ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て   作:nocomimi

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天への階段

岩壁に設えられた入り口から階段を降りていくと、やがて一行は開けた場所に出た。

 

途方もなく巨大な円形の室内空間だ。床は精巧なタイル敷きで、天井の明り取りから豊かに光が差し込んでくる。そして中央には円形の広い人口池があった。水は澄んでいるが、水深は十メートル以上はありそうだ。その表面には直径二メートルほどの巨大な蓮の葉が何枚も浮いている。

 

だが何よりもフロウの目を奪ったのは、池の中央に座す巨大な石像だった。高さ三十メートルほどの石像の頭部は天井に接しており、その顔は柔和に微笑む男の顔だ。だがその首がやけに長いことにフロウは違和感を持った。しかも、胴体と首は一体化しておらず別々の造りになっている。像の襟口と首の間には隙間があり、まるで首が上下に伸び縮みできる構造になっているように見えた。

 

「こいつの中に『魔瘴気』の発生源があるってわけか?」

 

リゴールが呟く。アルギレウスは答えた。

 

「おそらくはな。だが施設全体を調べる必要があるかも知れん」

 

「了解。サッサとやろうぜ」

 

リゴールは言うと、池の表面に浮かんだ蓮の葉の上を身軽に伝っていき、あっという間に像の足元に立った。

 

「おい、お前らも早く来いよ」

 

だがフロウとギルモは顔を見合わせた。蓮の葉の上に立った途端に水に沈んでしまうのではないかと思ったからだ。

 

だが、フロウは意を決すると、自分が立っているフロアの一番近くに浮いた蓮の葉の上に飛び移った。用心深く身を低くし、様子を見る。だが蓮の葉は思いのほか丈夫で安定している。

 

フロウは次々と葉の上を飛び移ってリゴールの傍らに追いついた。ギルモのほうを振り向いたが、木こりは困惑した様子で蓮の葉とフロウを交互に見ている。すると後ろからアルギレウスが進み出てきて蓮の葉の上を渡り始めた。

 

「ヘッ...おデブさんがどうやってここまで来るのか見ものだな」

 

リゴールは言うと、巨大像の下端に設えられた扉を調べ始めた。落とし戸となっているようだ。狩人がそれを引き上げると、アルギレウスが最後の蓮の葉からこちらに飛び移りながら言った。

 

「突入は全員揃ってからだ。何がいるかわからんからな」

 

「ケッ...おい、早くしろデブ」

 

リゴールが毒づく。ギルモはおっかなびっくりで最初の蓮の葉に飛び移った。だが蓮の葉が体重で大きく揺れ動く。木こりは額に汗を浮かべながら一つひとつ蓮の葉を飛び移る。だが、最後の蓮の葉に乗ると、それはぐらりと沈み込んだ。木こりは斧を置くと思わず両腕をばたつかせた。

 

ギルモがようやく像の足元に辿り着くと、アルギレウスが言った。

 

「行こう」

 

リゴールが落とし戸を開け、アルギレウスが先頭に立って進む。ギルモとフロウが続き、最後にリゴールが戸から手を離しながら入ってきた。

 

直径五メートルほどの円形の部屋だ。床の意匠は外部と同じようなタイル敷きだが、明りがあまり射し込まないため暗く、しかも部屋の中央には骸骨が散らばっている。明らかに人間の骨だ。

 

「お宝目当ての冒険者か?一人で乗り込むたぁムチャをしたもんだぜ」

 

リゴールが呟く。

 

「見ろ」

 

アルギレウスが上を向いて指をさした。フロウが見ると、どうやら石像の内部は階層構造になっているようだ。三つほどの階層の床それぞれの中央に大きな穴が開いているため一番上まで見渡せる。最上部には螺旋階段があり、それが天井の上に続いている。だが、今いるフロアから上層階に登る手立てはないようだ。

 

「リゴール、君の術で上に登れそうか?」

 

アルギレウスが尋ねた。

 

「ッたく毎度毎度簡単に言ってくれるぜ。結構体力使うんだぜ?」

 

リゴールは愚痴りながらも弓を下ろし、腰のポーチに手を伸ばした。

 

だがその時だった。

 

入り口のほうから金属音がした。振り向くと、一行が入ってきた落とし戸の上に鉄格子が降りている。

 

「おい!」

 

リゴールが今度は床の中央に散らばった骸骨を指さして叫んだ。

 

