ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て   作:nocomimi

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夜半の戦い

鬼どもが喚きながら撤退していく中、ゴロン族の戦士たちが転がりながら戻ってきた。

 

彼らはダルボス族長の前にやってくると次々に立って整列した。

 

「族長ダルボスの甥、ダンゴロスだ。以下五十名、加勢に参った」

 

ダルボスほどではないが、匹敵するほどの巨漢が中央に立ち声を上げた。アルギレウスは相手に近づいてその手を握った。

 

それを眺めていたフロウは身震いした。岩のような皮膚をした大男たちが立ち並ぶさまは壮観だ。これ以上ないほどの力強い援軍と思えた。

 

「アルギレウスだ。ご協力感謝する」

 

「なんの。人間の子供に遅れを取るなど一族の名折れ。集めたのは精鋭中の精鋭だ。お役に立てると確信しているぞ」

 

ダンゴロスは巨大な手で握手を返すとそう言った。ダルボスは彼の背中を叩いて声をかけた。

 

「甥よ、随分早かったな。思ったより人数も多い。お前の人望だな」

 

「叔父貴、もう始まっていたとは知らなんだ。一番槍を叔父貴に取られちまうとは思わなかったぜ」

 

二人の大男はそう言って抱擁を交わし合うと、アルギレウスに向き直った。

 

「さあ、作戦を聞かせてくれ」

 

「よし。次も敵を引き付けてからの突撃で行こう。私とダルボスが先頭に立ち...」

 

「そんな消極的な戦い方をするのか、人間は?」

 

説明を聞いたダンゴロスが驚いた顔をする。

 

「俺が指揮官なら今すぐ敵に殴り込みをかける。だが、叔父貴があんたに従うなら俺も従うことにするがな」

 

「ますます心強いな。百人、いや五百人が援軍に来た気分だ」

 

アルギレウスは苦笑いした。

 

その時だった。平原の向こうで、再び鬼どもの怒号が上がった。

 

フロウは思わず顔を上げた。撤退していったはずの敵が、再び集結しつつある。

 

日は既に暮れかけ、僅かに西の空が茜色に染まっているのを除けば夜の闇が広がってきていた。

 

ギルモが芋を焼くのに使った焚火に柴を足し、息を吹きかけて火を立てている。

 

リゴールは残りの矢を数えた後、地面に刺さった敵の矢から使えそうなものを選んで矢筒に仕舞っていた。

 

「なあおい...リゴール....」

 

テツオが穴から顔を出しながら言った。

 

「借りが返せなかったら....ごめんな。それからよぉ...もしお前が生き延びて火吹き山に行くことがあったら俺の彼女に言っといてくれ...愛してるってよぉ...」

 

「嫌だね。誰がンな面倒なことするかっての」

 

矢についた泥を拭き取ってまた一本を矢筒に収納しながら狩人が答えた。そして彼はその後良いことを思いついたかのように顔を上げた。

 

「いや...いいぜ。お前の彼女に会いに行ってやる。それで、『あいつ小便チビってたぜ』って教えてやることにするよ」

 

「ナニッ!」

 

テツオが血相を変えた。

 

「て....てめえ!そんなことしてみろ!俺っちが本気で怒ったらなぁ....」

 

リゴールはヘラヘラと笑いながら手を振った。

 

「怒ったらどうなるって?そもそも死んじまったら何もできねえじゃねぇか。ま、それが嫌だったら意地でも生き延びるんだな」

 

「ぬぐぐぐぐぐぐぅ.....!覚えてろよぉ!」

 

テツオは歯噛みをしながら狩人を睨んだ。

 

「ほお、テツオの奴、さっきからの震えが収まっとるべ。狩人の口の悪さも役に立つことがあるんだべの...。たまには」

 

「最後の一言が余計だッつうの。ま、震えてる新兵にやる気を出させるには怒らせるのが一番だってことよ」

 

感心したギルモが言うとリゴールが笑いながら返した。

 

