆くなっていたらしく次々と崩れ、人が通れるほどの穴が開いた。
「俺が先に行って見てくる」
狩人が言った。ギルモが心配そうに声をかけた。
「お...おい..狩人。おめほんとに大丈夫なのけ?」
「俺を誰だと思ってる?まあ待ってろ」
そう言うとリゴールは壁の穴に自分の身体を滑りこませた。
「よいしょッ...と。狭めえが...通れねえこともねえ」
フロウとアルギレウスが穴を覗き込むと、狩人の声が聞こえてきた。やがてしばらくすると下の方から叫ぶ声が聞こえた。
「建物の底部だ!アルギレウス、蝋燭をくれ。落としてくれりゃ音でわかる」
アルギレウスは蝋燭を下に落とした。やがてリゴールが灯りを灯したらしくぼんやりとした光りが立ち上った。
「ずっとこの先まで行けそうだ。うまくすりゃお宝の場所のある部屋の壁の裏まで登れる。そうすりゃズルしてゲットだぜ」
リゴールが言った。アルギレウスは頷くと、壁の穴に身をねじ込んで下に降り始めた。
フロウはギルモのほうを振り向いた。
「おじさん、僕も行くよ。その...おじさん...悪いけど、ここで待っててくれる?」
「ぼ...坊や。気を付けるんだっぺ。無理だと思ったらすぐ戻ってくるんだべよ」
「大丈夫だよ、僕は身体が小さいから」
壁の穴は狭く、どう考えてもギルモには入れそうにもなかった。フロウは木こりに頷きかけると穴に滑り込み、手に触れた突起物に掴まりながら下に降りていった。
「おう、お前も来たか」
リゴールが言った。蝋燭を受け取ったアルギレウスは前方を見渡している。
「ギルモおじさんは留守番でいいよね?」
フロウが言うと狩人が笑った。
「まあ仕方ねえさ。引っ掛かって出られなくなったら目も当てられねえからな」
「設計図を見たときの記憶によれば.....方角はこっちだ」
アルギレウスは言うと足を踏み出した。頭上からは低い機械音がかすかに響いてくる。
三人は慎重に進んでいった。足元には何もなかったので躓くことはなかったが、頭上からは機械物の先端や管が垂れ下がっているので大人二人は身を低く屈めて前進していた。
「この辺りだろう」
アルギレウスが足を止めた。リゴールが蝋燭を受け取ると上のほうにかざした。
「なるほど。この建物はハリボテと一緒だな。裏側から見たら構造が丸わかりだぜ」
狩人と一緒に見上げると、フロウにも立体的に見えてきたものがあった。真上に横に渡された橋のような構造体がある。その左右にある床材には隙間があるのか、部屋からの灯りが薄っすらと漏れてきていた。
リゴールが上から垂れ下がっている管に手をかけるとよじ登り始めた。そして橋のような構造体の上まで登りきると、壁材に短剣を突き立ててこじり始めた。しばらく苦闘した末、狩人はとうとう穴を開けるのに成功した。
「刃が欠けちまったがお宝のためだな」
リゴールは言うと、拳で打って壁材を崩し始めた。アルギレウスは待ちきれないのか自分も登り始めた。
「おい、狭いだろ。下で待ってろよ」
「手伝うぞ。拳を痛めたら元も子もない」
「男同士でくっつく趣味はねえんだがな」
フロウの頭上で二人がしばらく言い合っていると、やがてボコッと音がした。壁が崩れたらしい。フロウも二人を追ってよじ登った。
リゴールが壁の穴から内部に滑り込んだ。アルギレウスも後に続き、部屋の中からフロウに手を伸ばす。フロウは管を掴んでよじ登り、アルギレウスの手を握ると壁の穴を通り抜けた。
フロウが穴を抜けて中に転がり込むと、そこは縦横三メートルほどの薄暗く、静まり返った部屋だった。
床には不思議な文字が刻まれ、中央には直径一メートルほどの円形の台座がある。台座には女神ディンを示す紋章が刻まれていた。三つの波打つ力の紋章だ。
「……あった」
