ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て   作:nocomimi

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王子の帰還

アルギレウスは壁に背を預けたまま動かなかった。

 

焚火の中で枝が爆ぜる音だけが響く。その光を受けた剣士の顔は、何かに気づいたかのように目を大きく見開いていた。

 

「私は....一体.....何を...してしまったんだ...?」

 

しばらく立ち尽くしていたアルギレウスは、やがてゆっくりと床に座り込んだ。

 

フロウは喉元まで出かかっていた。だが言えなかった。

 

アルギレウスさんはそんな人じゃない。騙されていたんだ。誰かに、あるいは何かに。

 

だが、狩人が去った地下道の暗がりからは、もはや小さな水音以外何も聞こえてこなかった。

 

ギルモもまた腰を浮かしたまま茫然として宙を見つめていた。

 

どれくらい時間が経っただろう。フロウは再び床に座った。狩人は行ってしまった。フロウはまるで兄弟を失ったような寂しさを感じた。何よりも辛いのは、この四人---この四人こそが最高の仲間だと信じていたのに、それが崩れてしまったことだった。

 

アルギレウスは、被った損失を噛み締めるように目を見開いて焚火を見つめている。フロウは口を開こうとして、途中でやめることを何度も繰り返した。今この場にふさわしい言葉なんて、見つかるはずもない。ましてや十三歳の自分になんて。

 

そうして無為な時間が流れた。

 

だが、その時、遥か遠くから何かの音が聞こえてきた。

 

聞き覚えのある音。だが、今この場で聞こえてきてはいけない音。

 

......犬の吠え声だ。

 

剣士は我に返って顔を上げた。フロウもドキッとしてあたりを見回した。こんな場所に野良犬がいるわけがない。

 

「旦那...今のはもしかして...」

 

ギルモも不安そうに呟いた。

 

「地下にいることを気づかれたらしい。行こう」

 

アルギレウスは言うと、足で焚火を踏んで消し、燃えかすを水路に押し込んだ。ギルモとフロウも立ち上がった。

 

剣士は犬の吠え声から遠ざかるように進路をとった。地下道を小走りに進み、四つ角を曲がる。彼の持つ蝋燭のぼんやりとした灯りが壁を照らす。フロウにはどこに行こうとしているのかさっぱり見当がつかなかった。ただ、アルギレウスの背中についていくことしかできない。

 

だが、いくつめかの角を曲がったとき、通路の向こうで松明の灯りがゆらめくのが見えた。

 

「クソっ...こっちだ!」

 

アルギレウスは進路を変えた。だがギルモが叫んだ。

 

「旦那....こっちにも!」

 

側方からも足音が近づいてくる。松明の炎が暗闇に浮かんだ。

 

「いたぞ!」

 

「包囲しろ!」

 

暗がりから十人ほどの兵士たちが姿を現し、駆け寄ってきた。手に持った松明をかざしてこちらの顔を確かめている。

 

「待ってくれ」

 

アルギレウスは両手を上げて抵抗する意志がないことを示した。

 

「君たちは執政官に踊らされているんだ。今は人間どうしで争うときではない!」

 

「王子殿下、あなたを逮捕する....。おい!」

 

兵士たちは聞いていなかった。小隊長の指示を受け、ひとりが進み出るとアルギレウスに手を掛けた。

 

フロウは迷った。今捕まるわけにはいかない。だけど、人間を傷つけ殺すわけにはいかない。

 

そうしているうちに他の兵士たちが少年と木こりに近づいてきた。

 

「武器をこちらに渡せ。大人しく縄につくんだ」

 

ギルモは固まったように動かない。寄ってきた兵士が、木こりの斧を掴んで引っ張った。だが、ギルモはそれを手放そうとしなかった。

 

「馬鹿だな。抵抗するほど罪が重くなるぞ!」

 

フロウのほうに近づいてきていた兵士も向きを変え、木こりを取り押さえようとする同僚に加勢した。

 

フロウは気づいた。

 

誰も僕を警戒していない。

 

今しかない。今だ。

 

フロウはパチンコを構えた。デクの実をつがえて引き絞る。

 

ギルモを後ろから押さえつけようとしていた警備兵の顔めがけて躊躇わず放つ。顔面に種が命中して弾け、黄色い粉が飛んだ。警備兵は顔を押さえると、悲鳴のようなクシャミをし始めた。