鬼どもの怒号と鬨の声がいっそう大きくなった。だが、二度に渡る敗走を重く見たのか今度はなかな近づいてこない。平原の向こうに離れていた敵軍の本体が集結し、こちらを包囲し始めている。だが、時間をかけて規模の大きな攻撃を仕掛ける算段なのだろう。指揮官が号令をかけながら何重にも隊列を組んでいるのが見てとれた。

 

「数で押しつぶす気だな。こりゃ死体の山で落とし穴を埋めてから渡ってくるんだろうな」

 

リゴールが呟いた。フロウは狩人の顔を見た。『戦争はなんでもあり』という彼の言葉を思い出して、少年は思わず手の平の汗をズボンで拭った。

 

「よし、ダンゴロス。突撃を任せる。ただ、深入りはしないでくれ。こちらの焚火の光が見える位置より遠くは行くな。それから我々の正面の幅三メートルを除いては全て落とし穴が仕掛けてある。帰還するときは必ず正面から戻ってきてくれ」

 

アルギレウスが言った。ダルボス族長が剣士に向き直った。

 

「吾輩はここにいろと?」

 

「ああ。あなたは彼らの司令塔でいたほうがいい。それに万が一のときの救援に行ける誰かがいたほうがいいだろう」

 

「埒もないことを。ゴロンの男は敵中を突破できてこそ一人前だぞ」

 

「その勇気は立派だ。だがこんな多数相手の戦いはあなたの一族にとっても前例がない。違うか?」

 

「む....」

 

アルギレウスの言葉にダルボスは唸った。

 

「叔父貴。俺に任せろ。叔父貴はゆっくり見物しててくれ」

 

ダンゴロスはそう言うと、自分の顔を巨大な掌で叩いて気合を入れ始めた。

 

その時だった。背後から足音が聞こえてくる。それも多数の集団だ。亜人ではない、軽やかな足音だ。

 

振り返ると、チュニックを着てマントを被った人間の若者の集団が洞窟から小走りに出てきている。皆、弓と矢筒を背負い、腰に短剣をつけていた。

 

フロウは呆気にとられた。

 

彼らの髪の毛はみな一様に白く、その肌は黒い。体格は細く、背が高い。

 

リゴールと同じだ。

 

まさか.......?

 

若者の集団は奇妙なほど静かに接近してくると、橋を渡って港跡地から平原に降り、フロウたちの背後に整列した。

 

その中心には見覚えのある人物がいた。

 

あの女性だ。奇妙な文様のある黒い服を着た、インパと呼ばれた女族長。

 

「王子殿下....お待たせして申し訳ありません」

 

驚きに目を見張るアルギレウスに向かって彼女は頭を下げた。フロウは反射的に、横にいたリゴールの顔を見上げた。

 

ギルモも心配そうに狩人を見る。リゴールは憮然とした表情でそっぽを向いていた。

 

「インパ...ご苦労だった。心強い援軍だ。かたじけない」

 

我に返ったアルギレウスが答える。インパは言った。

 

「シーカー族の射手、七十名です。我ら、王家との契約ゆえに戦いに馳せ参じました」

 

「王家...か。既に崩壊してしまった家だ。それでも契約は有効なのか?」

 

「生き残りがたとえ殿下おひとりでも契約は有効です」

 

アルギレウスは躊躇いがちに呟いたが、インパは淡々と答えた。

 

「私ひとりのために?」

 

アルギレウスの問いにインパは静かに頷いた。

 

「王家の血は、たとえ一本の糸となっても断たれたものとは見なされません。我らはその糸を守るために存在します」

 

彼女はそう言うと、戦士たちに合図した。弓手たちは足音もほとんど立てずに列を組み換えた。十四名が五つの列を形成し、各人が背中から弓を下ろす。その間、たった数秒しかかからなかった。

 

「あ...あいつら狩人の親戚けぇ?顔も姿もよく似てるっぺよ」

 

「うるせぇ」

 

感心したギルモが呟くと、リゴールが遮った。

 

「俺にとっては捨てた場所だ。あの女の下で働いてる奴らもな」

 

