ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て 作:nocomimi
「見てください。向こうのほうに.....」
機械亜人が指さした。平原の上、はるか向こうのほうに、黒っぽい塊りのようなものが見える。夥しい数が蠢いていて、一見するとただの動物の群れにしか見えない。
「私たちのうち飛行能力のある者たちが接近して確かめたのです。確かにあれは鬼の群れです」
アルギレウス、ギルモとフロウは、かつてのラネール大海のほとりにある古代の港の跡地に立っていた。
港跡地はしっかりとした金属製の床がかつての堅固な造りを思い起こさせ、それを囲む岩壁の足元には大型のコンテナが積み上げられている。さらには、コンテナ運搬用に使われていたと思われる線路まで残っていた。だが、港の波止場の先端にもはや廃用となった舟が一隻打ち捨てられているだけだ。その船の中にはかつて船員であったであろう機械亜人の遺骸がポツンと立ち尽くしていた。
「ここから集団までの距離はまだ二十キロほどはある。進軍してきても時間はかかるはずだ」
目を凝らしながらアルギレウスが言う。
フロウとギルモはアルギレウスを見つめた。いったい、あんな鬼の大群相手に彼はどうするつもりなのだろう。
「洞窟から港までをつなぐ橋を落とせば、彼らが奈落を越えるのには時間がかかる。その間に突貫工事で洞窟を封鎖しよう」
アルギレウスは背後にある洞窟と港湾施設との間にある鋭い渓谷を越える橋を指さした。
「籠城戦をするおつもりで、旦那?」
ギルモが尋ねた。
「ああ。彼らが平原に集結しているのは僥倖だった。とはいえ、時間稼ぎにしか過ぎないがな。しかしやる価値はある」
アルギレウスが答える。すると機械亜人がおずおずと口を開いた。
「あの...申し上げにくいことなのですが....」
機械亜人は剣士の顔を見上げると続けた。
「私たち機械亜人には戦闘能力がありません。もともと人を傷つけないようにデザインされているので。ですから、あなた様に戦っていただくとしても加勢申し上げることができないのです」
「わかっている」
アルギレウスは言った。
「君たちは、洞窟の工事に加えて食料と水を運搬してくれないか?このラネールでは厳しいかも知れないが、食べられそうなものがあったら何でもいい。持ってきてくれ。それから、杭や板もだ。材質は問わん。陣地構築に使いたい」
「かしこまりました」
機械亜人は答えた。アルギレウスは少しの間平原を見やっていたが、短く溜め息をついた。
「アルギレウスさん....?」
フロウは心配になって尋ねた。
「心配ない。私はもう大丈夫だ」
アルギレウスは微笑むとフロウの頭を撫でた。
「さあ、君は機械亜人たちと一緒に行くんだ。ここからは厳しい。血みどろの戦いになる」
「旦那...ワシは旦那のそばにおりますです」
ギルモが言った。アルギレウスは驚いて木こりを見やった。彼はしばらく言葉を探していたが、首を振りながら言った。
「君は....私と命運をともにしてくれるというのか?」
「はい、旦那。ワシは....ここで旦那を捨てていくわけにはいきませなんだ。もし民の安全を守る戦いを旦那がされるなら、ワシもお役に立ちたいのです」
フロウは口を開きかけた。僕も。だがそれを読んだかのようにギルモがフロウの頭に手を置いた。
「坊やは洞窟の向こう側にいるっぺよ。こういうことは大人に任せるもんだっぺ」
フロウはそれでも口を開こうとした。だがギルモは少年の目を見つめ首を振った。こんな決然とした木こりの表情を見るのは初めてだった。
その時、背後からガヤガヤという声が聞こえてきた。
振り返ると、洞窟出口から港までを結ぶ一本橋を多数の亜人達が渡ってきているところだった。見ると、機械亜人たちにゴロン族、モグマ族からキュイ族までが勢ぞろいしている。