 

フロウは矢継ぎ早にパチンコでデクの実を放った。兵士たちが次々と崩れ落ちる。

 

ギルモが斧の柄で目の前の兵士たちの横面をはたいて吹き飛ばした。アルギレウスは自分に縄をかけようとしていた兵士を投げ飛ばすと、その後ろにいたひとりを殴り倒し、その身体を乗り越えて走り始めた。

 

「こっちだ!」

 

地下道の角を曲がり、廊下の途中の壁にあった金網を取り除けると、アルギレウスはフロウとギルモをそこに入らせた。自分が最後に入り、金網を元に戻す。

 

「抜け穴だ。放流口に通じるはずだ」

 

アルギレウスは言った。入った場所は狭く、四つん這いでなければ通れない。ギルモが苦労しながら前進していき、フロウとアルギレウスが続いた。

 

しばらくすると、背後に慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

だが狭い穴に入ったとはまだ気づかれていないようだった。穴の終端に突き当たったギルモが斧の頭で金網を突いて壊すと、転げ落ちるように外に出た。

 

フロウとアルギレウスも穴から出た。その瞬間叫び声が聞こえた。

 

「この穴を調べろ!」

 

それを聞いたアルギレウスは咄嗟に短剣で自分のマントを切って細布を作ると、それを使って金網とその枠を縛り始めた。

 

「これで時間稼ぎできる。放流口までもうすぐだ!走れ!」

 

作業を終えたアルギレウスが走り始めた。剣士が先導し、フロウとギルモは必死でついていく。だが、しばらく走るとまた背後から犬の吠え声と兵士たちの足音が迫ってきた。

 

いつしか地下道は水路と合流した。流れに沿って水を跳ね飛ばしながら全力で走ると、前方から外部の光が見えてきた。それと同時に夜明けの新鮮な空気が流れ込んでくる。出口だ。

 

三人は下り階段に出た。そこを駆け降りると調整池に出た。いくつかの水路が池に流れ込み、そこからさらに外部に放流されている。

 

脇の通路にはゴミがうずたかく積み上げられている。アルギレウスはゴミの山に分け入り、その中に混じっていた何かを引き出し始めた。大きな樽だ。

 

「この樽に入れ!丈夫にできているはずだ!」

 

樽に?だがフロウには迷っている余裕はなかった。手近の樽に飛び込むと、アルギレウスがそれを横倒しにし、転がして池に放り込んだ。

 

フロウは途端に目が回った。激しく回転しながら樽が流れていく。続いて樽に身体を押し込んだギルモが水に落とされ悲鳴を上げるのが聞こえた。

 

激しい水流に押し流され、フロウが入った樽は水路を通り抜け、やがて短い滝を落下した。ドボンと音がして、水面深くに沈んだ。フロウは咄嗟に息を止めて自分の鼻を摘まんだ。

 

十秒ほどもすると樽は浮上した。必死で息継ぎをする。樽は下流に押し流されていく。周囲には流木やゴミも流れている。目を上げると、堤防の上に警備兵が立って周囲を見回しているのがわかった。

 

ギルモとアルギレウスはどこにいるのだろうか?だが樽から首を出せば見つかる危険があるのはわかっていた。フロウは身を縮めてひたすら自分がその場を通り過ぎるのを待った。

 

樽は揺られながら川を流れていく。体がずぶ濡れだ。やがてフロウは体温が下がっているのを感じた。身体を震えが走る。太陽は上がってきているが、まだ朝早い。

 

樽の中から外を見ると、両岸にはまだ納屋や民家がある。農村地帯だ。フロウは見つからないよう再び首を縮めた。

 

だが、しばらく流されていくと周囲の風景が変わってきた。王都からはだいぶ離れたようで、民家さえも見当たらなくなった。

 

「フロウ!ギルモ!生きてるか?」

 

アルギレウスの声が聞こえる。

 

「旦那....どうにか生きておりますです」

 

「僕も大丈夫です!」

 

ギルモが答える声が聞こえる。フロウも震えながら返事をした。見ると、アルギレウスは自分の樽から出て泳ぎながら近づいてきていた。

 