骨の一本一本がひとりでに動き、結合している。たった数秒の間にそれは一体の大柄な男の骨に組み上がった。堅固な胸当てと肩当てをつけた戦士の骸骨だ。ただし、頭がない。しかも腕が四本あり、そのうち二本に剣を持っている。骸骨は空いた腕を床に伸ばすと、転がっていた頭蓋骨を拾い上げて自分の首の上に捻じ込んだ。

 

リゴールは素早く弓を構え、矢をつがえて放った。骸骨戦士の眼窩に矢が正確に突き刺さった。だが、相手は全く怯む様子もなく狩人をねめつけると、両手の剣を振り上げた。

 

「クソッ!」

 

狩人は床を転がって骸骨戦士の剣を回避し、壁際に下がった。

 

「私が行く!」

 

アルギレウスが叫んだ。骸骨戦士はそれを聞いたかのように剣士に向き直った。口も肺も無いはずのその魔物は四本の腕を広げると異様な叫び声を上げた。

 

フロウは思わず腰の短剣に手をかけるとそれを引き抜いた。だがギルモが少年を庇うように立つと言った。

 

「坊や、ワシの後ろにいろ!」

 

アルギレウスは剣を中段に構えると、用心深い摺り足で骸骨戦士との間合いを測っていた。だが距離が詰まると、剣士は素早く動いた。上段から斬りかかる。だが骸骨戦士は二本の剣を交差させそれを受けた。アルギレウスが横斬りを放つ。だが激しい金属音がして、それも防がれた。

 

骸骨戦士が片手づつで二連斬りを放った。だがアルギレウスは一撃目を剣で逸らせ、身体を横回転させ二撃目を躱すと、敵の頭部に痛撃を与えた。ふらついたところを肩口に袈裟斬りを見舞う。

 

だが骸骨戦士はさほど効いていないかのような様子で体勢を立て直した。両手の剣を交差させたところから腕を広げるように斬り払う。アルギレウスは上体を反らして回避したが、剣を弾かれ体勢が崩れた。さらに骸骨戦士が片手の剣を引くと体重の乗った横斬りを放ってくる。飛び退いて避けたアルギレウスだったが壁際に追い込まれている。

 

骸骨戦士が両手の剣を一気に振り下ろす。だが剣士は斜め前に飛び込み前転して窮地を抜け出した。立ち上がって構え直すと、骸骨戦士はゆっくりと振り向いて剣士を睨み据えた。

 

アルギレウスが剣を上段に構える。すると魔物が片手の剣を頭上に掲げた。剣士はすかさず振り下ろした剣の軌道を変え、がら空きになった相手の胴に撃ち込んだ。さらに逆袈裟斬りの要領でその胴巻きの下から覗く肋骨をしたたかに撃った。

 

骸骨戦士が二・三歩後じさりした。だが、魔物は再び異様な叫び声を上げると、今度は背中側に吊り下げていた手斧と剣をそれぞれ空いている手に握った。これで敵の武器は四本だ。

 

「大丈夫か?」

 

リゴールが叫んだ。だがアルギレウスは額に汗を浮かべながらも叫び返した。

 

「大丈夫だ!」

 

骸骨戦士はじりじりと間合いを詰める。剣士も用心深く構えて敵に接近した。

 

アルギレウスが動いた。袈裟斬りに斬りかかる。骸骨戦士が武器を掲げて防ぐ。剣士は次々と斬撃を仕掛けた。だが魔物は四つの得物全てを巧みに配置しその全てを防御した。だが剣士がやおら突きを放った。剣先が防御をすり抜け、敵の胴巻きに突き刺さる。アルギレウスが剣をこじると胴巻きに亀裂が入った。

 

だが魔物は痛みも感じないのか、その刹那武器を振り上げた。アルギレウスが剣を引き抜いて掲げる。激しい金属音がして火花が散った。アルギレウスは連続で飛んでくる打撃を一つ一つ剣で逸らし、返す刀で敵の頭部に再び痛撃を与えた。

 

魔物の兜が真っ二つに割れた。だが骸骨戦士は四つの武器を密集させてまるで盾のような形状にしつつ、剣士ににじり寄っていく。だがアルギレウスは仕掛けず後退した。円を描くような脚運びで距離を稼ぐ。

 

フロウは剣士の顔から眼が離せなかった。額に浮かぶ汗、緊張に結ばれた口元。だがその目は冷静で、彼の頭脳の中を常に去来する戦略を映し出すかのように動く。

 

骸骨戦士が鉄壁の防御を緩め、武器の間からわずかに顔を出した。アルギレウスが横斬りに斬りかかる。魔物が武器を立てて防いだ瞬間、剣士はここを先途と縦斬りを叩きつけた。またも痛撃を喰らった骸骨戦士の頭部に亀裂が走る。