弓手の整列が完了するとアルギレウスがゴロン族の戦士たちに声をかけた。

 

「すまない。やはり作戦変更だ........。君らのあまり好まない『消極的』なやり方かも知れんが...」

 

彼は大男たちを見回すと続けた。

 

「弓矢の一斉射撃を最初に持ってくる。それが終わったら突撃してくれ。族長と我々四人は討ち漏らしを片付ける」

 

「合点だ。合図が有り次第暴れさせてもらうぜ」

 

ダンゴロスが自分の胸を叩く。他の戦士たちが一斉に同じ動作をし、重い衝撃音が響き渡った。

 

だが、周囲を囲む魔物どもも以前にも増して気勢を上げていた。怒号、喚き声、鬨の声、武器で地面を叩く音、足を踏み鳴らす音が混然一体となって夜の空に立ち昇っていく。

 

リゴールは不服そうな顔で自分の弓の弦を弾いていた。だがインパは近づいてくると声をかけた。

 

「リゴール.....」

 

狩人は返事もせず前を向いたままだ。だがその手が止まった。

 

「私は私がしたことを悔いてはおらぬ。だがそなたがその手で復讐を遂げたいならそうするがいい」

 

彼女は静かに、まるで染め師が染物の色を弟子に指示しているかのような平静な調子で言った。

 

それを聞いたリゴールは数秒の間固まっていた。だが狩人は鼻を鳴らすと呟いた。

 

「いい度胸じゃねえか.....。ならそうさせてもらうよ。俺がその気になったときにな」

 

フロウは再び狩人の横顔を見た。その胸に急速に不安感が湧き上がってきた。するとギルモが少年の肩を叩いた。

 

「おめ、心配してるっぺな....」

 

「うん。だってリゴールさん、あの時.........」

 

フロウは小さく答えた。だがギルモはいつになく真面目な声で言った。

 

「大丈夫だっぺよ。あいつはああ見えて、もう人を撃つような奴じゃねぇ。あいつは変わったっぺよ」

 

「でも....」

 

フロウは言いかけた。

 

「ワシがあいつと親友になれるって言ったのは坊や、おめだっぺよ。ワシが言うんだから安心してていいっぺよ」

 

ギルモが重ねて言い、少年の頭を撫でた。フロウは頷いた。不安は消えなかった。もしも狩人が以前の彼に戻ってしまったら.........

 

「モリブリンが後列に隠れているぞ。さっきの二倍以上の人数だ」

 

暗がりに目を凝らしていたアルギレウスが振り返ると言った。

 

「あんな連中俺たちの敵じゃあない。吹き飛ばしてやるさ」

 

ダンゴロスが答える。だがアルギレウスは食い下がった。

 

「だが突撃しても勢いを止められてしまう可能性がある。大盾を持っているからな。引き付けて落とし穴に落とそう」

 

「また消極的な作戦か。人間っていうのは金もうけには貪欲なのに戦うときには臆病なんだな、違うか?」

 

ダンゴロスがからかった。だがアルギレウスは譲らない。

 

「何とでも言ってくれ。私の目標は君たち全員を生還させることだ。勇ましい将軍として記憶されることじゃあない」

 

「わかったわかった。あんたの言う通りにしよう」

 

ダンゴロスがやっと手を上げて合意した。他の戦士たちもやや不服そうな顔をしたが、首を傾けたり肩をすくめたりして合意を示した。

 

その時、耳を聾する魔物たちの叫び声が、突然ピタリと止んだ。

 

「どうしたんだろう?」

 

フロウが思わず尋ねると、リゴールが呟いた。

 

「嵐の前のなんちゃらって奴さ。それか.........」

 

「それか?」

 

「それか.....奴らの大将が訓示でもしてるんじゃねぇのか?」

 

フロウは当惑した。周囲は静まり返っている。さっきまで喚き散らしていた鬼たちは葬式のように口を噤んでいる。

 

『奴らの大将』........それを聞いた瞬間フロウの脳裏にあの名前が浮かんだ。

 

『終焉の者』。

 