アルギレウスが低く呟いた。彼は目を見開いて台座を見つめていた。その呼吸は心なしか荒くなっているようにフロウには見えた。
「いよいよお宝の登場だな。....ズルしてゲットしちゃいけねえっていうルールがなければいいんだが」
リゴールがおどけて言う。アルギレウスは微笑むと応じた。
「そういえば建造物不法侵入はシーカー族の得意技だったな。そうだろリゴール?」
「おい、嫌なことを思い出させるんじゃねえ。俺にはその名はもう何の関係もねえんだからな」
リゴールはやや真顔になった。アルギレウスは肩をすくめると、台座の前に跪いた。
「設計図によればこの紋章とトライフォースの印は三か所とも一致していたんだ。まずはこの台座を調べよう」
アルギレウスは台座に手をかけ、それを回そうとした。だが台座は微動だにしない。
「……動かない……なぜだ……?」
アルギレウスは呟いた。フロウにはその声がやや震えているように聞こえた。アルギレウスはさらに力を込め、両手で台座の縁を掴んで持ち上げようとした。石が軋む音すらしない。
「おいおい、そんな力任せにやっても仕方ねえだろ」
リゴールが苦笑しながら言った。だがアルギレウスは聞いていなかった。
額に汗を浮かべ、呼吸を荒げながら台座を揺さぶり続ける。
「設計図では一致していたはずだ。ここに…紋章があったのだ!」
フロウは思わず一歩近づいた。
「アルギレウスさん……?」
「おい、アルギレウス、まずは落ち着け。落ち着いて考えろ!」
リゴールもアルギレウスに歩み寄り、その肩に手を置いた。アルギレウスはようやく台座から手を放し、額の汗を拭いた。
「なんらかの鍵...あるいは仕掛けにより保護されているのか....」
「おい、アルギレウス...あんたなら読めるだろ?」
リゴールが床を指さす。そのひと隅に奇妙な文字列が書かれていた。
アルギレウスは顔を上げると狩人が指す場所を見た。そして呼吸を落ち着けると目を近づけてそれを読み始めた。
「どうだ?」
「ところどころ文字が消えているが...一部なら....」
リゴールが問うとアルギレウスが答えた。やがて剣士は声に出して読み始めた。
「女神....が...残せし....力....ここに...隠されん....その...力....選ばれし...者....」
アルギレウスは精神を集中するかのように目を見開くと続けた。
「選ばれし...者.......この部分が読めない。...を携え.....ここに....来たれば........の....領域....にて.....力を........」
そこまで読むとアルギレウスは首を振った。
「だめだ。読めるのはここまでだ」
「携え...ってことは...何かを持ってこねえとトライフォースは得られねえってことか?」
「わからん!わからん!」
リゴールに問われるとアルギレウスは叫んだ。それを見たフロウは不安になってきた。
「わからん....!なぜだ。ここにあるはずだ。あるはずなのだ」
アルギレウスは床を叩くとしばらく項垂れていた。リゴールはその背中に声をかけた。
「おい、諦めるには早いだろ。三か所全てを見て回ってから改めて考えればいいさ」
「わかった」
アルギレウスはようやく顔を上げ、立ち上がった。
「リゴールの言う通りだ。まずは三つ全てを確認しよう」
三人は小部屋の内部を調べた。目の前にはレバースイッチの付属した格子つきの戸口があり、そこを通れば右手に扉があるのが見えた。次の部屋に通じる扉だ。
だがギルモが置き去りになっているのが問題だった。だが壁をよく調べると、一角に濃いツタが走っていて、その上にもう一つ戸口がある。こちらには格子はかかっていない。フロウは志願してツタを登り、その戸口を抜けて向こう側に出た。そこには右手に折れてから前方に進む通路があった。