「フロウ、泳げるか?」

 

「なんとか...」

 

アルギレウスはフロウを樽から引き出すと、ギルモがいる樽に掴まらせ、自分は水をかきながらその樽を少しづつ岸に寄せた。

 

周囲はもはや原野だ。両の岸には木立があり、人目を避けるのには都合がいいと思われた。岸に登った三人は、枝を集めると焚火を起こした。

 

焚火にあたり、服を乾かしているとようやく人心地ついてきた。ギルモは裸のまま川に入っていき、やがて魚を何匹か捕まえて戻ってきた。魚を枝に刺して焼くといい香りがする。フロウは焼きあがった一匹を受け取ると夢中で食べた。

 

「濡れてダメになったものもあるが、密封した食糧はまだ使える。食い延ばしながら行こう」

 

アルギレウスが手持ちの物資を確認すると言った。三人はようやく立ち上がると、木立の中を移動し始めた。

 

だが、しばらく歩いていると遠くから犬の吠え声が聞こえてきた。

 

「待て」 

 

アルギレウスは手を上げると耳を澄ました。

 

「追手だ。きついが、しばらく休まず進もう」

 

* * * * * * * *

 

三人は、数時間進めるだけ進み、一時間休み、再び出発するというルーティンを繰り返した。それは夜になっても変わらなかった。眠るにしても、ウトウトしたと思ったらすぐ出発を告げられた。

 

進んでいる間、遥か遠くに都の建造物群が森の向こうに見え隠れしている。一行はどうやら王都を大きく迂回してからラネール地方への帰路につこうとしているらしかった。

 

夜が明ける。フロウは時間の感覚がいよいよおかしくなってきていたが、一行はようやく見覚えのある山の斜面に入っていった。

 

アルギレウスは時折足を止めて耳を澄ましていたが、やがて言った。

 

「追っ手は撒いたようだ。だがまだ油断できない。山に入るまではこのままのペースで進もう」

 

そして剣士はフロウのほうを心配そうに見ながら続けた。

 

「フロウ、ついて来られるか?」

 

「はい...大丈夫です」

 

フロウは答えた。辛い。だがここに留まるわけにはいかない。

 

山の斜面をフロウはひたすらに歩いた。アルギレウスもギルモも口を開かない。

 

空腹感と睡眠不足と疲労がひどい。

 

だが、フロウは自分の神経が、だからこそ研ぎ澄まされていることに気づいた。

 

草むらの中を動く虫の足音が聞こえる。顔を撫でる風の向きがわかる。

 

木々のざわめきを聞けば、どの枝が揺れているのかまで手にとるように聞き分けられた。

 

数メートル離れた灌木に小鳥がとまった。今狙えば撃ち落とせる。フロウは覚えず脳裏に浮かんできたそんな想念に驚かされた。狩人はもしかすると、こんな風に世界を見ていたのだろうか。

 

そしてまた日が暮れるころ、一行は狭い岩の谷間に入った。三人はそこでようやく本格的な休息を取った。焚火を焚いて食事をとるのも久しぶりな気がした。

 

三人が交代で眠り、夜明けを迎えた。夜明けの光が谷間から見える空を染めるころ出発した。

 

アルギレウスはややペースを落とした。これまでの強行軍に慣れたフロウには、足場の悪い岩場もピクニックのように思える。

 

空気の湿り気が変化していくのが、頬を撫でる風の感触でわかる。空を見上げると、雲が湧いているのが見えた。フロウは新鮮な驚きに満たされた。

 

今、自分は風と雲とを感じ、虫と鳥の営みを聞いている。狩人は並外れた聴力を持っていたという。どんな獣も射止めることができたという。それは野山をさまよう彼の生活そのものが与えた能力だったのだろうか。

 

フロウはリゴールが恋しかった。自分が今見て、聞いて、感じているものを彼と分かち合いたかった。

 

「へッ...そんなことで喜んでるのか?まだまだだな」

 

と彼に笑い飛ばされたかった。ひたすらあの声が懐かしかった。ほんの少し涙が出たが、アルギレウスに気づかれないようにすぐに袖でふき取った。

 

もう一泊野宿すると、一行は谷間を抜けた。岩の斜面を歩き続ける。岩の色が砂岩の黄色に変わっている。ラネール地方に入ったのだ。

 

フロウは以前ここを通ったときのように顔を上げ、『地の果て』とかつてリゴールが呼んだ平原のほうを見やった。それは前に見たときと同じように、途轍もないほどの広さだった。地平線さえも見えず、ただ草原の果てには霞と雲が漂っている。

 

だが、フロウはどこか違和感を感じた。以前に見たときと違う。色だろうか、雰囲気だろうか。よくよく目を凝らすと、生物のようなものがところどころに歩いているのがわかる。

 

鬼だろうか?それとも野生動物だろうか?