少年は目を上げ、夜の平原に浮かぶ敵群のシルエットに目を凝らした。

 

何も見えないし、聞こえない。

 

ただ、禍々しい悪意だけは感じる。だがフロウには、それが魔物たちから来るものなのか、それとも彼らを率いる『終焉の者』から発せられているのかは分からなかった。

 

だがアルギレウスを見たときフロウは驚いた。

 

剣士は目を見開き、額に汗を浮かべている。

 

ギルモも当惑してフロウの顔を見た。

 

「旦那....どうしたんだっぺ?」

 

アルギレウスは目を瞑ると額の汗を拭き、そしてまた目を開いた。何度も頭を振っている。

 

その時、アルギレウスの後ろからインパが歩み寄ってきた。

 

「....恐れてはなりません。あの声に耳を傾けてはなりません」

 

「......わかっている。私は大丈夫だ」

 

アルギレウスは頷くと剣を抜いた。

 

「声?何も聞えなかったけど......何の話なんだろう」

 

フロウの呟きにリゴールが答えた。

 

「聞こえねえほうがいいさ。そのほうが幸せだぜ」

 

その途端だった。魔物たちが再び叫び声を上げ始めた。さっきよりも大きい。地面を踏み鳴らす音も再開した。

 

だが、アルギレウスも剣を突き上げて叫んだ。

 

「ハイリアのために!」

 

すると、ゴロンの戦士たちが呼応するように鬨の声を上げた。その野太い声が魔物どもの叫び声を押しのけるように響く。

 

「自由のために!」

 

アルギレウスが叫び、再び戦士たちも呼応した。

 

「誇りのために!」

 

みたび戦士たちが呼応した。だが、敵方もそれによって刺激されたかのように一層の大声を上げ、じりじりと接近してきた。

 

「へっ....来るなら来やがれってんだ!このテツオ様が片っ端から罠に落としてやるぜ!」

 

テツオが自棄くそな調子で叫んだ。その目は据わってしまっていた。

 

今度は敵軍の前進速度は遅々としている。矢も射掛けてこない。『数で押しつぶす』という狩人の見立ては本当らしく思われた。

 

暗がりの中鬼たちが接近してくる。その光る眼が周囲のあらゆる方向に浮かんでいる。焚火の光にぼんやりと照らされて見えるのは、ボコブリンたちの顔だ。

 

「構え!」

 

やおらインパが叫んだ。その声は鬼どもの鬨の声の中でもハッキリと響いた。

 

すると弓兵たちが一糸乱れぬ動きで弓を構え、矢を矢筒から出してつがえた。フロウの耳には、張り詰めた弓の弦が立てる音が僅かに聞こえてくる。

 

振り返ってシーカー族の弓手たちを見ると、その年齢はリゴールよりも若いくらいだった。中にはフロウより少し年上らしき少年や少女も混じっている。

 

敵の先頭が最初の戦いで空いた落とし穴に転落した。鬼の悲鳴が聞こえる。だが後続は構わず進み続ける。落とし穴を回避して進むなどという手間はとらないようだ。

 

たちまち百名単位の鬼たちが半円状に陣地を囲む落とし穴に落ち込んだ。悲鳴が響き渡る。だがそれでも敵の群れは前進を続けた。鬼の喚き声と悲鳴と怒号が混じり合い、悪夢さながらだ。

 

フロウは喉がひりつくのを感じた。思わずパチンコを手にとると種をつがえた。もはやこんなものが役に立つ規模の戦いではないとは分かっていたが。

 

落とし穴に落ちていく鬼たちの声はもはや獣の断末魔そのものだった。次々と悲鳴が続く。

 

一方、シーカー族の弓手たちは微動だにしない。アルギレウスもゴロンの戦士たちも動かなかった。

 

暗がりに目を凝らすと、第一の落とし穴が鬼たちの身体で満たされてしまったようだ。穴に嵌りジタバタと暴れる同胞の身体を踏みつけて、後続の鬼たちが前進してくる。

 