「通路があります。ギルモおじさんがいる場所に戻れそうです」
フロウは二人に声をかけた。アルギレウスとリゴールが追いつくと、三人は通路を道なりに進んだ。突き当りに格子がかかった戸口があったが、壁にレバースイッチが設えられている。リゴールがスイッチを操作すると、格子が引き上げられた。
戸口を抜けると、ちょうどギルモが待っている出発点の部屋の二階部分に出た。
「...だ...旦那?」
ギルモは降りてきたアルギレウスの顔を見ると呟いた。
「大丈夫だ。まずは紋章のある場所三か所全てを調べることにした」
アルギレウスは答えた。リゴールは木こりを見ると軽く首を振って肩をすくめた。木こりは何かを察した様子でそれ以上口を開かなかった。フロウの胸の内の不安感はますます高まった。
一行は、紋章の小部屋に戻ってから次の部屋に進むことにした。二階部分によじ登り、通路を通って紋章の小部屋に降りると、レバースイッチを操作して格子を開けた。戸口をくぐって右手の扉を開ける。
その先の廊下を抜けると、出発点の操作台のある部屋に出た。
アルギレウスとリゴールは操作台の前で相談すると、盤の上の四角を動かした。再び建物が唸って衝撃音が走る。一行は扉を開けて先に進んだ。
* * * * * * * * * * * * * *
扉の向こうは、ラネール地方の洞窟で見た光景に似ていた。天井から光が射し込み、緑のコケに彩られた地面が照らされている。ところどころに、二メートルほどの高さのなめらかな岩が立っていて、それが飛び石のように連なっていた。右手には壁沿いに左に折れる登り坂があり、その坂を登り切ったところで飛び石の上に飛び移れるようになっている。
「格子で塞がれた場所を開けばいいんですよね」
フロウが部屋を見回して何気なく呟くとリゴールが笑った。
「わかってきたじゃねえか。じゃあお前ならどうする?」
そう問われたフロウは周囲を見回し、まずは右手の坂を登った。そして飛び石に飛び移って部屋の真ん中に立つ。すると、部屋の入り口から見て左手の壁の中央に穴があるのが見つかった。穴の中には前の部屋でリゴールが矢で撃って作動させたのと同じスイッチがある。さらにその下には格子で塞がれた戸口があった。
「リゴールさん!ここにあり...」
フロウが叫んだ瞬間、機械の作動音が下から聞こえた。飛び石の足元から、球形の警備装置が浮かび上がってきた。
「うわああ!」
フロウはパニックになって剣を抜くと、警備装置に叩きつけた。装置は衝撃で高度を下げたが、数秒するとまたフロウのところまで上昇してきた。
「伏せてろ!」
リゴールの声がした。矢が飛んできて警備装置に命中した。煙を上げて高度を下げた警備装置に二の矢が命中する。
ギルモが走り寄る重い足音が聞こえた。斧を叩きつけたらしく、衝撃音と軽い爆発音が聞こえてきた。
「おい、もう終わったぜ」
リゴールの声が聞こえた。こわごわと顔を上げると、飛び石の下に狩人と木こりがいて、壊れた警備装置を足でつつきまわしていた。
「あ...ありがとうございます」
フロウは剣を納めると礼を言った。
「で....何が見つかったって?」
リゴールに問われるとフロウは我に返り、見つけた穴を指さした。
「スイッチです、矢で撃つ奴です」
するとリゴールは数歩下がって矢を弓につがえた。
「リゴールさん...でもそこからじゃあ」
「黙ってろ。俺を誰だと思ってる?」
狩人が矢を射る。すると矢は放物線を描き、フロウが指さす方向にあった穴に飛び込んだ。スイッチに命中したらしく、ガチャリという機械の作動音が聞こえた。途端に戸口を塞いでいた格子が引き上げられた。
「洞窟か」