 

だが魔物も負けていなかった。四つの武器全てを振り上げ振り下ろす。剣を掲げて防いだアルギレウスだったが、斬撃の重さにたまらず膝を突いた。そこに今度は下から上への斬り上げが襲った。これも防いだが、剣を弾かれ体勢を崩し、アルギレウスは後ろに倒れた。

 

その時、ギルモが雄たけびを上げながら骸骨戦士に突進した。魔物は素早く振り向くと、剣を掲げて防御した。振り下ろされた斧が派手な金属音を立てる。骸骨戦士が残りの腕の武器を振る。ギルモは盾代わりにかざした斧ごと吹き飛ばされ、尻餅をついた。

 

だがその瞬間アルギレウスは剣を持ち直して立ち上がった。

 

「こっちを向け、化けものめ!」

 

剣士は敵に殺到すると縦斬りを繰り出した。敵が一本の武器でそれを防御したことでできた隙を、アルギレウスはすかさず狙った。空いた横に横斬りを叩き込む。さらに突きを放って肋骨の間に剣先を滑りこませると刃をこじった。たちまち肋骨がへし折れる音がした。骸骨戦士が剣を横に払う。だがアルギレウスは読んでいたかのように身を伏せて回避すると、立ち上がりざま胴を斬り上げ、返す刀で敵の頭部にさらなる一撃を加えた。

 

魔物の肋骨と頭蓋骨が完全に砕け散った。その瞬間、魔法が解けたかのように魔物の全ての骨がバラバラになって床に転がった。

 

ギルモが尻餅をついたまま呆然とした声を漏らした。

 

「……や、やったんだべか……?」

 

リゴールは弓を下ろし、深く息を吐いた。

 

「ったく……骨のくせに手こずらせやがって……」

 

アルギレウスは肩で息をしながらも、しばらくの間敵の残骸から目を離さなかった。

 

「あ...アルギレウスさん。大丈夫ですか?」

 

「ああ」

 

フロウが話しかけると、剣士はようやく構えを解いて剣を納め、服についた土を払った。

 

「ギルモ、助かったぞ」

 

服装を直すと、アルギレウスは木こりの肩を叩いた。ギルモは目をぱちくりさせていたが、やがて斧を拾って立ち上がった。

 

「あんたならあの状況からでも勝てただろ、アルギレウス」

 

リゴールが矢を矢筒に戻しながら言う。だが剣士は微笑んで答えた。

 

「いや、こういうことが後の財産になるんだ」

 

アルギレウスは得心のいかない顔をしている狩人に重ねて声をかけた。

 

「探索を続けよう。君の術で上まで登れるか?」

 

「ヘイヘイ。そう言やあ俺はあんたの便利屋だったんだな。忘れてたよ」

 

リゴールはそう言いながらも、弓を床に置いて腰のポーチから鉤爪のようなものを取り出した。

 

フロウが見ていると、狩人はそれを両手に嵌めながら目の前の壁を眺めていたが、やおら気合の声を発すると蜘蛛のように壁を登り始めた。

 

「驚いたべ。あいつこんなところを登れるんだべか」

 

ギルモはフロウとともに感心して狩人を見上げていた。リゴールは、上階のフロアが中央に向かって張り出している部分さえも鉤爪をつかってぶら下がりながら移動し、とうとう二階に到達した。

 

「そっちはどうなってる?」

 

アルギレウスは声を上げた。

 

「同じだ」

 

リゴールは細いロープを投げてきた。アルギレウスはリゴールの弓を背負うと、ロープを手繰り寄せ上に登っていった。そして到達した上階から覗き込んで手招きしてきた。

 

「僕、やってみます」

 

フロウはロープを掴んだが、二メートルほど登るとすぐに手が疲れてしまった。アルギレウスは少年がぶら下がったままのロープを引き上げてくれた。

 

「木こり、お前は自分でやれよ」

 

リゴールが冷たい声で告げる。再びロープが下ろされると、ギルモは斧の柄をベルトの背の部分に差し込み、ロープに飛びついた。木こりは苦労して上まで登ってきたが、上階のフロアに這い上がる頃には汗だくになっていた。二階は、床中央に空いた穴を囲むようにして通路が設えられている簡素なつくりだった。

 

「先が思いやられるぜ。ここはまだ二階だぞ?」

 

狩人が冷笑した。だが木こりは悔しそうな顔をしつつも、何も言わずに荒い息をしていた。

 

「横についている扉はただ単に外の空間に出るだけみたいだな」

 