「ヘヘ...来たぜ。しくじんなよテツオ...」

 

リゴールが呟く。第一の罠を乗り越えた敵の隊列が第二の罠の上に到達した。だがアルギレウスは合図を出さない。焚火の灯りに浮かび上がるテツオの顔は、しかしもう怯えてはいなかった。罠落としの紐を手に持ち、真剣な面持ちで合図を待っている。

 

彼我の距離は二十メートルほどしかない。鬼のギラギラと光る眼、手に持った武器。アルギレウスの言ったとおり、ボコブリンたちの間に大柄なモリブリンも混じっている。

 

「落とせ!」

 

アルギレウスが振り向いて合図した。テツオが紐を引くと、半円形に形作られた第二の落とし穴が口を開けた。大量の鬼どもが地面に吸い込まれる。アルギレウスは次にインパに向かって手振りで合図した。

 

「放て!」

 

インパが大音声で叫んだ。それまで動かなかったシーカー族の弓手たちが一斉に矢を放った。

 

夥しい数の矢が夜空に吸い込まれていく。だが驚くべきことに、その矢が空中にある間に弓手たちは瞬く間に二の矢をつがえ、放った。さらに三の矢を。彼らが次々と矢を放つ間、数秒遅れて鬼どもの悲鳴が聞こえた。雨のような矢が敵の群れの上に降り注ぐ。

 

アルギレウスが手を上げて合図した。各人十発ほどを射た弓手たちがピタリと動きを止める。

 

「突撃!」

 

号令を受けると、ダンゴロス以下のゴロン族戦士たちが身体を丸めて敵の群れに突っ込んでいった。小柄なボコブリンたちが吹き飛ばされる。その後ろにいたモリブリンに突き当たってひとりのゴロン戦士が勢いを削がれ止まった。だがその体を乗り越えて二人目の戦士が突進し、モリブリンの頭を強烈に殴りつける。巨漢鬼の隊列が割れ、その間にゴロン族戦士たちが強引に押し入っていく。

 

だが罠を通り越した鬼どもがこちらに近づいてきた。シーカー族の弓手たちは狙いを変えて水平射撃を開始した。矢を受けた鬼どもが次々に倒れていく。

 

リゴールも同様に撃ちまくっていた。

 

「八....九.......十.....。おい木こり!こっちはいま十人だぞ!」

 

狩人は横目でギルモを見ながら叫んだ。戦斧を構えて待ち構えていた木こりは顔に驚愕を浮かべて叫び返した。

 

「何っ.......?」

 

「いいのか、こんなに差がついちまって?」

 

「おめだけには絶対負けん!」

 

ギルモは叫ぶと、矢を逃れて近くに突撃してきたボコブリンどもに向かって走り寄った。

 

斧が一閃する。最初の鬼の首が飛び、二匹目の鬼は鉈ごと腕をもぎ取られた末に真っ二つにされた。

 

「一匹......!二匹.........!」

 

だがリゴールは次々と矢を放つ。

 

「十五.....十六......十七........こっちは十七だ!」

 

フロウもパチンコを敵の群れに向けた。三匹目に止めを刺していたギルモに斬りかかろうとしていたボコブリンに走り寄り、デクの実を撃った。

 

武器を放り出した鬼が顔を押さえてよろめく。

 

「ぬおおおおおおおっ!」

 

ギルモが斧でその肩口を叩き斬り、首を刎ねた。

 

「ずリィだろ!お前とガキで合わせてだから0.5匹だ!」

 

リゴールが叫ぶ。狩人が放った矢が鬼の喉を貫通し、さらにその後ろにいた鬼の喉をも貫いた。

 

「今のは合わせて一匹だっぺ!」

 

ギルモが言う。だが狩人は取り合わなかった。

 

「ざけんな。俺のは効率がいいんだよ!」

 

だが穴に落ち損ねたモリブリンが盾と槍を構えて突進してくる。狩人と木こりは口をつぐんだ。

 

巨漢鬼の身体にはそこらじゅうに矢が刺さっていた。だが生きている。

 