リゴールが飛び石の脇を通り過ぎると戸口の中を覗いた。周囲を見回していたフロウは気づいて声を上げた。
「アルギレウスさん、あそこに紋章があります」
入り口の正面の壁にも二階部分に格子で塞がれた区画があり、その床には紋章が刻まれた台座があった。だがそう言いながらもフロウには躊躇いがあった。言葉にできない不安感がどんどん膨らんでいく。
「よし、よく見つけた、フロウ」
アルギレウスは答えた。だが心ここにあらずといった口調だった。フロウは飛び石から飛び降りると大人たちに合流した。リゴールが先導し、洞窟の中を進む。途中デクババが二匹生えているのを、狩人は瞬く間に片づけた。そして突き当りを右に曲がる。
すると床に踏むタイプのスイッチがあった。そこに立つと、ちょうど前の壁に穴があり、部屋の内部が見えた。だがフロウがスイッチを踏んでも体重が足りないのか何も起きない。だがギルモが乗ると、穴の正面にある部屋の突き当りの壁に嵌められた板が動き、内部にあった的スイッチが露出した。
「おい、重けりゃいいってもんじゃねえんだ。どいてろ」
狩人がそう言って木こりをどかせると、スイッチの上に乗って弓を構えた。矢を射って的に命中させる。作動したらしく、格子が引き上げられる音がした。
「よし、これで紋章の台座まで行けるはずだぜ。だが...アルギレウス」
狩人は言った。
「焦るなよ。まだ手がかりが得られ始めたばっかりなんだからな」
アルギレウスは頷いた。
「わかっている。まずは調べてみんとな」
四人は洞窟から出ると、入り口の右手の坂を登って飛び石に飛び移った。だが、今しがた開いた格子の先にある二階の区画まではやや距離がある。リゴールが最後のロープを使って向こう岸に引っ掛けると、四人はそれを渡って向こう岸に到達した。
アルギレウスは紋章の台座に近づくと、それを調べ始めた。だが、やはり台座は動かない。床には同じように古代文字が書かれていた。
「女神....が...残せし....力....ここに...隠されん....」
一旦言葉を区切るとアルギレウスは言った。
「ここまでは同じだ。だがさっきの部屋で消えていた文字がここでは残っているかも知れん」
アルギレウスは再び読み始める。三人は真剣な眼差しで彼の横顔を見つめた。
「その...力....選ばれし...者............を携え.....ここに....来れば.....サイレン...の....領域....にて.....力を........」
ここまで読むとアルギレウスは溜め息をついた。
「携えるべきものが何なのか...やはり文字が消えていて読めない」
「その...サイレン...ってのは何なんでしょう」
フロウが言った。
「わからん....この台座の謎を解けば新たなの領域....あるいは部屋への扉が開くということなのだろうか」
アルギレウスの表情は悄然としたものだった。リゴールは心配そうにその顔を見たが、何も言わなかった。
「だめだ...やはりトライフォースは隠されている。人の手には渡らぬように、ということか....」
アルギレウスはそう呟くとその場に腰を下ろした。リゴールはしばらくその様子を見ていたが、やがて声をかけた。
「まだ一か所がある。そこで謎が解けるかも知れねえ。あんたらしくねえぜ。ここで諦めるのは」
アルギレウスはしばらく黙っていた。だがやがて、深く息を吸い込むと、ゆっくりと顔を上げた。
「……そうだな。リゴールの言う通りだ。まだ一か所残っている」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
四人が一階部分に降りると、リゴールがロープを回収した。そして扉を開け、一行は出発時の操作台のある部屋に戻った。