「おおい!アルギレウスの旦那!木こり...!それにフロウもいんのかぁ?」
モグマの若者が手を振りながら近づいてきた。テツオだ。
「困ったことになっちまったなあ。あんな数の鬼、俺っち見たこともねぇぜ」
テツオは手を平らにして目の上にかざしながら平原を見やった。
「おんや、おめらはまだここにいたんだっぺな。火吹き山に帰らなんだか?」
ギルモが尋ねるとテツオは答えた。
「実は俺たち、会議出席のついでに移住先を探してたのさ。もうあの山は噴火はするわ地震は続くわで住みにくいったらありゃしねえからよぉ。だけどラネール地方もこんな風に鬼だらけになっちまったら住めたもんじゃねぇなあ」
「テツオ...君らに頼みたいことがあるんだ」
アルギレウスが切り出した。
「へ...へえ。なんでしょう、旦那?」
「君たちは穴を掘るのが得意だろう。奴らとこの港の間に落とし穴を掘ってほしい。それもできるだけたくさん」
「え....落とし穴?」
テツオは驚いて目を丸くした。
「そ...それって...つまり...俺たちにもあいつらと戦えって...ことですかね?」
「むろん直接交戦する必要はない。だが奴らが洞窟まで到達するのをできるだけ遅らせたいんだ」
アルギレウスが言う。だがテツオはそれを聞くと、モジモジと躊躇ったあと答えた。
「そ...そういうことは...長老に相談してみねぇと...俺っちの一存ではちょっと....」
その時、ゴロン族の大男たちが他の亜人たちを押しのけて前に進んできた。
「見ろ。鬼どもが湧いて出てきやがった。先祖の言い伝えの通りだ」
会議でダルボスと呼ばれていた族長らしき巨漢が平原を指さす。
「なあ...あんたたちは強えぇから、あんな鬼ども目じゃねぇよな?追い払ってくれるよな?」
テツオはダルボスの顔を見上げて尋ねた。
「追い払う?一体何のことを言っている?」
ダルボスがテツオを見下ろしながら怪訝な顔をした。
「だ...だからよぉ。あんな連中がいたらこの地方は誰も住めなくなっちまうだろ?だけどあんたらが戦ってくれたら...」
「ふざけるな。我々を傭兵や用心棒と勘違いしてるのか?」
ダルボスは太い腕を組むと憤然と言った。
「こうなったのも人間が世界を汚したからだ。人間どもが責任を取るが良かろう。我らは何度も住処を追われてきた。お前たちも同じ経験をすれば、この世の理がわかるんではないか?世界を汚せば必ず罰が下るということがな」
その時、キュイ族の個体がひと群れ、バラバラと前に出てきた。
「あんなに鬼がいるのを見るのは初めてキュー....」
「怖いキュー!」
「どうするキュー?逃げるキュー?」
「でもあいつらバカだから僕らが擬態すれば気づかないキューよ」
「しばらく擬態してればどっか行っちゃうんじゃないキュー?」
辺りは大騒ぎとなった。テツオをはじめとするモグマ族はゴロン族の若者たちと言い争いを始め、その一方でキュイ族たちは鬼のことなど忘れたかのようにその場に座り込み、持参した葉をついばみ始めた。機械亜人は仲間たちと合流すると洞窟封鎖工事の手順を話し合っている。
「みんな、聞いてくれ」
アルギレウスが声を上げた。それほど大声ではなかったが、しばらくすると全員が話すのをやめ、その場が静かになった。
「私は君たちに何かを命ずる資格はない。だがら、全ては君たちの選択に委ねられている。しかし、ひとつだけ確かなことがある」
アルギレウスは静かに言い、それから言葉を継いだ。
「あの鬼の群れが襲うのはこの地方にとどまらない。彼らは王国全てを呑みこむだろう。ラネール、オルディン、フィローネの全てだ。そして王都ももはや無事ではいられないだろう」
するとダルボスが腕を組んだまま言った。
「ふん...。小賢しい真似を。そうやって我らを脅して従わせようというのか?」
「そうではない。ただ現実を言っているだけだ」
アルギレウスは静かに首を振った。