部屋を調べていたアルギレウスが呟く。リゴールは腕を組んで言った。

 

「アルギレウス、こいつは一体何なんだ?ただの神像....ってわけじゃあないよな?」

 

「これそのものはどうやらただの空洞らしいな。いや、通路なのかも知れない」

 

「通路?どこへ行く通路だ?」

 

リゴールが尋ねる。アルギレウスは顎に手を当てて答えた。

 

「まだわからん。だが考えられるのは、人々はこの神像を拝んでいたのではなく、この神像内部を通って別の場所にある礼拝所に行ったのかも知れん」

 

「それが...その『魔瘴気』のことに関係してるんですね?」

 

フロウは言った。それを聞いたリゴールはニヤリと笑った。

 

「いい勘してるじゃねえか、小僧」

 

アルギレウスも続けた。

 

「確かに関係している可能性は高い。この像は『祀るためのもの』ではなく、『何かを隠すためのもの』だ」

 

「『隠す』?」

 

ギルモが当惑して呟く。フロウもまるで訳が分からなかった。

 

「しばらく休もう」

 

荒い息をついているギルモの様子を見たアルギレウスが提案した。

 

* * * * * * * * * * * * *  

 

一行が床に腰かけると剣士は話し始めた。

 

「大石窟は十二代目のフィローネ地方大神官ポティファルが建造したものだ」

 

フロウはアルギレウスの顔を見つめていた。

 

「この施設は当時の支配的だった神学を反映し、死後の清らかな世界の様相を再現することを意図していた。そうして、人々に対し現生で良い行いをするよう奨励したわけだ。王室もまたこの施設が人心の安定と治安の改善につながると判断し計画を了承した...だが....」

 

「だがとんでもねえ裏があった...って話だろ?」

 

リゴールが口を挟む。アルギレウスは軽く頷いた。

 

「まだ確証はない。だが建造から十五年ほどでフィローネ地方の人口が激減した。記録によれば三割以上減ったということだ。原因は殆どが行方不明だ」

 

「僕、お年寄りから聞いたことがあります。昔はフィローネには遥かに多くの人が住んでいたって。あの集落も今の十倍は大きかったって話でした」

 

フロウが言った。アルギレウスは続けた。

 

「一方で表向きフィローネ地方の治安は改善したらしい。しかし経済は衰退し、この地方は緩やかな『死』に向かっていったというのは確かだ。そして、やがてこの施設を巡って噂が立ち始めた」

 

アルギレウスはそこで一度言葉を切った。石像内部は薄暗く、何の物音もしない。少し間を置くと剣士は再び口を開いた。

 

「この施設には、天界の様子がより忠実に表現されているという『奥の院』があった。この『奥の院』を一目見ようとする拝観者は絶えなかったそうだ。だが、同時に持ちあがった噂はこうだ。『奥の院』に行くと戻れなくなる、と」

 

他の三人は押し黙ってしまった。アルギレウスは言葉を継いだ。

 

「そんなある時、王室あてに内部告発が寄せられた。フィローネ地方の神官たちの腐敗についてだ。彼らは捧げもので私腹を肥やし、住民に重税を課し、さらには『礼拝しない自由』を禁じた。王室は調査隊を派遣したが、現地に到着したころには内部告発者は影も形もなかった。そして彼らは神官たちから説明を受けた。『当地の住民たちは全員が欠かさず礼拝し、非違行為を犯す者は一人もおらず、王室にも忠誠を誓っております』と」

 

「いかにもありそうな話だな。表向きを整えるため粛清されたってわけか」

 

リゴールが呟いた。アルギレウスは溜め息をつくとまた口を開いた。

 

「それだけではない。『奥の院』に行って戻ってきた者たちにも異変があった。彼らはそれ以前に比べると感情が乏しくなった。喜怒哀楽を見せなくなったのだ。そして定期的に『奥の院』に戻ろうとしたそうだ。これもまたフィローネ地方の衰退の原因となった。人々は働く気力を徐々に失い、結婚する者たちや子をもうける者たちも減った。治安は良好で、人々は皆礼拝所に通っている。だが徐々に確実に『死んで』いったのだ」

 

フロウは口を閉ざしたまま聞き入っていた。するとギルモが小さな声で言った。

 

「ワシは木こりをやっていましたから、あまり集落の様子に気は遣わずにおったのです。ですが噂は聞いたことがありますです。大石窟の呪いがフィローネ地方にはかかっていると」

 

アルギレウスは目を伏せていたが、やがてこう言った。

 