アルギレウスとリゴールは操作台を動かした。今度は、途中で一つ部屋を経由してから、まだ探索していない紋章つきの部屋に行きつくよう経路を設定した。
建物が揺れ動き、部屋の移動が完了すると、一行は扉を開けて先に進んだ。
その先はフィローネの部屋だ。そこを通り抜け、壁の戸口の向こうにある扉を開ける。暗い廊下を通り抜けて再び扉を開けると、その先は薄暗い広い部屋だった。
扉からは狭い橋のような通路が真っすぐ先に伸びている。その左右は木の生えた低い地面だ。
橋の向こう側に何かが立っているのを見て、アルギレウスが剣を抜いて片手を上げた。
その何かは人間ほどの身長だった。だが何かが違う。フロウは薄暗いなか目を凝らしていて気付いた。
機械だ。人間とそっくりの背格好だが。しかもよく見るとその顔は骸骨そっくりだった。
「私が行く!」
アルギレウスが剣を構えて進み出ると同時に、その機械人間も手に持った得物を掲げて突進してきた。
「アルギレウス、気をつけろ!そいつの武器はスタンバトンだ!剣で受けるなよ!」
リゴールが叫んだ。剣士は肩越しに頷くと相手と対峙した。骸骨のような機械人間は武器を振り下ろしてきた。アルギレウスはそれを紙一重で躱すと、肩口に斬りつけた。
だが相手が頑丈なのかあまり効果がない。骸骨機械は武器を横に振った。アルギレウスは身を伏せると低い姿勢から逆袈裟斬りを放った。上半身と下半身の継ぎ目の細い部分に打撃が当たり、相手がよろめく。
アルギレウスは立ち上がった。相手の突きが来る。身を捻って回避すると、逆小手で肘関節を切断し、突きを胴に叩き込んだ。
武器を持っていた腕が破壊されぶら下がってしまうと、骸骨機械はもう片方の腕を振り回し始めた。その先端には大きな鉤がついている。アルギレウスはバックステップして攻撃を避けた。一度、二度。骸骨機械は勢い余ってたたらを踏む。
アルギレウスは気合いの声を放って跳躍し相手の頭部に剣を叩きつけた。着地後さらに突きを連続して四つたたき込む。
骸骨機械は煙を上げ始めた。後じさりすると、足をもつれさせながら橋の先端から落下していった。
「やったな」
額の汗を拭くアルギレウスにリゴールが声をかけた。
「あいつ......機械亜人なんでしょうか?それとも別の....」
フロウが言うとアルギレウスは答えた。
「初期型だ。最初は機械亜人も人間と同じ背格好だった。だが故障で発狂し人を襲う事件が起きた。ちょうどあいつのようにな‥‥。以来、今のデザインに統一されたんだ」
アルギレウスは剣を収めながら続けた。
「とにかく、先に進もう」
橋の先端からは対岸まで数メートルの間隙がある。リゴールがロープを投げて渡り、三人が続く。対岸の右手には箱が置いてあり、左手には扉があった。
リゴールが箱を開けると中には金属製の鍵が入っていた。
「こいつが必要だったみたいだな。焦らず行こうぜ」
狩人が言ったがアルギレウスは頷いただけだった。一行は扉を開けて向こう側に出た。
その先は洞窟だった。左右に曲がる道を進むとやがて行き止まりになり、右側に扉があった。
扉を開け、短い廊下を抜けて先に進む。突き当りの扉を引き上げて向こうに出ると見覚えのある薄暗い洞窟のような部屋だ。大石窟の地下と同じ意匠で、狭い渡り廊下が奈落の上を走っている。
「やっぱ言ったろ。この鍵があれば進めるってわけだ」
リゴールの言葉にアルギレウスは僅かに微笑んだ。一行は渡り廊下を進み、その先の踊り場に出た。正面の扉を封じる錠前に鍵を差し込んで捻るとそれは解錠された。
「よし、進めるぞ」
リゴールが言う。四人が扉を開けて向こうに出ると、その先も同様の空間で、長い渡り廊下が奈落の上に続いている。
だが渡り廊下の上に待ち構えていた者たちを見てアルギレウスが警告の声を上げた。