「『終焉の者』の復活は近い。預言が確かならば、彼は夥しい数の魔族を連れて現れる。彼の目的はハイリアの権威を覆して自らがこの世の支配者になることだ。ダルボス族長、あなたは人間と協力することを嫌っている。その理由はよくわかる。だが『終焉の者』は、あなたに対しても膝をかがめ奴隷となることを要求するだろう」
「我らはそんなものには屈しない。ゴロン族は独立した種族だ」
不服そうに顔を逸らしながら言うダルボスにアルギレウスは答えた。
「残念ながら彼の力にはゴロン族のどんな戦士も及ばない」
「なぜわかる?戦ったこともない貴殿に」
「それは『終焉の者』がかつては神だった者だからだ」
その場が凍り付き、重苦しい静寂が数秒の間支配した。
「神....だった....と?」
ダルボスはアルギレウスの顔を見た。両腕を組んだそのポーズは変わらなかったが、その声には僅かな狼狽が感じられた。
「彼はハイリアに額づく神々のひとりだった。だが彼は増長しハイリアと袂を分かち、自らを人間たちの礼拝の対象に押し上げようとした。それゆえ彼はハイリアによって地の割れ目に閉じ込められた。千年前のことだ」
そう説明するとアルギレウスは改めて皆の顔を見回した。
「封印は永遠ではない。千年の時を経て、彼は再び地上に現れようとしている。そしてあの十万の鬼たちは彼の目覚めに呼応してここに集結したのだ」
その時テツオが叫んだ。
「じょ...冗談じゃねえぜ!か...神と戦うなんてどだい無理じゃねぇか」
「我々の力で彼を倒すのは無理だ。それはわかっている...だが」
アルギレウスは若者の顔を見ると言葉を継いだ。
「だが、時間を稼ぐことはできる。モグマの長老は私に教えてくれたものだ。『助けが来るという希望を捨てるな』、と」
「『助け』....だと?」
ダルボスが怪訝な顔をし眉をしかめた。
「預言にはこうも書いてある。ハイリアはその心にかなう者の祈りに答え地上に降りてこられ、その剣で悪を倒す、と。我々には『終焉の者』を倒すことはできないが、それまでの間彼らがこの地を呑みこまぬよう食い止めることはできる。それが私の考えだ」
だがそれを聞いたあと誰も口を開かなかった。ダルボス族長は腕を組んだまま石のように動かない。テツオは俯いて頭を抱えている。キュイ族は互いに顔を見合わせながら目をパチクリさせていた。機械亜人は工事の準備のためか洞窟のほうに引っ込んでしまった。
「さあ、君らの考えを聞かせてくれ。一緒に戦ってくれるなら歓迎する。それ以外にも何か協力してくれるなら、それも歓迎だ。だが間違わないでくれ。私は君たちからの名誉や、亜人世界に対する権威を求めているわけではない。ただ亜人と人間がともに住む世界を一分一秒でも存続させたいだけだ。そして助けが来るという希望を持ってともに働いてくれる者を求めているだけだ」
「だ...だけどよぉ....女神さんが助けに降りてくるって....そんなのいつになるかわかんねぇんだろ?」
「ああ。わからん」
テツオの問いにアルギレウスは答えた。
「ならば神々のことは神々に任せておけばよい。我らには関係のない話ではないか?」
ダルボスが呟く。だがアルギレウスは穏やかに、しかしハッキリと否定した。
「言ったはずだ族長。『終焉の者』の目的は自らを強制的にすべての者の礼拝の対象とすることだ。例外はない。彼は必ずゴロン族の自治独立を奪いにくる。無論、その後にでも助けは来るかも知れん。だがあなたの代で失われた誇りをその後の者たちが取り戻すのには時間がかかるだろう。あなたは誇りを守った指導者として記憶される機会を失う....。ちょうど私の父祖たちがそうだったように」
「...言いたいことはわかった」
ダルボスはそう言うと腕組みを解いてアルギレウスに向き直った。
「このことはゴロン長老会議に諮ってみる。期待はしてくれるな。長老たちもまた人間たちの狡猾さや利己主義にはほとほと嫌気がさしているのでな。だが、ひとつわかってよかった」