「だが神官たちの汚職はとうとう隠し切れなくなり、彼らは解職された。大石窟は廃止となり、新たな神官が任命され天望の神殿が建立された。しかし問題はそこからだ」

 

三人が視線を注ぐなか、アルギレウスは続けた。

 

「魔物の発生が目撃されるようになったのもこの時期からだ。最初は少数だけだった。だが次第に数は増えた」

 

「あれ?でもアルギレウスさん、僕ら、鬼を見たのは昨日が初めてでしたし、ギルモさんの村の長老も、もう長い間出ていないって....」

 

フロウが言った。アルギレウスはそれを聞くと、指で床に地図を描き始めた。

 

「発生はフロリア湖からの支流の流れる下フィローネ地方で見られ始めたんだ。つまりこの大石窟からみての、山脈を隔てた下流地域だ。学者たちは当初発生原因を特定できずにいたが、とうとう割り出したんだ。この大石窟に何か原因がある、と」

 

「つまり『魔瘴気』ってやつだ」

 

リゴールが言った。アルギレウスは床に描いた簡易地図の上に指を置き、フロリア湖から北西へ向かって線を引いた。

 

「魔物の発生は、この下流域で最初に確認された。つまり、魔瘴気は水脈に沿って流れた可能性が高い」

 

フロウは地図を覗き込みながら言った。

 

「じゃあ……僕たちの村のほうには、魔瘴気があまり届いていなかったってことですか?」

 

「そうだ」

 

アルギレウスは答えると腕を組んだ。

 

「まずは『奥の院』を捜索したい。そして『魔瘴気』の発生源がわかればそれを封鎖しよう」

 

「委細、承知しましたです。旦那」

 

ギルモが答えた。もう呼吸はすっかり落ち着いている。フロウも立ち上がった。リゴールは準備体操をすると、再び鉤爪を両手につけて壁を登り始めた。

 

上階に到達した狩人がロープを投げてきた。再び、アルギレウス、フロウ、ギルモの順番でロープを登っていく。それを繰り返し、一行はとうとう最上階に辿り着いた。

 

床中央の穴を囲むようにしてできた通路を調べると、片方の終端には階段が設置され、もう片方には蓮の花を象ったような板が壁に設えられている。板の中央にはよく見ると小さな神像のような形をした鍵が突き刺さっていた。

 

「『奥の院』を開けたままで放置したんだな。これは都合がいい」

 

アルギレウスは言うと、階段を用心深く登っていった。他の三人も後に続いた。

 

階段を登り切ると、そこは直径十メートルほどの広い円形の部屋だった。どうやら階下の空間から見えた天井の上に辿り着いたようだ。

 

壁の一角にはさらに上方に向かう階段通路が設えられている。アルギレウスは一行の顔を見まわすと、剣を抜いて階段を登っていった。

 

階段の突き当りには空いた戸口がある。四人はそこを潜り抜けると向こうの部屋に出た。

 

先ほどより大きい、直径二十メートルほどの円形の部屋だ。だが内部の照明は極めて薄暗い。

 

ドーム状の天井は精巧な細工で鱗のような装飾が施されている。壁際には金の装飾のついた背の高い円柱状の燭台が立ち並んでいた。

 

だが、部屋の中央に鎮座していたある物体がフロウの目を引いた。

 

神像だろうか。高さは三メートルほどだ。薄暗い中、金色に光っている。だがその形状は異様だった。下半身がない。腹部から床に立てられていて、その上に胸部、そして頭部がある。しかも腕は六本もある。その腕のうち二本の先の手には、刃のついた神具のようなものが握られていた。頭部の正面にある顔は全くの無表情だ。

 

「こりゃまた奇妙な神さんだな、こいつは」

 

弓を構えかけていたリゴールが構えを解きながら呟いた。

 

「たったこれだけか?」

 

アルギレウスは周囲を見回し剣を納めながら言った。

 

「これが『奥の院』だとしたら...いや、『奥の院』はさらにこの先にあるということか」

 

リゴールは壁際に落ちていた壺を持ち上げて調べ始めた。中に手を入れその臭いを嗅ぐ。そして狩人は苦笑いした。

 

「おいアルギレウス....種明かしは意外と簡単かも知れねえぜ」

 

その途端、入ってきた入口のほうで金属音がした。フロウが振り返ると、戸口に鉄格子がかけられている。

 

そして中央に据えられていた神像が振動し始めた。その場にいた全員が驚いて振り向いた。

 

神像は金属の音を軋ませながら六本の腕を広げると、首を回転させ狙いを定めたようにフロウたちを見据えた。

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