大きく太った巨漢の鬼。練石場の前にいた魔物、モリブリン。しかも二匹だ。
「ワシが行く!」
ギルモが斧を掲げて突進した。振り下ろされた斧が先頭のモリブリンの掲げる盾にぶち当たる。
だが、いったいどこで手に入れたのか、盾は鉄製だった。火花が散り、金属音が響くが盾は壊れない。魔物が唸り、槍を繰り出す。ギルモはそれを斧の刃で逸らすと、斧の頭で相手の鼻面を強打した。
だが相手は怯まない。ギルモとモリブリンは押し合いになった。
「そのまま持ちこたえろ!」
リゴールが叫びダッシュした。ギルモの背中を駆け上がり、跳躍すると空中で弓に矢をつがえ、巨漢鬼の頭頂部にゼロ距離で撃ち込んだ。一瞬魔物の動きが止まった。
着地した狩人が二匹目に向かっていく。ギルモは先頭の鬼の盾を斧の柄で跳ねのけると、相手の肩口に重い一撃を叩き込んだ。
狩人は二匹目に突進すると、相手の盾の金属の継ぎ目に足をかけて跳躍し、飛び越えた。向こう側から敵の背中に矢を撃ち込む。二匹目は振り向いて槍を振り回したが、狩人は身を低くして回避した。そして腰のポーチから何かを取り出して落とすとそのまま後ろに下がった。
ギルモが一匹目にとどめの一撃を与えた。同時に、二匹目の足元で爆発が起きた。一匹目が崩れ落ち、二匹目はふらついたあと足を滑らせ、渡り廊下から奈落に落ちていった。
部屋に静寂が戻る。ギルモは兜の庇をずらして額の汗を拭いた。リゴールが言った。
「爆弾を使っちまった。あと残り少ないが、ケチってばかりもいられねえからな」
「ああ。三つ目の紋章を確かめよう」
アルギレウスが答える。一行は渡り廊下を進んだ。それは突き当りで左に曲がり、その終端に扉があった。
扉を開けて向こうに出る。そこは岩だらけの洞窟だった。アルギレウスが剣を抜いて手を上げた。
「ボコブリンだ。数が多いぞ」
「承知しました、旦那」
ギルモが頷くと、狩人も言った。
「狩りがいがあるってもんさ。木こり、ドジ踏むんじゃねえぞ」
一行は武器を構えて慎重に前進した。フロウは最後尾でパチンコを構えついていった。入り口のあたりから見ると左の前に岩の柱が何本かあり遮蔽物になっている。正面に二十メートルほど進んだ先の突き当りの壁は巨大な鬼神の顔のような形に彫られ、その両目の中や横にはボコブリンがいるのが見えた。
「フロウ、ギルモの近くにいるんだ」
アルギレウスが前方を見据えながら低い声で言う。弓を構えながらリゴールがアルギレウスの顔を見る。アルギレウスが頷くと、狩人が矢を放ち、それが飛んで行って鬼神像の目の中にいたボコブリンに命中した。
鬼どもの喚き声が広がる中、一行は遮蔽物の影から出た。リゴールが矢継ぎ早に鬼神像の上のボコブリンを射落としていく。
フロアの中に突入するとそこらじゅうにボコブリンがいた。アルギレウスとギルモが交戦を始めた。木こりが斧を薙ぎ払い、鬼が真っ二つになる。だがリゴールが叫んだ。
「まだいやがる。矢に気をつけろ!」
ギルモがフロウに手を伸ばし引き寄せた。飛んできた矢が木こりの被っていた兜に当たり、明後日の方向に跳ね飛ばされた。狩人が素早く左手の壁に向き直り、矢を連射する。鬼の悲鳴が響き渡り、次々と床に落下していった。
だが前方ではアルギレウスが三匹の鬼と同時に戦っていた。一匹が鉈で斬りかかってくるのを剣で逸らし袈裟斬りをかける。だが左右から同時に残りが襲ってくる。
フロウは咄嗟にパチンコを構えると、左側の鬼の顔面に向けて発射した。デクの実が当たって弾ける。その鬼が怯んだ隙にアルギレウスは右手の鬼の斬撃を回避して逆小手を喰らわせ、突きでとどめを刺した。さらに左手の鬼に立ち直る暇を与えず首を刎ねる。