ダルボスはやや唇を曲げ不器用な笑みを浮かべた。
「アルギレウス、どうやらあんたはそういう種類の人間ではないようだ。もしあんたが昔から人間たちの王でいてくれたらと思うと心残りだな」
「俺っちもうちの長老に相談してみるよ...あんまりにも話が途方もなさすぎて頭が追っつかねえからよぉ」
テツオがアルギレウスに言った。
「僕らもそうするキュー...。なんかお話しが難しすぎてよくわからなかったキュー...」
キュイ族の者たちも口々にそう呟きながら引き返して橋を渡り、洞窟に姿を消した。
* * * * * * * * * * * * * * *
「さあ、やりたいことがある。二人とも少し付き合ってくれないか」
亜人たちが立ち去ってしまうとアルギレウスはギルモとフロウに声をかけた。
アルギレウスは二人を先導して港湾跡地からかつて海原であった平原に降りていった。そして石を拾い集めるとそれを積み上げ始めた。
「何をするんですか?」
フロウもギルモと一緒に石を集めながら尋ねた。
「母から聞いただけのうろ覚えだが.....おそらくこうだったはずだ」
アルギレウスは石を積み上げてある程度の高さにすると、その前に跪いた。
「原初礼拝だ。君たちは参加したくなければ後ろで見ていてくれ」
剣士は腰につけた剣を鞘ごと外して脇に置くと、両腕を広げて天を仰いだ。
フロウがふとギルモのほうを見ると、木こりは兜を脱いで跪き、顔を伏せて目を閉じていた。フロウは慌てて自分も跪いた。
アルギレウスは何事かを祈っているようだった。その口から溜め息が流れ、その瞳は揺れている。
フロウはその背中を見て不思議に思った。トライフォースを探し求めていたときのアルギレウスとは全く別人のようだった。まるで全ての虚飾と権威を脱ぎ捨て、フロウの前で昨夜告白したように『弱く脆いただの男』にあえて戻ろうとしているかのようだった。
やがてアルギレウスの口から言葉が漏れ出てきた。
「....高きところにおられるハイリア....その名は称えられよ....その国とともに来りて...そのこころが高きところでなされるようにこの地においてもなされますように....」
フロウはじっと聞きながらちらちらと目を開けて剣士の姿を眺めた。アルギレウスは両手を上に向けると続けた。
「....我らに日ごとの糧を与え、我らに咎ある者を我らが赦すように我らの咎を赦し、試練から守り、悪より救い出し....」
やがてアルギレウスの声は再び小さくなり、やがて聞こえないほどの呟きとなった。
それから数分の間沈黙がその場を覆っていたが、アルギレウスはやおら立ち上がって振り向いた。その顔は見たこともないほど晴れやかなものだった。
「待たせたな。さあ、行こう」
剣士はそう言うと自分のベルトに剣の鞘を固定した。
「アルギレウスさん...あの....」
フロウは立ち上がると口を開いた。
「アルギレウスさんのお母さんって...どんな人だったんですか?」
そう尋ねてから少年は困惑した。そんな立ち入ったことを聞ける間柄でもないと思ったからだ。だが剣士は僅かに微笑んで答えた。
「母はもともと原初礼拝を行う巫女の血筋だった。だが神官たちにより礼拝が統制管理されるようになり、巫女の一族は職務を追われた。だが私の母はそれを覚えていて密かに私に教えてくれたのだ」
「あの......もしかして、お母さんはもう.....」
「私が五歳のとき死んだ。だが...............」
少年の問いに答えた後アルギレウスは遠くを見た。
「巫女たちの一部はフィローネ地方に落ち延びてそこで秘密裡に儀式を継承していたという話を聞いたことがある。だから....フロウ。案外、君の周辺に私の母方の親戚がいたかも知れないな」
「僕の周りに?」
フロウは仰天して目を丸くした。するとギルモが口を出した。