 

「行くぞ」

 

アルギレウスが声をかけてきた。フロウは我に返ってまた歩き始めた。

 

数時間歩き続けると岩の斜面が終わり、絶壁を降りるとそこは枯れ木が一本植えられた広場だった。以前枯れ木に水をやっていた機械亜人の姿は見当たらない。三人は崖沿いの歩道を歩き、トロッコ広場に出ると、そこで枯れ枝を拾い集め、それから洞窟に向かった。日は既に暮れかけている。

 

ようやく洞窟の中に入ると、三人は四つの分岐が集合する地点にまで行ってから宿営を張ることにした。

 

以前ここで調査をしていたゴロンの老人の姿はなかったが、彼が置いていったらしきツルハシやシャベルが地面に置いてある。

 

やがてアルギレウスが焚火を熾すと、三人はその周囲に腰かけた。

 

「フロウ、休め」

 

アルギレウスが声をかけてきた。フロウは頷くと、横になって目を閉じた。狩人が去って以来の、胸が締め付けられるような寂しさの感覚は消えない。だが泥のような疲労が精神と身体を包んでいる。少年はすぐに眠りに落ちた。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

「そうかい....あんたも大変だったのう」

 

夢うつつにゴロン族の老人の声が聞こえてきた。

 

「ケンブン....私は王失格だ。仲間を疑い、失望させ、責務を果たすこともできなかった。....私はもう生きている資格さえないと感じる」

 

アルギレウスが言うのが聞こえた。途端にフロウの眠気が覚めた。胸に言いようのない不安が急速に湧き上がってくる。

 

フロウは密かに両目を開けた。焚火の前にゴロン族の老人とアルギレウスが向かい合って座っている。ギルモは横になって寝息を立てていた。

 

「ふむ....儂は王なんて大層な立場がどんなものかなんて、想像することしかできん。だがのう...アルギレウスよ。あんたも人間なんじゃ。弱さもあれば間違いもする。大事なのは躓いたときに誤りを認めてやり直せるかどうか、ではないかのう....」

 

「ケンブン....彼はもう去ってしまったのだ。戻っては来るまい。私が最も信頼する仲間であり、親友であり、相棒だった。それを私は....」

 

ケンブンの慰めにアルギレウスが答えるのが聞こえる。その語尾はほとんど聞き取れないほど弱々しい声だった。

 

「王子さんよ。あんたは頭が利く。だからこそ少し愚かになったほうがいい。儂から助言があるとすれば、それじゃな」

 

「愚かに?」

 

アルギレウスが顔を上げた。

 

「儂ら亜人も、そして人間でさえも、この世の全てを知っているわけではないんじゃ。この世は途方もなく広く深く、空は測り切れないほど高い。儂らが見ているものなどほんの一部分に過ぎんのじゃ。だとしたら自分の運命を悟ることなど一体誰にできよう?」

 

「まだ見えぬ未来に希望を持て...と言うのか、ケンブン?」

 

「あんたはどん底まで落ちた。だとすればあとは希望を持つだけじゃ。それにあんたは一人ぼっちになったわけじゃあない。そうじゃろ?」

 

ケンブン老人はそう言うと、よっこいしょ、と掛け声を上げて立ち上がり、荷物を背負った。

 

「儂はそろそろ行かねばならんでの。達者でな、アルギレウス」

 

アルギレウスは老人を見送ると、また焚火の前に座り込んだ。そして、少年が目覚めていることに気づくと苦笑した。

 

「聞いていたのか。恥ずかしいところを見せてしまったな....」

 

アルギレウスは遠くを見ながら言った。

 