「ワシの獲物だっぺ!」

 

ギルモは斧を振りかざすと敵の盾に叩きつけた。木製の盾が真っ二つに割れる。矢が飛んできて巨漢鬼の眉間に命中し、そいつは一瞬動きを止めた。ギルモがさらにその首を刎ねる。モリブリンは黒い血を噴出させながらゆっくりと崩れ落ちた。

 

「ワシのと言ったっぺ!」

 

「ノロノロやってるから手伝ってやったんだろ」

 

ギルモが憤然と叫んだが狩人は笑っている。フロウは言った。

 

「二人とも仲良くしてよ!まだまだ敵がいるんだよ!」

 

顔を上げると、さらに二匹のモリブリンが槍を構えて突進してきた。

 

「ひとりにつき一匹だ!ドジ踏むなよ木こり!」

 

リゴールが叫んで弓を構えた。

 

だがその時、インパがいつの間にか近づいてきてフロウたちの前に立った。

 

フロウも、リゴールも、そしてギルモも驚きに目を見開いた。

 

彼女は武器も持っていない。黒いマントが夜風にたなびく。

 

体中に矢を受けた巨漢鬼が唸り声を上げながら突進し槍を繰り出した。

 

だが彼女はほんの少し身体を傾けて槍の穂先を避けると、軽く腕を払った。槍の柄が真っ二つにへし折られ、木片が飛び散る。

 

フロウは目を見張った。

 

二匹目の巨漢鬼も近づいてきて槍を突き出した。その瞬間、彼女の身体が一瞬消えたように見えた。だが瞬きしている間に、彼女が敵の槍の柄に乗り、次いで盾の縁の上に移動していた。

 

インパの身体が跳躍し敵の頭上で一回転する。その両手が巨漢鬼の頭上に乗せられた。

 

ドンッ.....という音がした。その途端巨漢鬼の両耳、両目、鼻の孔、口から大量の血が噴き出す。インパが両脚を開いて身体を回転させると、鬼の首があり得ない方向に折れた。

 

彼女は羽毛のように身軽に着地すると、一匹目の巨漢鬼に向かって手招きした。その鬼は盾と折れた槍の柄を放り出すと両手で相手を掴もうとした。だがインパはまるで円を描くように手を払った。巨漢鬼の両の手首がへし折れる音がする。

 

女族長はやや身体を前に傾けると、掌底を鬼の胴体に喰らわせた。衝撃で身をかがめた鬼の顎に二発目の掌底が炸裂する。

 

インパは軽く跳躍すると、両手で相手の首を掴んで地面に引き倒した。地響きがした。それとほぼ同時に、頭頂部を打たれた巨漢鬼もゆっくりと膝をついて崩れ落ちた。

 

呆気に取られていたフロウはようやく我に返ってあたりを見回した。

 

鬼どもの死骸がそこらじゅうに散らばっている。アルギレウスとダルボスは無事のようだった。

 

しばらくインパの背中を見つめていたリゴールだったが、無理やり視線を反らすとギルモに向き直った。

 

「今んとこ四対19.5だ。早くも大差だな」

 

「おかしいっぺ。ワシは確かに五匹倒したっぺよ」

 

「だからお前とフロウで二人がかりで一匹、俺とお前で二人がかりで一匹、それが0.5×2で一匹だよ。だから四匹だろ」

 

リゴールが答える。それを聞いたギルモは指折り数えていたが顔を上げた。

 

「狩人.....その『れいてんご』ってなんのことだっぺ?そんな数聞いたこともないっぺ」

 

狩人はそれを聞いて大仰に転ぶ振りをした。

 

「おい!小数点も知らねえのかよ!」

 

「『しょうすうてん』ってなんだっぺ?何かを売る店だっぺか?」

 

「お前負けたくなくてわざと知らんぷりしてるだろ!」

 

フロウはようやく息を落ち着けながら微笑んだ。二人がこの調子ならまだまだ先は明るいように思えた。

 

「フロウ、無事か」

 