「旦那....ワシはロクな功徳もしてきませんでしたが、親からはハイリアさまへの感謝だけは忘れるなと躾けられたもんです。もしかして、それもお母上の一族のおかげかも知れんです」
「そうかもな........さあ、仕事に戻ろう」
アルギレウスは頷くと続けた。
「フロウ、まず君を洞窟の向こうまで送り届ける。それからギルモ、橋を落とす作業にかかろう」
それを聞いたフロウは不満に思った。なぜ自分だけ蚊帳の外に置かれなければならないのか。反論が喉元まで出かかっていた。だがうまく言葉にできない。一緒に戦わせてくれと言っても、さっきみたいに子供だからという理由で却下されるのは目に見えていた。
アルギレウスとギルモは踵を返すと港跡地に向かって歩き始めた。それについていきながらフロウは黙って言葉を探していた。
だが、ふと目を上げると、フロウはその視界に入ってきたものに驚かされ思索を中断した。
リゴールだ。
あの狩人が橋を渡ってこちらに向かってきている。
アルギレウスとギルモもまた、驚きに打たれたようにその場に立ち止まっていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「リゴール....」
アルギレウスは狩人に歩み寄ると、その手を握って相手の顔を見上げた。
「済まなかった。私が間違っていた。君が正しかった....私を赦してくれ」
だがリゴールは一瞬立ち止まったあと、ぶっきらぼうな表情で僅かに頷き、アルギレウスの脇を通り抜けて平原に向かって歩いていった。フロウははち切れそうな喜びと、それにもかかわらず胸の中に溜まった不安とで言葉を発することができなかった。
「おい...狩人...」
ギルモが呼び止めたがリゴールはそのまま港湾施設から平原に降り、そこに立ってしばらくの間向こう側を眺めていた。フロウの目からも、黒いゴチャゴチャした塊が蠢いているのが見える。
ようようの時間が経過したあと、狩人は三人のところに戻ってきた。
「...で....作戦は?」
リゴールが誰にともなく尋ねた。それを聞いて我に返ったアルギレウスが答えた。
「...ああ。まずはあの橋を落とす。奴らが奈落を越えるのには相当の時間がかかるだろう。それに加え、機械亜人達に洞窟封鎖の突貫工事をやってもらうことになっている。堅固に塞げばそれも突破されるまでに......」
「.......ダセぇな」
リゴールはやおら呟いた。
「ダサい?」
アルギレウスが驚いたように聞き返した。
「ダセぇよ。んなの教本に書いてあるとおりの戦い方じゃねぇか。俺は好かねぇ」
「君ならどうする、リゴール?」
アルギレウスが尋ねるとリゴールは答えた。
「俺だったら平原に出る。俺らの陣地を幾重にも半円形に囲むように落とし穴を掘る。真正面の真ん中だけを開けてな。敵が何万人いようが、こちらに近づける道を狭めちまえばいい。そうすれば来た奴を片端から相手するだけでいいってことになるからな。それであんたの案は陣地を突破されたときのプランBにしときゃいいって話だ」
「リスクは大きいが....悪くないな」
剣士は腕を組むと呟いた。
「敵の数を『意味のないもの』する戦い方、というわけか」
「ほ...本当け?」
それを聞いたギルモは目を丸くした。
「敵の数が多ければ一度に相手にする数を減らせばいい。基本中の基本じゃねぇか」
リゴールはそう言い捨てると矢筒を肩から下ろして矢を点検し始めた。
「でも、落とし穴を掘るのにはモグマ族が協力してくれないと....」
フロウが言うとアルギレウスは頷いた。
「そうだな。亜人全体は説得できなくても彼らの助力は必須だ。私が長老に直接掛け合ってみる」
アルギレウスは振り返ると亜人達が去った洞窟のほうを見やった。
「それはそうと...なんだか空気が湿っぽいっぺよ。雨でも降りそうな雲行きだっぺな」
ギルモが手の平を上に向け、空を見上げながら言う。フロウが空を見てみると、地平線のほうにあった雲がいつの間にかこちらのほうにまで広がってきている。