「失望しただろう。これが人間たちの王の末裔だ。弱く脆い......ただの男だ」

 

フロウは胸の内に今までに感じたことのない感情が湧き上がってきて、しばらく言葉を発することができなかった。

 

だが、少年は身体を起した。心の中に渦巻くその何かを整理しようとするが、うまくいかない。整理できないまま、フロウは口を開いた。

 

「アルギレウスさん。僕は...アルギレウスさんは今でも王だと思います。だって...だって...昔...ハイリアがそう決めたんでしょ?」

 

アルギレウスは驚いてフロウの顔を見た。

 

「『選ばれてない』ってリゴールさんは言ったけど....確かにあなたはトライフォースを使うために選ばれたひとじゃあないかも知れない。でも、アルギレウスさんは救いたいひとたちを救うために、自分で地上に残ることを選んだんです。僕がリナハを救いたいから地上に残ることを選んだように」

 

フロウは何をしゃべればいいのかわからなかった。心から湧き出て、口から発せられる言葉をただ発することしかできなかった。だがそれでもしゃべり続けた。

 

「僕は...僕は...リナハを救いたい、救おうって決めたとき、とても心細かったです。自分には何もできないって知っていたから。だけど、僕には信頼がありました。信頼していたんです。ギルモおじさんのことも、アルギレウスさんのことも。リゴールさんでさえ、口はあんなに悪かったけど、この人は絶対に僕を見捨てないっていう確信がありました。それは岩よりもしっかりした確信だったんです」

 

アルギレウスは黙って聞いていた。フロウは一息つくと続けた。

 

「いま、僕はほんの少しだけど強くなれました。みんなのおかげで....それは、みんなを信頼していたからだと思います。僕はこれからも信頼し続けます。僕はリゴールさんのことも信頼しているんです。だってあの人が、僕らを、誰よりもアルギレウスさんのことを見捨てるなんて絶対あり得ないって思ってるから」

 

「リゴールが....いつか戻ってくるというのか?私があんなひどい言葉をかけた後で?」

 

アルギレウスが尋ねた。フロウは力強く頷いた。

 

「リゴールさんは言葉なんかで躓く人じゃないと僕は思います。そりゃあ傷ついたとは思いますけど....僕にはわかるんです。表面では意地悪なことを言っていても、あの人は本当はとても情けの深いひとなんだって」

 

フロウは相手に向きなおって言葉を継いだ。

 

「アルギレウスさん...僕は王さまになるってどんな気持ちなのかはわかりません。でも、王さまになることは、とてもとても心細いことだってことだけはなんとなくわかります。だって、ひとりの人間に全ての責任がのしかかってくるんですから。だけど、僕は思うんです。ハイリアは人間たちの王を定めたとき、そのこともご存じだったんじゃないかって」

 

アルギレウスがじっと見つめるなか、フロウは言った。

 

「だから、ハイリアは王さまがひとりで苦しむことは望んでいないんじゃないかって思うんです。支えあって、助け合って、ときにケンカして、最後には一緒になって戦う仲間たちがいるべきだって」

 

「私は...王の責務は最終的にひとりで負うものだと思っていた。これを誰かと分かち合うことなどできない、と」

 

アルギレウスが静かに言う。だがその瞳には以前よりも落ち着きがあった。

 

「僕は...僕はアルギレウスさんが僕のことを仲間だと思ってくれているのを知ったとき、たとえようもなくうれしかったです。仲間ではあっても、僕はやっぱりまだみんなの足手まといだし、お荷物だってことは知っています。でも、ちょっと図々しい考えかもしれないけど、僕はそれでもみんなの仲間でいられると思っています。これからもずっと。だって、僕もまた、自分はこの三人を絶対見捨てないっていう自信があるから。力も弱いし経験もないけど、僕は胸を張ってそれを言えるんです」

 

「つまり...我らを結ぶのは...力による主従ではなく....互いへの信頼と忠誠だ...と....。むしろそれこそが力の源だということか」

 

フロウはまた息を継ぐとアルギレウスの顔を見つめて続けた。

 