だが戦いは終わっていなかった。今度は剣を持った骸骨型の魔物が二体立ち上がり向かってくる。一体をギルモが強引に圧倒し、もう一体をアルギレウスが斬り倒した。
「大石窟で見たヤツより小さくて楽だったっぺよ」
木こりが床に散らばった骨を見ながら呟いた。すると、リゴールが左手の奥の壁際にある扉を弓で指し示しながら言った。
「案外、次の部屋でその親玉が出てきたりしてな」
「不吉なことを言うんでねえ、狩人」
四人は扉に向かった。扉を開けて向こう側に出ると、直径五メートルほどの部屋だ。
「嫌な予感がするっぺ‥‥」
ギルモが前方の床に散らばった骨を見て言った。その途端、その骨がカラカラと音を立てて集合し始めた。
「言った通りだったな!」
「おめえが不吉なこと言うからだべよ!」
狩人が弓を構える。木こりはアルギレウスとともに骸骨戦士と対峙した。しかも、フロアのあちこちで地面が持ち上がり、紫色の鬼が身体を起こした。
「フロウ!こいつらにパチンコは効かねえ!剣を使え!」
リゴールが矢を放ち紫鬼の頭を射抜く。魔物は一瞬動きを止めたがまた歩き始めた。狩人は弓を手放し短剣を両手で抜き放った。フロウも倣って自分の剣を抜いた。
ギルモの斧とアルギレウスの剣を両手の得物で受け止めた骸骨戦士が武器を横に振った。打撃を喰らってギルモがよろめいた。だがアルギレウスは身を伏せて回避すると相手の兜に痛撃を加えた。立ち直った木こりが斧でその肩口に斬りつける。
骸骨戦士は腰につけた予備の武器を握り、いまや四本の武器を振り回していた。ギルモが斧を盾がわりにかざす。火花が散った。相手の隙を狙ってアルギレウスが突きを放つ。徹った。
一方、リゴールとフロウは背中合わせで紫鬼たちと戦っていた。狩人は両手の短剣で魔物の首を次から次へと断ち切っていった。フロウは剣を構えると、目の前の鬼に向かって突きを放った。だが手応えにも関わらず相手は倒れない。
フロウは敵の身体から剣を抜くと横に払った。鬼の喉辺りに横に線が走り、黒い血が吹き出る。それでも鬼は手を伸ばしてくる。フロウは身を低くすると相手に体当たりし、足を掬った。鬼が倒れながらもがく。フロウは剣を逆手に持つと相手の胸に突き立てた。それでも動いている。
「どけ!」
声がして、狩人の手がフロウの肩を引いた。リゴールはもがく鬼の首を無造作に短剣で切断すると言った。
「一匹に時間をかけすぎるな。効率的に敵を破壊する方法を覚えるンだ」
フロウは荒い息をつきながら頷いた。辺りを見回すと、既に戦闘は終わっていた。
「フロウ、無事か?」
アルギレウスが剣を納めながら言った。少年は頷いたあと、立ち上がって木こりに走り寄った。
「おじさん、さっき‥‥」
「大丈夫だっぺよ。鎖帷子のお陰で痣ですんだっぺよ」
「アルギレウス、あんたは大丈夫か?」
リゴールが声をかける。だが彼は聞いてなかった。部屋の突き当たりの扉を引き上げると、ひとりで先に進んでいった。
リゴールは舌打ちするとあとを追いかけた。ギルモとフロウは顔を見合せた。フロウの心にまた不安が湧き上がってきた。
三人は扉を開けて中に入った。
床にフロルの紋章が刻まれた円形の台座のある小部屋だ。
アルギレウスはその場に崩れ落ちるように座っていた。魂の抜けたような後ろ姿だった。
フロウは思わず駆け寄ってその横顔を見た。アルギレウスの目は見たこともないほど虚ろだった。
リゴールがその肩に触れようとして、途中で手を引っ込めた。ギルモは目をぱちくりしたまま息を呑んでいる。
「トライフォースは‥‥我々には与えられない」
アルギレウスは消え入るような声で続けた。その唇は震えている。
「どういうことだ、アルギレウス?」
リゴールが尋ねる。アルギレウスは俯いた。
「我々には‥‥その資格がないのだ」