「私は亜人達と話しに行く。フロウ、一緒に来い。いずれにせよ君は洞窟の中に戻れ」
アルギレウスが言った。フロウは躊躇した。やはり不服だ。でも大人に対して、ましてや王子であるアルギレウスに対して真っ向から反論する勇気はない。
頭上からはぽつぽつと雨が降り始めていた。アルギレウスとフロウは港を横切って橋に近づいた。振り返ってギルモとリゴールのほうを見ると、姿がない。どうやら雨を避けてどこかに移動したようだ。
橋を渡っているうちに雨がみるみるうちに激しくなってきた。しまいにはバケツをひっくり返したような豪雨になり、雷鳴まで轟き始めている。アルギレウスとフロウは慌てて洞窟の中に走り込んだ。
「珍しいな。この地方で大雨など」
アルギレウスは服についた水滴を払いながら言った。
「あのふたり、ずぶ濡れになっていないといいんですけどね」
だがフロウはそう言ったあと、狩人と木こりが狭い洞窟かどこかで身を寄せ合いながら雨宿りしているところを想像して笑いそうになってしまった。
「ああ、アルギレウス王子。ここにおられましたね」
洞窟の奥から機械亜人が一体近づいてきた。
「王子、申し訳ないのですが封鎖工事の着手はもう少しお待ちください。この大雨により各所で鉄砲水が予想されますので安全面を考慮して延期することにしたのです」
「鉄砲水?」
アルギレウスが尋ねると、機械亜人が答えた。
「はい。ご存じのとおりラネールは植生に乏しいので山地に保水能力がないのです。こういった雨が降るとすぐ鉄砲水になってしまいます。いや、そもそもこんな大雨自体が観測史上例がないことなのですが.....」
そう言うと、機械亜人は困惑したように目をしばたたかさせた。
「確かにそうだ。ラネール地方はそもそも雨そのものが降らない地として知られてきた」
そう相槌を打つと、アルギレウスは何かに気づいたかのように顔を上げた。
「...まさか...!」
「どうしたんですか、アルギレウスさん?」
剣士は答えずに洞窟の入り口のほうに駆けていった。フロウもついて行った。外からは激しい豪雨と雷鳴の音が聞こえてくる。
洞窟の内部から見える平原の上に、もうもうと黒雲が立ち込めている。稲妻が空を走り、そのたびごとに数秒遅れて激しい轟きが空気を揺らした。
「....まさか...。だが...そう考えれば合点がいく」
アルギレウスは外を眺めながら呟いた。
「どういうことなんでしょう、アルギレウスさん?この雨もあの魔物たちに何か関係があるんですか?」
フロウは尋ねた。だがアルギレウスが何かを言う前に、凄まじい轟音が遠くから聞こえてきた。少年は思わず顔を上げ、洞窟の外を覗き見た。
地面を揺らすほどの轟音だ。渓谷の端から近づいてくる。数秒後、濁った水が谷から溢れんばかりに押し寄せてくるのが見えた。
「危ない!」
アルギレウスがフロウの襟首を掴んで引き戻した。水しぶきが襲ってくる。剣士の手によって後ろ向きに引き倒され、フロウは目をぱちくりさせた。顔がびしょ濡れだ。剣士に引き摺られるようにして、洞窟の奥に戻るとようやく一息をついた。
だが、目の前の信じがたい光景にフロウは白昼夢を見ているような気分になってしまった。
港と洞窟の入り口を隔てる鋭い谷間が、激しい水の流れで満たされている。
「.....千年前まで、『終焉の者』はギランストロフィリスという名の天候を司る神だった。特に、彼は雨と雷鳴を支配する者として任ぜられていたという」
アルギレウスがフロウを助け起こしながら言った。
「ええっ....それじゃあこの雨は....!」
「間違いない」
アルギレウスは少年の服を手で払って泥を落とすと続けた。
「奴の仕業だ。この渓谷を水で満たして侵攻を容易にすることを狙ったんだ」
剣士は再び顔を上げて平原のほうを眺めた。
「奴はこちらの手の内を知っている....厳しい戦いになるぞ」