「アルギレウスさん、怒らないで聞いてください。僕は....弱いアルギレウスさんこそが僕らの王だとさえ思ってるんです。だって、僕らはそれを支えるためにいるんですから。アルギレウスさんが王だとしたら、僕らはあなたの弱ささえもいっしょに担うためにここにいるんです。あなたはひとりぼっちでなんでも済ませる王さまじゃあなくって、その強さは僕らを守るためにあるように、その弱さは僕らが補うためにあるんです。僕は信じてます。ハイリアが選んで定めた王さまの血筋は決して変わることがないって。だとしたらアルギレウスさんが失格になることなんて、絶対にないって」

 

フロウは言い終わると口をつぐんだ。自分でも何を言ったのか、よくわかっていなかった。だが、アルギレウスはそれを聞いたあと咀嚼するように下を向いていた。

 

少年には見えた。アルギレウスの瞳が少しづつ生気を回復しているのを。その顔色さえもが、心なしか血色を取り戻してきているように見えた。

 

やがてギルモが身じろぎすると、身体を起した。

 

「旦那....ワシは何時間くらい寝ていたんで?」

 

「せいぜい四、五時間だ。もう少し休め」

 

アルギレウスが微笑んで答えた。木こりはフロウの顔を見ると頭を掻いた。

 

「坊やも起きて見張りをしてたのけ?若いから元気を取り戻すのが早いのお」

 

「ここは機械亜人の縄張りだ。危険があれば彼らが知らせてくれるだろう。それほど神経を尖らせる必要はないはずだ」

 

アルギレウスは答えると、焚火に柴を放り込んだ。

 

「もう王都を出て四日になるんですね」

 

フロウは呟いた。だがギルモはやや心配顔になった。

 

「でも旦那...もしや執政官がここまで兵隊を差し向けてくることはないんで?」

 

「可能性はゼロではない。だがそうなったら山に逃げればいい。彼らは山で過ごす訓練を受けてはいないからな」

 

アルギレウスは言った。

 

「兵隊なのに絶壁を登ったり野宿したりしたことがないんですか?」

 

フロウが尋ねるとアルギレウスは苦笑して首を振った。

 

「王都の警備兵は本来外征はしないんだ....フロウ、君みたいな経験をしたことのある少年はきわめて稀なんだぞ。もしも同世代の少年の群れの中に戻ったら話が合わずに苦労するだろうな」

 

フロウは急に寺子屋での日々を思い出した。ガキ大将に小突かれ、持ち物を取り上げられ、からかわれ、突き倒されて泥だらけになった日々。だが、もはやそれははるか遠くの昔のことと思えた。その悔しさも痛みも、かすれてしまった文字のように朧気にしか思い出せない。

 

「旦那....で、これからどうするんで?」

 

「そうだな....。ラネール地方を周回して魔物を狩ろう。練石場の大蠍は片づけたとはいえ、機械亜人たちがまだ苦労しているかも知れないからな」

 

ギルモの問いにアルギレウスが答える。フロウは頷いた。三人はそれから交代で眠り疲れをいやしたあと、身支度を始めた。焚火を消し、装備を身に着け、残った食料を袋に納めて担ぐ。その場を離れようと歩き始めたとき、背後から機械音が近づくのが聞こえてきた。

 

振り向くと、機械亜人が一体近づいてくる。体内のモーターがフル回転しているのか、甲高い作動音を立てていた。

 

「すみません、アルギレウス王子はいらっしゃいますか?」

 

機械亜人が三人の前まで来ると立ち止まって言った。相当急いでいたのか、躯体から湯気と煙が立ち昇っている。

 

「私がアルギレウスだ。何か異状でもあったのか?」

 

アルギレウスが答えると、機械亜人は安堵して力が抜けたのか両手を膝についた。

 

「やっと...やっとお会いできました。お知らせしたいことがありまして.....」

 

機械亜人は一息つくと顔を上げた。

 

「ラネール平原で....異常事態が発生しているのです。魔物たちが集結しています。作業員たちがそれを目撃して知らせてきたのです」

 

「魔物...か。一体どれくらいの数だ?」

 

アルギレウスが尋ねた。ギルモとフロウも顔を引き締めて聞き入った。

 

「正確に数えられてはいません。ただ、おそらく.....」

 

機械亜人は躊躇いがちに口を開いた。

 

「寄せられた画像から推測すると、おそらくその数.....十万ほどか...と」

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