アルギレウスが声をかけてくる。だがそうしながらも用心深く敵の方を眺めていた。

 

「大丈夫です。まだまだやれます」

 

微笑みながら返すと剣士はやや安堵した表情をした。だが、前線のほうから何かが転がってくる音ですぐに顔を引き締めた。

 

ゴロン族の戦士たちだ。転がりながら陣地に入ってくると次々と立ち上がった。

 

「さんざんかき乱してやった。これで奴らもしばらくは懲りるだろう」

 

ダンゴロスが言った。だがアルギレウスは戦士たちに何度か目をやってから口を開いた。

 

「人数が減っている。もしや....」

 

「ああ。二人やられた。だが覚悟の上さ」

 

ダンゴロスが答える。

 

「おい、救援に.....」

 

アルギレウスが血相を変えて声を上げると、ダンゴロスが静かに言った。

 

「突撃を止められて立ち上がった瞬間にデカい鬼の槍で串刺しにされたんだ。だが奴らそれでも暴れるのをやめなかった。俺たちの誇りだよ」

 

相手の言葉にアルギレウスは一瞬だけ目を閉じた。その表情には、悔しさと、悲しみと、そして敬意が入り混じっていた。

 

「すまない。我々人間の起こしたことで......」

 

「やめろ、人間」

 

ダンゴロスが遮った。

 

「俺たちゴロンは自分の決断を他人のせいにしたりはしない。戦うと決めたのは俺たちだ。一度決めた以上、これは俺たちの戦いだ」

 

アルギレウスは溜め息をついて頷いた。だがその時、再び魔物たちの群れの中から怒号が起きた。指揮官の号令のもと隊列を組んでいるようだ。波状攻撃の間隔が急速に狭まっているのがわかった。

 

「やれやれ、飽きもしねえで同んなじ戦法を繰り返せるもんだぜ」

 

リゴールが呟く。背後を振り返るとシーカー族の戦士たちも用心深く弓を構えていた。

 

「今度こそはワシが勝つっぺ。いいやり方を思いついたっぺよ」

 

ギルモが呟いて、フロウにウィンクした。

 

「いいやり方?」

 

少年が尋ねると、木こりは悪戯っぽく微笑んだ。

 

「ま、見てるっぺよ。ワシもだいぶ鬼を倒すのに慣れてきたっぺ」

 

「おい木こり、その前に算術を覚えろ。これじゃあ勝負以前の問題だぜ」

 

リゴールが首を振る。するとギルモが尋ねた。

 

「『さんじゅつ』って何だっぺ?新しい戦い方っぺか?」

 

「バカ野郎、とぼけてんじゃねえ。もう騙されねえぞ」

 

二人が言い合っていると、唐突に魔物たちの騒々しい喚き声や怒号がやんだ。

 

「そろそろ来やがるぜ」

 

口論をやめてリゴールが呟く。フロウは頷くと、パチンコに新たな弾をつがえた。敵陣のほうに目を凝らす。鬼どもの光る目。武器を掲げた大集団のシルエット。

 

その時だった。周囲の暗さに慣れてきたフロウの目に、月明りに照らされてあるものが入ってきた。

 

敵の集団の前列の真ん中に立っている。あの白い服を着た若く美しい男。フロウは思わず声を上げた。ギラヒムだ。背筋が凍る。

 

「あ...あいつ!」

 

「ああ。さっきからうろうろしてやがるぜ」

 

リゴールが新たな矢を弓につがえながら応じた。それと同時に、敵の大集団がゆっくりと真ん中から二つに割れ始めた。

 

ギルモも目を凝らして眺めている。そうしているうちに、若い男の姿はいつの間にか姿を消した。大集団が二つに別れてできた空間には誰もいない。

 

だが、フロウにはハッキリと感じられた。

 

いる。そこにいる。

 

凄まじいほど禍々しい怨念。憤怒。

 

「見ろ。『終焉の者』....のおでましだぜ」

 

リゴールがニヤリと笑って呟いた。だがその額には汗が浮かび、弓の弦に添えた指は震えていた。

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